喜多圭介のブログ

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八雲立つ……71

2008-11-18 17:36:55 | 八雲立つ……

信隆が亡くなって以後、この躯は男に触れていない。信隆との夜のことは朧になり、遠いむかしにそんなことがあったという淡い記憶しかなかった。元々信隆は夜のことに淡泊で、事後はすぐにいびきをかいて眠った。佳恵もまたそんな風な物だと思っていたので、義務を果たした気持ちだけが残り、美容店で読む週刊誌に載っている、躯が燃えるということが、実感から遠かった。これらのことはエッチな男の人向けに誇張して書いてあるだけで、女性はそんな風には感じ取れないと考えていた。

それでも京都観光から戻ってくるといまは尼の寂聴さんになっているが、京都ゆかりの瀬戸内晴美さんの『女徳』、『煩悩夢幻』、『かの子繚乱』、『妻と女の間』などを読んだ。中には女の性を濃艶な官能描写した箇所に眩惑されて、その頃から時折秘儀に耽ることがあったが、男抜きの秘儀は秘儀でしかなく、あとに虚しさが押し寄せてきた。

そんな躯の私に、今夜どんなことが起こるのか、それが不安だった。

三人の子どもを母乳で育てなかったので、佳恵の乳房は歳の割には張りがあった。佳恵はお椀ような二つの乳房を両の掌で覆った。明らかに乳首が何かを欲しがるように突っ立っていた。

風呂から上がるとシルクの下着に取り替え、寝巻きだけの姿で布団の部屋に入った。孝夫は窓に近いほうの布団で仰向けになり、眼を瞑っていた。佳恵が横の布団に潜り込むと、
「湯加減どうでした?」と小声で訊ねた。
「芯から温もりました」
「そう。ぼくも朝方浴ってみようか」

平生の口調だった。佳恵には孝夫が何を考えているのかわからなかった。この人は乱れる人でないと感じた。

孝夫が仰向けの躯を佳恵のほうに向けた。
「佳恵さん、こっちに入ってきますか」と誘った。

佳恵は乳首を突っ立てたまま、素早く孝夫の布団に潜り込んだ。孝夫が被さってきた。孝夫の唇が首筋に触れたとき、佳恵の躯に電流が走り、躯がピクッと痙攣した。唇は首筋から耳朶のうしろ辺りを這ってきた。またも躯が痙攣し、躯の皮膚感覚が全身開いていくようでぼうとなり、孝夫の胸の下から孝夫の躯に両手でしがみついた。洩らすまいとした嗚咽が微かに唇から零れた気がした。

いつの間にか孝夫の指が乳房と寝巻きの隙間から忍び込んでいた。片方の乳首を弄られたとき、佳恵の躯は活きの良い海老のように跳ねた。ア、アと躯が何かの鳥のように夜鳴きした。両肩から寝巻きが脱げていた。孝夫の口が二つの乳房を行き来し、そのうち一つに吸い付いた。佳恵はいやいやするように顔を左右に激しく振っていた。
「綺麗な乳房だね」

口を離した孝夫が呟いた。その声を呆然となりかけた頭で聞き、やや冷静を取り戻した。そして寸時、信隆とこんなことがあっただろうかと追憶し、こんな激しさは私になかったと思った。が、追憶に浸る間はすぐになくなった。孝夫の口が再び胸を襲った。胸だけではなかった。孝夫の頭が掛け布団の中に潜り始め、孝夫の唇は乳房の谷間から腹部にかけてゆっくりと降りていった。佳恵は両腕を飛ぶかのように左右に伸ばし、躯を反った。

シルクのショーツがつま先から剥ぎ取られたことさえ覚えてなかった。そして孝夫の舌先が熱く濡れそぼった秘処の渓谷に挿入されたとき、佳恵は我知らず孝夫の頭を挟んでいた。それは頭を外そうとしての行為か、いっそう押し付けようとした行為か、判然としなかったが、ヒップが敷き布団から持ち上がった。

佳恵にとってあとはすべて忘我の刻の流れであった。気持ちいいの?と何度か耳元で囁かれ、それに頷いた気もするがはっきりは自覚してなかった。そのうち孝夫は、佳恵の躯を自分の躯の上に導こうとした。佳恵は胡乱(うろん)となった頭でそれがどういうことか考えようとしたがわからなかった。だがそのうち佳恵は孝夫の下半身のところに股を開いて馬乗りの姿勢になっていた。そして孝夫の性器を佳恵の花弁の蕊が食虫花のように呑み込んでいた。

