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風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

ホーショール

2007年03月10日 | チンゲル亭裏日記

トゥールさんに、ホーショールを作ってもらうことになりました。
金曜日は、一日暇ということなので、昼過ぎからうちに来て作りました。
あまり上手ではないというのですが、皮を作る手際は、あっという間で、いつもながら、モンゴルの女性たちの鍛えられ方は、かなりのものと思います。

ツァガンサルに、何千個ものボーズを作る手伝いをさせられているので、小麦粉で作る皮、たまねぎのみじん切りは、肉のみじん切り並みの熟練ではありません。
今日は、ひき肉を買ってきたので、肉のみじん切りは見ることができませんでした。

彼女のホーショールの腕があまり上手ではないのなら、ほんとに上手な人のホーショールの出来立てを食べてみたいものです。

夫をはじめ、トゥールさんがお世話になった青年Oさんとその仲間たちは、みなおいしいといって食べました。

こちらのアパートに引っ越して以来はじめての、青年たちです。
トゥールさんも、みんなにすぐなじんで、楽しいパーティーでした。
Oさんへの感謝の気持ちは伝わったし、一人参加の詩吟のメンバーと早めに来ていた一人を巻き込んで、詩吟教室も一応はできたし、その上、私の詩吟とオルティンドーのご披露もさせてもらいました。

夫は、宴たけなわとなっても、10時は、事務所の決めたシンデレラタイムなので、さっさとコートを出してきて、彼らを追い立てました。(笑)

彼らが帰ってから、ジワリとこみ上げてきたのは、数えてみると3月の1日までに53回の授業を数える、SAVE THE CHILDREN UKでのボランティアを、日本語教師をしている青年に、よく続きましたとほめていただき、後任がいないのは残念と言っていただいたことでした。
二人で、後片付けをしながら、良い時間をすごせたと、自己満足でした。

いつも、こんな風に集まったとき、青年たちに逆に励まされる私でした。

ほんとにいつも、ありがとね!
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来月の今日

2007年03月07日 | チンゲル亭裏日記

来月の今日、今頃は我が家の畳に座っているころです。
娘と鼓太郎をそばにして、顔が緩んでいることでしょう。

あと一ヶ月、心残りのないようにすごしたいと思っています。
あまりがんばり過ぎないようにと、叔父から、娘の朗報を喜び合う電話で、助言をいただきました。

「帰国」という言葉を聞いて、にわかに、いろんなものが動き出した感があって、それは、私にとってうれしいことばかりです。
春は来るし、帰国は間近だし、元気を失うことはなさそうです。

自分はそうでも、傍目には危なっかしく写るのかもしれません。
自重しつつ頑張ろう!
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ジャルガランさん

2007年03月05日 | チンゲル亭裏日記

筑波で地質の研究をしているジャルガランさんは、とても優秀で素敵な方です。

2004年に、UBに来たとき、彼女は仙台から7年ぶりに帰国して、TISの地質学部で教鞭をとり始めていました。
帰国したばかりで、授業数が少なく、自由な時間がたっぷりあったので、あちこちに遊びに連れて行ってくれ、私の通訳をしてくれました。
彼女は、たわいも無い遊びを今まですることが無いくらい忙しかったので、私とUBの街を歩き回ったり、買物をしたり、おいしいものを探したりすることが、新鮮で楽しかったそうです。
そして、私のことを今まで付き合った日本人と違って、物事をはっきり言うから、安心といわれてお付き合いをしていました。
いろいろお世話になった中で、大きいのはオルティンドーの先生に出会わせてくださったことです。
おかげで、2005年に再来蒙したときもまた同じ先生に教えていただくことになり、仕事を持たない私にも、モンゴルに過ごしたことを形として残すことが出来ました。

花ちゃんについでお世話になった女性です。

そのうち、ジャルガランさんは大学でも忙しくなり、「あそびたいねぇ」といいながら、なかなか会えないで居るうちに、また、日本へ研究のため息子さんを連れて行ってしまいました。

今年は、その当時から日本で学んでいた娘さんは大学を卒業して日本のIT企業に就職し、息子さんは、日本の高校を卒業して、今度はモンゴルの大学を目指すそうです。
彼女は、6月にモンゴルに帰って、大学に復帰するのですが、おそらく、時期地質学部長と目されています。

