人生は邂逅なり

新たな出会いを求めて

★旬のイサキ釣り

2019年05月28日 | 釣り

この前のキス釣りで、餌のゴカイをナカハラ釣り具で購入の際、餌箱を3つ持ち込んでこの箱に入れてとお願いしたところ、釘が錆びて入れたとたんに餌箱がバラバラと崩れてしまいました。日曜大工の師匠のところへ行って作ってもらいます。

立派な餌箱が出来上がりました。

本日はこれまで予定していたウキ流しでのイサキ釣りがやっと実現します。藤井さんの船での名島周辺の釣りとなります。いつもの中原釣り具で3人分の餌を買い求めます。

オーブナになっている餌売り場のツバメたちももうすぐ巣立ちの時期を迎えています。

大きなタックルケースですが、ほとんど出番があろうはずもない小物や竿等であふれています。わたしもご多分に漏れず極度の心配症なのでしょうか。魚や海、天候の状況にも様々な対応ができるように準備万端でないとその日の釣りが不安でしょうがありません。たぶん釣り人は、ほとんどこのような人が多いような気がします。

午前6時前いつもの大入港にやってきました。快晴ベタナギの釣り日和です。

そば打ちから3ヶ月ほどで、タケノコ掘りの過剰な負担も重なり、肩の炎症がなかなか取れないでいますが、車から荷物を下ろして釣友たちを待ちます。

すぐに到着して間もなく出向となります。

いつものようにエギンガーの方たちがさかんにキャストしています。

こちらの地磯ではどうやらアオリイカが釣れたようです。この世でたった1年の命、最も重い最後の試練の産卵も果たせずに、釣り人に騙されたアオリイカの寂しさを思い、もの悲しさを感じてしまう偽善者です。

鏡のような海に小魚たちが現れるのを待っているウミウたちです。

目的の釣り場に到着して1投目からいい型のイサキが竿を絞り込みます。

30分もたたないうちに、型のいい産卵前の真ん丸なイサキがすでに10匹ほど・・・・

40cmオーパのイサキが釣れました。

釣友木原さんの竿もいい曲がりです。上がってきたのは40cmオーバーのクロ(メジナ)です。ここのポイントでの今年の釣りは4回ほどですが、毎回クロが顔を出してくれます。

2-3時間もすると結構生簀も賑やかになりました。しかし、わたしのある行動により・・・・高校の同窓生でライングループをつくり、その中でいろいろなことをつぶやいていますが、私も再三自慢の釣行を投稿しています。「釣れた話はいいが、一回も食べさせてもらっていない」と仲間からの聞こえない声が・・・・それではと1か月前にラインの付属アプリを使い「あみだくじ」で抽選し、見事当選した名古屋のメイ子さんへ「今日魚を送ります。明日は家にいますか。」・・・・まだ結果が見えない状態での「してやったり」の電話を境に・・・・延々と低迷が続くことになります。

釣り棚をいろいろ変化させたりと工夫を試みますが、少し深めにするとササノハベラが鈴なりです。浅めに釣るとウマズラハギの猛攻と、打つ手なしで昼を過ぎました。

潮の流れは素晴らしい状態です。今度は船のポイント移動も試みましたが、これまた打ち手なしです。

藤井さんと木原さんは睡魔に襲われて、とうとう藤井さんは夢の中へ・・・・今朝乗ってきた車には同窓生へ送るための魚の梱包品が積まれているので、一人気を吐く私ですが、刻々と時間だけが経過していきます。10匹以上の送付用にと大きな段ボールと大きなビニール袋を用意していますが・・・・午後3時前、もう帰りましょうか。・・・・

船が進路をホームに向けたとたん、木原さんもダウンしています。

港に近づくと初夏から夏が旬のスズキ釣りの漁船が数隻・・・・

私は木原さんを起こして、生簀の魚を締め血抜きして潮水と氷で鮮度を保ちます。

ウマズラハギも結構連れています。孫たちが煮つけ大好きなので大事に持って帰りましょう。

3人分の釣果ですが、まずまずかな・・・・この船のルールは釣果は公平に分配します。わたしは自分の分をもらい、宅配にお願いする魚の鮮度をできるだけ保つため、内臓を取る処理を急ぎます。大きい魚から7匹送ることとしました。

