Re:SALOON & VBA

赤黒ゲーム・・・「決め・分け論」㊵

この「決め・分け論」のカテゴリーで、40投稿目になる。
このカテゴリーは、単発で読んでも、分からないということを明示化するために、
「決め分け」という造語で括り、かつ、番号まで点けている。
今回は、その上に更に、分かりづらい「赤黒ゲーム」という概念(?)まで付ける。
「赤黒ゲーム」自体は、ネット検索で出て来るので、調べていただいたらいいけど・・・
今回は、これを「決め・分け論」と繋げて考えてみたい。

僕がこの「赤黒ゲーム」に出会ったのは、今を遡ること、30年前ぐらいだろうか、
ネット検索でも、「赤黒ゲーム」の繋がりを指摘される筈の
「自己啓発セミナー」なるものに参加したときのこと。
何を隠そう、僕の配偶者との出会いの場、なので、人生を左右する場でのことだった。
まあ、自分の経験を披歴する必要はないので、「赤黒ゲーム」に話を戻そう。

何故、今更、これを思い出したかというと、
北朝鮮のミサイル発射、そして、ロシアの長引くウクライナ侵攻
(実態は戦争だけど、ウクライナ側はロシアに攻め込むことが出来ないので侵攻、侵略だと思う)
を見て、これはゼロサムゲームではないなぁ~、誰も得をしない、マイナスサムゲームだと思ったからだ。

「決めたい」系の考え方の基本は、ゼロサムゲームなんじゃないかと思う。
誰かが得をすれば、誰かが損をする。総量は変わらない、西側・アメリカが損をすれば、ロシアが得をする。
プーチン氏の思考には、獲り合いの考え方しかないのではないかな・・・と

実際、この戦争で、得をする誰かかいるだろうか・・・
果たして武器商人は、得をするのかも知れないが、
全世界の総量(何のは言わないけど)でみると、大きくマイナス。
果たして、この戦争で、ロシアが得をする結末のシナリオが描けるとは思えない。
プーチンの病的な「プライド」は満足するのだろうか・・・

「赤黒ゲーム」の前提には、ゼロサムゲームがあるのだと思う。
誰かが、得をすると誰かが損をする。
誰かが、勝とうと思ったら、誰かを敗者にしなければならない。

そして「囚人のジレンマ」のようなゲーム設定。
ゲームの開始にあっての説明で「このゲームの目的は、勝つことです」とミスリードを誘う。
「勝つ」という用語で、誰かが「負ける」ことを当然のように想定させる。
また、勝つ方法は、「得点を上げる」ことだと追加で説明される。
ただそのとき、どちらかのチームが「勝って」どちらかが「負ける」という前提だけ、
ワザと言明されていないのだけど、我々の、暗黙の前提で、ゲームでの「勝」は、誰かの「負」を前提にしていると思い込んでいる。
その思い込みに気付くことが、このゲームの目的である訳で。
今思うと「白黒」でなく「赤黒」なのがミソなのかなと思う。
あえて、「勝ち負け」でいうと、自チームだけの「勝ち」を目的にゲームした自分が「負け」で、
相手チームと共同で、黒を投票し続けて、得点の総和「得点を上げる」に気付いた自分が「勝ち」なのかも知れない。
(ここに、プライドを擽る、別のミスリードもあるのではあるけど・・・)

ロシアは、「赤」を出し続けている。そして、合計点をマイナスにし続けている。
ウクライナで行われる殺人と、破壊、そして、ロシアの経済の悪化、兵士の命、国民の人心の悪化・・・、そして、世界全体への悪影響・・・、数え上げればきりがない。

「決めたい」系の考え方には、どちらも得をする考え方がなかなか、出てこないのではないかと思う。
「決める」こと、すなわち、どちらかが「勝ち」、どちらかが「負け」と決めたい訳だから。

この「赤黒ゲーム」は、その「決めたい」という前提を、ホントにそうなん?、それしか無いの?と問いかけている。
合計点をプラスにする方法は、「協力ゲーム」なのだという、隠された、到達点。

単純な構図として、このゲームは「決めたい」系に、「分かりたい」系の考え方もあるよと
メタ思考という境地に到達させることにある気はする。(強引な我田引水かも知れないが、お赦しを)
僕が、このゲームを思い出したのも、多分、そうなのだと思う。

ただし、この「赤黒ゲーム」、必ずしも、その目標を達成できていない気がする。
というのは、このゲームは、ネット検索してみると気付かれると思うけど、
「マルチ商法」とか、「カルト宗教」と、関連して、語られてしまうということが多々あるように思う。
実際、そういう団体に利用されて来たのであろうけど。

メタ思考に、正しく誘導できていないということか・・・
これは、多くの人は、「勝ち負け」を超えた、両方「勝ち」もあり、にいたるが、
ある種の人は、自チームの範囲を広げただけに終わってしまうということかと・・・

私が「勝ち」であなたが「負け」だったのが、
私とあなたが「勝ち」で、その他の(以外の)人が「負け」となっただけなのかと思う。
スケールシフトしただけ。パラダイムシフトまでには至らず。
「マルチ商法」の場合は、加入者が「勝ち」で、新参者・新加入者が「負け」、
新加入者も、誰かを勧誘して、更なる新加入者を見つけると、「勝ち組」に入ることができる。

「カルト宗教」も、同じ構図になる。
信者が勝ち、大洪水でノアの箱舟に乗れて生き残る、信者でない人は、洪水で死んでしまう。
私は、恵まれている、神様に選ばれている、(勝ち組のプライドが拡大する)
一人でも多く「目覚めよ」とパンフを配り、信者にすることが、私の「使命」と・・・
神という超越した存在が、実在する家族との関係を破壊する。そして、更なる被害者を増産してしまう。
「赤黒ゲーム」で、「黒」に気付く人を増やしたいという更なる「赤」を出し続けていることに「メタ昇華」出来ない。

結局、「決めたい」の呪縛のまま、「赤黒ゲーム」を、ひとつの「勝つ」手段にしてしまう。
「黒」を出せば「勝てる」という「赤」を出すゲームにいる自分に気付けない。

「決めたい」の壁は、想像以上に高い。
プーチンは、死ぬまで「プーチン」でありつづけるのだろう。
この戦争の「プラス」があるとしたら、ポスト・プーチンに、次の「プーチン」を生み出さない仕組みづくりが出来るかどうかだと思うが・・・、それにしても、この対価は、高い(壁は高い)。
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