川越敏司、2015年2月、講談社選書メチエ
裏表紙に「マーケット・デザインとはより良い制度・ルールの設計・改革を行う経済学の最先端分野である」とあり、ちょうど届いた學士會会報で、松島※ は「経済学者は、人々によいインセンティブを提供できるオークションの設計方法と、もう一つの設計科学であるマッチング理論とともに『マーケットデザイン』という新領域を創成した」とある。
あとがきに、筆者は、マーケット・デザインについては、坂井豊貴先生の著書があるが、実験室やフィールドで行われているマーケットデザインの実験・実証についての記載がある、実験経済学を専門とする筆者の著書は補完財になっていると思うと記載がある。
プロローグ
第1章 市場メカニズムと情報の問題
第2章 戦略的行動と市場-ゲーム理論による分析
第3章 オークションの基本原理
第4章 複数財オークションのケーススタディ
第5章 マッチング理論の諸問題
エピローグ
読書案内
あとがき
参考文献
プロローグ
ロイド・シャプレーとアルヴィン・ロスは2012年度の「配分の安定性に関する理論とマーケット・デザインの実践」に関する貢献により、ノーベル経済学賞を受賞している。シャプレーは1962年にデビッド・ゲールとともに「大学入試と結婚の安定性」という論文を執筆、安定的なマッチングが必ず存在することを証明した上で、安定的なマッチングを効率的に求めることのできるアルゴリズム(計算方法)を開発、「ゲール=シャプレーのアルゴリズム」とか、そのアルゴリズムの特徴から「受入保留方式」と呼ばれている。ロスは、医学部を卒業した研修医が研修先を決めるマッチングを成功させるには受入保留方式を採用することが不可欠であることが分かった。経済理論によって、現実世界における制度の設計・改革を行う分野を「マーケット・デザイン」と言い、ロスはその先駆者の一人である、ノーベル経済楽章での「マーケットデザインの実践」に当たる業績となる。
オークションは、ヴィッカレーが経済主体の間で情報上の格差がある状況(情報の非対称性)を分析するツールを開発したことで1996年にノーベル経済学賞を受賞している。ヴィッカレーが「二位価格オークション」という、一番高い値を付けた人が落札するが、支払う金額は2番目だった価格になるというもので、自分の評価額をそのまま入札することが最善の結果をもたらすことになる時、耐戦略性を満たすというが、受入保留方式も耐戦略性を満たしている。1960年代にマーケット・デザイン研究の二本柱ともいうべき、マッチングとオークションのそれぞれで提案された方式が、ともに耐戦略性を満たすものであったというのは実に面白い偶然であるが、さらに面白いことに、この2つの研究領域は互いに比較的独立に発展したきたものの、最近では互いに密接なつながりがあることも分かってきている。
米国FCCは1990年代半ばに周波数オークションを導入したが、その際の研究に当たったのが「マーケット・デザイン」という用語の生みの親であるポール・ミルグロムで、2020年にオークション理論を発展され、その成果を実装し、世界に大きな便益をもたらした功績をたたえ、ノーベル経済学賞を受賞している。
様々な配分方式を「デザインする」というマーケット・デザインのアプローチに対して、フリードリヒ・フォン・ハイエクのいう「設計主義」という批判が聞かれることもある。設計主義とは、もともと市場での自由な取引に政府が介入し、規制することが必要であるという考え方を指すが、ハイエクは、社会主義の計画経済やケインズ主義的な政策が念頭にあり、政府による介入や規制や設計図通りにはいかなのは、政府には、経済主体に分散して所有されている膨大な情報を集計して処理する能力がなく、膨大な情報は、市場において自己組織的に集計・処理されると考えていたためで、マーケット・デザインの研究は、ハイエクのいう巨大な情報処理システムとしての市場に代わる仕組みを、市場が利用できない場合まで拡張するような研究であると言える。
第1章 市場メカニズムと情報の問題
市場メカニズムの研究は、アダム・スミスの「国富論」までさかのぼる。個人の利益だけを最大化するように利己的に行動しているが、それぞれが市場で売買交換を実施することにより需要している人のところに必要なものが供給され、結果として社会全体の利益が増進されるということを「神の見えざる手」に例えた。ここで重要なことは、誰もいつどれだけの数量の商品をいくらで売るべきか、命令したりしていない、中央集権的に決定している人はいないということで、それぞれが独自の判断で個人的に決定している「分権的意思決定」であるということで、市場メカニズムという方式を通じて取引すると、結果として社会全体の利益が最大化されてしまう、この結果は、のちの経済学で「厚生経済学の基本定理」という形で厳密に定式化されることになる。
アダム・スミス以後、古典派経済学から新古典派経済学に至る間に研究が進み、その性質が詳しく調べられ、「一般均衡理論」として非常に精緻な理論が構築されており、一般均衡理論で培われてきた様々な分析道具や概念がマーケット・デザインの研究にとっても有用である。
マーケット・デザインの主な応用分野はマッチング理論とオークション理論で、経済主体の間で金銭の授受を伴わないような取引を考察するのがマッチング理論で、金銭の授受を伴う状況を扱うのがオークション理論である。
マッチング理論の応用例としては、男女の間でカップルを決める問題(安定結婚問題)、大学や公立学校への生徒の入学を決定する問題(大学入学問題、学校選択問題)、腎臓移植を待つ患者へのドナー腎臓の割当(腎臓移植問題)、学生寮の部屋割り問題などが挙げられる。オークション理論は周波数オークションなどがある。マーケット・デザインの2つの柱ともいうべき、マッチング理論とオークション理論は応用分野はずいぶん異なり、特にマッチング理論の場合、従来の経済学で扱う範囲ではないと思われていた分野への応用が目立つ。
マッチング理論で大活躍する配分方式はゲール=シャプレーのアルゴリズム(受入保留方式)で、オークション理論では二位価格オークションの拡張版であるVCGメカニズムであるが、この2つの方式は明らかに全然違うものの、方式が持つ性質には類似性がある。つまり、実際には市場メカニズムは使えないとしても、マッチング理論やオークション理論で取り扱っている問題が、究極的には人々の間での財やサービスの配分決定であることから、それを市場メカニズムの文脈で理解することが可能である。実際、実現する配分の性質を調べたりする際に利用される概念は、パレート効率性やコアと言った市場メカニズムの研究から生まれてきたものである。
