人生は邂逅なり

新たな出会いを求めて

★鹿児島からイカ釣りの来遊者

2019年07月31日 | 釣り

毎日の猛暑ですが、「お天道様に一日1回は体をさらさないと。」と、午前か午後2-3時間程度の軽い作業で汗を流している毎日ですが、昨年に引き続き鹿児島から高校の同窓生二人が、暑中見舞いも兼ね我が家へやってきてくれました。「男の料理教室」で切った左手中指も完治し、今夜は一緒に旬のヤリイカ(ケンサキのことで福岡では総称してヤリイカと呼びます。)釣りです。

午後5時30分いつもの英ちゃんの船「三翔丸」での出港です。6月末は大爆釣のヤリイカでしたが、昨夜は少し喰いも収まり50-70匹程度だったそうです。二人には午前中の雨模様から「今日は大爆釣の予感」と吹聴しています。

船は昨夜の漁場の壱岐沖を目指して西進です。

呼子(よぶこ)沖の島々や壱岐の遠景をたのしんでいます。

漁場につきシーアンカー(水の抵抗を利用して船首を風に立てた状態で船の流れるスピードを緩やかにする)を用意します。

落日の時間に期待一杯で釣り開始です。

昨夜は餌巻きのスッテに食いがよかったようなので、二人には一番下に巻きスッテをつけ、昼飯のとき「ふくふくの里」で買ってきたアジゴを取り付けます。

小魚ライトに照らされて悠々と泳ぐエチゼンクラゲ?です。

いつもなら集魚ライトを入れる前に底の方で大型のイカが当たるのですが、釣り始めて90分、この船の友達7人ともあたりすら捉えることができません。午後8時を少し回ったころ、この船の第一号のヤリイカが憲良のスッテ(イカ釣り用の擬餌針)に抱きついてあがってきました。

「昨夜も午後9時前後から本格的に釣れだした。」と英ちゃん。船上がやっと賑わいだしました。わたしにとてつもない当たりであがってきたのは珍魚ソデイカの子供です。このソデイカは成体で最大胴長約100cm、体重は30kgにまで成長します。しかし大型にもかかわらず、たった1年の寿命です。イカはダイオウイカの寿命5年以外ほとんど1年の短命なのです。壱岐金城瀬の磯釣りの際、青い海に真っ赤なイカ2匹が絡み合って泳いでいる姿を見ましたが、糸島の海岸(福岡の各海岸)では11月頃から2月北西の風が強くなる頃、産卵の終えたソデイカが海岸に打ち上げられ、それを拾いに人が集まってきます。わたしが磯で見たのもそうですが、目にするのはほとんど成体です。この幼体のソデイカは大変珍しいのです。イカ身は少々硬く大味だそうですが、この幼体はどんな味がするやら・・・・帰って刺身で食べました。身は柔らかかったのですが、ヤリイカと一緒に皿盛したためもあるでしょうが、ヤリイカの甘味には勝てなかったようです。

今日もたくさんの船が漁に出ています。この漁火は直接イカを寄せる明かりではありません。イカの餌となる小魚を寄せ、それに集まるイカを釣るのです。今日の小魚はサバ子とイワシ子だったようです。なお漁火に、ウミヘビやアナゴの長物類、トビウオやカニにタコ、タイにシイラやシュモクザメ、サバフグやトラフグなど集まってきて、漁火の周りは魚たちの厳しい食物連鎖の世界があります。

正喜も憲良も鹿児島にはマイボートを持っていて、日頃から魚釣りに行っていますが、夜イカ釣り初めての正喜は、最初イカのツンツンの当たりについ竿を立てて合わせを入れます。抱き着いたスッテに合わせを入れられ、無情にも足だけがと釣りあがってきます。