孝夫は両手で佳恵の躯を支えながら立てた。まるで騎手の恰好だった。しかし佳恵は信隆とのセックスでこのような体位を採ったことがなかった。白い陶酔が頭の中に満ち満ちていた。そして佳恵は孝夫の躯の上で貪欲に腰を揺さぶっていた。それはいつ果てるともわからない法悦であった。

     *

佳恵はまだ暗い五時半頃に目覚めた。孝夫は眠っているようだった。信隆のようにいびきはなかった。孝夫が朝風呂に浴ると言っていたのを思い出した。孝夫が浴る前に自分も浴っておこうと、そっと布団から抜け出し、裸の躯を寝巻きに包んで浴場に入った。

昨夜のように露天風呂に横になった。外は雨が止んでいるようだったが、窓にはまだ暗幕が貼られていたので何も見えなかった。浴場の天井から落ちる滴の音が、時折耳に響いた。

佳恵は白い躯の隅々を眼で追った。まだ乳首の立っている左の乳房の上側に、小さなキスマークの印されているのが見えた。昨夜のセックスのことはほとんど覚えていなかったが、腰の辺りに余燼が燃えていた。その辺りに眼をやるとこれまで死んでいた物が蘇生して、猛々しい黒い獣が蹲っているかのようだった。


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八雲立つ……70

2008-11-18 13:08:00 | 八雲立つ……

「実際にあった事柄が故意にねじ曲げられて伝承しているうちに童話化した、あるいは故意でなくても伝承しているうちに変形し、童話化したと思っている。酒呑童子は酒呑童子の現れた時代背景から見て、前者でしょう。なにせ即興で――この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば――藤原道長一族が権勢を振るった時代ですから、逆な見方をすると、それだけ地方豪族や民衆は土地で生産した物を収奪され疲弊していたということです。このことに丹波の大江山に棲み着いていた豪族が、反旗を翻し、都の女、子どもを拐かしていたとも考えられますから」
「私、大学のゼミで歌人の馬場あき子さんの『鬼の研究』をやったことがあります。その中にも孝夫さんのような解釈がありました」
「あーぼくそれ読んでないけどそんな本ありますか」

しばらく鬼談義に花が咲いた。
「いまになって考えると私の結婚生活愉しいことが少しもなかった気がします。その頃はこれが結婚だと思い、不満はなかったのですけど」
「結婚は恋を愛に置き換えることでしょ」
「私には恋もなかったわ」
「見合いだったからね」

佳恵は本当にそうだったと思った。孝夫を前にしていると、胸がやたらときめいているが、信隆との見合い、結婚に至る経過は緊張しかなかった。緊張している間に親同士でどんどん話がまとまって行き、気付くと挙式の日取りまで決まっていた。自分の生涯の肝心要で自分の愚かさを見たが、三人の子どもに恵まれたので、これはこれでいいと納得してきた。

だがいまの私はそうでなかった。三年前に孝夫さんに逢ったときから、納得しない物が芽生え始めたのをこころの底に感じていた。

一時間ほど落ち着いたバーの雰囲気で飲んだあと、そこを出た。
「酔いました」

酩酊というほどでなかったが、佳恵は孝夫に寄り添い、そう囁いた。
「まだ飲めそうだった」
「もういい。眼が廻ってしまいますよ」

部屋に戻ると、佳恵は十二畳半の座敷の真ん中に、華やかな花模様の掛け布団がふんわかと二つ並べられているのに、眼を瞠り、羞恥を覚えた。
「もう敷いてくれてありますね」

孝夫は暢気そうな口調で言うと、それを避けて窓際のソファに腰を下ろした。

佳恵も向かいの席に座った。
「こんな気持ちになったのは何十年ぶりですわ」
「どんな気持ちですか」
「開かれた開放感」
「ぼくもやっとくつろぎました」
「なんだか恥ずかしい」
「何が」
「お布団が眩しくて」
「じゃあ明かりを枕元のだけにして、上のを消しておきましょう。ぼくも少し眩しい」

孝夫は立ち上がると、明かりを小さくしてから座り直した。
「ぼくの歳になるといまの幸せが永遠に続くとは思えない。だからいまが幸せならそのいまを悔いなく貪っておこうという気持ちになります」
「私も……です」

