せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

パンプキン! -たとえばそれは、天使の憂鬱

2009-04-18 20:09:03 | 小説
ひどいものですね、と言った。
先程も噂の人物が飛び込んで来て散々引っ掻き回したために、麗らかなお茶会の雰囲気は台無しになっていた。あとからカボチャのお化けと銀髪の少年が頭を下げて掃除をしたが、舞った埃はそうそう収まるものじゃないと思い知らされた。おかげで紅茶はにごってしまっている。
その様子をつい口にすると、魔女は口元を緩めて小首をかしげるのだった。

「そうかしら。昔は双子たちもひどいものだったのよ、今でこそ落ち着いているけれど」
「…?」

ころころと鈴が転がるような笑い声で、魔女は笑った。驚いている目の前を銀色のスプーンが横切り、誰の手も借りずひとりでに魔女の紅茶をかき回す。続いて魔女とこちらの紅茶から埃らしきものが飛び出し、窓の外へと飛んでいってしまった。
でも、それは、そんなに驚くほどでは。ここに来てずいぶんと価値観の変わってしまったものだ。

「人を呪ったり物を盗んだり。エテは、多少なりイヴェールの影響もあるのだろうけれどね。…私が叱ったらこう言ったわ」

不意に、ガラスを叩き割る音がする。そちらに顔を向けると、月明かりがさし込む窓辺に少女が立っていた。空中で止まったままの手を覆うように夜風がカーテンを膨らませ、その緑の髪はひどく歪んだ表情を隠すように舞い散る。少女が口を開いた。

「だって、天使は人を殺すものだわ。天の使いなんて言われても、仕事は体から魂を引き剥がして別のものに変えてしまう。どんなに乞われ、願われ、祈られてもね」

淡々とした声が、死刑判決を言い渡すかのように荘厳に響き渡る。

「エテ」
「魔女ってみんなこうなの?人の嫌な過去を茶菓子代わりにするなんて」

エテ自身の手が、その肩を抱く。何かを恐れているのか、小刻みに震える体はいつもはしゃいでいる彼女の姿とは被らなくて、こちらを見据える瞳はおそろしく鋭い。青い氷のような絶対零度の温度を保ったままの刃が、首筋に当てられているかのような寒気がした。当たればすぐに折れてしまう刃は相手の首筋すら凍らせて、持ち主ともども命を奪うだろう。
なぜなら彼女は、天使だ。

「まあいいけど。…ねえ、あなた。一つ言っとくけど」
「?」

魔女がカボチャのおばけを呼びつけて窓を修理させている間に、少女は後ろをすり抜け扉に手をかけていた。暗闇の廊下に片足を出して、こちらを振り返る。

「あんまり、踏み込まない方がいいんじゃない?」

押し付けではない、好意でもない、冷たい忠告を投げ寄こして天使は闇へと消え去った。

―――
(たとえばそれは、天使の憂鬱)


…あれー。