湧水めぐり・まち歩き 藤川格司

水を調べている日々を書き込む予定です。最近は熱海のまち歩きを楽しんでいます。

富士山の地下水(2)地下水のモデル

2019年06月05日 | 富士山の地下水

富士山の地下水(2)地下水のモデル

富士山の地下水(1)で富士山の水を探しに行きました。山頂や山腹には水はなく、山麓でやっと見つけました。
富士山の地下水はどのようになっているのでしょうか。どのように考えればいいのでしょうか。富士山の地下水についてイメージしてください。

入門編として均質な砂からなる砂丘の地下水を考えてみてください。



砂丘の地下水循環を示す模式図、榧根勇(1992)

砂は透水性が高いので、砂丘の上に降った雨はすべて地中へ浸透します。そして、蒸発する水以外はすべて地下水になります。この地下水は砂丘のへりで地上へ湧き出します。均質な砂丘でも、人間の手の加わっていない段階では、砂丘のへりに新たに井戸を掘ると、自噴します。硬い地層を掘り抜かなくても自噴します。図中の矢印は地下水の流れを示します。

砂丘の上で井戸を掘ると、ある深さで地下水面が現れます。この地下水面は全体としてみると砂丘の地表面にならってかまぼこ状の形をしています。雨が降って地下水面が上昇すると傾きが大きくなってよけいに地下水が流れます。地下水が流れて地下水面が低下すると傾きが小さくなって、流出する地下水は少なくなります。このように砂丘は、降雨に反応して地下水面を上下させることにより、地下水流出を自己調節している。
つまり、砂丘の地下水面は降雨で供給される地下水をちょうどよく流せるような形に決まっているのです。
富士山でもこんなことが起きているのでしょうか。



まず、器である地質構造を見てみます。



富士山の地質構造
富士山は4層構造になっているそうです。地下水を考えるときは先小御岳と小御岳はあまり考えなくてもいいと思います。
重要なのは古富士火山と新富士火山です。それから、山体崩壊して流れた御殿場泥流も注目です。


富士山の地下水のモデルを紹介します。



富士山の地下水については、3つのモデルがあります。
図の上のモデルは山本(1970)によるものです。山腹で電気探査など地下水調査を行い、山頂、山腹には地下水がなく、山麓の湧水として地下水が流出することからイメージしたのではないでしょうか。砂丘のモデルとよく似ています。
富士山全体を不透水基底にひろがる地下水体として捉え,山頂の涵養から山腹の流動,そして山麓の湧水帯とするモデルを示しました。富士山全体を考える場合は有効なモデルだと思います。また、有限要素法で地下水の流動をシミュレーションして涵養域と流出域を求めています。


図の中のモデルは蔵田(1967)によるものです。山麓の地下水を三島溶岩を中心に調べて、水理学的に溶岩流を一枚としてイメージしたものだと思います。溶岩の緻密な部分は水を透さないが、溶岩流が流れる間に、クラックなど隙間ができて、どこかでつながっていると考えたのでしょう。また、柿田川湧水の膨大な地下水を見たときには、地下に河川があるとイメージしたのだと思います。
富士山の雪融け水と降雨はすぐに 地下へしみ込んで地下水となり,クリンカー状のがさがさに破砕された溶岩中に入り込み,水の浸透しにくい古富士泥流層の上を地下川として流れ,末端で湧出するモデルです。緻密な溶岩は水を透さないのですが、水文学的にはつながっていて、水圧を受けて溶岩流全体で地下水を運んでいるというモデルになり有効なモデルです。


図の下のモデルは土(2007)によるものです。三島溶岩流の調査や柿田川公園での丁寧なボーリング調査や湧玉池周辺でのボーリング調査結果をもとにイメージしたと思います。
湧水の主体はいくつも重なっている溶岩層間のクリンカー状に破砕された部分の被圧地下水である。玄武岩溶岩層の中心部はゆっくりと緻密に冷え固まって水も透さず表層と下底はクリンカー状になり,高所へ行くほど溶岩層はより薄く、より傾き、クリンカー部分が多くなるという溶岩層の構造を考えて見ると,高所ほど降雨と雪融け水は溶岩層間に入り易く,山麓では被圧地下水体として溶岩層間に蓄えられ,高さによる水圧で溶岩末端から押し出されるように湧き出す湧水のメカニズムを示しました。




土(2007)


三島溶岩は富士山から遠くまで流れていて特殊です。詳細な調査結果から、柿田川の湧水は溶岩層の間の被圧地下水が主であるが、そのほかに,表層砂礫層中の表層自由地下水,軽石層の下の被圧地下水,溶岩層の下の砂礫層の被圧地下水,と何系統かの地下水が混ざり合ったものです。表層の地下水や軽石層の下の地下水,溶岩層の下の地下水には,愛鷹山や箱根山からの地下水が流入または混入している可能性があるとするモデルは有効だと思います。
柿田川の湧水の涵養域は水収支法で調べた場合も、富士山の流域だけでなく愛鷹山や箱根山の流域も含まれているという結果がでています。



