25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

「なつぞら」から

2019年04月15日 | テレビ
 朝ドラは今十勝が舞台なので、地図を覗いてみた。なるほど、十勝平野に帯広や舞台の乳牛の畜舎があるのだろう。広い平野である。昭和30年になっていた。主人公のなつは馬に乗って学校に
行った。朝、赤ちゃんを産む牛の様子が気になっていた。やがて逆子であることがわかり、牛の陣痛に合わせて引っ張り出すことにした。引っ張りだせたが赤ちゃん牛は仮死状態だとなつは判断した。鼻から駅伝をすいとり、下肢の前脚のひとつをもって引き、横に倒しを繰り返した。すると赤ちゃん牛は目をあけ、やがて立ち始めた。それで学校にいくのが遅くなり、馬でいくことになったのだ。学校では夏目漱石の「三四郎」について先生が授業をしていた。安藤サクラの夫である柄本佑である。この先生が歯切れよくよい。なつは子牛を助けたことで、それを自慢したかった。しの自慢話をその先生が引き出してくれた。
「まんぷく」が終わって「なつぞら」が始まったが今日(月曜日)のが一番良かったと思う。広々とした風景、馬に乗るなつ。アップの牛の表情、学校の先生、なつの判断と実行力にこれからの展開への力強さを見せた。

 草刈正雄演じる泰樹が、戦争してしまって親をなくし、なつのような子を作ってしまったのには大人も責任がある、というようなことを短い言葉で伝えたシーンが以前あった。それと関連して、フランスとドイツの合作映画「婚約者の女」の中で、第一次世界大戦のあと、ドイツ人の親たちが息子たちをなくしたには俺たちの責任だ、と同じ境遇の中間たちに言う場面があった。この映画は白黒映画で途中場面場面でカラーに変わる。自分の婚約者がフランスで戦い、フランスの男に塹壕で撃たれ殺される。婚約者の男の家族は嘆き悲しむが殺したフランス人の男が婚約者の墓に花を手向けにくる。

 NHK ではイギリスのテレビドラマ「刑事フォイル」が始まった。今回のシリーズは第二次世界大戦が終わった直後から始まった。ぼくらが知らないことばかりで、たとえば前回はイギリスに残り、帰国を待つアメリカ軍内の白人と黒人への差別がテーマとなっていた。白人兵士たちがレストランやバーなどを黒人と分離してほしいというわけだ。そんおり、黒人へいしがイギリス女性を愛してぢまい、子供もできる。二人はアメリカにいく予定だったが、女が殺される。また同時に頻繁に窃盗事件が起こる。彼は犯人扱いまでされたが、窃盗の犯人はノルマンディー上陸作戦のときに腕を失った白人の男とその妻だった。そすて女性を殺したもは兵士たちの白人上官だった。そのハクジンたちにもいろいろな事情があった。

 人間のやらなければならないことは、戦争をしないことだ。飢饉があれば助け合うことだ。この二つができればいいと思う。

東大出の俳人

2019年04月15日 | 文学 思想
 尾崎放哉が小豆島の西光寺南郷庵に身を寄せ、そこで暮らすようになり、死ぬまで、一年もないがその期間を吉村昭は小説にしている。「海も暮れきる」である。「よもやま話の会」での課題図書なので、ぼくが、あらすじ、著者紹介などの簡単に書きまとめ、印刷してみなさんに渡す。
 この小説は3度読むことになる。
 尾崎放哉は島の人々には嫌われていたらしい。吉村昭の取材中の感想である。名主のような内山一二という俳句雑誌の同人を主宰者である井泉水に紹介され、一二が西光寺の住職宥玄から「庵」が空くことを知り、この「よくできる俳人」で「酒癖の悪い俳人」「お金のない俳人」の世話をする。その世話は宥玄も背負うことになるが、島での評判にやきもきもしたことだろう。
 「東大出」「一流会社出」がはなもちならない態度をとらせることがあるが、ほぼ晩年の半年は俳句仲間にお金を無心する手紙を書く日々であった。ちっとも面白くない男に描かれている。
 時折出てくる俳句は自由律で、それがぶっとぶほど面白い。おそらく「咳をしても一人」と句を詠んだが、このぶっとび感が一二や宥玄、俳句仲間に一目も置かれた原因なのだろう。彼は俳句仲間からの援助で生き延び

 南郷庵で息をひきとることができた。しかも島の漁師の奥さんがまったくの善意で介護をしてくれた。肺結核が腸にも転移し、咽喉にも移った。ひどいありさまで悶死のようだった。
 今、尾崎放哉の人生を知らず句だけを読めば、若い子には大ウケするように思える。
 
 すばらしい乳房だ 蚊がいる

 墓のうらをまわる

 明日みなで話し合うのを楽しみにしている。