港へ急いで、すぐにクロネコ拠点に向かいます。

クール便の小さな段ボールを買い求め、潮水を拭きビニールに入れた魚を梱包しました。鮮度が落ちませんようにとお願いします。

いっさっじゅ めい子がれ おくって こしったえたしゃんば おくってきもした がっつい よろこんでもろて よかったぁ

イサキを めい子さんのところへ 送って 料理した写真を 送ってきました 大変 喜んでもらい嬉しい限りです。


★OB会の豊後高田と宇佐へのバスハイク

2019年05月23日 | 旅行

前回の投稿から一週間が過ぎました。その間もおかげさまで様々な出来事に感動と興奮をいただいています。とくに先週は高校の同窓会の案内からオプションツアーの計画など、楽しい忙しさでした。その情報連絡用のLINEの呼び出しが頻繁に鳴っています。

先日は雲ひとつない好天に恵まれOB会のバスハイクに行ってきました。同窓生のラインの呼び出しは相変わらず続いていますが、今日は平日でほとんどの仲間が今から仕事のようです。とても旅行とは言いだせないでいる私です。

バスは昨年1月に舘やんの退職記念の旅行で訪れた、豊後高田の「昭和の町」と「宇佐八幡」を巡るバスハイクです。福岡県人は豊後高田をブンタカと略して呼びますが、島原藩の飛地(江戸や大阪との重要な交易港)で当時はおおいに栄えた港町だそうです。また、ここはわたしの好物蕎麦が有名で、前回は美味しい蕎麦屋を見つけました。その時の模様は https://blog.goo.ne.jp/enohachan/d/20180120

ツアーは50数人の大勢のお年寄りの参加者で、統率するリーダも大変のようです。

人数分買ったはずの入場券が何枚か残っています。

1950年代後半、白黒テレビ・洗濯機(手でローラを回して絞る)・冷蔵庫の家電3品目が『三種の神器』ですが、あの当時まだ家にはテレビもなく、分限者(ぶげんしゃ)の家に行って「ハリマオ」や「力道山」のプロレスに熱狂したものでした。

「昭和の町」商店街を無料で土日のみ走るボンネットバスです。このバスのガイド西佐知子さんは、車内の観光客をいじり、車窓から見える店主らをおちょくるなどして、車内を爆笑の渦に巻き込む超有名ガイドさんですが、今日は平日残念です。また、このバスの頭には、たしか青や緑の明かりがあります。小さい頃は姉が大阪から帰ってくるとき、嬉しくて嬉しくて待ちきれないので、小さな停留所までバスを迎えに行ったものです。なぜか帰省はいつも夜だったように思いますが、ちいさな坂の暗闇の中から突然青と緑の光りに胸がときめいたものでした。

ここは「昭和の町」だからでしょうか、絶滅心配のツバメがさかんに飛んでいます。軒下には巣立ち真近い子供たちが5羽、商店街の方たちも大事に見守っているようです。

大分は竹細工でも有名なところです。ここ竹製品のお店には、先般梅干しづくりのためネットで仕入れた中古のざると同額程度の、国産手作りの立派なざるが置いてありました。残念・・・・

どこも同じでしょうが先輩たちはお酒のお店に突進します。わたしは一風変わった酒屋兼釣具屋の釣り具の方に興味ありますが・・・・

博物館にやってきました。

EPレコードのジャケットが並んでいます。「17才」のデビューキャンペーン中の南沙織さん(シンシア)に新宿伊勢丹のロビー会いました。見事なまでの可愛さと、美しい髪とオーラに握手さえ躊躇し圧倒的されたことを覚えています。すぐにスターとなっていきました。ほんとに可愛かった・・・・

昔の授業体験をしてきました。「上を向いて歩こう」の大合唱です。

お昼をいただいて宇佐に向かいます。

門前町商店街をぬけ八幡宮総社「宇佐八幡」に向かいます。

今日は平日で、緑の若葉と雲一つない青い空に、ピリッとするひんやりとしたあの空気感ではなく、柔らかな優しいエネルギーが満ち溢れているようです。

ヤマガラが数匹じゃれあっています。今年巣立ちしたばかりの子供たちでしょうか。

八幡宮の総本社であり古くから皇室の崇敬を受けていて、参拝は一般と異なり出雲大社や伊勢神宮と同じ二拝四拍手一拝を作法としています。ご神体は一之御殿:八幡大神(はちまんおおかみ)の応神天皇、二之御殿:比売大神 (ひめのおおかみ)の宗像三女神(多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)、三之御殿:神功皇后 (じんぐうこうごう)は応神天皇の母で、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵したという武勇伝がたくさんある女帝だったそうです。

