日モ同時上映中の「蒼き狼」を見てきました。
一番驚いたのは、800年前生活が今ここに続けられていることです。
自然がそのままに残り、ゲルの生活があり、馬を飼い、羊を飼う。
山や大地がそこにあり、自然の恵みをそのままに受ける生活、何も加えない、何も引き去らない、そんな生活が続いています。
日本では、戦後の昭和の様子をテレビドラマのセットで再現したとニュースになるというのに、800年前の生活がここにあるのは驚きです。
ほんの狭いウランバートルと数箇所の都市では、近代生活が行われているけれど、その生活を支えているのは、この、自然と向き合っている牧民さんたちなのだと思うと、モンゴルの国って、ますますわからなくなってくる。
ウランバートルの中心から、わずか100キロのところには、牧民がいて電気も無い生活をして、都市では、電気、水道、暖房、インターネットの生活をしているのです。
長く長く続いてきた牧民のDNAが、都市生活をする人たちにも受け継がれているとしたら、それが、影響を与え、どのような変質が行われているのやら。
そして、物語は、チンギス ハーンというより女性の側から描かれ、感動する場面もありました。まさに、日本映画。
戦闘シーンは、軍隊の協力を得たとのことで、迫力満点でした。
反町さんの乗馬姿は、堂に入っていて、日本でもかなり訓練を積んだように見受けられました。
乗馬のスタイルも、モンゴル風の人も、ブリティッシュスタイルと思える人もいましたが、危なっかしく見える人はいなくて、すごいなぁと思いました。
映画つくりというのは、本当に人を楽しませるためにあるとつくづく思いました。
ただ、どこかのブログに30億の巨費を投じて作ったと書いてありました。
モンゴルの物価や人件費の安さを思うと、どこにそのお金が使われたが、とても気になるところです。
映画つくりのことを知らないので、見えない部分に、必要なのだろうなぁ。。。
戦争による女子供の悲劇は、チンギスの戦争時代だけでなく、違った形で、今のモンゴルにもあるような気がします。
すべてのモンゴル人が、蒼き狼の目指した平和で豊かな、時を迎えられます様に。
この映画は「今のモンゴル人への、エールのようだ」とは、偶然ご一緒した知人の言葉です。
一番驚いたのは、800年前生活が今ここに続けられていることです。
自然がそのままに残り、ゲルの生活があり、馬を飼い、羊を飼う。
山や大地がそこにあり、自然の恵みをそのままに受ける生活、何も加えない、何も引き去らない、そんな生活が続いています。
日本では、戦後の昭和の様子をテレビドラマのセットで再現したとニュースになるというのに、800年前の生活がここにあるのは驚きです。
ほんの狭いウランバートルと数箇所の都市では、近代生活が行われているけれど、その生活を支えているのは、この、自然と向き合っている牧民さんたちなのだと思うと、モンゴルの国って、ますますわからなくなってくる。
ウランバートルの中心から、わずか100キロのところには、牧民がいて電気も無い生活をして、都市では、電気、水道、暖房、インターネットの生活をしているのです。
長く長く続いてきた牧民のDNAが、都市生活をする人たちにも受け継がれているとしたら、それが、影響を与え、どのような変質が行われているのやら。
そして、物語は、チンギス ハーンというより女性の側から描かれ、感動する場面もありました。まさに、日本映画。
戦闘シーンは、軍隊の協力を得たとのことで、迫力満点でした。
反町さんの乗馬姿は、堂に入っていて、日本でもかなり訓練を積んだように見受けられました。
乗馬のスタイルも、モンゴル風の人も、ブリティッシュスタイルと思える人もいましたが、危なっかしく見える人はいなくて、すごいなぁと思いました。
映画つくりというのは、本当に人を楽しませるためにあるとつくづく思いました。
ただ、どこかのブログに30億の巨費を投じて作ったと書いてありました。
モンゴルの物価や人件費の安さを思うと、どこにそのお金が使われたが、とても気になるところです。
映画つくりのことを知らないので、見えない部分に、必要なのだろうなぁ。。。
戦争による女子供の悲劇は、チンギスの戦争時代だけでなく、違った形で、今のモンゴルにもあるような気がします。
すべてのモンゴル人が、蒼き狼の目指した平和で豊かな、時を迎えられます様に。
この映画は「今のモンゴル人への、エールのようだ」とは、偶然ご一緒した知人の言葉です。