『悲しみ』『辛さ』を忘れさせてくれる。どんな『悲しみ』もどんな『辛さ』も。
子供の頃、親にせっかんされたり、同級生にいじめられたツライ思い出というのは、大人になると忘れてしまうそうですが、それは人間の自衛本能のなせる業というようなことを聞いたことがあります。それが「時が悲しみを忘れさせてくれる。」ということになる。と。
人は悲しみなどをずっと引きずったままでは生きていけない。だから、忘れるようなメカニズムになっているのだ。というような話でした。
私も小学校の頃にはいじめられて学校から逃げ出したことも何度かあるし、大人になってからも大失恋であまりの苦しさに(いっそ死んでしまったら楽になれるかも…。)と思って父にそう話してしまったことがあります。
それを聞いた父はどんなにか心を痛めたことでしょう。父は動揺を全く見せずに、具体的にはどう言われたのかは忘れましたが、「絶対死ぬな!」と止められた訳でもなく、かと言って「そんなに辛いなら死んでもいいよ。」と言った訳ではなかった記憶です。それでも父に話してしまったら少しは気持ちが落ち着き、一生懸命自分で「辛い」ということから気持ちを反らそうとした気がします。
今ではそういった時のことを思い出しても全然辛くないし、悲しくないし、心の傷はすっかり癒えているようです。
大人になってからの大失恋というのは、正確には「失恋」というのはおかしいのかもしれません。社会人になって最初の会社で営業事務をしていた頃、私が担当した名古屋本社から転勤してきた男性が、私のことを”妹”のようにとても可愛がってくれました。
彼は私のことを「おまえなぁ。」と言ったりもするのですが、私はそれまで「おまえ」なんて呼ばれたことはなく、彼にそう呼ばれることが嬉しくもなっていました。
そして東京本社に転勤になる直前に入籍していた彼は、奥さんを東京に呼び寄せました。土曜出勤は交代なのですが、彼はいつも私の出勤日に合わせて出勤してくれました。
ある時、土曜は半日なので、お昼近くになると、彼が「女房が○○さん(私のこと)の分もお弁当作って来てくれてるんだ。一緒に食べていかない?」その頃はまだ彼に対する好意が恋心だとは気付いていなかった私は「いいんですかぁ?」と答えましたが、ほどなく彼の奥さんがお弁当を持ってやってきました。
ドデカイおにぎりとおかず。おかずは結構美味しかったのですが、おにぎりにびっくり!おかずがあったからなのでしょうが、塩もつけていなければ、のりも何も付いていない。ただドデカイ米の塊りのおにぎり。
結婚するまで実家から通っていた奥さんは、家事一切ができなかったそうですが、結婚してから料理などを始めたそうです。不器用そうな、目だった美人という訳でもない女性ですが、たぶん彼が憩える家庭を作れる女性だったんだと思います。
そして…。
気が付いたら、私はすっかり恋していました。日に日に彼への気持ちが強くなるのを抑えられずに、いろいろと悩みました。結局「会社を辞めて彼から離れるしかない。」という結論に達しました。今ならまだ傷は浅くて済む。と。
ところが「退職願」を受理され、彼から離れることが確定し、その日が近づくにつれ、彼を思う気持ちは更に加速度を増して自分でもどうしようもなくなってしまったのです。
彼の家の最寄り駅や乗り換え駅で彼を待ち伏せてしまったり、まるでストーカーのように化け物のように大きくなり私にもどうしようもなくなってしまった自分の心を何とかしようとしてもどうにもなりませんでした。
彼はいつも「帰るコール」をしてから家に帰るのですが、彼に見つかってしまった時に、2度ほど少しお茶に付き合ってくれ「おまえなぁ、女房が△△駅(彼の最寄り駅)でおまえを見たって言ってるぞ。」彼は「俺のことが好きなのか?」とも聞かなかったし、私も「好きなんです。」と1度も言わなかったかと思います。ただ「抑えられずについ待ち伏せてしまった。」というようなことは言ったのですから、分らない訳はありませんが。
そしてとうとう退職(お別れ)の日が来ましたが、その日から涙が止まらなくなり、知人が数日間限定のアルバイトを紹介してくれていたので、毎日通ってはいたのですが、往復の電車の中でも、駅で電車を待っている時にも、家に帰ってからもそうですが、(健康診断結果を扱う事務の)バイト中も、お昼休みも涙が止まらず、泣きっぱなしでした。
