翻 身 Fanshen

いつの日か『翻身』を遂げる事を夢見て
歩き続ける想いの旅。

職人気質

2004年09月05日 | 日記

私の母は家具屋の娘である。
その家業は母方の伯父が継いだ。その後の後継者はいない。
家具屋の工場(こうば)は我が家に隣接して建っている為
家具職人である伯父とは毎日の様に顔を会わせてきた。

この伯父夫婦には子供がいない。
だから、私たち兄弟は小さい頃から伯父さんに実の子供の様に
それはそれは(?)可愛がってもらってきた。

私は、生涯決して「親孝行」なるものをしてもらえない70歳になる伯父さんに
せめて「伯父孝行」をしてあげたい、と最近思うようになった。

とは言っても、私的な諸々の事情から大した事(温泉旅行ご招待・高級料理をご馳走する)はできない。
今の所、車の免許を持っていない伯父さんが「大きい買い物」をする時くらい、
快く「一緒に行こうよ~」と言葉をかけ車を出す程度だ。

だが、この伯父さん、家具作り一筋で生きてきた根っからの職人気質であり、
買い物をするにも一筋なわではいかないのである。

先日、そんな伯父さんとガスコンロを買いに行った時。

現代の大型電機店の値段表示やポップには、価格はもちろん、
特性、サイズ等、あらゆる情報が一目でわかるように表示され、
他社同製品とも比較しやすくなっている。
ガスコンロのそれも同様であった。

ところが伯父さんはイキナリ巻尺をポケットから取り出し、
何種類もあるコンロの縦横高さを1台ごとキッチリ測り出したのである。



「お客様、サイズでしたら、こちらに全て表記してありますので、どうぞご参考になさって下さい・・・」

その店員さんの言葉に賛同して私も

「伯父さん、わざわざ測らなくても、ほら、ココに書いてあるよ。」

「ほぅだよ。でも、おらぁよ、キッチリ自分で測らなきゃ納得できないだよ。」


昔かたぎの職人は往々にして頑固である。

数ある商品全てのサイズを一々測っていたら日が暮れてしまう。
しかも、サイズをメモるのならまだ許せるが、測ったサイズは
その直後だけ伯父さんの頭にメモリーされ
その後はあっさり削除される。
色々なメーカーの商品を見ては、目星をつけたコンロに再び戻ってきて
もう一度キッチリ測るのである。

これでは全くらちが明かないわけで、私もイライラするわけで・・・。

また伯父さんはサイズ以外の何か別のことでも迷っているらしい。
(70歳職人の伯父さんの思考回路は私には計り知れない)


「どうしたの?何で迷っているの?値段が気になるの?それなら、こっちの方が安いよ?」(fanshen)

「ほぅだよ。」(伯父さん)


この静岡弁(一部地域のみ)「ほぅだよ。」は、伯父さんの決まり文句であり、
どんな問いかけに対しても必ず「ほぅだよ。」と答えるのである。
例えば、私の「伯父さん今日はどんな予定があるの?」という質問にも
「ほぅだよ。」とだけしか答えない事がしばしばある。

しかし、否定、肯定どちらとにも受け取れ、人の質問を全く無視した
この「ほぅだよ。」は非常に困る台詞であり、
時と場合によっては、かなりイラつくのである。



「ほぅだよって、どっちなの?値段が気になるの?それとも何か他のこと?」(fanshen)

(ここまで突っ込めばいくら頑固な伯父さんだって、ちゃんと答える。)

「ほぅだよ、値段はいくらでもエエだけーが、作りが頑丈なやつじゃないと、どーしようもないだよ。こりゃあ、この前テレビのコマーシャルでみたヤツだなぁ。竹下けいこが宣伝してたっけよぅ。」(伯父さん)


どんなに昔かたぎで職人気質な伯父さんでも、最新のモデルに惹かれる
好奇心は失っていないのだ。
(もっとも、その好奇心には竹下けいこが一役かっているのだが。)

じゃあ、それに決まり、さっさと買って帰りましょう、と言わんばかりの態度で
私が伯父さんのセレクトタイムを切り上げようとしたその時。


「ほぅだよ。でもこりゃぁ、なんだか余分なボタンがやたらとついてるなぁ。」(伯父さん)


忘れていた。職人は余分な洒落っ気が嫌いである。
「しんぷるいずべすと」である。


「じゃあさ、こっちならどう?これは竹下けいこが宣伝してる最新タイプの一個前の型だよ。値段も少し安いしさ。」(fanshen)


価格の安さから職人のプライドが崩れない様に、竹下けいこをプッシュして勧めた。


「ほぅかね。」

来た!とうとう決断の時が来たのだ。
「ほぅだよ。」から「ほぅかね。」に変わるその時は、「だよ」と「かね」という
微妙な変化ではるけれども、伯父さんの心にかなり大きな動きがあったその時なのだ。

私にしてみれば、待ちに待った「ほぅかね。」である。

伯父さんの「ほぅかね。」を聞いた私は、伯父さんにこれ以上の迷いをあたえない為にも
すばやくその商品を持ってレジまで進み、会計を済ませてしまった。(注:伯父さんのお金で)



職人気質な伯父さんとのお買い物は何を何所へ買いに行っても、決まってこんなんであるが、近頃それがとても楽しく、そんな伯父さんのことが大好きな私である。



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