わが国における咳病の歴史は富士川游著「日本疾病史」などに見える。
新型インフルエンザとおぼしき最初の記述は千百年以上前の貞観年間に遡る。
インフルエンザと考えられる咳の病は「谷風」やら「アンポン風」などと命名された。集団生活を送る相撲力士はいつの時代もインフルエンザに罹りやすかった。
そのうちで文政十年(1827年)に流行した『津軽風』なるものがある。
松浦静山著の「甲子夜話」に曰く、「津軽候が御大礼の節、輿に乗って譴責せられし故なり」と。
津軽の殿様が慶事に際し、本来は葬送の具であった輿に乗ったものだから、礼を失すると公儀からお咎めをうけ、江戸市中の話題になったことに掛けた命名と、当時の先代平戸藩主松浦静山が書き残したものだ。
つまり、このかぜ(今ならインフルエンザというのだろうが)、かなり死者が出たと思われる。
今回の新型インフルエンザ、わが国の死者は諸外国に比べるとずっと少ないのではあるが…。
いずれにせよ、あなどるべかららず。
新型インフルエンザとおぼしき最初の記述は千百年以上前の貞観年間に遡る。
インフルエンザと考えられる咳の病は「谷風」やら「アンポン風」などと命名された。集団生活を送る相撲力士はいつの時代もインフルエンザに罹りやすかった。
そのうちで文政十年(1827年)に流行した『津軽風』なるものがある。
松浦静山著の「甲子夜話」に曰く、「津軽候が御大礼の節、輿に乗って譴責せられし故なり」と。
津軽の殿様が慶事に際し、本来は葬送の具であった輿に乗ったものだから、礼を失すると公儀からお咎めをうけ、江戸市中の話題になったことに掛けた命名と、当時の先代平戸藩主松浦静山が書き残したものだ。
つまり、このかぜ(今ならインフルエンザというのだろうが)、かなり死者が出たと思われる。
今回の新型インフルエンザ、わが国の死者は諸外国に比べるとずっと少ないのではあるが…。
いずれにせよ、あなどるべかららず。




