日本橋浜町ブログ弐番館

仕事とゴルフにがんばる日本橋浜町在住会社員の日記

マーケットデザイン―最先端の実用的な経済学-

2021-05-08 15:57:52 | 研究
坂井豊貴、2013年9月、ちくま新書
「マッチングを勉強したい」と話したら、正人さんから勧められた2冊のうちの1冊。学生時代にゲーム理論の初日で挫折し、現在は研究テーマで迷走中だったが、過去の実体験と経済学が結びついた喜びを素直に感じて、前に進めそうな気になった。各章の後半で、日本における適用を考察しているが、1990年代後半からマッチング理論の様々な領域への適用を検討してきた米国に対して、政策議論に経済学の知見が結びつかないまま、現在に至ていることが、現在の日米の生産性の差につながっているように感じた。

はじめに
第1章 組み合わせの妙技-アルゴリズム交換とその威力
第2章 両想いの実現-マッチング理論のケーススタディ
第3章 競り落としの工夫-オークション理論と経済価値の発見
読書案内
おわりに
参考文献

はじめに
マッチングを勉強するのに「マーケットデザイン」の本とは?と思いながら読み始めたところ、「マーケットデザイン」は経済学の新しい分野で、どんなに優れたモノを作っても適切な持ち手に届けないと製品としての価値が生まれず、社会を豊かにすることは出来ないことから、物理的なものづくりに対して、経済学的ものづくりに関する学問分野だという。18世紀のアダム・スミスは『国富論』で市場の価格調整機能を「神の見えざる手」と表現したが、実際の市場はブラックボックスではない。経済学に基づき、市場のルールを設計するのがマーケットデザインである。1870年代に現代経済学の礎を築いたレオン・ワルラスは経済学を技術として活用することに深い関心を抱いていたが、マーケットデザインは、役に立つことが分かりやすく、また使いやすいのが特徴である。

