湧水めぐり・まち歩き 藤川格司

水を調べている日々を書き込む予定です。最近は熱海のまち歩きを楽しんでいます。

富士山の地下水(4)地下水の持つ情報

2019年06月20日 | 富士山の地下水
富士山の地下水(4)地下水の持つ情報

水の同位体による情報が重要です。水温、水質や流量だけではわからないことが明らかになりました。富士山で考えると、この湧水は20年前に降った雨だとか、標高2000m以上の高いところに降った雨だと推定できるということです。それが時間情報、空間情報です。





これは同位体についての説明です。
中性子が一つある重水素(Deuterium)は安定した同位体です。中性子が二つある三重水素(Tritium)は放射性同位体で放射壊変します。どちらも質量数1の水素より重いことが重要です。安定同位体は標高などの場所の推定に用います。放射性同位体は壊変しますので、時間情報つまり年代測定に利用します。



水素の同位体が3つ、酸素の同位体も3つあるので、上の図のようにいろいろな組み合わせの水ができます。その比率の大部分は普通の水(HH16O)で99.731%です。次がHH18O で0.1999%です。
数値が小さくなるので、標準平均海水とどれだけ違うかで示し、式のようにδ18O、δDのように‰(パーミール)で表現します。本当に微量なのです。



どれくらい少ないのでしょうか?ざっくりと示します。酸素の18の存在比率は標準平均海水で0.1999%とすると、δ18Oの値との関係は上の図のようになります。酸素の18の存在比率が0.2000%の場合、δ18O 値は0‰、0.1990%でδ18Oの値は-5.2‰、0.1980%でδ18Oの値は-10.2‰になります。同位体のほんの少しの差で決まるということです。微妙な分析です。



安定同位体による解析は、雨の降る場所によって重い水が含まれる割合が違うことを利用しています。放射同位体と異なり壊変して少なくなりません。そのため、安定同位体と言います。高いところに降る雨は軽い水しか残っていないことでわかります。数値で示すとδ18Oの値が0‰は海水です。平地で-6.0‰、富士山の高いところでは-10.0‰と小さい値になります。



雨の降る高度と同位体比の関係を示しました。富士山では高度効果として、100m登るごとに0.4‰少なくなっていきます。図の標高0mで―6.0‰でしたが、1000m登ると高度効果で4‰下がりますので、-10.0‰になります。



富士山の湧水の同位体分析結果を示しています。数値だけではわからないので、左の図に湧水が流出している標高と同位体比の関係を示しました。湧水の値は雨水の点線よりもかなり低いところにあります。標高の低い所では見られない軽い水が流出しています。
赤い丸のよしま池を例にとると、標高は120mですからそこに降る雨は―7.0‰ぐらいですが、湧水の値は―9.3‰とかなり小さい値が出ています。雨水の値だと1000mぐらいになります。この湧水は標高120m付近に降った雨ではなく、富士山の標高1000m以上のところに降った雨が浸透して地下水となり、溶岩の中を流れてよしま池で流出していることになります。同位体分析はすごいでしょう。



同位体を使って、山体のどこに降った雨が地下水を涵養しているかの研究があります。
安原(2003)によると、東麓、西麓、南麓の湧水の平均涵養標高は1000~2000mくらいです。北麓の湧水では平均涵養標高は1400~2700mくらいと少し高めになりますが、いずれにしても富士山では、森林限界(標高2000~2400m付近)をだいたい上限とする山体の中腹部に降る降水が地下水の涵養に最も重要であると読み取ることができます。
そして、2000mより高い所に降った雨は、面積が小さいので絶対量が少ない、また、永久凍土が関係して地下水の涵養への貢献度は少ないとしています。






放射性同位体分析では、水の年齢がわかります。何年前に大気中に漂っていた水が落ちてきたかということです。



放射性同位体で年代測定を行うには、半減期を利用します。放射壊変の速度は放射性元素それぞれについて一定です。炭素14の半減期は5730年です。これは炭素14が放射崩壊をおこして量が減っていき、5740年経ったところで最初の半分の量になることを示しています。



各同位体の初期濃度を測定しています。これが重要です。トリチウムは1965年ごろの原水爆実験により高い濃度を示しています。半減期が約12年ですので、測定できるのが60年くらいです。図のように現在では自然状態(2~3TU)に戻っています。年代測定には、単独ではなく、トリチウム、塩素、クロロフルオロカーボン類(CFCs)などのマルチトレーサーデータを使っています。



戸崎 他(2017)によると年代トレーサーを利用した地下水の年代推定において,従来からもっとも多く利用されてきたのがトリチウムである。トリチウム(3H=T)は,約12.32年の半減期を有する水素の放射性同位体であり,HTOの形で水分子を構成し,自然界を循環している。降水のトリチウム濃度は,大気圏内核実験(おもに水爆実験)の影響により,1960年代前半をピークとする非常に大きな濃度変動をもっている。いったん地中へ浸透した後には他の物質と反応せずに放射壊変によって一方的に濃度を減少させるため,地下水の年代トレーサーとして理想的な性質をもっている。 トリチウムによる年代推定は核実験による降水の濃度ピーク(Bombピーク)と放射壊変による濃度減衰の2つの性質を利用している。核実験開始以前(1953年以前)の降水のトリチウム濃度は,放射壊変によって検出限界レベルにまで低下している。そのため,地下水中にトリチウムが含 まれているかどうかを調べることにより,核実験開始前に涵養された古い地下水(滞留時間60年 以上)であるか,核実験開始以降に涵養された若い地下水(滞留時間60年未満)であるか,また両者の混合であるかの判別が可能である。 この判別能力がトリチウムによる年代推定の最大の利点である。またトリチウムが検出された地下水については,試料水中の濃度を降水のBomb ピークの減衰曲線と対比することによって涵養年代を推定することが可能である。



