エドワード・スノーデンによるメール・電話盗聴の暴露はブラジルにも飛び火したね。土曜日にグローボ系の新聞『O Globo』が記事にした。米国の企業のブラジルでの提携会社を通じての盗聴であり、ブラジルの会社もそれを承知していたとのこと。米国にとってブラジルは中国、ロシア、イラン、パキスタンについで重要な国とのことである。
驚いた(想定していた?)政府は米国政府に説明を求めるとともに、連邦警察に捜査を指示している。素早い反応だ。ブラジル中の通信会社は呼び出されていろいろ聞かれることになる。でも盗聴はブラジル政府もお手のもので、汚職その他のスキャンダルはほとんどが連邦警察による電話の盗聴が発端になる。裁判所の許可を得て、というのが説明だが、その内容がバンバン、新聞や雑誌の記事なるところがすごい。「リーク」どころの話ではない。まぁブラジルもやとうと思えばやるだけの仕組みを持っているということだ。
ブラジル政府はスノーデンの亡命申請をいち早く拒絶、またボリビアのエボ・モラレス大統領の専用機の上空通過、着陸拒否をめぐって緊急に招集された南米諸国連合(UNASUR)の会議にも欠席するなど、この問題には距離をおいていたようだが、これで対応がわからなくなってきた。このタイミングでだしてきたということは、米国と南米の大国のブラジルの関係に揺さぶりをかけて、南米への亡命を有利に運ぼうという作戦なのか。
ところで暴露先の新聞が『O Globo』だったとは。前のウィキリークのときはフォーリャだった。テレビとつながっていて、インパクトが大きいということで選んだのだろうか。それとも他紙は受け付けなかったのだろうか。こういうことも気になってくる。
金曜日にジルマ大統領の今回のデモについてのアナウンスが行われた。内容は概ね次のようなものだった。、
①民衆の声を聞くことの重要性。
②ブラジルの政治的後進性を解決する過程での示威運動である。
③暴力については厳しく対応する。
④石油のロイヤリティはすべて教育分野に振り向けるといった「公約」
④ワールドカップへの巨大な公共投資についての批判は無視して、「素晴らしい大会を行う」と宣言
①については今日の午後、MPL(Movimento de Passe Livere=今回のデモのオーガナイザーとされている団体)の代表を呼んでで会談をしている。しかし、デモの抗議のテーマは検察の捜査権を制限する憲法改正案(PEC37)、ワールドカップへの公共投資の巨大さ、教育その他に拡散しているので、僕にはもうデモのオーガナイズについては、すでのこの団体の手を離れ、統制が取れなくなっているように思われる。MPLはすべての公共交通を無料にすることを主張している団体であり、それが現実的ではないことは、高学歴の参加者にはわかっており、求心力ということでは勢いを失っていくだろうし、それらの分野で影響力をもとうという意志はないように思える。
②は来年の大統領選挙という権力闘争の中にあって、ジルマあるいはPT(労働党)が、いかにこの政治的リスクを切り抜けていくための戦略的言辞である。「私は大統領でも国会ではPTは過半数をもっていないし、政治というのは実際難しい。でも私は努力しているのよ」と問題のすり替えを行なっているように思える。しかし、①でシンボリックであっても対話を求めたのは、政治的な効果を生むであろう。また自分を含めて政府に向けられているデモを「ブラジルを変えるためのエネルギー」と表現するあたりは、問題のすり替えであっても、レベルの高いレトリックと感じた。
③は当初、暴力がない平和的なデモを望み、イメージダウンを避けるために機動隊などの出動を遅らせていたが、小売店に対する略奪、外務省への侵入などがおこりはじめると、統治者としてはこれに言及せざるを得ない。選挙の票をもっているのは、デモ参加者だけでないのである。うがった見方をすれば、暴力的であればあるほど、デモのイメージを悪くさせ、政府を助けるのである。
④では具体的な約束が述べられている。デモの早期の収束が最大の課題なので、「努力する」などといったメッセージは通用するものではない。この石油のロイヤリティの教育分野への振り分けは彼女自身が国会に提出している法案である。いわば自分のプロジェクトの宣伝もしているわけである。
⑤のワールドカップでは、すべての大会に出場している唯一の国である、過去5回優勝している、などといったブラジル人の琴線に触れるような(と勝手に思っている)メッセージに終わり、公共支出についての説明、あるいは釈明は何もなかった。
現時点で確実にいえるのは、来年の大統領選挙の行方は完全に不透明になったということだろう。