体中の水分が全部出て行ってしまうのではないかと思うほどでしたが、それでも涙は止まる気配を見せませんでした。胸が苦しくて苦しくて窒息死してしまうのではないかと思うくらい。
2週間ほどはそんな状態だったかと思います。期間限定のバイトも終わり、最初に書いたように父にも話してしまい、何とか立ち直ろうともがきました。
体中の水分が全部出たかと思うくらいなのに、私はミイラにもならずに生きていました。涙の量もだんだんに減っていき、時々心が疼く程度になりましたが、それでも、満員電車で押しつぶされそうになった時や、泳ぐ時に顔を水に付けた時や、猛ダッシュした時などの胸の苦しさにふと、あの頃の苦しさが蘇り、気が狂いそうになったこともありました。悲しい映画も絶対観られませんでした。泣くとあの時の怖さに押しつぶされそうになるから。
普通の「息苦しさ」があの時の「心の苦しさ」とオーバーラップしてしまい、恐怖になったのです。
子供の頃、泣き虫だった私はクラスの男の子に「こいつ泣き虫なんだぜ、『泣け』って言うだけで泣いちゃうんだぜ!」と言われた途端に泣き出してしまいました。過去にそんなことは1度もなかったのに、その子が勝手にそんないい加減なことを言っただけなのに、泣いてしまったのです。
そんな泣き虫だった女の子は、中学になるのをきっかけに何とか自分で性格を変えたいと思うようになり、今度は「話さないと文学少女みたいに見えるのに、話すと面白いね。」って言われるような女の子になりました。
そして大人になってからの大失恋。私は一生分の涙を流してしまったのか、悲しい映画やドラマを観ても、悲しいと思っても涙は殆ど出なくなりました。よく大好きなアーティストの歌を聴いて泣いている人がいますが、私はそれも殆ど泣けることがなくなりました。
私の体が「泣く」ことが「苦しさ」を連れて来てしまうことを学習してしまい、めったなことでは泣かないようにしてくれたのではないかと思います。
あっ、生みの母親や子供の頃に可愛がってくれた叔父が亡くなった時には泣けましたけれども、苦しくなる前に涙が消えました。
今、どうしようもない悲しみに立ち直れないと感じている方は、『悲しみ』『辛さ』『苦しさ』は日々僅かであっても、序々に癒されていくものだと信じて”今”を耐えてください。
この試練を乗り越えたらきっと、また新しい自分が見えてくるのではないでしょうか?
そうそう、ここを読んでくれている友達数人がが先日の私の記事を読んで「泣きそうになった」と言ってくれたのですが、私は(何かそんなに悲しいこと、書いたっけか?)ってすぐには思い当たりませんでした。
今、私はいろんな大好きなアーティストのライブに行きまくって、運は持ってなくてもそこそこ幸せだと思っているし、「いいこと」と「悪いこと」を差し引いてもまだ「いいこと」の方が勝っていると思います。
しっかし、ファミレスで大声で「女性は絶対毎日お風呂に入らなきゃダメ!」と何度も繰り返されたのには苦笑。だってまるで私がとっても不潔な女性みたいぢゃん!「浴槽に入る」とか「湯船に浸かる」とか言ってくれないと…。シャワーはしてるんだから。
子供の頃、親にせっかんされたり、同級生にいじめられたツライ思い出というのは、大人になると忘れてしまうそうですが、それは人間の自衛本能のなせる業というようなことを聞いたことがあります。それが「時が悲しみを忘れさせてくれる。」ということになる。と。
人は悲しみなどをずっと引きずったままでは生きていけない。だから、忘れるようなメカニズムになっているのだ。というような話でした。
私も小学校の頃にはいじめられて学校から逃げ出したことも何度かあるし、大人になってからも大失恋であまりの苦しさに(いっそ死んでしまったら楽になれるかも…。)と思って父にそう話してしまったことがあります。
それを聞いた父はどんなにか心を痛めたことでしょう。父は動揺を全く見せずに、具体的にはどう言われたのかは忘れましたが、「絶対死ぬな!」と止められた訳でもなく、かと言って「そんなに辛いなら死んでもいいよ。」と言った訳ではなかった記憶です。それでも父に話してしまったら少しは気持ちが落ち着き、一生懸命自分で「辛い」ということから気持ちを反らそうとした気がします。
今ではそういった時のことを思い出しても全然辛くないし、悲しくないし、心の傷はすっかり癒えているようです。