お参りの帰り、あのなつかしい公衆電話にまた会ってきました。まだ、テレホンカードが使えますよぉ。

またの参拝の機会があらんことを祈りながら宇佐を後にします。

安心院のワイナリーにやってきました。無料の試飲に群がりますが、私はぶどうジュースをいただきます。

敷地には散歩コースがあります。シジュウカラや「てっぺんかけたか」のホトトギスが鳴いていて、ひんやりと気持ちの良い林です。

遠くに由布岳を眺め大分を後にしました。

初めての挑戦で、ことしは梅干しづくりと酢ラッキョを作りたいと幼馴染の宏志に言っていましたが、宏志から聞いたのでしょう。先週兄ちゃんから生梅とラッキョが送られてきました。

梅は宏志にレシピを聴き塩漬けしました。送られてくる前日にしその種を友達にいただいたのですが、植えてシソができるのには時間がないので、広島福山の「こだま食品」さんから梅漬けのシソを買い求めました。2k用で400円と価格も手ごろで、シソの葉をとり塩もみする手間も省けます。

この梅の1か月後の天日干し用ザルも、中古ですが倉庫で出番を待ってくれています。

ラッキョは8k以上ありましたが、元来薄皮だけでいいところをその内側までも剥いたためでしょうか、6kになりました。宏志によると、「ラッキョ酢を買ってきて漬け込むだけでいい。」と言いますが、初体験のだからこそ本格的なつくり方をしたいと、田舎もラッキョの本場ですが、これまた本場の「JA全農とっとり」さんのラッキョウの本漬けレシピを参考に塩漬けしました。心配は2週間後に「24時間以上流水にさらす」工程があります。これをどのような形で行えるのか心配な部分でもありますが、何とかなるでしょう。

だっけを ほうちょん びんたで たたっせえ かつおぶいと ちょいやん しょうゆでくうと うんまかど

(塩漬けした途中の)ラッキョを 包丁の 柄の部分で たたいて 鰹節と 丁子屋(田舎の醤油屋)の 醤油で食べると 美味しいですよ。


★タケノコ掘り Part04

2019年05月14日 | 日記

いま愚妻の育てたイチゴが小さな畑で毎日実っています。それを冷凍保存しておいてジャムを作ります。売っている博多あまおうなどのイチゴより若干白いのですが、甘さは負けていません。

原材料は2Kあったのですが、愚妻がトロトロがいいと煮詰めて、4つの瓶が出来上がりました。クレハロースやグラニュー糖、キビ砂糖で40%の糖度で調理しましたが、煮詰めたせいで非常に甘いジャムとなりました。次回は煮詰めるのなら20%-30%の糖度にしましょう。

5月連休の竹林整備のタケノコ掘りが最後と思いきや、5月11日これが本当に最後だとお手伝いに来ました。ただ、先日整形外科で筋が炎症を起こしているようで、火の番しかできそうにありません。ひょっとしたらタケノコの祟りかもしれません。集合時間より少し遅くやってきました。道路にトコトコとキジがお迎えしてくれます。この里山にはどれだけのキジが住んでいるのでしょう。

既にタケノコ掘りの波多江さん、大石さん、品川さんは出かけています。わたしは皆さんが帰るまでドラム缶の大なべ、籠の準備や水入れして待ちます。

本日はドラム缶3杯分の収穫があったようです。約60本程度でしょう。

煮込み奉行の大石さんが、あげるタイミングを見極めています。

湯がいたタケノコは皮を剥ぎ取られ、素っ裸で冷たい水に冷やされていきます。皮剥ぎは一旦タケノコを水で冷やしますが、中の方はまだ沸騰状態で大変な熱さです。前回からゴム梁の手袋を使っていましたが、これが熱さをが手に伝わらず、すいすいと作業が行えます。本日はこの後、愚妻の迎えで早めの帰宅となれます。次はハチクの収穫だそうです。

あっしこんほでん たけのこも みんながもろけきて あっちゅうまに なかごっない

あれほどの タケノコですが 皆さんが貰いに来て あっという間に なくなります。


★2019年05月の探鳥会

2019年05月08日 | 野鳥

5月の連休明けの昨日は博多にある眼科病院に行ってきました。瞼の上の長い付き合いのイボを切除する手術の事前検査でしたが、先生の診察で「今日、外来での手術に切り替えましょう。」と、その日のうちに切除しました。生まれてこの方、体にメスを入れたことがないし、この年なのに異常な怖がりで、先生や看護婦さんには迷惑おかけしましたが無事終わりました。怖い思いで手術予定日を待っていたので、今日それが終わりホッと胸をなでおろしています。写真は昨日5月7日13:30ごろのKITTE博多から博多駅の正面入り口を撮影しました。連休明け初日で昼休み終わり直前の為でしょうか、車も人も少ない博多口です。