彼女に、頂いたネフライトという細長くカットされた緑色の石は、先月になってやっとイアリングとペンダントヘッドに加工することが出来ました。
その、写真を送信したら、近況を知らせていただき、間もなく誕生日ですねおめでとうのメッセージを頂きました。
彼女とは、ローマ字のメールのやり取りですが、気持ちが伝わってくるのです。

昨日は、民族の壁を感じると書きながら、今日は、、、

日本人、モンゴル人を振りかざして物事を複雑にするのではなくて、身の回りのこととしてコンパクトに、個人差と考えたら、すっきり楽なのでしょうねぇ。
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可愛く元気

2007年03月05日 | チンゲル亭裏日記

若い人から、「可愛く、元気で居てください」とメッセージを貰いました。
これから、私の合言葉にしようと、思いました。

思いがけない、言葉も貰って、なんだか一人でうれしくなって、頬が緩んでいます。

3年間いつも思って居たことは、若い人たちが辛い思いをしていないかということでした。
それは、かつて隊員であった娘への思いの裏返しであったと思うのです。
そして、もう一人の娘は、結婚して、幸せで居るし、守る人がすぐそばにいるのだからと、手放していたのですが、淡々としているその娘にもいろんな思いがあることを感じるにつけ、母親業って物は、なんて幸せなことなのだろうと思うのです。

なんだかんだと、細かいことに目くじら立てずに、淡々と信じたことを黙ってこなすという夫の生活身上が、少し、私にも分かりかけてきて、ちょうど今日の、「かわいくげんきで」の言葉に、ちょっとした気づきがありました。

この言葉をくれた彼女は、その言葉が触媒になったことを知りません。
陽気で笑いすぎるくらい笑う明るい彼女は、たぶん口下手という印象を持っていたのです。
ちょっとした思いを伝えてくれたその短いメッセージにいろんな思いが感じられて、暖かい気持ちになりました。

モンゴル人の流れるような、謝辞は、始め驚き喜び心地よさを感じましたが、やはり心にぴったりくるのは、同じ日本人の言葉でした。

民族の壁を感じる今日この頃です。。。
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オルティンドーの練習

2007年03月04日 | チンゲル亭裏日記

今日のオルティンドーは、金井さんの見学付きで行われました。
練習そのものは、前回のヤギの断末魔と酷評された声とは違って、また、元の声に戻ったようで、褒めてもらえました。

前回の練習日27日は、先生もご機嫌が悪く、いつもの様子では有りませんでしたし、あろうことか、その前の練習の13日に100ドルを支払ってサインをいつものように貰っているのに、お金を貰ってないといわれました。
H さんが見学に来ていたので、お金のことでいざこざしたくなかったので、次の回にと言って帰ってきました。

1回目の任期満了で、2004年に帰国するとき最後の練習でも同じことがありました。
前払いだったのが途中で後払いになったと、思い違いしていた先生が、まだ、半分(5時間分)の練習を残して居るにもかかわらず、お金を請求されました。
その時、花ちゃんがきちんと説明してくれましたが、トゥールさんに通訳が変わったときにも、お金を貰ってないということを言ったらしいのです。

また、同じことが繰り返されるのかと、うんざりしました。
今日の、練習後には、先生にさらりと思い出してもらえましたかと尋ね、貰ってないといわれたら、5時間分のレッスン料を支払い、これで、お稽古は終了ということにするつもりで、出かけました。
支払ったはずの100ドルは、ボーナスとして差し上げたつもりと伝えるだけのことはするつもりでした。

練習後、日付を記入しそれが領収書代わりになっている記録表に先生が記入した後、先生から、お金は貰っていましたと告げられました。
あれこれ、考え準備したことが、あっけなく無駄に終わって、ほっとしましたが、完全に万歳をして喜ぶ気分では有りませんでした。
トゥールさんにも、通訳をする都合上、その前に私の気持ちを全て告げていましたから、彼女が一番安心したようでした。

一件落着。

さて、初めて練習の見学をした、金井さんは、練習へのコメントは無かったのですが、ご自身の馬頭琴の練習の上で、とても役に立ったと言って下さいました。

頭で分かっていても、なかなか、体が反応してくれないのは、共通の悩みでした。
そして、オルティンドーの声の変化と、馬頭琴の音の変化の共通するところも発見して、馬頭琴の音の出し方の開眼が有ったとか。
お役に立てて幸いでした。
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ご招待