1917年にロシア革命がおこり、資本主義か?社会主義か?が政治の世界においても経済学においても激しく論争されるなか、1920年にオーストリアの経済学者ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼスは社会主義経済は破綻すると警告する論文「社会主義共同体における経済計算」を執筆、これに対して、エンリコ・バローネやオスカー・ランゲは社会主義でも効率的な資源配分が可能であると主張し、社会主義経済計算論争が起こった。
理論上は、社会主義国においてもシャドウ・プライス(価格に似た指標)を用いて効率的に性産業の調整が可能になるとしても、あくまでも生産の計画を立てるのは中央当局であり、当局は各生産部門すべての生産量調整を一手に引き受けて処理しなければならない。市場を通じて、文献的に需要・供給を調整していけば自然に効率的な資源配分が達成できる資本主義と異なり、取り扱う情報が膨大すぎて処理しきれないため、実際上は効率的な配分は出来ないはずだと主張した代表的な人物がハイエクであった。
ハイエクは「社会における知識の利用」という論文のなかで、社会主義経済計算論争で争われている論点を、資源の効率的配分の問題から、経済主体間に分散されて保有されている情報をいかにして効率的に集約していくかに問題を移していき、情報集約の機能という観点から、市場における価格メカニズムは最も効率的なものであると主張している。
ケネス・マウントとスタンリー・ライターは、市場メカニズムや社会主義的計画経済を含む、考えることが可能なありとあらゆる配分方式の中で、効率的な資源配分を実現するために必要な情報量が一番小さい方式はどれか?という問題を探求し、市場メカニズムにおける情報の次元以下にはできないと結論づけた。さらにJ・S・ジョーダンはこのように情報処理上、最も効率的な配分方式は市場メカニズムに限られることを証明している。
なお、ハイエクは、大変優れた市場メカニズムが人為的な計画(デザイン)の産物ではないことにも注意を促しており、後のハイエクの言葉でいえば、市場メカニズムとは自生的秩序なのである。
市場均衡がいつでも存在するかどうか(均衡の存在の問題)、市場価格が均衡価格とは違う場合に市場参加者は均衡価格をどうやって見つけるのか(均衡の安定性の問題)にうちて、19世紀後半に市場理論を体系化したフランスの経済学者レオン・ワルラスが『純粋経済学要論』の中で詳しく調べている。均衡の安定性の問題について、板寄せと呼ばれる証券市場の取引方法を参考に模索仮定(フランス語ではタトヌマン)をモデル化し、試行錯誤的な価格改定の末に、一定の条件の下では、いつかは需要と供給が一致するような価格を見出せるはずだと考えていた。一定の条件とは需要関数の(価格に対する)傾きが供給関数の(価格に対する)傾きよりも小さいというものだった。
ところが、価格が上昇すれば需要が減少する通常の財とは違って、価格が上昇しているのにも関わらず、需要が増えている財はギッフェン財と呼ばれ、スコットランドの経済学者ロバート・ギッフェンが発見し、アルフレッド・マーシャルの『経済学原理』にも紹介されている。貧しい家計にとって安いパンは価格が上昇してもなお需要されるなど、需要法則が成立せず、市場均衡は不安定になる。
労働市場において、労働の価格、すなわち実質賃金が低下すると、労働の供給が減少するが、労働者の所得が減るために消費財市場の需要が低下し、消費財価格が下がることになるかもしれず、企業が労働者の代わりに機械を導入するようになると、機械に対する需要が高まり、機械市場の価格が上昇するかもしれない。このように市場と市場の間の相互依存関係を分析したものを「一般均衡分析」とよび、ワルラスが『純粋経済学要論』で始めたものである。これに対して、他の市場からの影響がない(あるいは十分小さい)と考えて、1つの市場だけに注目して分析する方法を部分均衡分析という。
市場均衡の安定性について、時間に伴う変化を考えない静的な条件に対して、時間を伴う変化を考える場合は動学的という。動学的な経済を考えた場合、市場均衡が動学的に安定であるためにはどのような条件が必要であるかが問題になってくるが、ジョン・ヒックスの『価値と資本』において端緒が開かれ、ポール・サミュエルソンの『経済分析の基礎』において十全な展開がなされ、最終的にはケネス・アローとフランク・ハーンの『一般均衡分析』において解決されたもので、この間の理論発展において、二階堂副包、森嶋通夫、宇沢弘文、根岸隆といった日本人研究者が大きく貢献した。
均衡の存在の問題については、ワルラスが提示した方法では不十分だったため、20世紀になってから同じくフランスの数学者ジェラール・ドブリュ―らによって不動点定理という数学の定理を用いて証明されており、不動点定理をベースにして、経済学者のハーバード・スカーフが、現在スカーフのアルゴリズムと呼ばれている市場均衡価格を数値的に計算して求める手法を開発している。その後、こうした数値計算アルゴリズムはさらなる改良を加えられて、応用一般均衡分析として形で、現実の経済予測に利用されている。
第2章 戦略的行動と市場-ゲーム理論による分析
市場メカニズムにおいてはいくつかの重要な仮定が暗黙の裡になされている。第1に重要なのは完全競争の仮定、プライテイカーの仮定である。市場に無数の家計や企業が参加している場合には競争原理が働いて誰か一人の家計や企業の思い通りの価格で取引できない場合には、企業も家計も市場で決まった価格をただ受け入れるしかないので、プライステイカーの仮定が成立することになる。
完全競争の仮定が成り立たない場合を不完全競争といい、典型的な状況が独占の場合である。独占から始めて、複占、寡占、そして完全競争へと次第に企業数が増加していくと市場において何が生じるかを最初に詳しく検討したのが、フランスの数学者アントワーヌ・オーギュスタン・クールノーで、クールノーは一般均衡理論を生み出したワルラスと同時代の人で、その著作『富の理論の数学的原理に関する研究』は、最初に微分積分といった高度な数学を経済分析に用いたこと、第二に複占や寡占を分析する際にクールノーが編み出した研究手法が現在のゲーム理論や学習理論の基礎となっているために、現在も経済学の古典として大変尊重されている。