第1章 組み合わせの妙技-アルゴリズム交換とその威力
腎移植にマッチング理論を用いて患者とドナーの組み替えを組織的に行えるよう、最初に分析したのがアルビン・ロス、タイフン・ソンメツ、ウトック・ユンベル教授達で、彼らの研究を端緒として腎移植マッチングの研究が進展し、パク博士らのアイデアで実現することになる。
腎移植マッチングで考察するのは腎臓を求め需要する患者と腎臓を与え供給するドナーの間で、需給の一致を実現させることで、腎臓という希少資源を社会で上手く配分することを意味している。多くのマーケットデザインの研究では「どう制度を作れば需給一致が実現するか」を考察する。つまり良い結果が導かれるよう、逆算して制度を設計していく発想がマーケットデザインという学問分野の特徴である。
ロスとソンメツ、ユンベルが2004年に発表した共同論文の腎移植マッチングモデルは、ロイド・シャプリーとハーバート・スカーフによる「住宅市場モデル」に基づいている。腎臓と住宅は「ひとりが一つしか要らない」という点が似ている。住宅市場モデルを扱う『コアと非分割性』は1974年のジャーナル・オブ・マスティカル・エノコミクス誌に掲載されている。住宅市場モデルとは、今の部屋に満足していない学生が、一同に会して、学生寮の部屋を交換するが、その場の最低限の取り決めとして、誰も今より嫌な部屋には移らないという「個人道理性」という条件を尊重する。4人の学生がいて、各自が部屋を持っており、今の部屋に対して満足しておらず、4つの部屋に対して順位(選好)を付ける。学生と部屋の組合せを「配分」と呼び、配分Aより配分Bが優れていることを「パレート改善」するという。パレート改善することがない配分のことを「パレート効率的」という。
グループの抜け駆けを「ブロック」というが、ブロックが起こり得ない配分のことを「強コア配分」という。強コア配分の存在に関する重要な事実としては2つあり、
事実1:強コア配分は必ず存在する。強コア配分を実現しようという目標を立てることは意味をなす。
事実2:強コア配分は必ずただ一つしか存在しない。強コア配分の実現を目指すとして、どの強コア配分にしようか迷う余地はない。
配分は数が増えるにしたがって増えていくため、それが強コア配分かどうかを確認するのは大変になる。この問題を解決するために編み出されたのがデビッド・ゲールによるトップ・トレーディング・サイクル・アルゴリズム(TTCアルゴリズム)であるが、TTCアルゴリズムは1974年のシャプリーとスカーフの論文内で「これはゲールにより考案されたものだ」として初めて世に出ているが、ゲール自身の論文に掲載されたわけではないので、TTCアルゴリズムについて記載する場合は「ゲールによるTTCアルゴリズム」と述べたうえで、シャプリーとスカーフの論文を引用する必要がある。
配分の個数はnの階乗!であるが、TTCアルゴリズムの下では、人々の選好がどのようであろうとも、各回のステップが必ず一つはサイクルができる。よって各回、最低一人はその場からいなくなる。そのためn人の学生がいるとしても、n回のステップでその場からいなくなり、終了する。
多数決のルールの下では正直に投票することが必ずしも得策ではないが、TTCアルゴリズムの下では、虚偽の指差しにより得をすることは一切ないことをロスが証明しており、この性質を「耐戦略性」と呼ぶ。
ラトガース大学のジンペン・マー准教授は1994年のインターナショナル・ジャーナル・オブ・ゲームセオリー誌に掲載した論文で、耐戦略性、パレート効率性、個人合理性を満たすルールは強コアルールの他には存在しないことを示した。ある特定のルールを、いくつかの性質を満たす唯一のものであると数学的に示すことを公理的特徴付けという。
トルコ出身の研究者、アティラ・アブドゥルカディログルとタイフン・ソンメルらは、住宅市場モデルを、既に自分の部屋を持つ学生(居住者)たちの間だけで部屋を交換するのではなく、空き部屋と新たな入寮者が存在するようなモデルに拡張し、そこで上手く働くようなTTCアルゴリズムの修正を考え、『居住者がいる場合の住宅配分』というタイトルで、1999年のジャーナル・オブ・エコノミックセオリー誌に公刊されている。それが後に腎移植マッチングにつながっていく。
居住者=患者
居住者の部屋=患者のドナー
空き部屋=献腎
入寮者=ドナーを持たない患者と読み替えることができるが、住宅配分問題と異なるのは、空き部屋(献腎)の数が少なく、またそれは最初からあるものではなく、たまに提供されるという腎移植マッチング特有の事情がある。
ロスたちは2004年の論文では主にTTCアルゴリズムに基づいた、つまりサイクルのサイズを制限しないアルゴリズムについて論じ、翌年のジャーナルに掲載した論文では『2組ごとの腎臓交換』ではドナー交換を2組間のみに留めるとどうなるかという問題を考察、その後の関連論文で得られた成果を要約すると、ドナー交換を3組、4組まで広げると、適合ペアの数は飛躍的に増加していく。
裏切りをどうしても阻止したいならば、メリーランド大学のローレンス・オーズベル教授とノースカロライナ州立大学のセイヤーモリル助教授らが提案した、不適合ペアのドナーの腎臓を先に取っておくというマッチング方法が良い。二人はこのアイデアをマクロ経済学の世代重複モデルから得たと述べている。

第2章 両想いの実現-マッチング理論のケーススタディ
ゲールとシャプリーは1962年に米国数学会の月誌に公刊した『大学入試と結婚の安定性』というタイトルの論文で、マッチングを定式化し、安定マッチングと呼ばれる組合せの概念を導入し、安定マッチングを短時間で見つける受入保留方式と呼ばれるアルゴリズムを与えた。これは今日、研修医マッチングや学校選択マッチング、大学の付属高校から大学学部への学生の割当など、多くの場面で活用されている。
ロスは研修医マッチングに続き、2000年代になってボストン市とニューヨーク市における公立学校のマッチング方式の改正に関わるが、マッチング理論を学校選択の文脈で活用することを最初に論じたのはボストン・カレッジのソンメツ教授とその共同研究者たちである。研修医マッチングでは各病院が研修医に対して選好を持っていたが、公立学校側に「どの学生が欲しい」ような選好は持たない。
ボストン市では、ロスが改革に携わる前は「早いもの勝ち」的なボストン方式と呼ばれる方法がとられていた。研修医マッチングでは各研修医が「最初の持ち分の病院」を持っていないので、TTC方式は利用できないが、学区の概念が意味を持つ学校選択マッチングでは、TTC方式は耐戦略性を満たし、財の配分においてパレート効率性を実現する。また自分の学区の学校より嫌な学校には割り当てられないという個人合理性も満たす。ボストン、受入保留方式、TTCのどの方式を採用するかで結果が大きく変わってくる。