5月5日の日曜日、前日の雷山登山の足の痛みが残る中、定例の今津干潟探鳥会に行ってきました。連休中の中での探鳥会や、夏冬鳥の端境期にもかかわらず20名近い参加者です。

夏鳥として繁殖のため日本に渡ってくるオオヨシキリの、「ギョギョシ、ギョギョシ」と大きな囀りがあたり一面に響きます。この鳥は安眠妨害の鳥ともいわれています。

鳥の数が非常に少なくなっていますが、上空を旋回しているハチクマのペアを見つけました。繁殖のために南から戻ってきたばかりでしょうか、望遠鏡で見ると一部翼の羽が破れています。渡りの厳しさを感じさせてくれます。

前日、雷山登山で録音してきた鳥の声での識別を森さんにお願いしました。まだまだ素人会員の私には、囀りで鳥の判別を全てできる訳がありません。この前iPhoneに変えたのですが、このスマホなかなか明瞭ないい音で録ってくれています。ツツドリとオオアカゲラと判明しました。わたしにとって馴染みの薄い鳥ですが、オオアカゲラとは50年ぐらい前に田舎の山で遭遇した経験があります。

干潟の堤防にはたくさんのカラスノエンドウが生えています。ある会員の方が「これで笛を作っていたね。」と言いながら笛づくりをしています。しかし、なかなか音を出してくれないようです。わたしも昔遊んだ植物で、すぐに大きな声で「ピィーピィー」と鳴いてくれました。笛づくりに二人もとも一生懸命です。

鳥が少ないので観察時間が短いと思いきや、なかなか皆さんの足取りが進みません。それにはちゃんとした理由がありました。「鳥が少ないので、みなさん五感を集中してあらゆるところを探すので、時間がかかるのです。」・・・・なるほど

まだ北へ飛び立ってないカモ類を心配して観察します。

探鳥会最後の鳥合わせです。すくない鳥にも種類的には44種類の鳥を観察できたそうです。痛かった足もいつしか痛みを忘れ、午後12時過ぎこれで解散となります。本日は「旅行の途中に参加しました。」と大阪の女性会員の方が飛び入りでした。都会では体験できない環境での探鳥会を満喫していました。来月からはサマータイムで1時間前倒しの8時から観察開始となります。この連休忙しかった・・・・

あんハチクマは とおかとこいから とんでくったっが はねもひっちゃぶるぐらい わっぜきびしっか たっじゃらい

あのハチクマは 遠いところから 飛んでくるのですが 羽も破れるぐらいの 大変厳しい 旅路ですね。


★雷山登山

2019年05月06日 | 登山

2月末にそば打ちの際、いつもは使わない筋力を使ったためでしょうか、以来右腕の軽い筋肉痛が続いていました。5月1日竹林管理のためのタケノコ掘りの最終日、とうとう両手とも筋肉痛が本格化してきました。5月2日の釣りでも、大先輩の坂本さんに荷物の積み下ろしをお願いしたり、大変な迷惑をおかけしてしまいました。4月27日の風呂の会で連休中の登山が決まりましたが、筋肉痛のためお断りしていたのですが、「腕を使うルートは使わないので大丈夫だよ。」とリーダ河上さんが言うので、それではと未踏の雷山登山に出かけてきました。

いったん行くことが決まると、鳥や草花観察のための双眼鏡や図鑑など、いつしかリュックも重たくなっています。午前8時、雷山千如寺大悲王院下の登山者用駐車場を出発します。同行者は、「山遊会」の古賀さん、「風呂の会」メンバーの谷口さん、の3人です。ほかのリーダ「風呂の会」河上さんと、会社のOB佐藤さんはすでに出発していて、井原山への縦走ルートでミツバツツジを愛でて頂上で合流予定です。