ゲーム理論の本格的な研究は、ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』という本によって始まったが、この本の中では、非協力ゲームと協力ゲームの両方が導入されている。具体的には2者の間での戦略的駆け引きを研究するのは非協力ゲームで行い、3者以上の場合には協力ゲームで分析しているが、現実のゲーム理論では3者以上でも非協力ゲームの設定で分析する手法が確立しており、どちらのゲームを用いるかは、分析すべき状況において拘束力のある契約が可能かどうかによって決まってくる。
市場均衡はコア(パレート効率性と個人合理性の2つの条件を同時に満たすような配分)の一部(部分集合)であり、市場に参加する経済主体が増えれば増えるほど、コアになる配分は少なくなっていき、コアと市場均衡が完全に一致するようになる(「コアの極限定理」)。コアの極限定理はフランシス・イシドロ・エッジワースが最初にその考えを示し、その後、ドブリュ―とスカーフによって厳密な証明が与えられた。その証明では「反復経済(レプリカ・エコノミー)」と呼ばれる、比較的少数の主体がいる経済におけるコアをまず考え、次にそれぞれの主体と選好などがまったく同じコピー(クローン)を作って、その場合のコアを考えていくというもので、主体の数が増えていくにしたがって、コアになる配分が少なくなり、コアが1点のみになり、それは市場均衡と一致することを示している。
ノーベル経済学賞を受賞したレオニード・ハーヴィッツは、経済主体が自身の選好を偽るという戦略的操作により、市場メカニズムで実現する結果を自分の都合のよいように操作可能であることを示した最初の一人で、どの市場均衡も、こうした戦略的操作を免れることができないという不可能性定理を証明している。ハーヴィッツのこの研究は、こうした戦略的操作に負けないような耐戦略性を持つ配分方式を考案するという研究課題を経済学の中に産み出した。こうした研究領域をメカニズム・デザインといい、実はマーケット・デザインはそこから基本的な概念や分析道具を受け継いでいる、息子のような存在であるとしている。
ノーベル経済学賞受賞者ロジャー・マイヤーソンとその共同研究者マーク・サタースウェイトは市場メカニズムを含むどんな配分方式も、耐戦略性を満たしつつ、パレート効率的で個人合理的な配分は実現できないという不可能性定理を証明している。
メカニズム・デザインとマーケット・デザインの違いは、アルヴィン・ロス、ポール・ミルグマンともに強調していたが、メカニズム・デザインでは目標を実現するメカニズムが理論的にデザインできれば、それで研究課題を達成したことになるが、マーケット・デザインではそうしてデザインしたメカニズムを実地に適用せねばならず、理論では無視できた現実世界の様々な制約条件を考慮しないと満足のいくメカニズムがデザインできないことがあるとしている。
経済学において実験統制(コントロール)された仮設検証は不可能であると言われてきたが、2002年にノーベル経済学賞を受賞したヴァーノン・スミスが経済学における実験の方法論を確立(実験経済学)、最初に取り組んだ課題こそが、市場メカニズムの実験的検証であった。スミスはコール・オークションとダブル・オークションという2つの取引方式を実験室の中で比較し、ダブル・オークションの方が市場均衡に収束する割合が高いことを示した。しかも、実験で観察された消費者余剰と生産者余剰の合計、すなわち総余剰は理論的に予想される市場均衡における総余剰とほとんど一致していたことから、ハーヴィッツの定理が示すような戦略的操作は、あまり心配しなくてもよさそうだということになる。
ダナンジャイ・ゴードとシャム・サンダーはコンピュータ・プログラムが売り手と買い手の役割をして、取引を自動的に行い、買い手は予算を超えない範囲でランダムに価格を付け、売り手は生産費用を下回らない範囲で、やはりランダムに価格を付けさせるという非合理的な経済主体(知性ゼロの取引者)によるダブル・オークションの市場実験の結果、市場均衡が達成され、効率的な市場配分が実現することが示された。彼らの研究を受けて、その後、サタースウェイトとスティーブ・ウィリアムズは、市場均衡を実現する様々な取引制度を理論的に比較し、ダブル・オークションこそが最も効率的な結果を導きやすい方式であることを示している。
第3章 オークションの基本原理
第4章 複数財オークションのケーススタディ
第5章 マッチング理論の諸問題
2つのグループが互いに相手側に対する希望順位(経済学では選好)を提出し、その順位に基づいて双方の組合せを決定するようなプロセスを経済学ではマッチングといい、こうしたマッチングを効率的に行う方式を研究することをマッチング理論という。
互いに相手側に対する先行を形成する場合は双方向マッチングといい、特に男女ともに高々1名の相手とだけカップルになる場合などを1対1マッチング、就職活動のように学生1社しか就職できないが、企業は多くの学生を採用するので、1対多マッチングという。ペアリングの結果できる組合せのこともマッチングという。
1対1マッチングの受入保留方式(ゲール=シャプレーのアルゴリズム)は、女性の第1希望から順に調べていき、自分を第1希望に指名する女性が複数いる場合、男性はその中から自分の希望順位から見て1番の女性をキープする。次に、まだどの男性からもキープされていない女性の第2希望を調べ、女性から第2希望で指名された男性は、すでにキープしている女性がいれば、その女性を含めて自分を指名している女性全員の中で一番順位が高い女性を改めてキープしなおし、以下同様に女性の第3希望、第4希望と調べていき、女性の希望順位を最後まで調べ終えたら、その時点でキープされている女性は、その男性とカップル成立となる。この方式で生み出されたマッチングは安定的で男女それぞれの希望をなるべく反映したものになっているので効率的であることが分かる。さらに、女性側に選好を偽るインセンティブはないため、耐戦略性を満たす方式である。一方、男性側には選好を偽るインセンティブがあるという不可能性定理がある。
