儚きかや、儚きかや。人の生の儚きことや。
壊れたオルゴールが奏でる音色のようにかすれた声で、幾度となく繰り返された異国の歌はとてもいいとは言いがたかった。こちらに寄越される視線は全て好奇、艶、卑下た笑みばかり。そんなところで歌が響くわけもない、申し訳程度に響くばかりのピアノが物悲しく声色を彩る。
ここらの中で最も下劣と噂される、アゼネードファミリー。昔一人の少年によって壊滅させられた、エストラーネオファミリーととても良く似ている。けれど、あれより此処はもっと酷い。
地下では拉致した子供の人体実験。表では、薬。裏切り者は殺され、その家族は三代先まで迫害され、嬲られ、そして絶やされる。
わたしもその中の一人だった。父は外へと情報を漏らし、一ヶ月も食事が喉を通らなくなるほど酷い殺し方をされた。母と妹は行方も知れず、待遇を想像することすらしたくなかった。捕まった時に歌っていたわたしは毎日のように歌を歌い、眠り、起きてはまた歌を歌う。何度も何年も、繰り返された愚かな毎日。身に纏う見た目だけ綺麗なドレスは、服の中に仕込まれた幾千もの棘がわたしの肌を苛んでいた。身動きなんて、文字通り取れるわけもない。
だから今日も起きては歌う、取り繕っただけの笑みを浮かべ異国の歌を口ずさむ。何も変わらない。いつまでも、死ぬまでずっとそうなのだ。涙を流す暇さえ、もう残されては居ないのだから。
人の愚かしきことや、嗚呼哀れ、哀れ、哀しきかな
一際声を張り上げた刹那、低い悲鳴が響き渡りその場は静寂に包まれた。一瞬にして生暖かい空気が流れ、部屋中が独特の甘い臭いで満たされる。血だ、本能的にそう思った。そう悟っても恐れる事もしないわたしに、誰かが笑い声を上げる。
「なにこの女、頭おかしいんじゃねーの」
喉元に突きつけられる鈍色をした何か。薄暗い地下では見えないそれは、一際強く血の臭いをさせていた。きっと目の前の人物が此処にいる全員を一瞬にして殺してしまったのだ、胸が鳴るのは恐怖ではない。嗄れた声で、疲れ果てた顔で精一杯の感謝を伝える。
腰が砕けて床へ座り込むと、服の棘が体中に突き刺さる。もうどうでもよかった、きっと殺される。よく表情の見えない相手を見上げれば、つまらなそうに口元をへの字に曲げていた。お構いなしに、叫ぶ。
「わたしを、ころして」
生きたいなんて思わなかった。ただもう一言言うべきことがあるだろう、そう思うと今すぐ死ぬわけにもいかないな、なんてどこか思う。反応しない相手に構うことなく、口を開いた。
「…こいつらに、同じ苦しみを」
死人に言うのも可笑しい気がしたけれど、とにかくそう言って目を閉じた。途端に響き渡る笑い声。なに、おまえ。やっぱ、頭おかしいんじゃねーの。独特の、笑い声だ。うっすらと目を開くと、闇に溶け込むような深い黒のコートが見えた。ああ。思う。
ああ、この人は、黒衣の王子だ。
「うしし、何それ。なんでオレがそんなのやんなきゃなんねーの?」
わたしの胸内が悟られたか否か、先程の答えなのか、とにかく一瞬にしてファミリーを壊滅させた王子は笑い声を上げた。金の髪から、銀のティアラから、生暖かい血がこぼれる。何故か、怖いとも気持ちが悪いとも思わなかった。ただ笑みが浮かんでくるのを鮮明に感じる。
否定されたというのにわたしはとても嬉しかった。相手の言うことはよくわからない。わたしがこの先どうなるのかもわからない。気付いた時にはただ口にしていた。なら。
「…なら、わたしにやらせて。チャンスが欲しいの、あいつらに、最高の苦しみを」
パパも、ママも、妹も奪ったあいつらに、復讐を。その時のわたしの顔は、ひどいものだったと思う。傷だらけの手で、足で立ち上がり、服としては可笑しな音を立てるスカートの裾をつまむ。一生この服でも、焼けた靴を履かされても、良かった。そのチャンスを掴む事ができるなら、どんなことでもしてやろうと思った。チャンスをもらえるのなら、靴でも舐められるわ。冗談のように口にすれば途端に王子は口元をほころばせる。わたしの口元も、綻ぶ。
「うしし!王子そういうの大嫌いなんだよね。でもいいよ、ついてきな。オレ、アンタみたいに汚い感情でドロドロのぶっさいくな顔好きだし」
褒められてもいない。むしろ貶されている。わかっていても笑みが零れる。つまんだスカートを持ち上げて、服ともつかない衣服を血に染め上げて傅く。示し合わせても居ないのに、相手は近付いてきては頭上に銀のティアラを乗せて一歩引いた。くすり、どちらともなく笑う。不謹慎でもいい、機嫌を損ねて殺されてもいい、献身してもいいと思える相手が見つかっただけでも今は幸せだった。
今度からは貴方の為に歌う。死者に捧ぐレクイエムを、いつまでも。
「王冠、頂戴いたします」
―――
(貴方に捧ぐ哀と印のティアラ)
死にたい(ずーん)
なんだ、この、ゴミ加減は。