第3章 競り落としの工夫-オークション理論と経済価値の発見
第2価格オークションとは勝者が入札額の中で二番目に高い金額を支払う方式である。相手がどのような行動を取ろうとも、自分にとって常に最適な行動をすることを支配戦略というが、第2価格オークションの下では、各参加者が自分の評価額をそのまま正直に入札するのが支配戦略になっており、耐戦略性を満たすという。
各買い手は他者の入札行動が分からないので、確率的に他社の入札行動を予想して、自分の利得の予想額が最大化するよう入札する(ゲーム理論のベイジアンナッシュ均衡という概念)。第1価格オークションの下で期待収益を計算すると、実はその金額は第2価格オークションでの期待収益と一致することを、1961年にウィリアム・ヴィックリーがジャーナル・オブ・ファイナンス誌に掲載した論文で示したもので、収益同値定理と言う。オークション理論という新領域の幕開けとなる貢献で、1996年にノーベル経済学賞を与えられている。
一個の財を売るときには第2価格オークションが耐戦略性を満たす優れた方式だが、複数個の財を売る同質財オークションにおいて耐戦略性を満たすのは新方式のヴィックリーオークションである。
ビッド支払いオークション:上位の限界評価から順に財を割り当てていき、その金額を支払ってもらう方式で、価格差別オークションとも呼ばれるが耐戦略性を満たすものではない。
次点価格オークション、次点価格オークションの耐戦略性を満たしそうな修正を加えても、また満たさない。
ヴィックリーオークション:例えば2個の財を得た勝者は「他者の入札額のうち、落札できなかったものの中で上位2つ」に当たる金額を支払う。

ハイエクは競争を「発見の手段」と表現したが、オークションに限らず、マーケットデザインの特徴は、あくまでルールを作るという点にある。計画経済のように結果を定めるのではなく、手段を定めるものである。18世紀にアダム・スミスが考察した自由市場の機能と、19世紀にレオン・ワルラスが重視した技術としての経済学、そして20世紀にフリードリヒ・フォン・ハイエクが「発見の手段」と評した競争のアイデア。それらの知見を21世紀に結実させ開花した地域の結晶がマーケットデザインである。
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プロフェッショナル・マネージャー

2020-05-06 17:25:40 | ON
本書は世界最大のコングロマリットを築いたハロルド・ジェニーンという人物の経営持論である。
10年間に買収した企業は、シェラトンホテル、エイビスレンタカー、コンチネンタルベイキングなど、300社を超え、その地域も60か国以上に上る。買収の判断基準は利益という観点だけで、論理的な根拠も一貫性もないが、それだけ多くの、支離滅裂の企業群を経営するのは途方もない仕事で、ジェニーン本人が仕事中毒であった。

ファーストリテイリングの柳井代表取締役会長兼社長が「私の最高の教科書」として、本の帯には、ユニクロ「幻のバイブル」と書かれているので、教会の日曜学校風に、印象深いフレーズを引用しておく。

第四章 二つの組織から
“事実”の中には“表面的な事実(一見事実と見える事柄)”“仮定的事実(事実と見なされていること)”“報告された事実(事実として報告されたこと)”“希望的事実(願わくば事実であってほしい事柄)”、事実のレッテルを貼られ、事実として受け入れられた”受容事実“は、たいていの場合、事実ではない。
プロフェッショナル・マネジメントという最高の芸術は、“本当の事実”をそれ以外のものから“嗅ぎ分ける”能力と、さらには現在自分の手もとにあるものが、“揺るがすことができない事実”であると確認するひたむきさと、知的好奇心と、根性と、必要な場合には無作法さをもそなえていることを要求する。
今すぐに、それは事実か?と、そして揺るがすことのできない事実か?と尋ねる習慣を身に着けようではないか。
付言その1:一見してどんな印象を受けようとも、念のため、かならずそれを“”揺すってみること
付言その2:このメッセージをラインの下部まで徹底させられたし。