次に1対多マッチングの例として大学生の研究室の選択の例がある。大学生は希望する研究室に順位を付けると同時に、学生を受け入れる研究室の教員もまた、受け入れる学生に対する希望順位を形成する。一般に複数の学生から第1希望の指名を受けた研究室の教員は、それらの学生の中から受け入れを希望する順に、あらかじめ定められた研究室の定員になるまで採用していき、第1希望の研究室に受け入れてもらえなかった学生は第2希望の研究室を指名、研究室は定員に空きがある限り、採用していく。以下、同様に、学生の第3希望と調べていき、すべての学生の所属が決定するか、学生の希望順位をすべて調べ終わった時点で終了する。この方式は効率的であるが、安定的ではない。学生と研究室が配属ルールを無視して駆け落ち(抜け駆け)するインセンティブがある。第3希望の研究室に配属される学生が事態を予期して、希望順位を偽ると、結果を改善できるため、耐戦略性も満たしていない。1対多マッチングの場合も受入保留方式を拡張すると安定的、効率的となり、研究室側には選好を偽るインセンティブが生じる点も同じになる。
1950年代に米国で取り入れられ研修医と研修を行う病院とのマッチングも、実質的には受入保留方式で、「青田買い」の弊害が解消されていったが、1960年代に英国で取り入れられた研修医マッチングは、地域によって方式が異なり、エジンバラやカーディフでは受入保留方式がバーミンガムやニューキャッスル、シェフィールドでは順位優先方式が採用された。アルヴィン・ロスは、英国の研修医マッチングにおいて、順位優先方式を採用している地域では次第に参加者が少なくなり、制度が崩壊したのに対して、受入保留方式を採用している地域は制度が存続していることに注目、マッチングが安定的であるかどうかが制度存続のカギではないかと推測したロスは、ジョン・ケイゲルとともに実験室実験を実施し、この仮説を確かめた。
実験の1ラウンドは3期間からなり、それぞれ-2、-1、0期と呼ばれ、最初の10ライン度では、研修医役と病院役の被験者はそれぞれ好きな期に個別交渉を行うが、研修医は病院としかマッチできず、病院も1人の研修医としかマッチできない。マッチした相手が自分の希望順位の何位だったかに応じて、4ドルから16ドルの利得をもらえるが、「青田買い」の弊害を表現するため、-2期にマッチ相手を見つけた場合は2ドル、-1期は1ドルがマイナスされる。0期が終わるまでに相手を見つけられなかった場合、利得は0となる。
11ラウンド目からは、0期に受入保留方式ないし順位優先方式が導入される。-2期あるいは‐1期にマッチ相手を見つけられなかった人は残っている相手に対する希望順位を提出し、それぞれの方式でマッチングが決められる。25ラウンドまで実施された結果を見ると、10ラウンド目までは、誰ともマッチできずに0ドルになるのを恐れて、多くの被験者が0期よりも前に相手を決め「青田買い」が発生。11ラウンド目に受入保留方式が導入されたグループでは青田買いは減少していったが、順位優先方式が導入されたグループでは青田買いは減少しなかったことから、青田買いの弊害をなくすためには受入方式が有益であるというロスの仮設が実験的に検証されている。
米国の研修医マッチングは、アルヴィン・ロスにより1990年代後半に従来の受入保留方式に「補完性」を考慮に入れた改良が加えられた。「補完性」とは研修医が病院に対してもつ選好や病院が研修医に対してもつ選好に何らかの関連性(外部性)があることを言い、具体的には在学中に結婚したカップルの研修医が同じ地域の病院を希望したところ、その希望に沿ったマッチングが生み出されにくいという問題である。この場合、夫の病院に対する先行は、妻が同じ地域に配属されるかによって変わってしまうという意味で、複数財のオークションで見たのと同じ類似した補完性の問題が発生する。そこで、まずカップルを除いた残りの研修医を、その希望順位を基に受入方式に従って病院にマッチさせ、次にカップルを1組ずつ取り上げて、その希望順位を基にマッチングを修正する。カップルにより席を奪われた単身の研修医は、次の希望順位の病院に応募し、病院はキープしている研修医と新たに応募していきた研修医を比較し、希望順位の高い順に定員になるまでキープしなおす。現実の研修医マッチングのように多くの参加者がある場合にはかなりうまくいくことをロスとエリオット・ペランソンは示しており、コアの極限定理のように、研修医と病院の数を比例的に拡大していくレプリカ・エコノミーを考えれば、カップルが存在するとしても、受入保留方式が安定的なマッチングを生み出す確率は100%に近づいていくことを、小島武仁らは証明している。
日本においても受入保留方式が採用されているが、地方における医師不足の問題など、地域偏在の問題が指摘され、2009年度から都道府県別の地域定員を設けて、地域の病院の研修医受入定員をこの地域定員に合わせて比例的に増減される措置が取られるようになったが、鎌田雄一郎と小島武仁は、この地域定員の設定によって、受入保留方式が生み出すマッチングは一般的に安定的でなくなることを発見、その上で、研修医と病院のほかに、地域もまたあたかも1人のプレーヤーであるとみなし、地域定員を固定した値とはしないで、地域にとって最も良い定員になるように調整を行うという形に受入保留方式を改良することで、安定的なマッチングを生み出すことが出来ることを示している。
最後に述べておかなければいけないこととして、耐戦略性を満たしていない可能性を指摘する。米国の研修医マッチングでは約2万の病院が参加しているため、研修医は平均15程度の病院の希望順位を提出しているが、ロスとペランソンの研究によれば、こうして提出された選好は真の選好とみなしてよいと考えているが、それは容易には納得できない結果が出ている。受入保有方式の下で真の選好が表明される割合は4割~8割とかなりばらつきがあること、実験では研修医側が自分の真の希望順位では3位とか4位の病院を1位や2位に指名することがあることが示されており、それは逆にそうした病院が自分を上位にランクしているためであることが分かっている。こうした行動はマッチング参加者のアンケートでも見られ、スキッピング・ダウン戦略と呼ばれる。
エピローグ
※松島斉「オークション理論の偉業と未来」pp25-29,學士會会報第948号(May 2021-Ⅲ)