ここから登山道が始まります。

遊歩道との分岐点に差し掛かります。雷山頂上へのルートはたくさんあるのですが、この正規ルート?にうろ覚えの古賀さんもマップを取り出します。

途中の小川沿いにはアヤメ科のシャガが満開です。

午前9時前、お二人はすこぶる元気ですが、わたしはすでに息も切れ切れ状態で、清賀の滝に到着します。子育て中のメジロの声を聴きながら10分ほど休憩です。

ここからすこしキツイ斜面になりそうです。杉林の中にぽつぽつと松の木が生えています。凛とした空気に松脂の匂いが漂ってきます。

ここには仏院の雷山千如寺のほかに、雷山(標高955m)の中腹に鎮座する神殿の雷神社(いかづちじんじゃ)があります。中宮と雷山山頂の手前に上宮がありますが、上宮まであと811mとなりました。

ここらではオオルリはじめたくさんの野鳥が囀っていますが、立ち止まって観察する気力も薄らいでいましたが、やさしいお二人は立ち止まってくれ一緒に気配を消します。

せっかく上ってきたのに下り坂です。往々にして大小の嶺がある山にはこれはつきものかもしれません。いつしか首に下げていた双眼鏡は谷口さんが持ってくれています。

今度は急激な上り坂です。両腕は押すには問題ないのですが、引くときにはズズンと筋肉が悲鳴を上げます。この上り坂は神経痛が少し心配です。

やっと雷神社の上宮に到着です。ここの神社の御祭神は、天照大神の孫のニニギノミコト(瓊々杵尊)、ホオリノミコト(火折尊:山幸彦)など五神を祀ります。

いままさに令和元年です。少し長くなりますが、天皇の成り立ちのウンチクを・・・・いろいろなところでの説もあるため「あれ、おかしい」と言う部分も多々あるやにしれませんがお許しください。ニニギノミコトは天照大御神から授かった三種の神器(八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣)をたずさえ、神々をお供にサルタヒコノカミ(猿田毘古神)の案内で高天原から高千穂に降り立ちます。しかし、あまりにも貧しい土地だったこともあり、肥沃な土地を目指して海に出ます。行きついたところが鹿児島県南さつま市黒瀬海岸です。土地の翁に歓待され庵を建て滞在します。その滞在の折、私の生家近くの越路浜海岸の「ケシマ」で、阿多郷(金峰地区周辺)の姫、コノハナノサクヤヒメ(木花開耶姫)と会って夫婦となります。そしてホオリノミコトとホデリノミコト(火照命:海幸彦)が生まれ、ホオリノミコトは宮崎の鵜戸の地でトヨタマヒメ(豊玉姫)と夫婦となり、ヒコナギサタケウガヤフキアエズ(彦波瀲武鸕鶿草葺不合)が生まれます。このヒコナギサタケウガヤフキアエズはタマヨリビメ(玉依姫)と結婚して、授かった第四子が初代天皇である神武天皇です。神武天皇は宮崎を北上して、日向市美々津の港から東を目指してお舟出をします。これが鹿児島と宮崎での初代神武天皇の起こりです。なお、トヨタマヒメの姉弟に宇都志日金拆命(うつしひかなさくのみこと)という方がおられ、以前国語学者の先生に宇都は宮崎の鵜戸から来ているといわれたので、ひょっとするとこれがわたしの宇都の祖先の始まりかもしれません。5月1日、即位後最初の儀式として「剣璽等承継の儀」で「三種の神器」を引き継ぐテレビ放映がありましたが、この三種の神器の鏡・勾玉・剣はニニギノミコトからのお宝だそうですが・・・実物を見てみたいものです。写真はニニギノミコトが庵を構えた野間岳から、「古事記」の天孫降臨の段に登場する「笠沙之御前」(笠沙の岬)です。左の小さな港がニニギノミコトの上陸地黒瀬の港です。

杉林の中をひたすら上ります。

ヘルプと叫ぶ私に、「ゆっくりでいいよ。」優しい言葉をかけて待ってくれます。お二人とも私の先輩なのですが・・・・

夢中で登りながら・・・・あれ、足を取られる急激な上り坂です。

われわれの後をついてこられた別の登山者から、「ルートが違いますねぇ」その方が、正しいルートに導いてくれます。足元を確保して慎重に移動します。

やっと3人とも正しいルートに戻れました。あのまま進めば足場のない急激な箇所で、下へ滑り落ちて怪我をしていたかもしれません。ありがとうございました。

時間は午前11時登り始めて何やら上の方が明るくなって、頂上も近いことを教えてくれます。汗びっしょりで息も絶え絶え、「もうすこしだ。」・・・・「二度とこのルートでは来ないぞ。」・・・・