昨日(18日)のデモでは、セ広場に集まり、それから市役所まで行進して抗議した。昨日は心配されていたサッケ(Saque=本来の意味は「引き出す」だが、この場合は侵入・商品の強奪)もおこり、家電店などからテレビなどが盗まれた。市役所のそばには昨年12月に開店したダイソーもあるが、被害がでていなか心配だ。早々に店じまいするなどの対策をとっていればいいのだが。
(心配が的中し、やはりシャッターを無理やりこじ開けて侵入して荒らされていた=ニッケイ新聞)
*セ広場に集まった人数は5万人
*侵入・強奪、破壊による逮捕者52人
平和的というのがスローガンだが、通常、こういうデモは衝突がおこり、その矛先が店に向けられることが多い。またそれを目当てにどさくさで物をとろうという「便乗組」もいるからやっかいだ。
今回のデモ、示威行動、政治的にはよくわからない状況だと思う。バス代は市の管轄でサンパウロだと直接抗議されているのは、PTのハダッド市長。地下鉄は州で野党のPSDBのアルクミン知事。これまでのデモ、示威行動ではブラジル共産党や労働党の旗が振られ、真っ赤になっていたものだが、今回はちょっと違う。デモ隊には支持する党の旗を持ち込まないという暗黙の了解ができていて、それでも持ち込もうとする人間が取り上げられたり、乱闘がおきたりしているという。
野党、与党ともにどう対処したらいいか戸惑っている状況ではないだろうか。月曜日、サンパウロでジルマ大統領、ルーラ元大統領とハダッド市長が集まって「対策会議」をしたと報道された。ルーラにしたらハダッド市長は、宿敵マルフとも手を組んで当選させた子飼いといってもいい存在で、ジルマ後の大統領にもという筋書きまで引かれているそうだから、子供の一大事に親と姉さんが集まったようなもの。そして、そこにもう一人参加したのが、ジョン・サンタナという選挙参謀というかマーケッター。ルーラの再選とジルマの3年前の選挙のマーケティング面での総指揮をとった人物である。何が話し合われたのかはわからないが、今回のデモにマーケティング的にどう対応したらいいかのオリエンテーションだったことは間違いない。
その結果、ジルマの演説は非常に柔らかく参加者に理解を示すものどころか、彼らの行動はブラジルの誇りとまで言い切っている。しかも、その演説は鉱山関係の新しい規制を発表するセレモニーで、何ら公共交通とは関係ない場だ。マスコミを通じてこの騒ぎが、自分やPTのイメージ低下に結びつかないようにするためのイメージ作りのためだ。訳の分からない失言、妄言で世界の非難の的にされるどこかの国の政治家と比べると、数段上手で戦略的だといえるだろう。
この日曜日(13日)の明け方、軍警、市警、連邦警察のよるリオデジャネイロのファヴェーラ、ロッシーニャ(Rocinha)で「平和化」のオペーレーションが行われた。動員数は3000人、ヘリコプター7機、海軍の装甲車18台などで、市街戦の準備だ。ロッシーニャは約7万人の人口を抱える、「南米最大」とよく紹介されるファヴェーラである。日本のマスコミでも報道されているが、こちらではニュース番組が生中継した。この間バンデイランテス局のカメラマンが流れ弾にあたって死亡したばかりだから、アナウンサーも防弾チョッキを着ての中継だった。
侵入の様子の写真は次のサイト見ることができるけど、けっこう生々しい。日本でマスコミのカメラマンや記者がここまで密着して報道することは少ないと思う。良し悪しは別にして。
写真
映像
「制圧」が一段落したところで、ブラジル国旗とリオデジャネイロ州旗が掲揚され、「平和化」をシンボリックにアピールして政治的なアクションに変えたのはブラジルらしい。こういうPRには非常に長けている国だ。
昨年の別のファヴェーラ、アレマンのときのオペレーションではトラフィカンテ(麻薬ギャング)との銃撃戦の力勝負になり死傷者がでたが、今回は「平和的」に侵入、ドンパチはなかった。また、アレマンでは警官による押収された武器や麻薬の横流しが行われ、取り締まる警官側の問題も同時に告発されているが、今回はそれもなかったという。作戦本部ではこの警官による横流しを防ぐためにリュックサックの使用を禁止したと報道されている。こういう単純なことが功を奏したとは思えないが、作戦はインテリジェンス部隊を使って周到に準備されてきたという。もっともギャングのボスだった通称ネンは8日に逮捕されているから、抵抗するモチベーションも低かったに違いない。
こうしたファヴェーラへの侵入作戦の目的は、首謀者の逮捕、武器の押収とともに内部に警察の拠点(WPP=警察平和部隊)をおいて、麻薬ギャングの活動を止めることである。これをリオデジャネイロ州政府はすべてのファヴェーラに設置して、ギャングはファヴェーラを拠点にして活動することを根絶しようとしている。もちろんワールドカップ、オリンピックを視野に入れた政策であることは間違いない。