2007年02月25日 | チンゲル亭裏日記

夕食のご招待を頂いて、夫といそいそと出かける。
やーンスゴーイ。お二人でこちらにいらっしゃるときに食材をたくさん持ってこられたと有って、こちらでは食べられないものも並んでいて、何から手をつけてよいやら、、、

お酒とつまみと心地よい会話だけでも、どんなにか慰められるか分からないのに、懐かしい日本食の心をこめたもてなしは、うれしくて、思いっきりがつがつと食べてしまい、赤面の至りでした。

奥様は、ご主人の健康管理をなさりながらの70日間の滞在だそうです。
少し、退屈をなさるかもしれないと、週1回のボランティアにお誘いしました。
気持ちよく、来てくださることになり、今週で2回目を数えました。
子供たちは、観客が居ることで、恥ずかしがることは無く、とたんに元気に積極的になり、盛り上がった授業をすることが出来ました。
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こだわりというよりしこり

2007年02月24日 | チンゲル亭裏日記

私のこだわってきたことを、当たり前に身にまとっている人は、私がこだわっていることに逆の視点からすると、なぜなのだろうと、不可解に思って居るのだろうなぁとおもう。

私も、反対側の立場で、そのことに対面したとしたら、こんなこだわりというよりしこりを残すことは無かったかもしれません。
出会いというものは、いろんな側面があり、いろんな出来事を持ってきます。

「もし、たら」とどう考えても反対の立場で会うことは無かったと思えるので、その出会いは、どうしてもそのしこりを作るしかなかったのでしょう。

それは、私にとって大きな苦痛であったけれど、大きな学びをもたらしました。
そして、密かに決めたことがあります。

あきれるぐらい物事にこだわらない夫にも、UB生活で、人生たった一つ胸の中にしこっているものがあるようです。

そのことは口に出せるものではないから、私の生活にまで影響していることが一つ有ります。
言ってしまえば、私は楽になれるけれど、悪者を一人作ってしまうことになります。

今は、まだ我慢できているけど。。。

しこりというものは、頑固なものなのだけれど、一つのキーワードによって、簡単に消える、あるいは、胸の中から追い出すことが出来る。

今回は消えたと思っていたら、小さい形になって舞い戻りそうになったのを押し戻して、消えたことにしている今の状態は、不安定です。
けれど、心が動いていれば、遠心力で吹き飛んでいくことでしょう。

遠心力といえば、今までは、モンゴル語を学び挫折したり、オルティンドーを習い手応えを得て、ほどほどの遠心力を獲ていたのですが、さらに強い遠心力が加ったのです。
詩吟を教えさせてもらっていることです。

母の介護生活に入って、忘れた振りをしていた詩吟を、介護が終わってもなかなか思い出して、手にとることができず、のらりくらりと過ごすうち、モンゴル生活が始まり、忘れた振りをしなくて良くなって3年。

帰国を目前にして、心が和らいだからでしょうか、テレビで風林火山という文字を目にして、詩吟を思い出し、手に取ることがきたのでした。

今日で、二度目の練習は、一人増えて三人のお弟子さんに恵まれました。
ありがたいというしかありません。

感謝
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モンゴル語が意味のある言葉として聞こえる

2007年02月21日 | チンゲル亭裏日記

最近、妙に、値段がはっきり耳に聞こえるようになりました。
「ミャンガ(千)」が、その音の通りに聞こえるだけでなく、ちゃんと頭の中に、千トグルクの札がイメージできるようになっています。

まったく聞き取れなかったモンゴル語が、外国人の私のためにゆっくり分かりやすくしゃべってくれているのかと思うほど、鮮明に聞こえます。

私の覚えた数少ないモンゴル語の単語は、モンゴル人の話の中から、飛びぬけて鮮明に聞こえることもあります。

単語の数を増やす地道な努力をしていたら、今頃、もっと相手の言うことが理解できていたことだろう。

「ある日突然、相手の言葉が理解できて、しゃべれるようになる」というのは、信じられなかったけれど、このことらしい。

今日、ジャフランという有名な演歌歌手のCDを買いました。
聴いてみるとジャフランの口笛でした。私は彼の声が好きなのだから、すぐさま取替えに行きました。

「ジャフラニー ドー バイフグイ(ジャフランの 歌が ない)」「ウール CD (ほかのCD)]それだけで、レジに居た女性店員は分かってくれました。
ジャフランのCDのところに行ったら、小柄な男性がCDを見ていたので、「ジャフラニー ドー?」と尋ね、「エージーン ドー バイノー(お母さんの 歌は ありますか)」と尋ね、彼が、これとこれと選んでくれました。

見ず知らずのモンゴル人に声をかけて、反応が戻ってきたのは、うれしいものだなぁ。

ヤッター!