午前11時15分やっと頂上に着きました、クタクタになりながらも最後まで登りきった達成感をかみしめます。登山時間は一般の方の倍近く3時間15分でした。急いで登山靴と靴下を脱ぎ、厳しかった体の解放感にひたります。電話の連絡でリーダ河上さん達ももうすぐ縦走した井原山から到着のようです。

呼吸も体も整い頂上での記念撮影です。

頂上にはたくさんの方たちが登ってきています。

リーダ河上さんとOB先輩佐藤さんも合流しました。

お昼ご飯にします。

澄み切った空気に若葉の香り、青葉とスカイブルー、ところどころに咲き誇る草花と鳥の声、体の解放感とまどろむ睡魔にゆったりとした時間が流れていきます。

ミツバツツジが咲いています。遠方の山は天山です。さらにその奥に雲仙岳が霞んでいます。

こちらは北西には糸島市が広がります。

全員で記念撮影します。

12時15分下山開始です。

急坂の下山は、るときより慎重にならないと滑り落ちそうです。

今までの登山ではなかったことですが、左側の足の筋肉が悲鳴を上げています。足が上がらないのです。皆さんには先に降りてもらい足を激励しつつゆっくりと降ります。12時40分に雷神社の上宮到着です。登りは1時間かかりましたが半分の30分で到着です。

靴と靴下を脱いで足をいたわります。20分後、登山はベテランで熊本の通信局時代は登山部に所属していた先輩OB佐藤さんはここで解散となります。ど素人私の登山にお付き合いくださりありがとうございました。わたしたちも下山を開始します。

途中では足の痛みを和らげるために休み休みの下山です。おかげで鳥の声もたくさん聞こえてきます。びっくりしたのは美しいコマドリとバチッと目が遭いました。ほかにはオオルリ、メジロ、ウグイス、ホオジロ、シジュウカラ類の囀りが木々にこだまします。よくわからなかった鳥の囀りはスマホのボイス機能で録音して、昨日、野鳥の会今津の探鳥会で森さんと日高さんに聞いたところ、ツツドリとオオアカゲラだそうです。清賀の滝に到着します。

滝の水で火照った足を冷やします。

雷山千如寺の近くの小川には誰が放流したのか小さなヤマメが走り回っていました。

14時15分登山者の駐車場へ到着しました。

河上さんともここで解散します。長い下山のお付き合い大変ありがとうございました。「きらら温泉」で反省会をしようと誘ってくれますが、もはや疲労困憊です。

最初から最初までお付き合いいただいた、谷口さんと古賀さん大変感謝します。自宅まで送ってもらい、汗びっしょりなのに、そのままの格好で小一時間眠る私でした。本日現在まだまともに歩けない状態ですが、先ほど山の師匠百田さんから11日雲仙普賢岳のミヤマキリシマを見ようと山歩きのお誘いがありました。あと5日もすれば足の方は回復するでしょうが、右腕の神経痛は自信がありません。丁寧にお断りしました。残念です。

さるっとは ちっとやっとに いっき だるっち やっせんぼやらい まだ わっけたっで きばっやんせ

歩くのは 少しなのに すぐに 疲れるとは 弱い体ですね まだ 若いのだから 頑張ってください。


★生きエビでの鯛釣り

2019年05月05日 | 釣り

5月にはいり、フィシングナカハラのカレンダーをめくるとそこには男女群島沖の肥前鳥島(ひぜんとりしま)の釣り場でした。構成する3つの島は北岩、中岩、南岩と呼ばれ、中岩から南岩を望む写真のこの場所こそ、15年前に降り立った磯釣りの桃源郷でした。ここには全く草木は生えていなく、少々の波でも上礁できない低い岩山です。そのうえツルツルの岩のため、ドンゴロスという麻袋を敷いて釣り座を確保します。落ちると急流で自力で這い上がるのは困難を要し、海難事故も多い場所です。当時はクロ(めじな)釣りには考えられない、大きな尾長に噛み切られないように、針のちもとをワイヤーやケプラーという繊維で補強したもので、乱舞しているクロをカツオの一本釣りのように次々と釣りあげたことを鮮明に覚えています。今では韓国や中国との領海問題の一端のようで、国境に面した重要な島が岩と名付けられているので、北小島、中小島、南小島への変更を国土地理院に申請もしているようです。

5月1日がエビ漁が解禁で、5月2日に予約したそのエビを持って桜鯛釣りに行ってきました。今回の皇位継承に伴う10連休前半はぐずついた天気でしたが、後半に入ると穏やかな天気の日が多くなり、本日も多少のウネリが残るものの釣り日和です。