会社では先輩、釣りでは弟子の田中さんにもポツポツとイカが釣れてきています。

クーラの中も賑やかになってきました。もうひとつのクーラには自製のたれにまみれた小型のイカが「シューシュー」と泣き叫んでいます。大事に頂きますから・・・・

憲良はエンジンの煙と臭いに苦戦しています。

正喜はコツコツと数を伸ばしています。

田中さんもスッテの色を変えたり色々と工夫しながら楽しんでいます。

こちらは「きらら風呂の会」の仲間の柴田さん。柴田さんもエンジンの煙と臭いに悩まされ、釣り場をあちこち釣り変えていっています。田中さんと一緒にやってきた小松さん夫婦は奥様の方が釣果を伸ばしているようです。

弱らないうちにクーラに入れればいいのに、バケツの中に放り込まれたイカに哀れさを感じてしまいます。「柴田さん~イカをクーラに入れてやって・・・・」

今日も欲張りな私は2本仕立てですが、前回みたいに4-5匹連なって上がってくるわけでもなく、余裕の竿捌きで数を伸ばしていきます。

ついに憲良はダウン寸前となり・・・・

横になり・・・・

外気に体温を奪われ寒くなり合羽を着ます。

正喜は鹿児島から着いた日なのに、すこぶる元気に釣りを楽しんでいます。

船首の方の4名も黙々と頑張っているようです。

午前1時さすがの正喜もお疲れ気味です。そろそろ納竿とします。前回と違い本日は大漁とまではいませんでしたが、私で沖漬けのイカを含め前回の半分にも満たなかったのですが、まずまずの釣果となりました。

港について荷物を積み込みます。

英ちゃん今回も楽しい釣りのサポートありがとうございました。また来月にお世話になります。

正喜と憲良は、わが家で朝の仮眠を済ませ、豚骨ラーメンが生まれた福岡でラーメンなしで帰ることはないと、近くの一蘭の本社工場にやってきました。

期待した釣果とはなりませんでしたが、ラーメンを食べ二人は鹿児島に帰っていきました。たぶん来年はイカ釣りの遊びには来ないかな・・・・

もして よおついやったち ゆうちくれたどん あんまいつれんで かっにせっくれ またけ

楽しい 魚釣りだったと 言ってくれましたが あまり釣れないで 許してください また来てください


★高祖山登山

2019年07月18日 | 登山

さまざまなスケジュールを無難にこなしてきたのですが、先週金曜日の男の料理教室で大失態をしてしまいました。

「男の料理教室」にお世話になること2年、魚を捌いていた関係でしょうか包丁さばきも上達している実感がありました。当日サラダ用にキュウリを切っていると切り方を誉められます。「宇都さんみたいに薄く切らないと・・・」、そのとき・・・・右側がすこし気になり、包丁から目をそらした瞬間、グサリと指に包丁がのめりこんだことを強く感じました。調理をしている皆さんにわからないように、公民館の事務所へ急ぎます。水で傷口を洗うと思いのほか傷口が深いようです。血止めのガーゼを押さえ近所のかかりつけ医に飛び込みますが、傷口の縫合が必要で外科に行かないと・・・・急いで公民館へ戻り館長が車で送ってくれました。ちなみに包丁は昨日研いだばかりだそうです。

とてつもなくいたい麻酔を指の根元に打たれ、4針縫合しました。教室へ帰るとすでに調理を終え、ちょうど食事をいただく時間となっていました。皆さんは既に事情を察していて、私の照れ臭い笑いに安堵したのでしょうか、拍手で迎えてくれました。ご心配おかけしてしまいましたが皆さんの拍手の温かさに嬉しい気分となりました。

わが故郷や関東は、雨や曇り空が続き災害に日照不足の作物への影響で大変ですが、ここ福岡では大した雨もなくここ数日天気も続いています。先月の「きらら風呂の会」のとき高祖山(たかすやま)登山を計画していました。

今日のメンバーは谷口さんと一ノ瀬さんです。登山口につきました。高祖山(たかすやま)は、福岡市と糸島市の境に位置する標高416mの山で、頂上は古代の歴史書にも記された巨大な山城の怡土城跡だそうです。