それから二人は窓外に眼をやって黙っていた。荒れた天候になっているのか、吹き降りの雨が窓を濡らし、滴が絶え間なく下に流れていた。微かに雨音が聞こえていた。
「今夜これだけ降っていると明日は晴れるかも」

孝夫はぽつんと呟いた。
「もうそろそろ横になりますか」
「私、部屋のお風呂に浴ってきます」
「風邪引かないように」
「はい」

露天風呂といっても展望が利くように窓を横長にした、室内の檜風呂であった。これなら雨が降っても大丈夫だった。外の景色は湯気にぼやけていた。

佳恵は白い躯を脚を伸ばして横たえた。

――一生一度の竹の花。

そう呟いてみた。


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八雲立つ……69

2008-11-18 10:38:15 | 八雲立つ……

バーの入口に若いウエートレスが立っていて、二人に丁重に頭を下げた。琥珀色の長いカウンターがあり、反対側のボックス席には家族連れといった風の二組が座り込んでいた。どの組も男と女で色違いの綿入れ丹前に羽織を着ていた。そして楽しく談笑していた。孝夫はカウンターの隅のスツールに腰掛けた。

蝶ネクタイの若いバーテンダーがオレンジ色の明かりの下に立っていた。二人に向かってちょこっと頭を下げると近付いてきた。
「ぼくはいつもスコッチの水割りだけど佳恵さんは」
「私、こういうところにあまり入ったことがないので、同じ物でいいです」
「そうですか。じゃあ同じ物をオーダーします」

孝夫はバーテンダーが用意する手元を眺めながら、
「信隆君とは?」
「いえ一度も。それにあの人はビールか日本酒、焼酎でしたから」
「病院を見舞ったとき、酒焼けした顔にちょっと驚きました」
「入院する二年前から大酒飲みって感じでした」

カウンターの上に水割りと突き出しが置かれた。
「仕事からのストレス解放だろうな」

孝夫はグラスを掴んで言った。
「孝夫さんはストレスありますか」
「どうかな……あっても普段はアルコールは一滴も飲まない」
「お飲みにならないのですか」
「あなたのような楽しい人と飲む以外は」

そう言ってから、グラスを口に運ぶと傾けた。
「それってどういう意味です、意味深ですよ」

佳恵もグラスを掴んだ。佳恵の瞳が孝夫に向いていた。
「意味深な意味はないけど」
「隅に置けない人って感じしますけど。お義父さんが、孝夫さんは女に手が早いとか仰ってましたよ」

佳恵は胸に持っていた物を口にした。
「誤解ですよ。叔父は高校生のときの自殺未遂とぼくの小説を二つほど読んで、そう思っているだけです」
「そうかしら」
「そうですよ」

孝夫は二杯目をオーダーした。
「ここ静かな雰囲気でいいですね」と、佳恵は囁いた。
「カラオケしないから」
「私ももう一杯だけ頂戴しようかしら」
「遠慮なく何杯でも」と言ってから、孝夫は自分のグラスがきたとき、追加をオーダーした。そしてバーテンダーの顔を見て、
「微かに聞こえてくるけど、BGMにいい曲かけてますね」と言った。
「オーナの奥様の選曲です」
「そう、趣味のいい奥さんだ。ありがとう」

バーテンダーが離れると、佳恵は孝夫の顔を覗き込んだ。
「なんの曲です?」
「ベルリオーズの幻想交響曲」
「そうですか、初めて聴く曲。なめらかな美しい感じですね」
「五楽章までで一時間近くかかります。ロマン主義開花の導火線の役割を果たした曲と解説にありますが」
「よく聴かれるのですか」
「創作中に」
「音楽聴きながら創作されるの?」
「集中できるから」
「あのー、鬼も酔っぱらったりしますーぅ」

佳恵はいきなり話題を変えた。
「そりゃ酔いますよ。大江山の酒呑童子がいるでしょ」
「あー、ほんとだ」
「この鬼は大酒飲みの上に女好きだったようです。ぼくはグリム童話や日本の御伽草子は暗喩、いわゆるメタファだと考えているのです」孝夫はここでグラスの液体をぐぐっと飲み、「あなたと飲む酒は旨い」と言い、あとを楽しそうに喋った。

佳恵も孝夫に釣られて運ばれてきた二杯目のグラスに口をつけた。


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