Bo-Bo-Rock

このページは、時間が前後しますが f-o-q の 備忘録 です。
昨日のことより、云十年前の方が鮮明だったりします。

国際南南協力デー(12月19日)

2022-12-19 22:30:00 | 現在過去日記
1978年12月19日、国連総会で「ブエノスアイレス行動計画」が承認された。
「南南協力」とは「途上国相互の協力」のこと。
United Nations Day for South-South Cooperation「ブエノスアイレス行動計画」は、通称南南協力
とも呼ばれており世界で問題となっている政治、経済、社会、環境、技術革新などの各分野において、途上国同士が相互に協力し合い、実行していこうする取り組み。
加えて、世界の気候変動に関する国連主導の世界的枠組みとなった京都議定書採決の際に南南協力の残された課題に関しては、期限を設けて詳細を詰めていくことも盛り込まれている。
 
南南協力推進のためのナレッジマネジメントプロジェクト例
インドネシアでは、新興国としての地位を確立しつつあることを背景に「被援助国から援助国へ」の機運が高まっていた。また、国家南南協力調整チームを設置し、援助国・被援助国が一体となった開発効果の向上をめざしていた。この協力では、既にナレッジマネジメントの研究・実践が進む日本の知見を生かし、ナレッジマネジメント実施・能力強化を支援した。これにより、同国において自国の経験に基づいた効果的な国際開発協力に関わる知識が形成され、その知識を用いて南南協力が推進されることに貢献した。


12月19日の出来事「 豊臣朝臣 」
1586年:関白秀吉が太政大臣に任ぜられ、朝廷から豊臣姓を賜る。
豊臣氏(とよとみうじ、とよとみし)は、日本の氏族のひとつ。姓(カバネ)は朝臣。
「太閤桐」             「五七の桐」

1585年に正親町天皇から羽柴秀吉に下賜され、これにより秀吉は関白叙任の際に得ていた藤原の氏を豊臣に改めた。この氏は豊臣政権における大名統制の手段として用いられ、有力大名の官位叙任では家伝の姓は無視され基本的に豊臣氏が用いられた。
「豊臣」は天皇が創始し朝廷の手続きを踏んで公式に下賜された氏である。
氏と苗字は厳密に異なる存在であり互換不能であり、交換できない。秀吉が「豊臣」に改めたのはあくまで関白叙任の際に得ていた「藤原」の氏であり、苗字は改姓の記録が見当たらず従って羽柴姓のままであったと考えられる。
秀吉は藤原秀吉から豊臣秀吉となると同時に、羽柴秀吉であり続けたということか。

12月19日生まれ「 おばあちゃん子の la Bomba 」
1966年:アルベルト・トンバ(伊:スキー(アルペン))
ほぼ、回転(スラローム)種目だけしか出場していないにも関わらず、ワールドカップの総合優勝をしでかしてしまった奇跡の男。
爆発的な競技力と劣勢でも終盤で大逆転劇を演じる事、またその破天荒な私生活と姓の響きも相まってTomba la Bomba(爆弾トンバ)と呼ばれた。
松屋正蔵 & 松屋ランド(マツヤ製作所)Tweetより、 好きなんだな。
ごっついアンニイがテクニカル系!

2本の滑走タイムの合計で競うアルペン競技において、一本目で絶望的なタイムだったにも関わらず、2本目の驚異的なタイムでの追い上げや逆転劇が多く、「記録よりも記憶」に残る選手だった。「トンバは来る」という期待感があふれていた。
本業はカラビニエリ所属の国家憲兵。
滑降(ダウンヒル)については、おばあちゃんに「危ないから出るのを止めなさい」と言われたため出場することはなかった。
という祖母思いのごっついアンニイ。

12月19日の誕生花「 スノーフレーク:純粋、純潔、皆をひきつける魅力」

学名:Leucojum aestivum
和名:鈴蘭水仙(スズランスイセン)
別名:スノーフレーク
英名:Summer snowflake
Leucojum(レウコユム)は、ギリシア語で「白いスミレ」を意味する
鈴蘭水仙は、花がスズランに、葉がスイセンに似ていることに由来
スノーフレークは「雪片」という意味であるが、
開花時期は雪の降らない春であり Summer snowflake と呼ばれる。
花言葉の「純粋」「純潔」は、花びらの先端に入る緑の斑点が、
純白で清楚な花をいっそう際立たせていることに由来する。
癒してくれる力も合わせ持っているといわれ、
恋に破れた時、人間関係に疲れた時など、
スノーフレークを飾り、白い花の持つ癒しのパワーを。

では f-o-q


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