ここの登山ルートは直登のルートみたいです。すぐに汗が噴き出してきます。風もなくジトジトと湿気の強い中、2014年にデング熱感染の報道で東京が大騒動となりましたが、その一番手としてのヤブカ(ヒトスジシマカ)が体にまとわりついてきます。

祀られている石碑がありますが、表面は碑文が長い歴史の中削られてまったく判明しません。本来であればここが一休みの休憩所となるところですが、まとわりついている蚊は立ち止る私をいまかいまかと狙っています。気を奮い起こし上へ進んでいきます。

下を見るとだいぶ登ってきたように思いますが、スマホを見るとまだ十数分しかたっていないようです。体で感じている時は数倍の経過を感じます。

少し開けて太陽が降り注いでいた広場がありました、ここで一休みです。わたしはリュックを下ろし登山靴まで脱いで水分を補給します。同伴のお二人は疲れた様子もなく、立ち話に興じています。ふと私の疲れが異常なのかなと思ってしまいます。異常なまでの汗の拭きだしと、あえぐ呼吸に少し心配になりますが、息が整ったので登攀を開始します。

10分もたたないうちに、異常な汗、息苦しさ、ふらつき、貧血で顔から血の気がなくなりました。これ以上動くと危険と思いへたり込みました。今年のタケノコ掘りの際にも軽い症状でしたが、同じ症状があり病院へ行くと糖尿病の投薬のより血糖値が下がったためであると判明しました。今度も同じと思いますが、慌ててボッケの飴玉を咥えます。

先行のお二人は登頂まじかだったようですが、心配して下山してきました。状況を報告して今回は登頂断念です。

登山口の車に着きました。おかげで少し楽になったようです。登山初めて約60分ほど高祖山をさまようだけで目的を達せず帰ってきました。今年の秋に再トライすることを約束しました。

せっかくのご縁と言うことで、高祖宮にお詣りさせていただきました。創建は不詳だそうですが、西暦1197年の伝承の記載もあり、800年以上も前からここに鎮座しています。ご祭神は山幸彦の名で知られている彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)です。このお方は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の子で、母はわがふるさと阿多郷の姫であった木花開耶姫(このはなのさくやびめ)です。神話の世界を話し出すと長くなりますのでこの程度に止めおきますが、いつかブログで私見な部分もあるとは思いますが、お話ししたいと思っています。

てはきっし やまのぼいも いっきだれっせぇ といをとって やっせんぼに なったもんじゃらい

手は切るし 山登りも すぐに疲れてしまい 年を取って 体が弱く なったようです。


★OBとの交流会

2019年07月09日 | 日記

OBの皆様との交流会に向けていろいろ準備を重ねてきましたが、7月6日開催の運びとなりました。

OB会への未加入の方もたくさんいますが、ここ糸島地区ではおよそ134名の方が会員です。当日の出席は41名で3割の方が出席してくれました。会場はここ糸島市の「健康福祉センターあごら」をお借りします。

午前10時からの開催ですが、準備等もあるだろうと午前8時30分には「あごら」につきました。準備のために先輩たちも早い出勤です。

今回で交流会は2回目となりますが、前回は田舎での同窓会に出席したため、準備のお手伝いはしたのですが、交流会には参加できませんでした。今回の交流会は準備段階からより楽しんでもらうには、構成をどうするか数回にわたり打ち合わせを持ち議論してきました。出し物は肩ぐるしい講話などやめて、箏の先生たちによる演奏と、わたしとご縁のあったコーラスグループ「OBA」さんのステージです。この方たちのご縁については話すと長くなりますので、よかったら私のブログの「★胸に刻まれた愚妻の誕生会」をご覧ください。

https://blog.goo.ne.jp/enohachan/e/84b77a2d8e57d7aa8dfea7fe18eb20bd

定刻10時には全員集まってくれ、交流会が始まりました。

挨拶もそこそこにコーラスが始まります。参加のわたしたちを考慮して口ずさむことのできる選曲を練習してくれたのでしょう。皆さん体でリズムを取っている方もいます。

次はお琴の先生5人による演奏会です。

箏じたい生での演奏に触れたことがない私には、それは、それは美しい音色でした。音色の表現は非常に難しいのですが、日本人であれば誰しも心に響く何かを感じることができるのではと思います。