第六章 リーダーシップ
リーダーシップの質こそ、企業の成功をもたらす処方に含まれるもっとも重要な成分
私に固有のリーダーシップの感覚の傾向として、最前のやり方として選んだのは、他の人々と一緒にボートに飛び乗り、オールをつかんで漕ぎ始めることだった。仮に名づけるなら、参加的リーダーシップと呼んでもよかろう。
私はボートの後尾に座って、自分は何もせず、部下達にすべての仕事をするように説諭する船長になりたくなかった。また両手に大きな鞭を握って、奴隷達を死ぬほどの恐怖に縮みあがらせる奴隷船の船長にもなりたくなかった。
ルックスや家柄の良さをせいぜい利用している、チャーミングで屈託のない人々は敬遠、あまりにも賢すぎて、われわれ凡人とはうまくやっていけない天才も欲しくなかった。
マネージャー自身と、その計画の顕現たる毎日の何百という小さなおこないにかかっている。リーダーシップは人生と同様、歩みながら学ぶほかはない。

第七章 エグゼクティブの机
机の上に何も出ていない、綺麗な机の主はビジネスの現実から隔離されて、それを他の誰かに代わって運営してもらっている。
エグゼクティブとしてすることになっている仕事を本当にやっているなら、彼の机の上は散らかっているのが当然だ。なぜなら、エグゼクティブの職業生活そのものが“散らかった(雑然とした)”ものだからである。

第十章 買収と成長
広範な経済活動をカバーする多業種、多種製品会社は、経済的不況に対する保険をかけているようなものだ。カバーする範囲が十分に広ければ、会社のある製品には、他の製品が不況に見舞われている時も、なお需要があり、よく捌けているだろう。どんな業種にもサイクルはある。それを潮のように上げ下げするが、ただ潮よりもずっと予測しがたい。

第十一章 企業家精神
起業家精神ではなく、企業家であることがポイント

第十二章 取締役会
最高経営者の報酬を取締役会が決めるにあたり、個人としてどのようなことをし、どんな直接的貢献をしたのか?それだけの報酬を得るのに十分なだけ傑出した、どのような真の個人的貢献を、きみはしたのか?
会社のマネジメントの業績達成の基準をどこに置くか、去年または今年、会社がどれだけの収益を挙げたかではなく、挙げるべきであったかということ。会社の発揮されずに終わった能力、取り逃した機会、到達されなかった水準、失われた時間、行われなかった方向転換に、ほとんどの取締役会が注意を向けていない。
取締役あっちはマネジメントの業績を客観的に眺める態度を取り戻さなくてはならない。年来、生産性と並んで、次第に失われてきたのは客観性。

第十三章 気になること―結びとして
良い経営の基本的要素は、情緒的な態度である。
“ガッツ”、マネジメントは生きている力、納得できる水準、その気があるなら高い水準に達するように、物事をやり遂げる力。
リーダーシップは、物事を遂行するように人々を駆り立て、答えを出さなくてはならないと感じるがゆえにそれをやり続け、満足できる結果を得るまでやめないように駆り立てる情念の力。
物事を行うには会社の機構を通し、近道をせず、ルールにしたがってやらねばならぬ、しかしルールに従って考える必要はない。物事がいつでもなされるやり方に自分の想像力を閉じ込めるのは大きな誤りである。
真のリーダーで、どれほど高価につこうとも自分に課された宿題をやらない人間には、私は会ったことがない。

第十四章 やろう!
実績のみが、きみの自信、能力、そして勇気の裁量の尺度だ。実績のみがきみ自身として成長する自由をきみに与えてくれる。
マネジャーとは“実績をもたらす人間”だと定義する。

再度、読み返して気がついた箇所がある。
営業経験の最大の意義は一対一の折衝を無数に伴う業務であることだ。しばしば指摘されるように、結局、ビジネスは一対一。
良いリーダーはあまねく「やってみて、フィードバックを得る」という、実に明瞭でシンプルな原則を大切にしている。どう消化するか?
卓越したリーダーは、居心地の悪い場所から飛び出すことをいとわない。同時に、極めて地に足のついているようにも見える。
自分の原点を意識する。取り巻く状況の変遷にただ流されない。おかれた状況に適応していく。自分らしさを見失わずに行っていくのだ。
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恩師へ

2020-05-05 15:03:17 | LIFE
iPadを元の会社に返却しなければいけないので、内容を確認していたら、恩師のお別れの会の閉会の言葉が出てきました。
大学のゼミの恩師が亡くなって6年になります。いつまでも忘れないよう、アップします。

