福岡事件再審運動キャンペーン「私はわらじがぬがれない」

開始から55周年を迎える「福岡事件」再審請求運動
毎年各地でおこなわれるキャンペーンのためのブログです

8月23日 毎日新聞

2012-08-31 02:19:48 | 記事など
大変遅くなってしまいましたが,古川泰龍さんの書道展の様子が
   毎日新聞で掲載されましたのでご紹介します.

古川泰龍回顧展:「福岡事件」再審運動に半生 書や写真、著書など並ぶ
−−中央区で26日まで /福岡
http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20120823ddlk40040318000c.html
 1947年に博多区で中国人ら2人が殺害された「福岡事件」の
元死刑囚らの再審運動に取り組んだ熊本県玉名市の僧侶、
故古川泰龍(たいりゅう)さんの半生を振り返る「月もひとりか〜古川泰龍回顧展」が、
中央区天神2のギャラリー「おいし」で開かれている。
泰龍さんの長男龍樹さん(52)は「やむにやまれず再審運動に飛び込んだ
父の思いを知ってもらう機会になれば」と話している。26日まで。【木下武】

 会場では泰龍さんの書三十数点や写真、著書などを展示。
書は「心」「花」「月」「雲」など一文字をダイナミックに書いた作品の他、
好きだった宮沢賢治や種田山頭火、マザー・テレサらの言葉を書いた作品などがある。
また、再審運動を写真や新聞記事などで紹介したパネルや年譜も並ぶ。

 泰龍さんは教誨(きょうかい)師として福岡事件の
西武雄、石井健治郎両元死刑囚と出会って無実を確信。
61年から死刑執行阻止の署名を求めて全国行脚したり、
独自の調査で原稿用紙約2000枚分の「真相究明書」を出版したりして2人の無実を訴えた。

しかし、5度の再審請求は退けられ、75年には西・元死刑囚が死刑執行され、
石井・元死刑囚が無期懲役に減刑された。
その後も再審運動を続ける一方、死刑廃止や平和を求める運動に取り組んだが、
6度目の再審請求を果たせぬまま2000年に80歳で死去した。

 再審運動は遺族らに引き継がれ、05年に再審請求をしたが09年に棄却。
その後は終戦直後の混乱期に起きた死刑事件の再審開始要件を緩和する
「再審特例法案」の成立を求める運動を展開している。

 回顧展は、年内に熊本、広島、神戸、名古屋、東京などでも開催予定。
入場無料。書などの作品は販売もしている。

〔福岡都市圏版〕

8月1日 毎日新聞

2012-08-09 22:33:45 | 記事など
神戸学院大学においてなされた福岡事件の講演会の様子が
   毎日新聞に掲載されましたのでご紹介します.

福岡事件:冤罪考える 2代にわたり支援続ける古川龍樹さん、神戸学院大で講演 /兵庫
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20120801ddlk28040457000c.html
終戦直後に福岡市で起きた「福岡事件」を通して、
冤罪(えんざい)や再審制度について考える公開講演会が
このほど、神戸市西区の神戸学院大で開かれた。

父から2代にわたって事件の再審支援を続ける
「生命山シュバイツァー寺」代表の古川龍樹さん(52)=熊本県玉名市=が
「この事件が解決されないままだから、今も冤罪が生まれる構造が変わらない」と訴え、
同大法学部の学生ら約380人が聴き入った。

今年は古川さんの父・泰龍さん(故人)が事件の再審支援運動を始めて51年目。
受刑者の精神的なケアにあたる教誨(きょうかい)師だった泰龍さんは
1952年、西武雄・元死刑囚、石井健治郎・元死刑囚の2人と出会い、
訴えを聞くうちに事件そのものに疑念を抱いた。
自ら関係者に面会し、証拠を調べ、
事件現場で検証を繰り返した末に、無実を確信したという。

泰龍さんは61年に再審支援運動を開始すると、私財をなげうって全国を行脚し、
再審を求める署名を集めたが、西・元死刑囚は75年に死刑が執行された。
6度にわたる再審請求もすべて棄却されており、
00年に泰龍さんが死去してからは古川さんが運動を受け継いでいる。
06年には福岡県の学生らが支援組織をつくり、同大にも「支える学生の会」がある。

古川さんはこの日の講演で、西・元死刑囚の「叫びたし 寒満月の 割れるほど」という句を紹介し、
「寒い獄窓から『誰も無実と認めてくれない』と必死に訴えていた」と語った。
現在、戦後混乱期の死刑判決を対象に、執行を終えた事件も含めて
再審の基準を緩和する「再審特例法」成立を求める署名を集めており、
「皆さんの力を貸してほしい」と学生らに協力を呼びかけた。

初めて事件を知ったという同大法学部1年、富田数馬さん(19)は
「これだけの活動が続いていたことがすごい。
『一見明らかに思える前提にも疑問を持つ』という視点を教わった」と話した。【井上卓也】」