この後は自己紹介とお弁当での食事会でお開きとなります。自己紹介は「簡潔にお願いします。」とアナウンスしますが、みなさまおしゃべりする機会も少ないのでしょうか、自己紹介に90分もかかってしまいました。わたしはマイクをもって走り回ったりしてスナップを取る時間もありませんでしたが、大盛況で終えることができました。「OBA」OriginalBelovedAngelsさん年寄りの集まりに美しい華を添えていただき大変ありがとうございました。また、コーラスと箏のスナップは参加のOBの反応が薄いように写っていますが、私も楽しむために、曲の始まり部分のスナップだったためですのでお察しください。

いそがしっか わっぜか やすんのひに でてくいやっして あいがとごわした

忙しい 貴重な 休みの日に 出演していただき ありがとうございました。


★河上御大との昼イカ釣り

2019年07月06日 | 釣り

昨日7月5日午後5時いつものようにラドン温泉「きららの湯」へ向かいます。この時間帯からいつもの風呂の会メンバーが誰彼となく居て、雑多な話に盛り上がります。本日も幾人かのメンバーの笑い声がサウナ室から聞こえてきます。その中には昨年12月をもって退職し、畑仕事や木工細工にと忙しい毎日を送っている日曜大工の師匠中園さんがいました。なにやら初めて栽培したズッキーニがたくさん実っているとのことでお風呂の帰りにいただいて帰ることとしました。

沢山採ってもいいよと言われますが、なにせほとんど口にしないズッキーニです。2本だけもらって帰ります。レシピはネットで検索すれば早いのですが、私には26名の同窓生のライングループが存在しています。早速「美味して食べ方は・・・・」、定番と思われるサラダや、豚バラ肉とオイスター炒め、はたまた天ぷら、オリーブオイル焼きのチーズをのせ、めったなことでは耳にしないラタトゥイユ(フランス南部プロヴァンス地方、ニースの郷土料理で夏野菜の煮込み)、パスタ料理とたくさんのアイディアをいただきました。ラタトゥイユへの挑戦も面白いかもしれませんが、レシピを聴いたのはいいが、本日7月6日は糸島地区の退職者の集まりがあります。したがって愚妻の担当となりますが、我が家は「豚バラ肉の味噌炒め」ここらに落ち着くのかな・・・・

7月3日の夜突然に「明日の4日釣りに行くよ」との電話が風呂の会の御大河上さんから入ります。予定していた雑用を繰り上げ、御大二人分の仕掛けや道具を準備します。まだ暗い4時出港でお昼前の10時には納竿の予定だそうです。

予定通り4時出港です。本日の船は地元で日曜大工の師匠中園さんと同級生のサカイさんの船です。

明かりのマンションに住んでいる池田さんはまだ夢の中でしょう。

佐賀県呼子沖の小川島にやってきました。

隣の船は、サカイさんの知り合いの船だそうですが、あちらもあたりが遠いそうです。

御大河上さんが何やら重そうですが、イカ釣りの初心者で自信なさそうに揚がってきたのはヤリイカ(ケンサキイカ)でした。

釣り始めて2時間ほどでしょうか。まだ4杯・・・・先般の夜釣りのイカ釣りの喧騒とは程遠い、静かで穏やかな釣りです。ウトウト・・・・とつい自分の名前を呼んでいます。

船長サカイさんも釣ってもらおうと必死でポイントを変更していきますが、なぜか本日はあたりが遠いイカ釣りとなりました。近くにいた知り合いの船は、玄海原発排水溝の暖かな海水による魚を求めて移動したようです。が、全く釣れていないとのことです。しかしながら風評被害につながることかもしれませんが、すみません私はそこでは魚釣りたくありません。