本日は、ゼミ生が先生とお別れが出来るよう、このような会を開いて頂きましたこと、奥様、本当にありがとうございます。また、お忙しいところ、ご予定を調整頂いたり、残念ながら本日は欠席で申し訳ないというご連絡を頂いた方もいらっしゃいますが、本当に沢山の方にお集まりいただき、お別れの会が出来ましたこと、事務局として心より御礼申し上げます。
会の準備段階から、鵜瀞恵子さんから色々アドバイスを頂きました。ありがとうございました。
奥様から、先生のご遺志ということで、ご相談頂きまして、本日を迎えたわけですが、先生のご希望通りの会になったでしょうか?
まず事務局からのお知らせを一つ、経友の10月号にて岡野先生の追悼号が企画されています。44年卒の奥野先生、47年卒の金本先生、52年卒の鵜瀞先生、56年卒の常木先生と本日の司会をしている平成3年の赤松先生にお願いしておりますが、私から本日のお別れの会を報告させていただきます。
皆様から送っていただいている追悼メッセージ、文集の原稿と本日の会のご報告を取りまとめ、「文の集い特別号」として、奥様にお渡しすると共に皆様へも郵送致します。受付の時に名簿をご確認頂いておりますが、まだの方はお帰りの際に、ご確認をお願いします。また後日、ご住所が変わられた方は私宛に連絡お願いいたします。原稿は7月13日まで募集しておりますので、どしどしお寄せ頂ければと思います。
岡野先生の小学校、中学の作文、青年期に闘病を綴られた手紙形式の記録、そして茨木のり子さんの詩集など、先生の心情に触れられる作品も、奥様から提供頂いておりますので、特別号に掲載させていただきます。
編集の特権で、皆様からの原稿を一番に読ませて頂いておりますが、私の知らない時代の先生の思い出や素晴らしいところに、いちいち全てにうなづいて、そして、もう先生から何も言ってもらえない淋しさを感じております。
岡野先生との思い出は、一番下っ端の割には沢山あると思いますが、私だけのエピソードと言えば、学生の時になにげなく「結婚するまで、バレンタインにチョコレートを送ります」と言って、なかなか結婚しなかったので、 卒業後も10年お送りしていて、披露宴の時にも祝辞でそのように話されていたので、一旦やめたのですが、何かのタイミングで復活させて、ここで昨年まで続けていましたと言えば、格好がつくのですが、ホワイトデーのお返しを強要しているようで、数年前にやめてしまったことが、私だけのエピソードだと思います。
本日のカメラマンをやっている野口が主人ですが、私と知り合う前に、偶然にも電気通信市場の自由化の調査で二度ほど先生と海外出張をさせていただいており、学問の世界では、私以上に先生の教えを受けておりまして、先生が亡くなった時は、両親が亡くなったことに続くショックを受けておりました。
岡野先生にはもっともっと長生きしていただいて、先生のお話を聞きたかったと思っておりますが、今となってはそれがかないません。ただ、岡野ゼミ門下生は、この先もずっと、先生だったらどうされるかなと常に考え、エリートは社会のために働く義務があると先生も仰っていましたとおり、社会のために働き続けていくことをお約束したいと思います。
この先のOB・OG会ですが、岡野先生が私に最後に送ってくださったメールに、今年の会には参加する自信はありませんが、と書かれておりました。
今までのように毎年とはいかないかと思いますが、三回忌などの節目に、奥様を特別会員としてお招きし、皆様のご賛同が頂けましたら、会としては続けていければと願っております。
最後になりましたが、岡野先生への感謝の気持ちと岡野ゼミの皆様のご健康をお祈りしまして、本日は閉会とさせていただきます。
奥様、皆様、本当にありがとうございました。
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研究室の特別授業

2020-04-26 14:39:06 | 研究
研究室では、徳島県在住の方をお呼びして、学生に話をしていただく機会を設けているそうで、そのような特別授業の模様はモノクロの冊子にまとめられている。

「伝える」で仕事を創る
~uta no taneオーナー、KGI PRESS代表 森 香菜子さん(2017年5月9日)
1981年徳島県生まれ、大学卒業後、徳島県のタウン情報誌の編集者・ライターとして勤務、2012年に編集経験を軸にものづくりを行うグラフィックデザイナー・編集者・ライターとして独立。同時にギャラリーショップ「uta no tane」を徳島市内にオープン。店舗では絵やクラフトなどの展示企画も行っている。媒体にこだらわず、”伝えること”をテーマに幅広く活動。
「藍に人生をかける」
BUAISOU代表社員、藍師・染師 渡邉 健太さん(2016年10月24日)
1986年山形県生まれ、大学卒業後、貿易会社に勤務するも、藍染の世界と出会ったことから2012年徳島県上板町に地域おこし協力隊として着任。