裏表紙に「マーケット・デザインとはより良い制度・ルールの設計・改革を行う経済学の最先端分野である」とあり、ちょうど届いた學士會会報で、松島※ は「経済学者は、人々によいインセンティブを提供できるオークションの設計方法と、もう一つの設計科学であるマッチング理論とともに『マーケットデザイン』という新領域を創成した」とある。
あとがきに、筆者は、マーケット・デザインについては、坂井豊貴先生の著書があるが、実験室やフィールドで行われているマーケットデザインの実験・実証についての記載がある、実験経済学を専門とする筆者の著書は補完財になっていると思うと記載がある。
プロローグ
第1章 市場メカニズムと情報の問題
第2章 戦略的行動と市場-ゲーム理論による分析
第3章 オークションの基本原理
第4章 複数財オークションのケーススタディ
第5章 マッチング理論の諸問題
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あとがき
参考文献
プロローグ
ロイド・シャプレーとアルヴィン・ロスは2012年度の「配分の安定性に関する理論とマーケット・デザインの実践」に関する貢献により、ノーベル経済学賞を受賞している。シャプレーは1962年にデビッド・ゲールとともに「大学入試と結婚の安定性」という論文を執筆、安定的なマッチングが必ず存在することを証明した上で、安定的なマッチングを効率的に求めることのできるアルゴリズム(計算方法)を開発、「ゲール=シャプレーのアルゴリズム」とか、そのアルゴリズムの特徴から「受入保留方式」と呼ばれている。ロスは、医学部を卒業した研修医が研修先を決めるマッチングを成功させるには受入保留方式を採用することが不可欠であることが分かった。経済理論によって、現実世界における制度の設計・改革を行う分野を「マーケット・デザイン」と言い、ロスはその先駆者の一人である、ノーベル経済楽章での「マーケットデザインの実践」に当たる業績となる。
オークションは、ヴィッカレーが経済主体の間で情報上の格差がある状況(情報の非対称性)を分析するツールを開発したことで1996年にノーベル経済学賞を受賞している。ヴィッカレーが「二位価格オークション」という、一番高い値を付けた人が落札するが、支払う金額は2番目だった価格になるというもので、自分の評価額をそのまま入札することが最善の結果をもたらすことになる時、耐戦略性を満たすというが、受入保留方式も耐戦略性を満たしている。1960年代にマーケット・デザイン研究の二本柱ともいうべき、マッチングとオークションのそれぞれで提案された方式が、ともに耐戦略性を満たすものであったというのは実に面白い偶然であるが、さらに面白いことに、この2つの研究領域は互いに比較的独立に発展したきたものの、最近では互いに密接なつながりがあることも分かってきている。
米国FCCは1990年代半ばに周波数オークションを導入したが、その際の研究に当たったのが「マーケット・デザイン」という用語の生みの親であるポール・ミルグロムで、2020年にオークション理論を発展され、その成果を実装し、世界に大きな便益をもたらした功績をたたえ、ノーベル経済学賞を受賞している。
様々な配分方式を「デザインする」というマーケット・デザインのアプローチに対して、フリードリヒ・フォン・ハイエクのいう「設計主義」という批判が聞かれることもある。設計主義とは、もともと市場での自由な取引に政府が介入し、規制することが必要であるという考え方を指すが、ハイエクは、社会主義の計画経済やケインズ主義的な政策が念頭にあり、政府による介入や規制や設計図通りにはいかなのは、政府には、経済主体に分散して所有されている膨大な情報を集計して処理する能力がなく、膨大な情報は、市場において自己組織的に集計・処理されると考えていたためで、マーケット・デザインの研究は、ハイエクのいう巨大な情報処理システムとしての市場に代わる仕組みを、市場が利用できない場合まで拡張するような研究であると言える。
第1章 市場メカニズムと情報の問題
市場メカニズムの研究は、アダム・スミスの「国富論」までさかのぼる。個人の利益だけを最大化するように利己的に行動しているが、それぞれが市場で売買交換を実施することにより需要している人のところに必要なものが供給され、結果として社会全体の利益が増進されるということを「神の見えざる手」に例えた。ここで重要なことは、誰もいつどれだけの数量の商品をいくらで売るべきか、命令したりしていない、中央集権的に決定している人はいないということで、それぞれが独自の判断で個人的に決定している「分権的意思決定」であるということで、市場メカニズムという方式を通じて取引すると、結果として社会全体の利益が最大化されてしまう、この結果は、のちの経済学で「厚生経済学の基本定理」という形で厳密に定式化されることになる。
アダム・スミス以後、古典派経済学から新古典派経済学に至る間に研究が進み、その性質が詳しく調べられ、「一般均衡理論」として非常に精緻な理論が構築されており、一般均衡理論で培われてきた様々な分析道具や概念がマーケット・デザインの研究にとっても有用である。
マーケット・デザインの主な応用分野はマッチング理論とオークション理論で、経済主体の間で金銭の授受を伴わないような取引を考察するのがマッチング理論で、金銭の授受を伴う状況を扱うのがオークション理論である。
マッチング理論の応用例としては、男女の間でカップルを決める問題(安定結婚問題)、大学や公立学校への生徒の入学を決定する問題(大学入学問題、学校選択問題)、腎臓移植を待つ患者へのドナー腎臓の割当(腎臓移植問題)、学生寮の部屋割り問題などが挙げられる。オークション理論は周波数オークションなどがある。マーケット・デザインの2つの柱ともいうべき、マッチング理論とオークション理論は応用分野はずいぶん異なり、特にマッチング理論の場合、従来の経済学で扱う範囲ではないと思われていた分野への応用が目立つ。
マッチング理論で大活躍する配分方式はゲール=シャプレーのアルゴリズム(受入保留方式)で、オークション理論では二位価格オークションの拡張版であるVCGメカニズムであるが、この2つの方式は明らかに全然違うものの、方式が持つ性質には類似性がある。つまり、実際には市場メカニズムは使えないとしても、マッチング理論やオークション理論で取り扱っている問題が、究極的には人々の間での財やサービスの配分決定であることから、それを市場メカニズムの文脈で理解することが可能である。実際、実現する配分の性質を調べたりする際に利用される概念は、パレート効率性やコアと言った市場メカニズムの研究から生まれてきたものである。
