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〓終わりのない風景

2012-08-13 | 諸行無常…let it be
もう十年もすりゃ
向こうが勝ってに 迎えにくるだろう

それまで、生きてるために 生きるだけさ

詩人のような口調になるのは、男が”歌唄い”だからだった。

男は歌を唄うが、プロでもなければ、アマチュアでもなかった。

だから、”歌唄い”だった。

歌唄いは、氷だけのグラスを覗き込み、もう一度飲み干した。

歌唄いは、いつもお金がなかった。

いつも他人の懐を当てにして生きていた。

それが上手だった。

結婚式やパーティーやらのちょっとした集まりに重宝がられた。

それなりの歌を、それなりの場面に、いくつも用意していた。

それでも、表舞台からお声がかかることは、終ぞなかった。

歌唄いは、地方によくでかけた。

歌を唄うために。

売れない演歌歌手みたいに、地方の小さな町から大きな街まで、歌える場所ならどこへでも行った。

地方では、娯楽が少ない分、歌唄いを大歓迎した。

都会の冷めた客より、暖かく心から迎えてくれた。

時には、熱狂的なファンに言い寄られ恋仲になったこともあった。

歌唄いは、すべての出来事を、すべての出来事のように、歌にして唄った。

誰かが耳元で囁くような、甘く切ないバラードが得意だった。

そして、タイミングを見つけると、激しいビートに置き換えるのが大得意だった。

やがて‥夏が行き秋が過ぎると、木枯らしが吹いてきた。

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