富士山の地下水を別の角度から見た研究があります。

水の酸素と水素の同位体分析です。同位体分析については、別のところで詳しく説明します。ここでは同位体比により涵養された水の標高、つまり、どの高度で降った雨が流出してきたのかを推定する方法を加味して考えたモデルです。湧水の中にはすぐ周辺で涵養された水、1000m~2500mで涵養された水、混合していろいろな高度を示す水があり、地質と合わせ整理したモデルです。




安原(2003)によると、過去約1万年くらい間に噴出された水を透しやすい新富士火山噴出物によって表面部分が覆われており、その下に古富士火山噴出物があります。古富士火山を作る主な地層は火山泥流と言って水を透しにくいため、古富士火山は難透水層の役目を果たします。このため、現在の富士山は大きく見れば、新富士火山噴出物が地下水を溜める帯水層となり、その下の受け皿となる古富士火山の上に乗っかているという二重構造をしているものと考えられています。
地下水は古富士火山の上を斜面方向へと流れ、やがて山麓部で湧水として湧き出します。このようなメカニズムによってできた湧水は図の③で、白糸の滝が有名です。



新富士火山噴出物をもう少し細かく見ると、溶岩流や火山灰層、火山砂礫層やスコリア層が何重にも重なってできています。これらのうち、溶岩流の中心部分は密なため、水を通しにくいです。対照的に、溶岩流の表面部は砕かれてガサガサしており(クリンカー)、水を溜めやすくまた通しやすい構造をしています。火山灰層、火山砂礫層やスコリア層も同じように水を溜めやすくまた通しやすい構造をしています。したがって、地表からしみ込んだ水の一部は、まずこのような溶岩流の三つの部分にさえぎられて、その上の溶岩流の表面部や火山灰層、火山砂礫層やスコリア層の中に蓄えられて地下水となり、斜面方向へ流れてやがて山麓部で湧水として湧き出します。このようなメカニズムによってできた湧水は図の②で湧玉池、柿田川、今泉湧水などが有名です。また、富士五湖も同じメカニズムで地下水が供給されています。


柿田川湧水(第一展望台)

なお、火山灰層などが変質して粘土化した地層が挟まれることがありますが、これが難透水層の役割を果たします。標高の高いところにある湧水ではこのように局所的に分布する粘土化した火山灰層により形成された湧水もあります(図の①)。




御殿場泥流により、数多く分布する御殿場の湧水のタイプは①です。モデルとは少し異なりますが、局所的な難透水層により形成されたのは同じです。

新富士火山噴出物中にしみ込んだ水の一部は斜面方向へと流れます。そして、残りの部分がさらに深くしみ込んでゆき、最後に古富士火山に貯留されると考えます(図の④)。



古富士火山の水、富士市の水道水源の一つである久保町3号(標高207m)
見えているのは貯水タンクですが、その横、学生たちの後ろに水道水源のボーリング孔があります。深さ183mぐらいで、新富士火山の溶岩流を突き抜けて、古富士火山の噴出物の地下水を汲み上げています。富士市民の一部は古富士火山の水を飲んでいます。年代測定をしていないので詳しくはわかりませんが、かなり年代物の水だと思います。50年前、100年前に降った雨だといいなと思っています。



地形と地下水
安原の地下水モデルはわかりやすく明確です。しかし、タイプ②の山麓の湧水にはいろいろ含まれているように思います。富士山の山麓の1000mぐらいから下に降った雨と地形の効果により下部の地下水(新富士、古富士火山)の地下水が含まれていると考えます。
地形と地下水についてわかりやすく説明した下の図を参考にしてください。



Toth(1995)はフランスのAquitain Basinにおける地下水の流れを概念的に図に示しました。地下水は難透水層を含む帯水層の単斜構造では水理学的には連続して、全体として地形の効果により決まる地下水の流れを地質構造が修飾していることを示した。
難透水層に挟まれた8層の帯水層が単斜構造を呈しているが、最上位の帯水層内の流れは地形の効果を受け、尾根部で涵養された地下水は左右の盆地に振り分けられている。一方、下位の帯水層では北西側が低くなる大地形と、単斜構造のに支配された南東から北西に向かう流れが示されている。北西端の低地は流出域となり、難透水層は横切る流線が描かれている(近藤昭彦2011に一部加筆)。
図にあるように、タイプ②の山麓の湧水には富士山の山麓の1000mぐらいから下に降った雨と地形の効果により下部の地下水(新富士、古富士火山)の地下水が含まれていると考えます。

富士山の地下水についてイメージできましたか。
地下水は全体として地形の効果により流れ、それを地質構造が修飾しているようです。
富士山の地下水を考える時、100年前の富士山に降った雨だとすばらしいと思います。しかし、水は混ざってしまうとわからないとも考えます。特に、②のタイプの湧水は山麓の大部分を占めるのですが、混ざっているようです。

次は湧水の地理的分布、同位体分析のことや湧水ごとに流出メカニズムを説明したいと思います。


参考文献
安原正也(2003)富士山に降った雨水はどう流れるか?、地質ニュース、590,31-39.
榧根 勇(1992)地下水の世界、NHKブックス651、日本放送協会.
近藤昭彦(2011)地形と地下水、地下水流動、共立出版、86-107.
土 隆一(2007)富士山の地下水・湧水、富士火山、山梨県環境科学研究所、375-387.






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