夜はスタッフの企画でショットバーが開かれた。
カクテルを何杯か飲んだが、だいたいは自分がコンビニで買ってきた焼酎を隠れて飲んでいた。
この日からユースに来た、若いフリーのカメラマンと仲良くなる。
フリーだと聞こえはいいが、フリーターみたいなもんだって言っていた。
しっかり働かないとなかなかお金にならないのだそうだ。
いろいろなところに行けるんじゃないかと聞いたが、そうでもないって。
ファッション雑誌の写真をメインにやっていて、グラビアはあまりやらないんだって。
グラビア撮影とかだったら、サイパンとかいいところに行けるらしい。
どうしてグラビアをあまりやらないのかと聞いた。
キレイなものをキレイに撮るのはつまらんと。
花を美しく撮るのは当たり前の話ということか。
僕が金沢で買ったたこわさびを2人でつまみつつ飲んでいた。
この人とはどーもウマが合う感じ。
お互い趣向がおっさん臭い。
洗い物をしていると、一人の滑舌が悪いおっちゃんが話しかけてきた。
「いい酒といいウニが入ってるんだ。どうする。」
どういうこと?
「飲みたくないか?どうする。」
そりゃ、頂けるのはありがたいけど。
「飲むならそれなりの覚悟と準備が必要だ。どうする。」
「中途半端なまずい酒で新年を迎えるのか。それとも最高の酒を飲んで新年を迎えるのか。どうする。」
ちょっと怖かったが、好奇心が勝った。
カメラマンと共に申し出を受けることにした。
おっちゃんは部屋に酒を取りに行き、僕たちは一番いいお椀と箸をテーブルに用意して待った。
おっちゃんが持ってきたのは、鹿児島産芋焼酎「
天無双」。
そして、北海道礼文島産の
粒ウニの瓶。
おっちゃんは金属のお猪口を取り出し、酒をついで僕に渡した。
「少し舐めてみろ」
酒を少し口に含んだ。
なるほど、確かに安物とは違うようだ。
あんまりよく分からないけど。
次におっちゃんはウニの瓶を開け、箸一本で一粒取り出して僕の手に乗せた。
「食べてみろ」
ウニを口に運ぶ。
濃厚なウニの味わいを感じることができた。
「どーだ。うまいだろ」
再び酒を渡される。
「今度は一口飲んでみろ」
ウニの瓶を渡される。
「自分でひとつ食べてみろ」
酒を渡される。
「飲んでみろ。自分の量で構わない」
ウニ。
「食べてみろ。好きな量取って構わない」
酒。
「飲んでみろ。好きな量で。自分のタイミングで」
ウニ。酒。ウニ。酒。ウニ。酒。…。
おっちゃんのうんちくを聞きつつ、おっちゃんの指示のままに延々酒とウニを繰り返す。
「この焼酎は現地に行って買ってきたんだ。
でも普通の人が行っても売ってくれない。
なぜだか分かるか」
「この焼酎は天無双。
もうお前たち一生飲めないんだ。
天下無双の意味分かるか」
「この世に二つとない…」
「そう。
飲めるのは今夜が最初で最後だ。
この焼酎を造った人間の苦労が分かるか?
瓶に書いてある説明を読んでみろ」
説明文に特に苦労話は書かれてなかった。
「俺は東京にこういう酒を呑ませる店をだす。
いい酒はもう何件か承諾をとってあって、揃えられる。
夏は開かない。
このウニが取れる季節しか店は開かない。
開店のときに並んでいた10人しか受け付けない。
一人当たり三千円から五千円だ。
どーだ?」
「いや、すごいっすね…」
「どうして?」
「いやぁ…」
「東京の店みんな潰れちゃうぞ。
俺が店開いたら。
どーだ?」
ウニの瓶は空になり、おっちゃんは酒をしまった。
「どうもありがとうございした。
ほんとすごいです」
「どうして?」
こんなやりとりが10回くらい続いた。
おっちゃんは同じ話を何度も繰り返す。
ドラクエの町の人みたいに。
きっと僕からある言葉を引き出したいのだろうが、その言葉がどうしても分からなかった。
同じやりとりを繰り返して、やっと開放された。
しかし、このおっちゃんは何だったのだろう。
誇大妄想にしては、客単価を設定するなど、妙にリアルだ。
そもそも、この焼酎が本当に唯一無二なのかも分からない。
酒の呑ませ方も、適当なことを言っているっぽいんだけど、考えて計算しているとしたらすごい。
スタッフの方の話では、あのおっちゃんは毎年来ているのだそうだ。
毎年宿泊者をつかまえてうまいものを食わせては、一方通行の話を浴びせるらしい。
四日までいるというので、ずっと顔合わせることになるのか…。
挙句の果てに、同室という…。