「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」創世記2:7
神様は万物を創造されたとき、言葉によって全てのものを造られました。ただ、人だけは
「土のちり」で造られ、その鼻に神様の命の息をいれられたのです。他の被造物と決定的
「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」創世記2:7
神様は万物を創造されたとき、言葉によって全てのものを造られました。ただ、人だけは
「土のちり」で造られ、その鼻に神様の命の息をいれられたのです。他の被造物と決定的
「たといそうでなくても、王よ、ご承知ください。わたしたちはあなたの神々に仕えず、
またあなたの立てた金の像を拝みません。」ダニエル3:18
人は自分の願いがかない、物事が順調に行くと、神様を信じようとしますが、逆境におかれ、
「主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。
昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。」詩篇121:5-6
梅雨が明けると、今年も本格的な猛暑の夏がやってきます。そればかりか世界のいたる
「耳を傾け、私にきて聞け。」
イザヤ書55.3
この聖言葉のあとには、そうすればあなたがたは生きることができると続いています。
つまり、神様の聖言葉を聞くことは、体が水や食べ物を必要とするがごとく、魂のいのちを保つのに欠かせないことなのです。
魂のいのちも体と同じように、十分に神様の聖言葉をいただかなければ弱り果て、死んでしまいます。
そうなると、心に喜びが無くなり、怒り、悩み、憂いが心を支配するようになるのです。
神様の聖言葉は、無いよりもあったほうがましという程度のものではありません。
魂を生かし強くするために必要な食事そのものです。
この世の楽しみや知恵で代用できるように感じますが、それは食事以外の菓子で空腹をごまかしているようなものです。
神様の聖言葉を日々欠かさず魂に力をいただきましょう。 (正野)
「わたしが天から下ってきたのは、自分のこころのままを行うためではなく、
わたしをつかわされたかたのみこころを行うためである。」ヨハネ6:38
イエス様がこの世での生き方を語った言葉です。同時に、主を信じるわたし達も、イエス様に