金曜日にジルマ大統領の今回のデモについてのアナウンスが行われた。内容は概ね次のようなものだった。、
①民衆の声を聞くことの重要性。
②ブラジルの政治的後進性を解決する過程での示威運動である。
③暴力については厳しく対応する。
④石油のロイヤリティはすべて教育分野に振り向けるといった「公約」
④ワールドカップへの巨大な公共投資についての批判は無視して、「素晴らしい大会を行う」と宣言
①については今日の午後、MPL(Movimento de Passe Livere=今回のデモのオーガナイザーとされている団体)の代表を呼んでで会談をしている。しかし、デモの抗議のテーマは検察の捜査権を制限する憲法改正案(PEC37)、ワールドカップへの公共投資の巨大さ、教育その他に拡散しているので、僕にはもうデモのオーガナイズについては、すでのこの団体の手を離れ、統制が取れなくなっているように思われる。MPLはすべての公共交通を無料にすることを主張している団体であり、それが現実的ではないことは、高学歴の参加者にはわかっており、求心力ということでは勢いを失っていくだろうし、それらの分野で影響力をもとうという意志はないように思える。
②は来年の大統領選挙という権力闘争の中にあって、ジルマあるいはPT(労働党)が、いかにこの政治的リスクを切り抜けていくための戦略的言辞である。「私は大統領でも国会ではPTは過半数をもっていないし、政治というのは実際難しい。でも私は努力しているのよ」と問題のすり替えを行なっているように思える。しかし、①でシンボリックであっても対話を求めたのは、政治的な効果を生むであろう。また自分を含めて政府に向けられているデモを「ブラジルを変えるためのエネルギー」と表現するあたりは、問題のすり替えであっても、レベルの高いレトリックと感じた。
③は当初、暴力がない平和的なデモを望み、イメージダウンを避けるために機動隊などの出動を遅らせていたが、小売店に対する略奪、外務省への侵入などがおこりはじめると、統治者としてはこれに言及せざるを得ない。選挙の票をもっているのは、デモ参加者だけでないのである。うがった見方をすれば、暴力的であればあるほど、デモのイメージを悪くさせ、政府を助けるのである。
④では具体的な約束が述べられている。デモの早期の収束が最大の課題なので、「努力する」などといったメッセージは通用するものではない。この石油のロイヤリティの教育分野への振り分けは彼女自身が国会に提出している法案である。いわば自分のプロジェクトの宣伝もしているわけである。
⑤のワールドカップでは、すべての大会に出場している唯一の国である、過去5回優勝している、などといったブラジル人の琴線に触れるような(と勝手に思っている)メッセージに終わり、公共支出についての説明、あるいは釈明は何もなかった。
現時点で確実にいえるのは、来年の大統領選挙の行方は完全に不透明になったということだろう。
昨日(18日)のデモでは、セ広場に集まり、それから市役所まで行進して抗議した。昨日は心配されていたサッケ(Saque=本来の意味は「引き出す」だが、この場合は侵入・商品の強奪)もおこり、家電店などからテレビなどが盗まれた。市役所のそばには昨年12月に開店したダイソーもあるが、被害がでていなか心配だ。早々に店じまいするなどの対策をとっていればいいのだが。
(心配が的中し、やはりシャッターを無理やりこじ開けて侵入して荒らされていた=ニッケイ新聞)
*セ広場に集まった人数は5万人
*侵入・強奪、破壊による逮捕者52人
平和的というのがスローガンだが、通常、こういうデモは衝突がおこり、その矛先が店に向けられることが多い。またそれを目当てにどさくさで物をとろうという「便乗組」もいるからやっかいだ。
今回のデモ、示威行動、政治的にはよくわからない状況だと思う。バス代は市の管轄でサンパウロだと直接抗議されているのは、PTのハダッド市長。地下鉄は州で野党のPSDBのアルクミン知事。これまでのデモ、示威行動ではブラジル共産党や労働党の旗が振られ、真っ赤になっていたものだが、今回はちょっと違う。デモ隊には支持する党の旗を持ち込まないという暗黙の了解ができていて、それでも持ち込もうとする人間が取り上げられたり、乱闘がおきたりしているという。
野党、与党ともにどう対処したらいいか戸惑っている状況ではないだろうか。月曜日、サンパウロでジルマ大統領、ルーラ元大統領とハダッド市長が集まって「対策会議」をしたと報道された。ルーラにしたらハダッド市長は、宿敵マルフとも手を組んで当選させた子飼いといってもいい存在で、ジルマ後の大統領にもという筋書きまで引かれているそうだから、子供の一大事に親と姉さんが集まったようなもの。そして、そこにもう一人参加したのが、ジョン・サンタナという選挙参謀というかマーケッター。ルーラの再選とジルマの3年前の選挙のマーケティング面での総指揮をとった人物である。何が話し合われたのかはわからないが、今回のデモにマーケティング的にどう対応したらいいかのオリエンテーションだったことは間違いない。
その結果、ジルマの演説は非常に柔らかく参加者に理解を示すものどころか、彼らの行動はブラジルの誇りとまで言い切っている。しかも、その演説は鉱山関係の新しい規制を発表するセレモニーで、何ら公共交通とは関係ない場だ。マスコミを通じてこの騒ぎが、自分やPTのイメージ低下に結びつかないようにするためのイメージ作りのためだ。訳の分からない失言、妄言で世界の非難の的にされるどこかの国の政治家と比べると、数段上手で戦略的だといえるだろう。
今回のバス・地下鉄の値上げ反対の抗議集会、最初、パウリスタを通行止めにして渋滞を招いているな、ぐらいの意識しかなかったけど、あのコーロル弾劾時の抗議デモに匹敵すると知って正直、驚いている。
バス代が3.00から3.20に値上がりしたことに対する抗議としてはなんともラジカル過ぎるという印象だが、もし主催者というか仕切っているリーダーがいるとすれば(Movimento de Passe Livreというのが新聞にでているが詳細はよく知らない)、バス賃の値上げという誰にとってもわかりやすいテーマをシンボリックに使って、それが非常な効果を発揮したというところだろう。SNSが威力を発揮したともいわれるけど、興味のないことに人は集まらない。
その興味というのは、やはり昨年から今年にかけての景気の後退による家計の圧迫であろう。昨年のインフレ5.84%(IPCA=消費者物価指数、IBGE)というのは公式の数字で、「体感インフレは15%ぐらいあるような気がする。ブラジルはインフレ率とシンジケートとの話し合いで給料の調整があるけど、それはhハイパーインフレ時代と違って一年に一回だ。じわじわと可処分所得は減るし、ローンで買った家や車、家電の借金はまだ残っている。もう借りれない状況で、やはり面白くない、というのが今のブラジル人の気持ちの公約数だといえる。
失業率は上がっていないけど、ある会社で聞いたところによると、「辞める人が減った」とのことである。あれほど楽観的なだった再就職、転職を恐れ始めているだ。
でも、と言いたいのは、あのハイパーインフレの時代、失われた20年の時代に比べたら、確実に生活、所得は増えている(かつて賃金格差による贅沢を謳歌していた中の上は別にして)。人は一度手に入れたものは手放したくないということか。これで来年の大統領選挙の行方が不透明になってきた。