日本製鉄によるUSスティール買収のニュースを目にしたとき、ああ、まずいことしちゃったなぁと思った。
失敗どころの話ではない。
これは大きなしっぺ返しを日本企業はおろか日本国民、在米邦人、日系米国人が蒙りかねない。
カリフォルニア大火災など惨事が重なり、多くの米国市民の気持ちは昂っているに違いない。
1960年代から80年代にかけての、対日貿易赤字に怒った米国社会のジャパンバッシング、日米貿易摩擦を思い出さずにはいられない。
写真は”47ニュース<あのころ>ジャパンバッシング 日米貿易摩擦 (UPI=共同)より
いくら業績低下のUSスティールとは言え、米国の発展を支えてきた象徴的企業である。
全米国民の神経逆撫でじゃないか?と思った。
経済効果がどうのこうのという日鉄首脳の説明は、”ズレている”としか思えない。
日本経済界を牽引する大企業がこういう事態を予想できないセンスのなさに驚くのである。
米国大統領選の勝敗の鍵を握っていたのは、いわゆるスウィングステート、かつて米国重工業、製造業を牽引してきた”Rust Belt”(赤錆地帯)と呼ばれる地域の選挙民である。
当然、トランプ氏は”Make America Great Again!”と叫んで、この買収を許さない、とぶち上げた。
”Rust Belt” World AtⅬasより
対する民主党も労働者票を失うわけにはゆかないので、黙っているはずがない。
バイデン大統領は国家安全保障上の問題を理由に買収計画禁止命令を出した。
日本製鉄橋本会長は記者会見を行い、大統領の命令を激しく非難した。
USスティール側や日米弁護士の同席のない単独会見のように見受けられ、異様な会見に映った。
橋本会長は「違法な政治的介入で、到底受け入れることはできない」と禁止命令を批判。
バイデンと呼び捨てにするなど、興奮しているように見えた。
買収は「USスチールが競争力を保ち、発展し続けるための最善の方法だ。米国の国家安全保障の強化に資する」
「当社の技術・商品を投入することによって、現在アメリカでは十分につくれていない鋼材もつくることになるので、アメリカの国家安全保障の強化に資すると考えている。したがって、米国の事業遂行を決して諦めることはない。あきらめる理由も必要もないというのは私の考え方であるし、日本製鉄、USスチールの一致した考え方だ。」と反論した。
橋本氏は問題の本質をはき違えているように思えて仕方がない。
橋本氏は、自由競争のルールを守っている、大統領による買収禁止命令は違法で、こちらは間違ったことをしていないから、負ける理由がないと考えているようだが、ナイーブすぎないだろうか。
「合併条件が好条件だからいいだろう」という問題ではなく、米国民の感情の問題だ。
これは完全に政治問題だと思うし、反発を食らうのは、米国市民感情に思いを致していなかった結果だ。
「日本人ならどう思う?TOYOTAがGMに買収されたら」とか「日本が米国労働者の仕事を奪ってゆく」と受けとめられてしまっている。
会社の業績が向上する、だの、地元労働者の待遇改善します、など言っても耳に入るまい。
日本製鉄の今日までの歩みを振り返れば、ビジネスパートナーとしての中国企業との緊密な関係、中国政府の強力なバックアップを受けてきたことについても、米国政府側は国家安全保障上懸念があると言ってくるだろう。
日本製鉄とUSスティールはバイデン大統領を提訴したのだから驚く。
バイデン氏の退任間近を見込んだ訴訟は米国裁判官の目にも、米国大統領職を見下している、と良い印象を持たれないだろう。
米国市民は、USスティールの業績悪化をなじるわけでもなく、日本企業による合併にいたる経緯を放置した米国政府に怒りを向けるわけでもない。
USスティール首脳より日本製鉄が矢面に立たされているではないか。
彼等や政権にしてみれば、怒りの矛先が他国企業に向かうことは好都合だろう。
大統領選の最中、声高にこの買収計画に反対を唱えたトランプ氏が、今後、全面的に新日鉄を擁護するなど考えられない。
無理難題を突き付けられるのは新日鉄にみならず、日本政府、日本国民だろう。
この買収計画と大統領提訴には、われわれが知らない何か深い裏事情があるような気がする。
老いたりといえ、退任間近といえ、相手は米国大統領だ。
米国民はプライドを傷つけられたと感じるだろう。
橋本会長は誰かに乗せられていないだろうか。
外国企業を買収後、業績が悪化する例は少なくない。WH社買収後の東芝しかり。
今後、日本人や日系米国人が不当な扱いを受けることがないよう祈るばかりだ。
トヨタ車をたたき壊す全米自動車労組(UAW) の組合員 (1981年、イリノイ州シカゴハイツ) Photo: Associated Press