喜多圭介のブログ

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八雲立つ……44

2008-11-09 17:27:19 | 八雲立つ……

真顔で佳恵に浮気話を持ち出す叔母の真意が理解できなかった。死んだ信隆のことなど、もうどうでもよくなっているのだろうか。それに浮気ぐらいはいいです、とはどういうことだろうか。再婚を勧めるほうが筋が通るというものではないか、と酔った頭で孝夫は考えた。

佳恵は佳恵で話の展開が意外な方向に進んで内心狼狽えていた。胸底に隠していた願望を義父義母に見抜かれていたのかと、羞恥が顔に拡がっているのを感じたが、義父義母は呑んだお酒のせいと思っているだろうと想像した。

それにしてもお義父さんもお義母さんもどうしたことだろう。二人の口からこれまでこんな話をされたことはなかった。お正月のめでたい席での放言なのだろうか。

佳恵は二人の様子を窺い、ついでに孝夫の表情を読もうと素早く一瞥した。

孝夫は茶碗蒸しの具を朱の塗り箸に挟み、口に運んでいたが、その顔は何かを考えている風に見えた。

私のことを考えているのか。それとも亡くなった奥さんのこと?なんとなく私のことのように思えた。そう直観した途端に腰の辺りに生温かな物が渦巻き、乳首がつんと立った気がして、ますます落ち着かない気持ちだった。
「女も男も同じ生理じゃわね」

畳に横になっていた叔父は赤ら顔の眼を瞑ったまま言った。
「あんた生理ですか。そうですね、生理は女も男も同じじゃろね」

叔母は、なるほどという顔で、相槌を打った。

佳恵は義父義母の会話に呆れ顔になっている。

孝夫は自分に一度の浮気もなかったと考えていた。高校生の頃から恋愛は数度経験してきたが、恋愛が結婚に結びつかなかっただけのことである。

律子が入院する前に文学仲間と隠岐への旅行の経路、叔父宅に一泊したとき、叔父は、
「信隆が死んで七年も経つと、女は躯が淋しくなるが」

と、したり顔して孝夫に言ったが、叔母も叔父に感化されたのであろうか、と思案した。
「孝夫、それで明日は義典のところと寺に行ったあと、どげんしんさる」
「宍道湖を眺めたり城に上ったりしてぶらぶらしようかと。そのあともう一度寄らせて貰ってからホテルに」
「そんなら明日の夕食用意しますから、ホテルのは断っといてください」

と、叔母が言った。
「そんで翌日徳島に戻るのか」

叔父の声だった。
「はい」
「そないばたばたせんとせっかく来たのじゃけん、あと二日三日ゆっくりして佳恵の車で八重垣神社や足立美術館に行ってきなさいや。佳恵は車の運転が上手いけん。着物でも運転するわね」
「着物着てですか」
「佳恵のおっ母さんがお茶やっとられての、茶会がたびたびあるわね。そんとき佳恵が車に乗せるわね」
「佳恵さんもお茶を」
「はい、こっちに戻ってきてから」
「いつまで休みじゃ?」
「七日が仕事始めですが」
「そんなら都合ええじゃないか」
「ありがとうございます。それが四日から中三の高校受験特訓を組んでますものですから」

孝夫は嘘を吐いた。
「そうかね。それじゃ仕方なか」
「佳恵さんもお相手できなくて残念じゃね」

叔母は佳恵の顔を見て言った。
「はい」

佳恵はそろそろ退散しないと、化けの皮が剥がされそうで不安になってきた。

十時を過ぎると、明日ホテルに迎えに行きます。いったんタクシーで叔父宅に寄り、それから車でホテルのほうへ行くと、と孝夫に告げた。

それから迎えに来たタクシーで帰宅した。

孝夫はあと一時間ほど叔父叔母に付き合ってから、タクシーでホテルに戻るつもりでいた。
「佳恵さんは三人の子供をしっかりと育てられましたね。大変だったとは想像しますけど」
「そりゃねぇ」と、叔母は言い、
「賢いわね、佳恵は」と、叔父は言った。
「子供のいる女性は強いですね。男のぼくにはなかなか真似ができない」
「そりゃそうだけど、不憫は不憫だわね。信隆があげん早く死んだんだから」