田口先生の「地域づくりをサポートする相手をずっと見守っていきたいと思うのと近しいなと思ったんだけど。キャパシティがある気がして、これ以上は見きれない」について、森さんが「それはあります。だからあの人もこの人もいいって思ったりするけど、それはほんとに逆に作家さんのためにならない。ほんとはいい付き合いがこれからも出来るだろうっていう人と小さく付き合っていけたらいいって思う」。
渡邉さんが「会社は今ぐらいがちょうど良い、これ以上広げたら、制作と経営、多分これ以上広げたらコントロールできなくなってしまいそう。一か所でやっている意味がなくなっちゃう。」

事業の規模と継続性というのは非常に難しい。自分だけで出来る範囲の仕事であれば、自分が働けなくなれば、それで終わりになる。
神山モデルのスゴイと思うところは第2、第3世代の担い手がいるところだと思う。


 
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桜咲く🌸

2020-03-21 17:28:39 | ランニング
三連休は日中、お天気がよくお花見日和でした。
自粛とはいえ、浜町公園や隅田公園は、少人数で花見酒を楽しんでいる人がボチボチいました。
日曜日には、靖国神社の桜が満開に。
来週はもう散ってるかな?

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自分を肯定して生きる

2020-03-09 21:57:51 | 研究


gaccoでSDGsに関連する講座を受講した際に、参考文献になっていた一冊。
副題はプラグマティックな生き方入門、
帯には「自分には何もない」と嘆く前に、「今、あるもの」で勝負する。とある。

プラグマティックな生き方とは
・他人の目から見た、社会的な地位や評判、序列、所属を基準にしない
・自分自身の判断で、「役に立つ/意義がある」生き方を希望する
・「今、ここ」でできることを確実に実践する
・少しずつでも自分を理想の状態に高めていく

第1章 なぜ人生が「パッとしない」のかー負のスパイラルの原因を探るー
第2章 プラグマティックな生き方という武器ー考え方を味方につけるー
第3章 こんな時どうする?-プラグマティックに考え「潮目」を変えようー

日本人は自己肯定感が低く、現実的に考えるのは苦手な人が多いが、最もプラグマティックに考えなければいけないのが政治の世界である。
政治は「all or nothing」ではなく「more or less」。
100%理想の実現からしたら、明らかな妥協であるが、北方領土や尖閣諸島の問題を考えると、100対0の完全勝利はあり得ない。
守破離とも言うように、まずは型から入る、基礎をみっちり叩き込むのが日本の伝統的な学びの手法だったが、このやり方は必ずしもベストではない。
基礎にこだわりすぎるがあまり、結果的に本懐を遂げられないことになるリスクを、認識しておくべき。

第3章では、20の困った場面に遭遇した時のプラグマティックな考え方が紹介。
「職場でどうしてもうまくいかない人がいる」
関係が悪いと「やりにくい」のも事実であるが、仕方がないと割り切る。最低限のやり方で接するしかないわけだし、それで良い。ただし、この状態は相手にとっても「やりにくい」わけで、互いにとって不利得な状態であれば、いずれ「歩み寄る」こともあるかもしれない。
ポツンとひとりになっても良いじゃないか。無理して、我慢して、自分を殺してまで他人と仲良くするより、一人を選んだ自分がよっぽど「マシ」だということに気づいてください。

「プラグマティックな生き方」は、「今ある自分で勝負する」生き方。
その基盤をなすものは「自らを徹底的に肯定する」ことです。
まずはじめに自分を認めること、そしてそこから何ができるのかを考え、実行する。



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有言実行

2020-02-26 22:17:59 | LIFE
4月から始まる新しい生活に備えて、今日から1日1時間、必ず読書をすることにしました。
備忘も兼ねて、書評をブログに掲載します。
後、読書の時間を確保するために、一人家呑みは止めます。ホントは昨日からのはずだったのですが、急には良くないと、言い訳して、最後のビールをいただきました。ついでに体重も減らないかなと期待して、体重計買いました^^