9時すぎ、まだ8杯

ともだちがパラシュートサイズのヤリイカが釣れたという内湾へ入り込みます。磯釣り師匠との思い出がある屋形瀬と平瀬の横をすり抜けていきます。

10時を過ぎ納竿となりました。本日のもう一人の同行者瀬戸さんも少々疲れ気味となっています。

先般の大漁もあったので小さなイカ2杯だけをもらって帰り、昼に刺身とゲソは塩焼きでいただきました。

つってから いっとっしかたっちょらん いかやったで こりゃ わっぜうんまかったど

釣ってから 少ししかたっていない イカですから これは 実に美味かった。


★ヤリイカ(ケンサキイカ)2019年度の初釣り

2019年07月01日 | 釣り

先月27日「きららラドン温泉」の年に一度の設備のメンテナンスも無事に終わり、定例の風呂の会も、登山の計画などで大いに盛り上がりました。

セカンドライフを無為自然(自然にあるがまま)に生きる無欲の中島さんと、ハンドルキーパー(お酒を飲まない運転者)のわたしは、日曜大工の師匠中園さんの隠れ家へ寄り道です。先般波多江さんの炭小屋から持ち帰った木酢液を少し譲ったのですが、この効能(虫除け、猫対策、土壌改善など)を短期間で体験して、すっかりとりことなり庭先の100坪の野菜たちも生き生きとしています。譲ってもらうべく私が近々波多江さん宅へ出かけてきましょうか。

英ちゃんの船での遊漁は、ここ3回ほど連続で荒天での中止が続きましたが、本日はこれとないタイミングのイカ釣りとなりました。経験からぽつぽつと雨粒が落ちては来ているものの、どんよりとした天気で海が凪いだ夜は、これまでのイカ釣りでは期待通りの釣果です。本日も田舎の先輩大作兄ぃに迎えに来てもらい出港地の芥屋の港へ向かいます。

志摩半島を一望できる名峰の立石山の下に芥屋の港はあります。本日はこの「三祥丸」は昼間のイサキ釣りへは行ってないようです。

9月に鹿児島の高校時代の同窓会を福岡で開催しますが、港横の「磯の屋」さんはその会場となるところです。なお、現在の同窓会参加希望者は22名で、各地から駆けつけてきます。

わたしのグループは、大作兄ぃと「きらら風呂の会」の御大坂本さんです。残りの方は福岡市内からの参加ですが、そのリーダ山田さんは偶然にも大作兄ぃの釣り仲間だったようです。これでほかの4名の方とも打ち解けて和やかな雰囲気となりました。

玄界島沖で小呂島と相島が見えるポイントに到着しました。シーアンカー(水中にパラシュートを投入して海水の抵抗を受けて錨のような役をさせる)を入れて釣り開始です。前の方のイカメタル ( 鉛スッテ ) のタックルに良い型のヤリイカ(ケンサキイカ)がどうやら一投目で釣れたようです。それを聞いた大作兄ぃはスッテの多点仕掛けをあわててセットしています。

わたしも愛竿モデラートに7本スッテ仕掛けを投入終わりました。海は静かで鏡のように凪いでいます。結果はわかってはいますが、この時点ですでに大漁の確信がありました。

わたしから「今夜は大漁ですよ」に期待一杯の坂本さんです。

海底付近から釣れあがったのは中型のヤリイカです。往々にして日が沈みまでは底付近にイカは群れています。

どうやら大作兄ぃにも釣れたようです。

今度は35Cm越えのヤリイカです。このような大型は引きも「ドワーン ドワーン」と、水管からのジェット噴射のたびに電動リールでの巻取りも止まり、ハラハラドキドキでこれがイカ釣りの妙味のひとつです。