これは,これまでの調査で測定された湧水のトリチウム濃度を降水のトリチウム濃度曲線および指数関数モデルによる濃度出力線(平均滞留時間:5年・10年・20年・30 年・40年・50年)と比較したものである。これをみると湧水の値は,おおむね指数関数モデルから想定される出力線の範囲に分布しており,Bombピーク の時期に涵養された地下水が混合せずに流出した場合に想定されるような高いトリチウム濃度を有する湧水は出現していない。
したがって,富士山の湧水は,山体上部から山麓までの広い範囲で涵養された地下水が山体内を流動し,湧水として流出する過程で混合しているものと判断される。また湧水の値は,5年から30年の平均滞留時間の 出力線に近い部分に分布していることから,過去 30年以内の降水による涵養の影響が大きいと推察される。



新富士火山の地下水の年代測定結果を示します。よしま池以外は30年より若いと出ています。また、0年~31年のように、富士山の斜面のいろいろな所の水が混ざっていることも示しています。年代が古い水ほど、酸素の18の同位体比は小さな値を示し、標高の高い所で涵養されたことを示しています。右のグラフのように相関関係が認められます。
古富士火山の地下水の年代測定の例は少なく、トリチウムが検出できないほど古い水というデータもあり、今後に期待したいです。



安原(2003)に滞留時間を加筆しました。地下水の滞留時間は文献のデータをまとめて、ざっくりと出してみました。いろいろな水が混ざり合うので、0年からとしています。
富士山の湧水のほとんどがタイプ②です。滞留時間は0年から31年と推定されています。標高の高い所で涵養されて滞留時間の長い水もあるのですが、湧水地点の周辺か少し高い所で降った雨も含まれることがあります。
前回も書きましたが、古富士火山の水を水道水源に使用している地域は、滞留時間の長い水を飲んでいるようです。まろやかなのでしょうか。



参考文献
安原正也(2003)富士山に降った雨はどう流れるか?地質ニュース590、31-39.
Tosaki, Y., Tase, N., Sasa, K., Takahashi, T. and Nagashima, Y. (2011): Estimation of groundwater residence time using the 36Cl bomb pulse. Ground Water, 49, 891-902.
戸崎裕貴 他(2017)富士山の地下水年代、地学雑誌、126,1,89-104.

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4 コメント

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藤川先生に質問です (GEN)
2022-11-04 21:55:23
私のような門外漢には同位体の話など大変わかりやすく、勉強になりました。驚くことが沢山ありました。
一つ教えて頂きたいのですが、例えば柿田川の湧きまと柿田川と狩野川の合流点では同位体やIRなどが変化するものでしょうか?つまり、湧水を水源とする河川の水が流れ、川で地表付近で簡単な伏流をしてそれがが湧き出ると同位体比が変化するでしょうか、簡単にいうと仮に湧玉の湧水が小さい扇状地でもう一度伏流してすぐに扇状地の下で湧水したとすると枠玉の湧水と扇状地の下流域の湧水の同位体は変化するのでしょうか、それともどちらもほとんどかわらなく、伏流であるかどうかの判断はできないのでしょうか 教えて下さい。
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湧く玉の湧水 (GEN)
2022-11-07 23:15:27
藤川先生
湧く玉の湧水は溶岩末端と書かれていますが、津屋(1986)では大宮溶岩の末端は富士宮市市街地を超えて安居山低地をすぎて、富士川の蓬莱橋まで続くのでは(山本ほか2019:東海大海洋学紀要)?
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コメントありがとうございます (藤川格司)
2022-11-08 09:44:45
コメントありがとうございます。
同位体比が変化するのは蒸発したり、他の水が混入した場合などです。
湧玉池のメカニズムは、土さんの文献が詳しいので参考にしてください。同位体比もブログの末に参考文献名を付けていますので、確認してください。ネットで入手できます。土隆一(2007)富士山の地下水・湧水、富士山、山梨県環境科学研究所、375-387.
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ありがとうございます (GEN)
2022-11-08 14:14:11
藤川先生
ありがとうございます。湧玉池のメカニズムをお話頂きましたが、溶岩末端は土先生の認識が間違っていると感じます。津屋(1968)でも大宮溶岩の末端は蓬莱橋です。確認してお話しております。同位体についてはわかりました。今研究中のもがあるので質問させて頂きました。また、降水量などで変化するのですね。Tosaki, Y., Tase, N., Sasa, K., Takahashi, T. and Nagashima, Y. (2011): Estimation of groundwater residence time using the 36Cl bomb pulse. Ground Water, 49, 891-902.が手に入らないので月しかわかりません。その前の日などのデータがないので、白糸にアメダスがありますが、西側の湧水の滞留時間がよくそろっているのは、どうしてでしょう。特に採取日によって水量も変化しそうです。浅い伏流水が混ざると特に降水量との関係がきになります。西側は2007の3月と2006・・が採取日のようですが・・・
ありがとうございます。藤川先生、是非津屋(1968)の地質図をご参考下さい。土先生(2007)がいう白糸溶岩や猪之頭溶岩はありません。
定義された白糸溶岩は山元(2014)または山元ほか(2007)で出てきます。土先生は溶岩を地層として扱っている、藤川先生は水のことが主で地質チェックを土先生に頼っているように思えます。大宮溶岩が1層の溶岩です。オーバラップしてフローユニットが何枚もあるだけです。地層でいえばラミナのようなものです。続きません。上下関係もありません。しかも大宮溶岩はパホイホイ溶岩(山本ほか2003、山元2014など)で帯水層をつくるクリンカーを作る溶岩ではありません。地質のところを土先生に頼らず、藤川先生のお考えでお書き頂くか詳しい方に
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