2月22日の日経、佐藤卓己先生の「半歩遅れの読書術」
「学問を職業として選んだ以上、読書には禁欲が必要です」。大学院演習で毎年口にする。
学問を職業として者にとっては、読書はまず仕事である。趣味で本を読むのは大学生まで、と覚悟すべきだ。私も大学院時代は学術文献ばかり読んでいた。
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2018年のマラソン

2018-12-31 14:40:02 | ランニング
月1回の更新どころか、年1回の更新になりつつあります。
大晦日にして、今年初めてのブログアップです。
2015年3月22日にとくしまマラソンを完走してから、亀レベルで走り続けています。

4シーズン目となる2018年は、とくしま、碓氷軽井沢ハーフ・アンド・ハーフ(これはフルでカウントするローカルルール)、おかやま、湘南で4回のフルを完走、ハーフは5月の軽井沢の1回でした。

3月のとくしまは、まさかの一人出場。
冬からずっと脚が痛くて、あまり練習できないまま、スタート、前半は5時間切れそうなペースでしたが、練習不足から後半は失速。いつも応援してくれる人も見つけられないまま、寂しくゴールしました。
でも一応、完走バンザイを初めてやってもらいました。

その後、ボートで藍場浜公園へ移動。おかやまマラソンのチラシが配られていて、おかやまは第1回から気になっていたものの、抽選だしとためらっていたのですが、チラシを配っている方が「抽選とはいえ、そこまで倍率高くないので走れますよ」と言われ、申し込んだのがおかやまマラソンでした。

11月のおかやまは、初めての参加、気温が高かったものの、楽しく走れました。
岡山マラソンに合わせて開発されたスポーツきびだんごを始め、給水所にはマスカットやお菓子が充実していて、補給のジェルをほぼ食べないままゴール。
キロ表示の下の川柳も楽しく、岡山や平成の終わりを感じながら、あっという間のゴールでした。

 11キロ:完走し 気分爽快 まースカット
 17キロ:桃ほどに 甘くはないよ 岡山路
 24キロ:走り切れ、もうすぐ君も 桃太郎
 37キロ:平成も 目指すゴールも あと少し
 41キロ:平成を 完走したら 新時代

完走メダルは備前焼です。
走り終わった後に、祭り寿司とママカリのお寿司をいただき、新幹線で帰りましたが、新幹線の中で二次会のつもりが、東京までほぼ爆睡でした。

湘南は、昨年から、大磯ロングビーチが全面改修されて、キレイになりました。
今年は前日の勝負飯が、うなぎではなく、ホテルのバイキングになったのは残念でしたが、朝ごはんも、気のせいか、昨年より美味しくなったような感じがして、スッキリした気分でスタート。
毎回、タイム的にはイマイチだったのですが、今年は、ゴールまで、びっくりするくらいポジティブ脳で走れたからか、プライベートベストを更新することが出来ました。

50歳になり、フルマラソン100レース完走、全県制覇を、人生の目標の1つに設定しました。
湘南までで15回のフルマラソンを完走したので、残り85回、いつまで走れるか分からないので、年間、できれば5回走っておきたいですが、恒例の大会の日程以外で、フルで、走ったことのない県と考えると、どの大会に出るか、選定は意外に難しいものです。

東京マラソンは相変わらず当らないし、今年はボランティアにも応募しましたが落選。
2019年は、1月に初めて東京30kに参加、3月のとくしままで、できるだけ30キロを走るようにして、4時間半を切りたいです。あとは、新しいレースをどこにするか?ランナーズを見ながら、考えます。
初詣は、来年も、怪我なく、夫婦で楽しく走れることをお願いしたいと思います。
皆様も、よいお年をお迎えください。






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北軽井沢マラソン

2017-07-02 17:49:18 | ランニング
6月18日に開催された北軽井沢マラソンは第30回の記念大会。
10年前は3千人以上参加していたようですが、2009年の第25回大会の後、中止や開催されず、2014年に第27回として再開して以降は、参加者は千人ちょっとで、今回も1,199人。
「君よ、あさまの風のなれ」がキャッチフレーズですが、昨年、今年も、浅間山が見えませんでした

5月の軽井沢を2時間28分16秒で走った後、距離の練習が出来ていなかったので、不安な気持ちのまま、今回は一人でスタート。
アップダウンの激しいコースだが、どこまで走れるか、下りはペース無視で走ってみる。
前半5キロはキロ5:53~6:51、10キロまでは5:38~6:39、15キロも6:02~7:13、このままなら走り続けられれば、2時間20分は切れそうと思いながらリラックスして走る。
その後は6:06、6:09、7:45、7:13、6:34、飛ばした分、上りが苦しい。
ゴールが見えた時の時計が2時間14分56秒だったので、猛烈ダッシュして、ゴール。
完走賞をもらって、びっくり。2時間15分00秒で、PB更新