無風状態でシーアンカーの効果もうすく、ロープ越えでの釣り変更に多点仕掛けのため二人掛かりです。

集魚灯の効果も効いてきて10m前後付近で釣れだしました。

透明のイカは大変綺麗なものです。

こちらは醤油に味醂に酒、鰹節と昆布と白だしで、自作のタレに漬け込んだ少し小ぶりのヤリイカです。

7本スッテに6杯のイカが乗るほど活況です。

ここで毎度欲張りな私は2本竿仕様となります。操作が煩雑になりあたりも多いことから、テンヤワンヤノ状態です。

普段は、浮子スッテのカラーや誘いの巻き上げ速度で釣果に大きく影響しますが、この日はそんなことにはお構いもなく釣れます。2回の上げ下げでこれだけの釣果です。

船長の英ちゃんが「イカの大群が上がってきた!」スマホを片手に駆け寄りますが、動きが素早くてなかなかその様子が映し出せません。

イカも興奮して爆釣に、ことわりを入れて船長英ちゃんもしびれを切らし、明日の息子の新築祝い用にとスッテを投げ入れます。

大作兄ぃにイカとは違う大きなあたりがありました。スッテを丸のみして上がってきたのは2K程の鯛です。英ちゃんの明日の新築祝い用として進呈します。それをみた前の釣り人の方は小さなイカを餌に鯛を専門に狙うと、これまた見事な鯛が釣りあがりました。

ここ2時間ほど続けざまの豊漁に船上はパニックです。

こちらの大作兄ぃの友達田中さんは、20分近くの格闘の末9K近い大鯛をゲットしました。港に帰って量ったら8.6Kgでした。おかげで私の2本の仕掛けはこの大鯛に引きづりまわされて、仕掛けのやり直しですが、大爆釣のこの日は寛容な私がいて自分でもびっくりします。

英ちゃんは手釣りの妙技を披露して次々と釣りあげます。

沖漬けのイカも、シマノのクーラボックス・フィクセル24Lもほぼ満杯です。

こちらはイグロー72Lもほぼ満杯となりました。

大爆釣に坂本さんも満面の笑みで写真のスナップに答えてくれます。

午前1時を過ぎ周りの漁火も少なくなりました。

あたりも少し遠のいて船上には静寂さも帰ってきました。大作兄ぃはこんな時間に誰に電話しているものやら・・・・

納竿を午前2時と決めましたが、坂本さんはいち早く道具をしまってひと眠りでしょうか。

午前1時30分大作兄ぃも私も納竿です。

おかげで生イカは160杯以上の釣果となりました。

沖漬けも隙間もないくらい満杯です。この沖漬けが大好きな田舎の兄ちゃんに今年も送りましょう。

弁当を食べる時間もなかったので、深夜営業しているウエストのうどん屋さんへ向かいます。

うどんで腹を満たします。

シャワーを浴び、布団にもぐりこんだのは午前4時過ぎ、眠りについてから2時間もたたないで、孫が熱を出したとの連絡でおこされ、帰った日の29日は病院へ連れて行ったりと孫に翻弄され、友人知人や近所へのお裾分けで走り回り、長男次男の家族と我が家のストックのためのイカの処理で、とうとう昼間は眠ることはありませんでした。こんな大漁なのにイカが届かなかったブログへおいでの知人の皆さん、自慢話ばかりとなって本当に申し訳ありませんでした。いつかは皆様のお口へ届けることができるように・・・・先ほど鹿児島の高校同窓生の正喜と憲良が福岡に来て、イカ釣りに行くことが決まりました。その日もそこそこ大漁でありますように・・・・

いままでん けんわっぜつれたこっが あんまいなかごっあっ しんでしもたどん あんめっのともだっ まさしのふねで ひろしとつったとっ いまあはいせんの ことぶきまるの くわのさんとつったとっ こんひで いかんたいりょうの べすとすりーやった

今まで こんなにたくさん釣れたことが あまりありません 死んでしまったけれど 秋目の友達 正史の漁船で 宏志と釣った時 今は廃船となった 寿丸の 桑野さんと釣ったとき 今回で イカの大漁のベスト3です。