ゴールデンウィークの真っただ中ということで早朝にもかかわらず波止にはたくさんのエギンガーです。

今日の釣友メンバーも、今季初めての生きエビ釣りに期待しています。

帰りには見事な鯛がクーラーに収まることと確信持っての釣りです。

一匹目あまりにも可愛いカサゴ君です。リリースしても死んでしまうのですが、先ほどから空を舞っているカツオドリにくれてやろうと海へ戻すと、すぐさまトンビが掻っさらっていきました。

次は23Cmほどの可愛いがサファイアブルーの美しい鯛です。

ここは、唐津と壱岐印通寺を結び航路です。このお休みで旅客一杯で、乗り降りに時間を要しダイヤも乱れがちなのか、いつもより心なしか急いでいるように思えます。

ウネリに坂本さん少し船酔いかな?

倉田さんと向くんにはアコウ・・・・

船酔いで釣のリズムが狂った坂本さんを見かねて、藤井さんが仕掛けの手直しです。

鯛もアコウも釣りあげリズムが戻ってきた坂本さん。

わたしには相変わらずの小型のマダイとアオハタ・・・・

何やら藤井さんが私の横でゴソゴソし始めました。弁当を買い忘れたようで、小さな魚を3枚に捌いて刺身にして実に美味そうに食べています。少し早く言ってくれれば・・・・私は先ほどお昼を終えました・・・・

いつもの相棒、ライトゲーム CI4+ モデラートとフォースマスター400、もちろんどちらもシマノの製品です。

午後1時過ぎぼちぼち納竿となります。

小型ばかりですが、家で食べる分は十分ですかね。

ここタケノコ掘り連荘の影響でしょうか、右手が神経痛でいつもはわたしが魚を締めるのですが、向くんにお願いしますが・・・・

坂本さんが疲れ切っているようです。

波止には家族連れの釣り人が目立ちます。

藤井さんの奥様はどこかへお出かけ中で、魚は持って帰らないとか・・・・船の成果は全員で公平に分配する仕組みですが・・・・4人で分けて持って帰りますが・・・・いつものように向くんが欲張りな私のクーラーへおすそ分け・・・・藤井さんと向くんありがとね。

釣り餌でまだ生きているシバエビは、素揚げして塩をパラっとしていただきました。これは絶品です。兄ちゃんの酒の肴には持ってこいなのでしょうが・・・・

小さな鯛も孫用にと、三枚に開き中骨まで取り除く細かい作業です。

あっという間に孫たちのお腹の中に・・・・じいじの魚は大好きなのです。

なんちゃい つれんひも たまにゃぁ よかどだい

何にも 釣れない日も たまには いいでしょう。


★タケノコ掘り Part03

2019年05月03日 | 日記

4月30日、今年はじめてのツバメの孵化があったことを、フィシングナカハラの絵美さんから連絡をいただきました。近いうちに雛のご機嫌伺いかねて釣具店へ出かけていきたいと思います。写真は絵美さんから送られてきた写真です。周りにビニールの傘が写っていますが、ここは釣具屋さんの餌売り場、お客様や商品などにフンが落ちないように工夫したものです。

今年最後となる里山整備のタケノコ掘りと、窯からの炭出しのお手伝いに行ってきました。キジたち鳥の鳴き声と、若葉香りただよう里山、波多江さん宅にやってきました。

既に大石さんは来ていて囲炉裏への炭起こしです。炭は無尽蔵にありますが、寒いわけではありません。ここに集う方たちはなぜなのか火がとても愛おしいようです。

炭出しの窯の中には、たくさんの炭が窮屈な場所からの開放を、静かに待っています。

集合は9時ですが、先に来た大石さん、品川さん、わたしの3人がタケノコ掘りで、後から来るお手伝いの方たちが炭出しとなりました。本日は炭出しと思い防塵マスクやヘアキャップ、ゴムを張って滑りにくい手袋を用意していましたが・・・・今日も前回の山へ・・・・お宮さんへ挨拶とことわりを入れ竹山へ向かいます。

取りやすいところはご近所さんのお母さんへ、なるべく上の方から掘っていきます。

一昨日、昨日とも雨が降り、りっぱなタケノコもたくさん顔を出しています。

取りにくい急こう配の上の方は、すでに大きく伸びています。

短い時の間に大きく成長していて、本当に申し訳ないのですがナタで切り落としていきます。切り落とす時はタケノコの香りがあたり一面に飛び散ります。この香りに一瞬気持ちが乱れ、心の中には詫びる思いが襲ってきます。