1917年にロシア革命がおこり、資本主義か?社会主義か?が政治の世界においても経済学においても激しく論争されるなか、1920年にオーストリアの経済学者ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼスは社会主義経済は破綻すると警告する論文「社会主義共同体における経済計算」を執筆、これに対して、エンリコ・バローネやオスカー・ランゲは社会主義でも効率的な資源配分が可能であると主張し、社会主義経済計算論争が起こった。
理論上は、社会主義国においてもシャドウ・プライス(価格に似た指標)を用いて効率的に性産業の調整が可能になるとしても、あくまでも生産の計画を立てるのは中央当局であり、当局は各生産部門すべての生産量調整を一手に引き受けて処理しなければならない。市場を通じて、文献的に需要・供給を調整していけば自然に効率的な資源配分が達成できる資本主義と異なり、取り扱う情報が膨大すぎて処理しきれないため、実際上は効率的な配分は出来ないはずだと主張した代表的な人物がハイエクであった。
ハイエクは「社会における知識の利用」という論文のなかで、社会主義経済計算論争で争われている論点を、資源の効率的配分の問題から、経済主体間に分散されて保有されている情報をいかにして効率的に集約していくかに問題を移していき、情報集約の機能という観点から、市場における価格メカニズムは最も効率的なものであると主張している。
ケネス・マウントとスタンリー・ライターは、市場メカニズムや社会主義的計画経済を含む、考えることが可能なありとあらゆる配分方式の中で、効率的な資源配分を実現するために必要な情報量が一番小さい方式はどれか?という問題を探求し、市場メカニズムにおける情報の次元以下にはできないと結論づけた。さらにJ・S・ジョーダンはこのように情報処理上、最も効率的な配分方式は市場メカニズムに限られることを証明している。
なお、ハイエクは、大変優れた市場メカニズムが人為的な計画(デザイン)の産物ではないことにも注意を促しており、後のハイエクの言葉でいえば、市場メカニズムとは自生的秩序なのである。
市場均衡がいつでも存在するかどうか(均衡の存在の問題)、市場価格が均衡価格とは違う場合に市場参加者は均衡価格をどうやって見つけるのか(均衡の安定性の問題)にうちて、19世紀後半に市場理論を体系化したフランスの経済学者レオン・ワルラスが『純粋経済学要論』の中で詳しく調べている。均衡の安定性の問題について、板寄せと呼ばれる証券市場の取引方法を参考に模索仮定(フランス語ではタトヌマン)をモデル化し、試行錯誤的な価格改定の末に、一定の条件の下では、いつかは需要と供給が一致するような価格を見出せるはずだと考えていた。一定の条件とは需要関数の(価格に対する)傾きが供給関数の(価格に対する)傾きよりも小さいというものだった。
ところが、価格が上昇すれば需要が減少する通常の財とは違って、価格が上昇しているのにも関わらず、需要が増えている財はギッフェン財と呼ばれ、スコットランドの経済学者ロバート・ギッフェンが発見し、アルフレッド・マーシャルの『経済学原理』にも紹介されている。貧しい家計にとって安いパンは価格が上昇してもなお需要されるなど、需要法則が成立せず、市場均衡は不安定になる。
労働市場において、労働の価格、すなわち実質賃金が低下すると、労働の供給が減少するが、労働者の所得が減るために消費財市場の需要が低下し、消費財価格が下がることになるかもしれず、企業が労働者の代わりに機械を導入するようになると、機械に対する需要が高まり、機械市場の価格が上昇するかもしれない。このように市場と市場の間の相互依存関係を分析したものを「一般均衡分析」とよび、ワルラスが『純粋経済学要論』で始めたものである。これに対して、他の市場からの影響がない(あるいは十分小さい)と考えて、1つの市場だけに注目して分析する方法を部分均衡分析という。
市場均衡の安定性について、時間に伴う変化を考えない静的な条件に対して、時間を伴う変化を考える場合は動学的という。動学的な経済を考えた場合、市場均衡が動学的に安定であるためにはどのような条件が必要であるかが問題になってくるが、ジョン・ヒックスの『価値と資本』において端緒が開かれ、ポール・サミュエルソンの『経済分析の基礎』において十全な展開がなされ、最終的にはケネス・アローとフランク・ハーンの『一般均衡分析』において解決されたもので、この間の理論発展において、二階堂副包、森嶋通夫、宇沢弘文、根岸隆といった日本人研究者が大きく貢献した。
均衡の存在の問題については、ワルラスが提示した方法では不十分だったため、20世紀になってから同じくフランスの数学者ジェラール・ドブリュ―らによって不動点定理という数学の定理を用いて証明されており、不動点定理をベースにして、経済学者のハーバード・スカーフが、現在スカーフのアルゴリズムと呼ばれている市場均衡価格を数値的に計算して求める手法を開発している。その後、こうした数値計算アルゴリズムはさらなる改良を加えられて、応用一般均衡分析として形で、現実の経済予測に利用されている。
第2章 戦略的行動と市場-ゲーム理論による分析
市場メカニズムにおいてはいくつかの重要な仮定が暗黙の裡になされている。第1に重要なのは完全競争の仮定、プライテイカーの仮定である。市場に無数の家計や企業が参加している場合には競争原理が働いて誰か一人の家計や企業の思い通りの価格で取引できない場合には、企業も家計も市場で決まった価格をただ受け入れるしかないので、プライステイカーの仮定が成立することになる。
完全競争の仮定が成り立たない場合を不完全競争といい、典型的な状況が独占の場合である。独占から始めて、複占、寡占、そして完全競争へと次第に企業数が増加していくと市場において何が生じるかを最初に詳しく検討したのが、フランスの数学者アントワーヌ・オーギュスタン・クールノーで、クールノーは一般均衡理論を生み出したワルラスと同時代の人で、その著作『富の理論の数学的原理に関する研究』は、最初に微分積分といった高度な数学を経済分析に用いたこと、第二に複占や寡占を分析する際にクールノーが編み出した研究手法が現在のゲーム理論や学習理論の基礎となっているために、現在も経済学の古典として大変尊重されている。