ファヴェーラというのはよくいわれるような犯罪者の巣窟などではなく、低所得者層の居住地である。リオデジャネイロやサンパウロその他の大都市はそこで働く人が必要だが、住宅の供給量は圧倒的に需要を下回っている。それを解決しているのがファヴェーラだ。公用地などに掘っ立て小屋を立てて住み始め、それが数が増えるにしたがってやがて市街地らしいものができてくる。しかし、上下水、電気、ガス、電話などの公共サービスは「不法占拠」なるがゆえに市は何も手を下さない。投資しない。必要に迫られて、住民は自治団体などを作って、あるいはムチロン(共同作業)で電気を引いたり(盗電)、水を確保していく。政府はいわば公共投資なしで、市内で働く労働者の住宅地を確保してきたようなものである。そしてある程度発達して街らしくなると、今度は恩赦という形で合法化して住宅税をとるようになる。濡れ手に粟ともいえるか。リオデジャネイロのは山肌にあるので目立つが、どこの都市でも存在する。
そして、警察も手をださない、ファヴェーラの一種の治外法権的な点に目をつけたのがコカインを中心とする麻薬を扱うトラフィカンテだった。ブラジルは南米産のコカインの米国、ヨーロッパへの中継地点となっている(今月、ブラジルの日系人が13キロのコカインを関空から持ち込もうとして逮捕されているので日本もマーケットとなっている可能性はある=読売新聞)。またブラジルは一大消費地でもあり、コカインはモーロで小分けにされ、売人によって販売される。場所も首謀者も明らかになっている、こんな単純な犯罪がばれないわけはないが、警官がそれに関わっていて、継続されてきている。映画『トロッパ・デ・エリッテ2』が描いたのはまさにこの世界である。今回のロッシーニャのケースだと、月間の「売上」は約100万レアルという数字が新聞にでている(末端価格からいって、ちょっと少ないように気がするが)。
トラフィカンテがファヴェーラを拠点にしているもう一つの理由は、手足となって働く部下のリクルーティングである。もともと低所得者が住むところで、仕事のない若者や子供はゴロゴロしている。「人材」は豊富だ。容易にそれらを引きこんで組織を作っていく。家族が同じところに住んでいるのだから、脅しもきいて、裏切りも防げる。脅されるのは「組員」の家族だけではなく住民全員で、下手に密告してばれたりしたら大変なことになる。だからファヴェーラを取材するマスコミの記者のインタビューに答える人の大部分は匿名を希望し、イニシアルしかでない。
また脅しだけでなく、ファンクのパーティーを開いたり、食料を配ったりして、懐柔策もとっているところが江戸の鼠小僧的なところだ。住民団体の幹部の選挙に干渉したりもする、特定のグループを援助する。またこれは金をとってのビジネスだが、電気会社が入ってこれないので、盗電のシステムを作ったり、有料テレビの電波をハッキングして違法配信したりしており、政府に代わってある種の「インフラ」を提供しているともいえるかもしれない。
ワールドカップ、オリンピックを控えて、どうも政府は本気で構えているようだが、これまで君臨していたトラフィカンテいなくなった後(本当に壊滅できたとして)、政府はどう公共サービスを進めていくかが課題だと識者たちは指摘している。月間100万レアル、年間で1200万レアルの売上のあった「企業」が消滅したわけである。
ここからはマーケティングの話。
ロッシーニャの人口は約7万人と書いた。これはもうちょっとした市の人口と同じである。貧民窟とはいっても、下の方は掘っ立て小屋が並んでいるわけでなく、コンクリートの建物が並んでいて、商店も多い。トラフィカンテの影響力がなくって警察が治安を維持していくなら、一大市場がそこに存在していることになるのだ。
例えば衛星テレビの会社のセールスマンは、もう昨日の段階で契約をとるためにモーロに入ったそうだ。警察部隊は武器、麻薬の押収とともに闇テレビのシステムを解体している。これまでは闇テレビのせいで浸透できなかったマーケットである。これは商機だ。
そそて、住民は犯罪者などではなく、大部分は市内で働く普通の勤め人であり、今、ブラジルでもっとも力強い成長を見せ、あらゆる企業が注目しているCD層である。これがごっそり固まっているのである。住宅の問題でそこで暮らしているわけで、決して「貧困層」ではない。ブラジルの経済成長を支える中心層である。その証拠に、ロッシーニャ内にカードの使える店がけっこうあると読んだことがある。治安が維持されれば、銀行などあらゆるサービス業が進出していくことだろう。それによる雇用も期待できるだろう。
そうした経済活動がうまく回りはじめ、政府がインフラを中心に公共サービスの義務を果たし始めて、はじめてモーロに平和が訪れることになると思う。