自分の国は自分で守れ

Mikuのブログ

フラワーデモ

2019-05-30 23:20:02 | ニュース

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190529-00010002-nishinpc-soci&p=1

 

台湾の雨傘革命とか香港のひまわり革命のようなものかなと思ったら、日本の司法判断や法制度へのデモだった。

特に性暴力に対する司法判断が日本の場合、加害者に甘いということのようです。

少々、気持ち悪い話もありますが、読みたくなければ、ここでやめておいてください。

今日は言い辛い話に切り込みます。

以前から、こうした被害を訴え、被害者が思い出したくもない事を根掘り葉掘り聞かれ、辛い思いを堪えて懸命に答えても、なぜか加害者が勝つ場合の方が多ため、泣き寝入りするケースが多いとは聞いている。

が、しかし、泥酔した女性に性行為を行い訴えられた場合。要するに無力で判断力がつかない相手に対し、性行為を強行しているわけですから、当然、男性が何らかの刑罰を受けて当然だと思われる。

ところがそれでも男の方が無罪になるって、これ一体全体どうしたことなのだろうかね?

日本は一応は先進国ではあるんですよね?

イスラム教の国では、こういった事件があった場合、なぜか女性の方が罰を受けるらしいんです。しかも男性にはお咎め一切なし。これじゃ女性は泣き寝入り、男はやり放題じゃない。

こういうのイスラムの神様はどう見てるのかな?

でもまぁ後進国ってそういうものかなと思ったりします。

ええ、私今とても差別的な問題発言をしています。

ただ、日本はマイルドにイスラム教ですね。

性暴力があった場合、日本も、なぜだろう?何となく女性の方が悪いとみられる傾向がある。

だから、司法判断も狂ってくるのではないですか?

家父長制っていうのがあるらしいんですが、いわば男性優位社会というのでしょうか・・。

イスラム教社会はこの家父長制なんだそうで、日本も古来からそうらしいんです。日本神道と関係があるんでしょうか。

ま、ただ、この家父長制が男性が女性を守る。強き者が弱き者を守るということであればこれも役に立つ、社会善に繋がるのですが、単に強い者が弱い者を支配して屈することに繋がってしまうのであれば大問題です。私フェミニストではありませんが、家父長制なんて何の役にも立たないどころか、悪を推し進めることになってしまいます。

記事にも書いてありますが、実の娘に性暴力をはたらいた父親が無罪になってしまう。何故無罪になったのか、娘が抵抗できたものをしなかったというのがその理由だそうです。

どうでしょう?皆さま。

近親相姦とみなされた場合、日本では罰則規定はないそうです。

びっくりです・・まぁ気持ちの悪い話・・

12歳の女の子が父親とそんなことをしたいと思うものでしょうか?

そもそも子供の親に対する感情とはそのようなものではない。

昔の、人口が少ない村社会ではないのです。

それを裁判という公の場で、その女の子はわずか12歳で、言葉は悪いのですが、まるで淫乱女だと断言されたようなものです。

わずか12歳の女の子が、嫌な思いを強いられ、生理的な嫌悪感や屈辱に耐え、訴えた挙句、周りの大人たちはその子に罪を着せたも同然なのです。

同じ女性だからわかりますが、冤罪と同じかあるいはそれ以上の苦しみですよこれは

 

そもそも、訴えを起こすということは、両者が合意していなかったということです。

イジメ問題と同じで、訴えを起こすということはやはり、そこには被害者がいたということです。被害を受けた人がいる以上は、加害者は猛省を強いられる何らかの判決が必要なわけです、当然のことですが。

それを「本当に被害を受けたのか?本当はそうしたかったんじゃないの?そうでしょ?そうしたかったんだよね?はい!決まり!」と決めつけることが司法のはずがありません。

ま、これは極端に意地悪な言い方をしましたが、そもそもなぜ加害者が無罪になってしまうのかというと、これが法制度に問題がるようで、性暴力の行われそうになる前に女性は全力で拒否をしたかどうかで合意したかしないかが決まってしまうという法律なんだそうです。

どこまでどう判断するかは裁判官にもよるのかもしれませんが

拒否の仕方が、怪我をしてまで大きく拒否をしたけれども抑え込まれた。やられてしまった。そういう場合は勝訴の可能性もあるようですが、そうでない場合はだいたい合意とみなされてしまうというもののようです。

交通事故なんかもそうなんですが、どんな場合であっても事故が起こらなければよかったのに、起きたということはお互い様でしょう。と、ま、そんなような感じらしいんです。極端な話、青信号でも徐行しろってのか!?と言いたくなるようなもの。

しかし女性というものは抵抗すると殺されるかもしれないという恐怖心から抵抗できなかった。ということもあります。あるいは無力感を感じ諦めてしまったということもあるかもしれません。体力的なことや病などで全力で抵抗できる状態ではなかった。これらの場合は合意したとは言えません。

再度言いますが、訴えを起こすということは合意はしていなかったということなので、そこは法律に盛り込み、男の側に合意だなんだと言う余地は与えない性暴力は訴えられたら必ず無罪はあり得ないのだというようにするべきです。そうすれば男の方は「訴えられたら前科者だ」と頭をよぎり、冷めるきっかけになる、抑止力が働きやすくなると思います。ぐんと性暴力は減ると思う。

男側の冤罪だとかは、それが起こりそうになってから改めて考えればいいと思う。

前述しましたが、訴えて認められなかった場合、何の罪もない被害者である側に罪を押し付けることになるからです。少なくとも被害者は自分が悪かったのだと思うでしょう。

何も悪くはないのに・・です。

性暴力に及んだ男側は無罪ということは被害女性が悪かった。と言っているも同じことです。

つまり、結局は日本の司法も旧態依然のイスラム教と同じと言えるでしょう。

男側の冤罪を叫ぶ前に、被害女性を救うべきです。

 

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