ゲーム理論の本格的な研究は、ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』という本によって始まったが、この本の中では、非協力ゲームと協力ゲームの両方が導入されている。具体的には2者の間での戦略的駆け引きを研究するのは非協力ゲームで行い、3者以上の場合には協力ゲームで分析しているが、現実のゲーム理論では3者以上でも非協力ゲームの設定で分析する手法が確立しており、どちらのゲームを用いるかは、分析すべき状況において拘束力のある契約が可能かどうかによって決まってくる。
市場均衡はコア(パレート効率性と個人合理性の2つの条件を同時に満たすような配分)の一部(部分集合)であり、市場に参加する経済主体が増えれば増えるほど、コアになる配分は少なくなっていき、コアと市場均衡が完全に一致するようになる(「コアの極限定理」)。コアの極限定理はフランシス・イシドロ・エッジワースが最初にその考えを示し、その後、ドブリュ―とスカーフによって厳密な証明が与えられた。その証明では「反復経済(レプリカ・エコノミー)」と呼ばれる、比較的少数の主体がいる経済におけるコアをまず考え、次にそれぞれの主体と選好などがまったく同じコピー(クローン)を作って、その場合のコアを考えていくというもので、主体の数が増えていくにしたがって、コアになる配分が少なくなり、コアが1点のみになり、それは市場均衡と一致することを示している。
ノーベル経済学賞を受賞したレオニード・ハーヴィッツは、経済主体が自身の選好を偽るという戦略的操作により、市場メカニズムで実現する結果を自分の都合のよいように操作可能であることを示した最初の一人で、どの市場均衡も、こうした戦略的操作を免れることができないという不可能性定理を証明している。ハーヴィッツのこの研究は、こうした戦略的操作に負けないような耐戦略性を持つ配分方式を考案するという研究課題を経済学の中に産み出した。こうした研究領域をメカニズム・デザインといい、実はマーケット・デザインはそこから基本的な概念や分析道具を受け継いでいる、息子のような存在であるとしている。
ノーベル経済学賞受賞者ロジャー・マイヤーソンとその共同研究者マーク・サタースウェイトは市場メカニズムを含むどんな配分方式も、耐戦略性を満たしつつ、パレート効率的で個人合理的な配分は実現できないという不可能性定理を証明している。
メカニズム・デザインとマーケット・デザインの違いは、アルヴィン・ロス、ポール・ミルグマンともに強調していたが、メカニズム・デザインでは目標を実現するメカニズムが理論的にデザインできれば、それで研究課題を達成したことになるが、マーケット・デザインではそうしてデザインしたメカニズムを実地に適用せねばならず、理論では無視できた現実世界の様々な制約条件を考慮しないと満足のいくメカニズムがデザインできないことがあるとしている。
経済学において実験統制(コントロール)された仮設検証は不可能であると言われてきたが、2002年にノーベル経済学賞を受賞したヴァーノン・スミスが経済学における実験の方法論を確立(実験経済学)、最初に取り組んだ課題こそが、市場メカニズムの実験的検証であった。スミスはコール・オークションとダブル・オークションという2つの取引方式を実験室の中で比較し、ダブル・オークションの方が市場均衡に収束する割合が高いことを示した。しかも、実験で観察された消費者余剰と生産者余剰の合計、すなわち総余剰は理論的に予想される市場均衡における総余剰とほとんど一致していたことから、ハーヴィッツの定理が示すような戦略的操作は、あまり心配しなくてもよさそうだということになる。
ダナンジャイ・ゴードとシャム・サンダーはコンピュータ・プログラムが売り手と買い手の役割をして、取引を自動的に行い、買い手は予算を超えない範囲でランダムに価格を付け、売り手は生産費用を下回らない範囲で、やはりランダムに価格を付けさせるという非合理的な経済主体(知性ゼロの取引者)によるダブル・オークションの市場実験の結果、市場均衡が達成され、効率的な市場配分が実現することが示された。彼らの研究を受けて、その後、サタースウェイトとスティーブ・ウィリアムズは、市場均衡を実現する様々な取引制度を理論的に比較し、ダブル・オークションこそが最も効率的な結果を導きやすい方式であることを示している。
第3章 オークションの基本原理
第4章 複数財オークションのケーススタディ
第5章 マッチング理論の諸問題
2つのグループが互いに相手側に対する希望順位(経済学では選好)を提出し、その順位に基づいて双方の組合せを決定するようなプロセスを経済学ではマッチングといい、こうしたマッチングを効率的に行う方式を研究することをマッチング理論という。
互いに相手側に対する先行を形成する場合は双方向マッチングといい、特に男女ともに高々1名の相手とだけカップルになる場合などを1対1マッチング、就職活動のように学生1社しか就職できないが、企業は多くの学生を採用するので、1対多マッチングという。ペアリングの結果できる組合せのこともマッチングという。
1対1マッチングの受入保留方式(ゲール=シャプレーのアルゴリズム)は、女性の第1希望から順に調べていき、自分を第1希望に指名する女性が複数いる場合、男性はその中から自分の希望順位から見て1番の女性をキープする。次に、まだどの男性からもキープされていない女性の第2希望を調べ、女性から第2希望で指名された男性は、すでにキープしている女性がいれば、その女性を含めて自分を指名している女性全員の中で一番順位が高い女性を改めてキープしなおし、以下同様に女性の第3希望、第4希望と調べていき、女性の希望順位を最後まで調べ終えたら、その時点でキープされている女性は、その男性とカップル成立となる。この方式で生み出されたマッチングは安定的で男女それぞれの希望をなるべく反映したものになっているので効率的であることが分かる。さらに、女性側に選好を偽るインセンティブはないため、耐戦略性を満たす方式である。一方、男性側には選好を偽るインセンティブがあるという不可能性定理がある。
