ノンフィクションです。
去年の夏までレコーディングスタジオで働いていた。
録音スタジオと言えども、音に関することなら何でもアリのこの職場には、
アーティストばかりではなく、諸々のジャンルの人間が来訪した。
中でもこれはイッテルって人を紹介。
顔は大橋巨泉と坂東えいじを足して2で割った顔を3発ほど殴った感じ。
年もちょうど中高年ってとこかな。
その変人はレコードの音源をCDに保存する依頼でスタジオに来た。
彼と世間話をしていくうちに私は街で変な人を見かけた時と同様、言い様のない期待感に胸を弾ませた。
「それじゃご連絡先を伺います」(fanshen)
「はい、あの・・・実はこれは仮の名前でして、あなただけに本名をお教えします。内緒ですよ。実は私○○TVに潜伏しているSPなんです。ちょっと都合があって身元を知れると困るものですから・・・」(変人)
(それでは私が本名を聞いていいものだろうか・・・)
「はぁ、わかりました。でもそういうお仕事って色々ご苦労が多そうですね・・・」(fanshen)
「そーなんです、実はこの前は天皇家の三島の御用邸へも二日間寝ずに警護にあたりました。普段は月に一度はアメリカNYにもパトロールに行くんです。あっちじゃ、毎日15~6人の同僚が死んでますよ。死体の山です。」(変人)
(じゃあ、なんでお前は生きてるよ?そんなすごい死闘の中生き延びる程運よく見えないぞ!)
「あら~それじゃあ、ご家族の方はご心配なさるでしょうね・・・(心配顔で)」(fanshen)
「ええ、だから、家族にも迷惑かけるので一応離婚ってカタチをとってます。今日はオフで娘のいる静岡に遊びにきてるんですよ」(変人)
(逃げられただけでしょ。だってそんな妄想癖のある男についていけるわけない。)
「色々大変ですね~それでは明日には仕上がっておりますので、午後にお越しください。」(fanshen)
このおっさん、思い込みの激しさと言ったら天下一品。全て真顔で話すから尚更スゴイ。
まだ他にも「昔流しのギター弾き」だったとか、「国会議員の浜コウさんと一緒に若い頃は喧嘩ばかりしていた」「K1のシニア級の現役選手だ」、などここに書ききれないほどの話を終え、その日は去っていった。
翌日の午後・・・・
再び現れた変人はなんと昨日のただのおっさんみたいな装いとはうって変わり、オリンピックの審査員みたいなスーツ、胸元にはなにやら怪しいバッチがキラリ。
(いけない、昨日のあきらかに信じていない私の接客態度があなたを本気にさせてしまったのね。でもそれでいい。その調子!変人。)
そして、奴の胸元には黒いバンドらしいものが横切っている。実に怪しい。でも背広を羽織っている為その怪しい黒いバンドの正体がつかめない。
私は今日こそは、変人のアイデンティティーを尊重しつつ真摯な態度で接客にあたろうと努力した。
「ではお支払いは○○円です。」(fanshen)
「はい、」(変人)
チラッとわざわざ見える様に変人が胸元からお財布を取り出す。
その瞬間を私は見逃さなかった。
(ぴ、ピストルだぁ~あの黒いバンドはピストル装着用のものだったんだ。こんなの「あぶない刑事」のタカとユウジがつけてるのしか見たことないぞ。)
つかさず私は突っ込む。
「えっ!拳銃ですか?それ?え~~!」(fanshen)
「あ、見えました?こんな物ももってるんですよ。」(変人)
と調子に乗った変人は手錠を差し出し変人度をアピール。
(ぷー、もう駄目だ、お手上げ。)
「すごぉ~い!私間近で見たの初めてですぅ!」(fanshen)
「実はね・・・今朝、急に極秘の任務がおりてこれからすぐ西に向かうんです。詳しくはいえないんですがね・・・ふっ」(変人)
(何がふっだ、何が。でもそこまでやるあんたはスゴイヨ。認よう、変人だと。西でも東でも行ってこい。だが、もしもお前が本物のSPだとしたら日本は終わってるぞ。)
その変人は足早に私の仕事場を出て行った。西に向かって。
くどいようですがノンフィクションです。
このおっさんの場合「セキュリティー・ポリス」のSPではなく、きっと「シルバー・ポリス」のSPに間違いない。
変人は意外と身近にいるもんです。