叔母はさも同情している顔で言った。


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八雲立つ……43

2008-11-09 13:19:18 | 八雲立つ……

「父ほどの器でありませんし、浮気はしません。不器用なんでしょ」
「孝夫さんは浮気は一度もないですか」

男はみんな浮気するとでも考えていたのか、叔母は眼を瞠って驚いた。
「妻と結婚する前に一、二度の恋愛はありますよ」
「それじゃ孝夫さんは誠の人なんですね」

叔母は珍しいものを眺めるように眼を丸めた。
「叔母さん大袈裟ですよ、誠の人というのは」

孝夫は新撰組の旗竿を思い出した。
「孝夫はあの奥さんがいちばんよかったのじゃ。結婚してから孝夫の顔の相がようなったけん」叔父が言った。
「ええ人と結婚されたんだわ」叔母も付け加えた。
「ありがとうございます。律子も喜んでいると思います」
「孝夫はわしと同じで我が強いがね」
「我ですか」
「そうだわね。姉さんも我の強い人じゃたわね。じゃから姉さんは孝夫のことを心配しとったわね」
「芳信叔父さんも我が強いですね」
「あれは我を通り越して狂っとるわね」
「近頃芳信叔父さんの様子はどうなんですか。ここまで来たら寄りたい気持ちもあるのですが、泣きついてぐだぐだ言われそうで。それを思うと気が重たくなって」
「寄らんほうがええ」

叔父は渋面で制した。
「昔の話ばかり聞かされるのでうんざりすることがあります」
「わしなんか過去は過去で切り捨てる。芳信はそれができん。発展性がないわね」

孝夫は佳恵が注いでくれることをいいことにどんどん呑んだ。律子が亡くなって以来、ずっと引き摺っていた疲れのようなものが、古巣に戻って不思議と解放される、そんなくつろげる気分になっていた。
「孝夫さんは呑むピッチが早いわね。温いうちにその茶碗蒸しを食べたら。佳恵さんが作ってくれたけん」

叔母は大きな目玉で言った。
「好物です」

孝夫は佳恵の顔を見て微笑んだ。それから佳恵の盃が空いているのを確かめ、酒を注いだ。

孝夫は酩酊し始めた。話がどこでどう飛躍し、繋がっているのか脈絡がわからなかった。

叔母は佳恵に向かって、
「佳恵さんも浮気ぐらいはいいですよ。いい人いないの?」

と真顔で浮気を勧めていた。
「もう歳。誰にも相手にされませんよ」

佳恵は白い歯を覗かせて高い声で笑った。

孝夫にはそれがどこか独り身の乾いた笑い声に聞こえた。

部屋の熱気か酒のせいか、佳恵の桜の花びらのような顔は、うっすら赤みを帯びていた。
「そげなことちっともなかじゃないですか。ねえ孝夫さん」
「若いですよ。子供さんも成長されたし、もう一度花を咲かせてみては」

孝夫は佳恵の眼を見つめ、冗談口で言った。
「井口さんまでそんなことを……」

佳恵は目蓋の辺りをうっすらと赤らめ、俯いて恥ずかしそうに笑った。

 佳恵は酒で躯が温まっただけでなく、孝夫の横に坐っていると、孝夫の躯の周りから自ずと醸し出している温かい人柄に包まれている気がして、義父義母がこの場に居なかったら、孝夫の胸に寄りかかって甘えてみたい気持ちになっていた。
「冗談じゃないわね。ねぇ孝夫さん」

それはパートナーを喪った者同士が今夜にでも結び合えばいいと唆(そその)すような、叔母の真剣な表情だった。
「本気、本気。孝夫さん、そうでしょ」

孝夫に再確認する叔母の熱意の口調であった。
「いやぼくは優柔不断ですから」
「あんたのことじゃありゃせんわね。佳恵さんのことよ」

と言うと、さもおかしそうにオホホと笑い声を上げた。
「そうそう佳恵さんのことだ」

孝夫は叔母の真顔に合わせて強調した。しかし自分が佳恵に喋ったことは軽い冗談だということを、酔ってはいても自覚していた。恋に無縁に生きる女がいてもいいではないか。佳恵はそういう女ではないか。恋よりも子供の健やかな成長に重きをおく女ではないかと考えた。


