昨晩は到着後、晩御飯を食べてすぐに休んだ。前日までの出張と検定試験と
運転のせいで、疲れがたまっていたみたいだった。
ベッドで横になって、本を読んでいたけれど、すぐに眠くなったので、
12時過ぎには電気を消した。
朝、目が覚めると、母親も父親も弟も仕事に出掛けていて、一人だった。
弟は朝が早いのでAM4時過ぎには出ていた。父親は7時過ぎに出ていて、
最後に母親が8時前には出掛けていた。平日なのでみんな仕事だった。
一緒に起きるつもりだったけれど、起きられなかった。
昨晩にそうなることは聞いていたので、テーブルにあった玉子焼きと
冷蔵庫のサラダと食べてから、午前中は自転車に乗る準備を始めた。
行き先は。。二箇所考えていた。
一つ目は、武庫川。もうひとつは六甲山。
どちらも高校時代、自転車に乗っていたときに毎月のように行っていた場所だ。
六甲へは、まだ自信がなくて、第一弾として、武庫川を選んだ。
9時過ぎから準備を始めて、9時半過ぎに、今でも付き合いのある当時の
友人のところへ顔を出してみた。簡単に挨拶と、一応、証拠のために写真も
撮ってもらった。
改めて、10時15分に出発。
当時利用していた山手幹線はすっかり姿を変えていた。特に芦屋市のところは
大きな道路になっていて、西宮の山手幹線と合流していた。
山手幹線は意外とアップダウンがあることに気がついた。
それでも追い風だったので、気分良くスピードに乗せることが出来た。
夙川駅を越えた後の幹線道路ももっと狭い印象だったけれど、広々とした
道に変わっていた。
そこから、171号線に入って、阪急今津線の高架を上って、しばらく走ると
武庫川が見えてきた。
17kmを45分で走りきった。当時とあまり変わらないタイムだった。
体力というより、自転車の性能が格段に上がっているからだろう。
少しだけ息を整えた後、河川敷のサイクリングロードを使って川沿いに下る。
ここは自転車専用道になっているから、リラックスして走ることが出来る。
とはいえ、いろんな自転車がいるから、ゆっくりと軽く流す程度で走る。
阪急宝塚線、阪急神戸線、国道2号線、JR神戸線と高架をくぐりながら
走って行くと、あっという間に阪神線の武庫川駅に差し掛かった。
この駅は川の上にある駅だ。
意外にあっという間に着いた。しばらくするとすぐに自転車道が終わって
河川敷の側道に移動した。側道に沿って河川敷を下って行く。
当時はなかった阪神高速湾岸線の真下で武庫川は終わり、大阪湾が広がっていた。
そのまま道なりに曲がって、武庫川団地沿いに走る。
すると、当時、休憩として使っていた岸壁脇の道路が出てきた。
ここで夕暮れまで、岸壁に上って休んだり、テトラポットにもぐり込んで
遊んだりしたなぁ。と、思い返して、自転車を止めて岸壁に上ってみたら、
その先は広々とした緑地になっていた。早速降りて、自転車に乗り直すと
すぐに公園の入り口があった、当時の入り江はすべて埋め立てられて、公園に
なっていた。その真ん中にはりっぱな野球場とテニスコートがあった。
また、気を取り直して、岸壁(跡)沿いを走り続けて、臨港線に入って
西に向けて走り出す。
臨港線も当時は酒造メーカが軒を連ねる通りだったけれど、今は家電量販店が
軒を連ねていた。
臨港線は芦屋川で終わり、そのまま芦屋川沿いに川を上っていって、国道43号線
を使って、神戸へ戻る。
43号線は、当時より車線が減ったから路肩が広がったのかと思っていたら、
路肩の狭さは相変わらずだった。そして、左車線をトラックが爆走する風景も
当時のままだった。
灘区まで走って、当時使った東明の交差点まで走り切って、そこから山手へ走る。
徳井の交差点で2号線に入ったあと、大石川の交差点で右折をして、そのまま
山手へ大石川沿いに上っていく。最後ののぼりはばててきて、一番軽いギアで
上り切った。それでもノンストップで走り切れた。
結局、1時前に到着。休憩は寄り道を入れて、47kmを2時間半で走りきった。
50kmを超えなかったけれど、天気にも恵まれて、僕にはちょうど良いラン
だった。
実家のパソコンを使っているので、走行結果と写真のアップはまた後日。
走行結果追加
走行距離 47.8km
平均時速 23.1km/h
最高時速 48.9km/h
でした。