次回の北海道のフルに向けて減量と走りこみが必要なのだが、6月最終週は全く走れず、体重は増加。
7月は2日からランスタート、11キロしか頑張れなかったが、まずは走るしかない
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2017年前半のゴルフ

2017-06-11 17:13:42 | GOLF
久々の更新。
今年は年末からずっと何もない週末がなかったのではと思うくらい、慌ただしかった・・・。
本日は昨日の後片づけと走るつもりだったのですが、飲み過ぎてしまい、一日ゴロゴロ。
藍ちゃんの、おそらく日本での最後の試合を見てから、買い物に行く予定。

昨年から、「次に100を切ったら、ゴルフクラブを買い替える!」と宣言して、ほぼ1年。
先週、今年4回目にして、ようやく99でラウンドすることが出来ました。
今は何を買おうか、考え中。

今年は1月7日に友人夫婦4人で、茨城の美浦ゴルフ倶楽部にて初打ち。
とっても綺麗なゴルフ場だったが、スコアはOUTが57、INが61の118。
パターがOUTもINも21、ショートホールがNo.5が6打、それ以外が全部5打だと、まあ、こうなるかな、久しぶりにハーフ60超。

次が2月19日に会社の人と行った久野カントリー倶楽部。
ジャケット着用の会員制ゴルフ場、久しぶり。メンバーボードには知っている経営者の名前が揃い、朝の食堂では「あっちは〇〇会社の会長さん、こっちは・・・」みたいな感じで、元メンバーだった方のお誕生日割引で、少し安くなっているものの、それなりのお値段でした。
前日に振った雪も残っていて、色々あり、、、OUTが55、INが54の109で回れたのは、自分を誉めてあげたい気分。
パターの数をつける余裕もなく回ったので、記録はなし。
もう一度、普通にラウンドしたいゴルフ場です。

3回目のゴルフは5月20日、要石杯@小幡郷ゴルフ倶楽部(甘楽町)、今回はKさんが欠席で7人。
翌日が軽井沢でハーフマラソンだったので、Tさんが群馬のゴルフ場を予約してくれた。
2月からだいぶ間が空いて、さらにまったく練習なしだったので、大丈夫かなと不安な気持ちだったが、1番ホールはドライバーもちゃんと当り、2パットでダボスタート、結果としては、OUT、INとも51。
スコアとしては惜しいところだが、課題はショートホール。
No.2(142Y)とNo.14(120Y)は2オン、2Pだったものの、No.6(125Y)は4オン、3P、No.17(137Y)も4オン、2P、ショートはパーかボギーで回らないと100切は難しい。
パターはOUTが19パット、INが18パット。
HDCPが25.2付いて、優勝で、次回幹事はTさんと私です。

そして約1年ぶりの100切は6月2日の会社のコンペ@JGM霞丘ゴルフクラブ(茨城)。
前半の南コースはダボ、次のロングは4打目がOKの距離でパー、No.4がパー、ショートもボギーと次のショートも3打目でも乗らずでしたが、ダボで抑えて、47。
久しぶりに前半40台、後半乗り切れるよう、ビールは我慢して後半へ。
西コースは3パターで7打スタート、やっぱりダメかなと思いながら、次のホールでグリーンをオーバーして、奥からパターを打ったら直接カップインしてパー。ボギー、ボギーでダボ、NO.6(108Y)で3オン、3パター、次のロングも6オン、2パット、残りミドルの2ホールを残して、41打だったので、今回も100切は難しいかなと思ったのが良かったのか、ダボ、ボギーで回って、52。
前半の47に助けられて、99のラウンドだった

藍ちゃんの2000年の時の映像を見ながら、藍ちゃんの登場で道具もプレイ、ウェアも、女子ゴルフは全く変わったなあとしみじみ
藍ちゃんのインタビューアが泣いてしまうというハプニングもありましたが、フジテレビは前半40分間、藍ちゃんシフト。藍ちゃんの凛とした姿勢、いつも素敵でした。
沢山の感動をありがとう
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