次に1対多マッチングの例として大学生の研究室の選択の例がある。大学生は希望する研究室に順位を付けると同時に、学生を受け入れる研究室の教員もまた、受け入れる学生に対する希望順位を形成する。一般に複数の学生から第1希望の指名を受けた研究室の教員は、それらの学生の中から受け入れを希望する順に、あらかじめ定められた研究室の定員になるまで採用していき、第1希望の研究室に受け入れてもらえなかった学生は第2希望の研究室を指名、研究室は定員に空きがある限り、採用していく。以下、同様に、学生の第3希望と調べていき、すべての学生の所属が決定するか、学生の希望順位をすべて調べ終わった時点で終了する。この方式は効率的であるが、安定的ではない。学生と研究室が配属ルールを無視して駆け落ち(抜け駆け)するインセンティブがある。第3希望の研究室に配属される学生が事態を予期して、希望順位を偽ると、結果を改善できるため、耐戦略性も満たしていない。1対多マッチングの場合も受入保留方式を拡張すると安定的、効率的となり、研究室側には選好を偽るインセンティブが生じる点も同じになる。
1950年代に米国で取り入れられ研修医と研修を行う病院とのマッチングも、実質的には受入保留方式で、「青田買い」の弊害が解消されていったが、1960年代に英国で取り入れられた研修医マッチングは、地域によって方式が異なり、エジンバラやカーディフでは受入保留方式がバーミンガムやニューキャッスル、シェフィールドでは順位優先方式が採用された。アルヴィン・ロスは、英国の研修医マッチングにおいて、順位優先方式を採用している地域では次第に参加者が少なくなり、制度が崩壊したのに対して、受入保留方式を採用している地域は制度が存続していることに注目、マッチングが安定的であるかどうかが制度存続のカギではないかと推測したロスは、ジョン・ケイゲルとともに実験室実験を実施し、この仮説を確かめた。
実験の1ラウンドは3期間からなり、それぞれ-2、-1、0期と呼ばれ、最初の10ライン度では、研修医役と病院役の被験者はそれぞれ好きな期に個別交渉を行うが、研修医は病院としかマッチできず、病院も1人の研修医としかマッチできない。マッチした相手が自分の希望順位の何位だったかに応じて、4ドルから16ドルの利得をもらえるが、「青田買い」の弊害を表現するため、-2期にマッチ相手を見つけた場合は2ドル、-1期は1ドルがマイナスされる。0期が終わるまでに相手を見つけられなかった場合、利得は0となる。
11ラウンド目からは、0期に受入保留方式ないし順位優先方式が導入される。-2期あるいは‐1期にマッチ相手を見つけられなかった人は残っている相手に対する希望順位を提出し、それぞれの方式でマッチングが決められる。25ラウンドまで実施された結果を見ると、10ラウンド目までは、誰ともマッチできずに0ドルになるのを恐れて、多くの被験者が0期よりも前に相手を決め「青田買い」が発生。11ラウンド目に受入保留方式が導入されたグループでは青田買いは減少していったが、順位優先方式が導入されたグループでは青田買いは減少しなかったことから、青田買いの弊害をなくすためには受入方式が有益であるというロスの仮設が実験的に検証されている。
米国の研修医マッチングは、アルヴィン・ロスにより1990年代後半に従来の受入保留方式に「補完性」を考慮に入れた改良が加えられた。「補完性」とは研修医が病院に対してもつ選好や病院が研修医に対してもつ選好に何らかの関連性(外部性)があることを言い、具体的には在学中に結婚したカップルの研修医が同じ地域の病院を希望したところ、その希望に沿ったマッチングが生み出されにくいという問題である。この場合、夫の病院に対する先行は、妻が同じ地域に配属されるかによって変わってしまうという意味で、複数財のオークションで見たのと同じ類似した補完性の問題が発生する。そこで、まずカップルを除いた残りの研修医を、その希望順位を基に受入方式に従って病院にマッチさせ、次にカップルを1組ずつ取り上げて、その希望順位を基にマッチングを修正する。カップルにより席を奪われた単身の研修医は、次の希望順位の病院に応募し、病院はキープしている研修医と新たに応募していきた研修医を比較し、希望順位の高い順に定員になるまでキープしなおす。現実の研修医マッチングのように多くの参加者がある場合にはかなりうまくいくことをロスとエリオット・ペランソンは示しており、コアの極限定理のように、研修医と病院の数を比例的に拡大していくレプリカ・エコノミーを考えれば、カップルが存在するとしても、受入保留方式が安定的なマッチングを生み出す確率は100%に近づいていくことを、小島武仁らは証明している。
日本においても受入保留方式が採用されているが、地方における医師不足の問題など、地域偏在の問題が指摘され、2009年度から都道府県別の地域定員を設けて、地域の病院の研修医受入定員をこの地域定員に合わせて比例的に増減される措置が取られるようになったが、鎌田雄一郎と小島武仁は、この地域定員の設定によって、受入保留方式が生み出すマッチングは一般的に安定的でなくなることを発見、その上で、研修医と病院のほかに、地域もまたあたかも1人のプレーヤーであるとみなし、地域定員を固定した値とはしないで、地域にとって最も良い定員になるように調整を行うという形に受入保留方式を改良することで、安定的なマッチングを生み出すことが出来ることを示している。
最後に述べておかなければいけないこととして、耐戦略性を満たしていない可能性を指摘する。米国の研修医マッチングでは約2万の病院が参加しているため、研修医は平均15程度の病院の希望順位を提出しているが、ロスとペランソンの研究によれば、こうして提出された選好は真の選好とみなしてよいと考えているが、それは容易には納得できない結果が出ている。受入保有方式の下で真の選好が表明される割合は4割~8割とかなりばらつきがあること、実験では研修医側が自分の真の希望順位では3位とか4位の病院を1位や2位に指名することがあることが示されており、それは逆にそうした病院が自分を上位にランクしているためであることが分かっている。こうした行動はマッチング参加者のアンケートでも見られ、スキッピング・ダウン戦略と呼ばれる。
エピローグ
※松島斉「オークション理論の偉業と未来」pp25-29,學士會会報第948号(May 2021-Ⅲ)