めでたく、CDを取り替えてもらい、ジャフランのオリジナルのCDの方が半分以下の値段ということに驚き、お釣りを貰って意気揚々と帰ってくる。

モンゴルでは、CDの取替えは、OKですが、ちょっと気が引けたので、クッキーを持参して、店員さんにありがとうと渡すと、初めてにっこり笑いました。アラ、可愛いじゃないと思ったのです。

初めてのお使いをした幼児のように、高揚感にあふれる私でした。
去年CDの音が出なかった時は、サクラで、なんて言えばいいのか教えてもらい一人で行ったのはいいのですが、結局はお店からサクラの奥さんに電話をして応対をして貰ったのでした。

一人でやりおおせたことに、ひそかに大満足して、悦に入ったのでした。
もう、一人で行ってきたよと、自慢するには恥ずかしい私でした。
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合格!

2007年02月20日 | チンゲル亭裏日記

長女の、新しい仕事先の合格発表がありました。
4月からの配属先は、まだ分かりませんが、家から通えるところらしいので、一安心です。

私たちが帰国したとたん、娘が、本当の一人生活を始めてしまったら、ほんとにがっかりするのですが、まだ当分(かな?)、一緒に暮らせるなんて、うれしい結末です。

二度目にモンゴルに来た年に、次女が結婚して家を出て、鼓太郎との二人の生活が、思いのほか寂しく感じたのは、みんなが生活した記憶の有る家に一人取り残されたのだから余計に感じたことでしょう。
ほんとに留守番ありがとう。おかげで、何の心配もなく、モンゴルでの仕事、生活を全うすることが出来ました。
後、少し、よろしくお願いしますね。

日曜日は、マラソン完走の電話で私が、月曜日は合格発表の連絡をボランティアで不在だったので夫がそれぞれ受けて、娘の喜びの声を聞きました。
なんて幸せなことだろう!

いつも、特にモンゴルに来てから、娘たちから受ける幸せ報告で、元気を貰い、体が若返る気がしたのでした。
それは、帰国しても同じなのですが、ことのほかうれしく感じたモンゴル滞在期間でした。

持つべきものは友達であり、子供であり、なのでした。
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すっきり解消

2007年02月18日 | チンゲル亭裏日記

ずーっと長い間、心にわだかまっていたことが、「お世話になり、ありがとうございました」の一言のメールでほぼ解消しました。

拍子抜けするくらいに、納得してしまった自分に、あきれました。
やっぱりその一言だけでよかったのだなぁ。。。
1週間早かったら、もっとうれしく、ありがとうを要求する心なんて書かなくて済んだのにと思ったことでした。
異国の厳しい環境の中で袖振り合った多少の縁は、それだけで、ありがたく大切なものとおもっていました。
ただ、このこだわりが、胸にちくちくといつまでも尾を引きそうでしたが、遅ればせでもこだわりを捨てることなって、ほんとうに良かった。

今日は、孤児院訪問の打ち合わせでした。
久しぶりの孤児院訪問ですが、多彩な人材が増えて、子供たちの喜ぶ様子が見えるようです。
今日は、若い人たちにおにぎりを持って行きました。
義母の作った7年物の種つき梅干を入れたおにぎりです。
海苔もたっぷりつけて、しかも、おこげごはんのおにぎりもあって超豪華版(笑)でした。

出し物の選定や、歌の練習、そして雑談に、久しぶりに若い人に会いました。Oさんの、夫の用事を済ませるついでにお見送りしていただいたので、土壇場になって、行きたくないにはならなくて、めでたくおにぎりも無駄にならなくて済みました。
目的が、子供のことだし、何度か慰問にご一緒した人たちなので、抵抗感が無かったのだと思います。

そのメールも、明るい気分にしてくれたものと思います。
私が人に会いたくなくなるなんて、思わぬ経験でした。
これで、脱出できたのかなぁ。。。

あさっては、孤児院で、楽しい時間を過ごして来たいと思います。
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