せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

或いは幸福

2010-07-12 13:30:55 | 小説
(時系列的に或いは恋の前。矛盾に関してはまた書く)


姉さんは、記憶喪失だ。
あんな事が有ったのだから無理もない事だとは思う。既に息も絶え絶えだったところを恋人に救われ一命は取り留めたが、その場では平静を装えたらしいものの家に帰って来てからその日の出来事を話すと狂ったようにごめんなさい、ごめんなさい叫びながらと一日中泣いていた。
泣いて泣いていつの間にか意識を失った姉さんは三日後に漸く目を覚まし、そして代償のようにあの人とあの事件の記憶だけがすっぽりと抜けていた。

仕事に行きたがる姉さんを死に物狂いで引き止めその日のうちに家を出ると、俺たちは十ほど離れた駅にある知り合いの別荘に転がり込んだ。きっと姉さんが自分を忘れていると知れば、あの人は壊れてしまうと思ったからだ。幸いなことに姉さんの上司は話の分かる人で、数少ない姉さんの友人には出張と言い訳しておいてくれたらしい。

別荘での生活をしていた時、たまに姉さんにあの人の話をすると不思議そうに首を傾げて「誰のことを言ってるの?」と俺を笑っていた。


それが三日前。一昨日どうしても仕事の関係で家の方に向かわなければならなくなった姉さんは、それから消息を絶っている。

―――
(或いは幸福)


もうなにもいうまい