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八雲立つ……42

2008-11-09 08:12:07 | 八雲立つ……

「そげな母親と比較したらいけんわね。戦後は民主主義じゃ人権じゃ権利じゃばかり主張しよる輩が多いけん、女も男女同権振りかざしとるじゃろ。そんじゃから人の道とか女の使命がどこにあるかわからんようになっとるじゃろ。その点、佳恵は牧師の娘じゃけん、しっかり母親の役目果たしとる」
「そうですね」
「じゃがのあれも男日照りが長いじゃろ。近頃潤いがなくなってきとりゃせんか。それで気持ちが尖ってきて、わしを批判したりしよるけん」
「そうですか。そんな風には見えませんが」
「男日照りが続くと女は刺々しゅうなるわね」
「叔父さん、またそんな人聞きの悪いこと言って」
「孝夫みたいな女に優しゅうする男でもおればええがおらんわね」
「そんな人聞きの悪いこと言って、ぼくは女にもてないですよ」

孝夫は笑いながら応えた。
「女知らんと小説やこと書けるか」
「想像して書いてるだけですよ」
「色気がのうなったら女はすぐに婆さんになるがの。佳恵も男の一人くらい見付けりゃええもんの、どうも堅すぎるけん、いけんがね」

     *

佳恵がやって来て、御飯の用意が出来ましたから奥の方へと言った。台所の奥の部屋にも真ん中に電気炬燵があって、その上のテーブルに五段重ねの重箱や小皿、箸が置いてあった。
「茶碗蒸しは佳恵さんが拵(こしら)えたのよ。あとは残り物。その代わりお酒はいいのがあるけん」と叔母は言った。
「大晦日から奈良、京都のホテルに泊まってからこちらに来ました。この時期はホテルも割高特別メニュなんです。だからご馳走には食傷気味で」

電気炬燵に足を突っ込んだ叔父は、
「何で奈良と京都におったかね。女とかね?」と言った。
「妻とよく出掛けていたもので」
「孝夫は若い頃から変わっとるわね。姉(あね)さんがよう言うとった。孝夫はお寺と女が好きやと」
「違いますよ、女が余計です」と、孝夫は笑った。
「そうだわね、孝夫さんは女性に優しいわね」
「叔母さんまで冗談を」
「だって孝夫さんは熱情家でしょ」
「ぼくが熱情家ですか」

孝夫は苦笑した。それから孝夫の傍らに坐っていた佳恵が注いでくれた酒を口に含んだ。
「これはおいしい。吟醸酒ですね。それじゃあとは冷やでもらいます」
「冷やのほうがおいしいのですか」

佳恵は銘柄ラベルを眺めた。
「日本酒は冷やで呑むほうなので。叔父さんは晩酌のほうはどうですか」

孝夫は自分の盃を叔父に廻し、佳恵から銚子を受け取るとそれに注いだ。叔父はぐっと一飲みすると、その盃を孝夫の手に返しながら、
「わしは毎晩呑んどるけん、わしのことはええから孝夫がどんどんやりなさい。佳恵、注いでやりんさい」
「娘の結婚式のときより、顔に色艶があって元気そうですが」
「元気そうに見えるかね。毎晩一、二合呑んどる」

叔父は上機嫌な顔で眼を細めた。
「あのときは心配しましたが、久し振りにお顔を見て安心しました」
「安心したかね。佳恵、あんたも少しは呑みんさい」
「でも車で来ましたので」
「おいときなさい。タクシーで帰りなさいや」

叔父は佳恵に視線を向けて、重々しい口調で言った。
「そうそう、そうしなさいよ」と叔母も言った。
「お正月だし、それじゃぼくが注ぎましょ」

と、孝夫は盃の一つを佳恵に手渡した。
「だんだん孝夫は親父さんに似てきた」
「似てきましたか」
「親父さんはよう出来た人じゃったが、女に手が早かった。姉さんがぼやいとった。新婚早々、芸者二人に言い寄られていたとか言っとった。酒も旨そうに呑む人じゃった。何度かこっちにも来られ、わしも芳信も小遣い貰うたりしてえらい世話になった。わしが兵隊に行く前じゃが、気前よく腕に巻いていた腕時計を外して贈りもんやと」
「腕時計ですか」
「ええ時計じゃった。剛毅な気性で、親族の世話をようする人じゃった」
「ぼくとはだいぶん違いますね」
「あんたは浮気せんかね?」

酒のはいった赤ら顔の叔父は、脚だけ電気コタツに突っ込み、畳に肩肘をついて頭を載せていた。


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