クワ、ナタやノコギリにはピンクのテープを巻き付けていて、当初は持ち主の目印と思っていました。今日そのことが違うことが判明しました。薄暗いところで地面の色や伐採された竹の色に、クワなどの柄がカモフラージュして実に見つけにくいものです。ところがこのピンクのテープを巻いた柄は、どこにあるのかすぐに見つけられます。納得です・・・・

本日は80本ほどのタケノコを掘って帰ります。畑仕事のご近所のお母さんには、「掘りやすい所はそのままにしておきましたよ。」と胸の内で呟きます。

炊きこみ奉行の大石さんが火をつけ、タケノコを湯がいていきます。

一方炭出しチームは、テンヤワンヤの大忙し状態です。

炭も大小さまざまのため、ある程度大きさを整えて段ボールへ入れて重さを書き入れていきます。この炭はほしい方へ超格安でお譲りしています。

窯の中には私の友人中島さんが潜り込んで、一番厳しい作業を率先してやっています。

作業の方たちはそれぞれ自宅用の炭をもらって帰ります。わたしも火鉢用の炭と、畑にばらまく炭のくずを沢山もらって帰ります。

今日のお昼は、波多江さんの奥様の手作りランチです。昔からの料理「そうめんちり」をいただきます。鶏のぶつ切りなどから出汁を取った汁を、そうめんを入れた丼にかけていただきます。すきやきのような甘辛い食べ物です。ごちそうさまでした・・・・

タケノコも湯がき終わりました。皆さんは「前回分もまだ冷蔵庫にあるからタケノコもういいや。」・・・・たくさん残りそうだったのでもらって3軒の友達の家に届けました。

湯がいて剥いた竹の皮は畑の隅に捨てていきます。今シーズンどれだけたくさんのタケノコを湯がいたのでしょう。

沸騰してから90分後にドラム缶から取り出して皮をむいていきます。ドラム缶半分の窯で合計2回を午後3時過ぎ炊き終わりました。

今年はこれで孟宗竹のタケノコ掘りは終わりとなります。次回は真竹のタケノコ収穫になります。鹿児島では孟宗竹はタケンコ、一番おいしいとされる台明竹のダイミョウ、その他の真竹や布袋竹なども総称してコサンと呼んでいたように思います。11日はここでバーベキューで懇親会とか・・・・参加しましょうか・・・・いつもの飲み方のように人の搬送係となりそうですが・・・・喜んでもらえるなら・・・・

たけんこも いっでんかんでん くと あっもくっどぉ

タケノコも いつもいつも 食べると 飽きが来ます。


★2019年4月「きらら風呂の会」

2019年05月03日 | 日記

毎月の定例「きらら風呂の会」は、たまには違う場所での懇親会と、同じ糸島市内の居酒屋「食処はる澤の家」糸島店にやってきました。

店主の清澤さんは「きらら風呂の会」の会員で、年に二回ほど「食処はる澤の家」で行っています。地産食材にこだわり、糸島の自然の恵みを生かした料理が自慢の和風食処です。寿司何処でもあり美味しい握りもいただけます。

定例であっても議題も決まってなく、酒を酌み交わしながらの雑談の会です。飲み放題ですが飲めない私の会費は千円引きです。

今日は珍しく議題が2点ほど、なかなか登山が遠ざかっている私の提案もあり、5月4日の雷山登山が決まりました。井原山から雷山はこの時期の縦走路に咲き乱れるコバノミツバツツジが見事に咲き乱れているそうです。雷山のお隣の井原山中腹に群生しているオオキツネノカミソリは、九州最大の群生地です。ここには4年前に釣りの仲間と出かけてきました。厳しい登りの勾配に悲鳴を上げ、体力のなさを嘆きました。

もう一つは、秋の旅行が雲仙に決まりました。この秋は田舎の高校の同窓会を、開催場所初めての福岡で計画しており、同窓会の幹事であることや、この旅行での釣りなどイベントも特にないので、今回の旅行は見送ろうと思います。

2時間ほどですが、酒豪遍歴も寄る年波には勝てず、すっかりいい気分の先輩諸氏と帰りの送迎バスに乗り込みました。

かごっま いがいの のんかたで たっのわり よくろんぼは みたこっがなかどぉ

鹿児島 以外の 飲み方で 始末の悪い 酔っぱらいは 見たことがありません