大人になってからの大失恋というのは、正確には「失恋」というのはおかしいのかもしれません。社会人になって最初の会社で営業事務をしていた頃、私が担当した名古屋本社から転勤してきた男性が、私のことを”妹”のようにとても可愛がってくれました。
彼は私のことを「おまえなぁ。」と言ったりもするのですが、私はそれまで「おまえ」なんて呼ばれたことはなく、彼にそう呼ばれることが嬉しくもなっていました。
そして東京本社に転勤になる直前に入籍していた彼は、奥さんを東京に呼び寄せました。土曜出勤は交代なのですが、彼はいつも私の出勤日に合わせて出勤してくれました。
ある時、土曜は半日なので、お昼近くになると、彼が「女房が○○さん(私のこと)の分もお弁当作って来てくれてるんだ。一緒に食べていかない?」その頃はまだ彼に対する好意が恋心だとは気付いていなかった私は「いいんですかぁ?」と答えましたが、ほどなく彼の奥さんがお弁当を持ってやってきました。
ドデカイおにぎりとおかず。おかずは結構美味しかったのですが、おにぎりにびっくり!おかずがあったからなのでしょうが、塩もつけていなければ、のりも何も付いていない。ただドデカイ米の塊りのおにぎり。
結婚するまで実家から通っていた奥さんは、家事一切ができなかったそうですが、結婚してから料理などを始めたそうです。不器用そうな、目だった美人という訳でもない女性ですが、たぶん彼が憩える家庭を作れる女性だったんだと思います。
そして…。
気が付いたら、私はすっかり恋していました。日に日に彼への気持ちが強くなるのを抑えられずに、いろいろと悩みました。結局「会社を辞めて彼から離れるしかない。」という結論に達しました。今ならまだ傷は浅くて済む。と。
ところが「退職願」を受理され、彼から離れることが確定し、その日が近づくにつれ、彼を思う気持ちは更に加速度を増して自分でもどうしようもなくなってしまったのです。
彼の家の最寄り駅や乗り換え駅で彼を待ち伏せてしまったり、まるでストーカーのように化け物のように大きくなり私にもどうしようもなくなってしまった自分の心を何とかしようとしてもどうにもなりませんでした。
彼はいつも「帰るコール」をしてから家に帰るのですが、彼に見つかってしまった時に、2度ほど少しお茶に付き合ってくれ「おまえなぁ、女房が△△駅(彼の最寄り駅)でおまえを見たって言ってるぞ。」彼は「俺のことが好きなのか?」とも聞かなかったし、私も「好きなんです。」と1度も言わなかったかと思います。ただ「抑えられずについ待ち伏せてしまった。」というようなことは言ったのですから、分らない訳はありませんが。
そしてとうとう退職(お別れ)の日が来ましたが、その日から涙が止まらなくなり、知人が数日間限定のアルバイトを紹介してくれていたので、毎日通ってはいたのですが、往復の電車の中でも、駅で電車を待っている時にも、家に帰ってからもそうですが、(健康診断結果を扱う事務の)バイト中も、お昼休みも涙が止まらず、泣きっぱなしでした。
体中の水分が全部出て行ってしまうのではないかと思うほどでしたが、それでも涙は止まる気配を見せませんでした。胸が苦しくて苦しくて窒息死してしまうのではないかと思うくらい。
2週間ほどはそんな状態だったかと思います。期間限定のバイトも終わり、最初に書いたように父にも話してしまい、何とか立ち直ろうともがきました。
体中の水分が全部出たかと思うくらいなのに、私はミイラにもならずに生きていました。涙の量もだんだんに減っていき、時々心が疼く程度になりましたが、それでも、満員電車で押しつぶされそうになった時や、泳ぐ時に顔を水に付けた時や、猛ダッシュした時などの胸の苦しさにふと、あの頃の苦しさが蘇り、気が狂いそうになったこともありました。悲しい映画も絶対観られませんでした。泣くとあの時の怖さに押しつぶされそうになるから。
普通の「息苦しさ」があの時の「心の苦しさ」とオーバーラップしてしまい、恐怖になったのです。
子供の頃、泣き虫だった私はクラスの男の子に「こいつ泣き虫なんだぜ、『泣け』って言うだけで泣いちゃうんだぜ!」と言われた途端に泣き出してしまいました。過去にそんなことは1度もなかったのに、その子が勝手にそんないい加減なことを言っただけなのに、泣いてしまったのです。
そんな泣き虫だった女の子は、中学になるのをきっかけに何とか自分で性格を変えたいと思うようになり、今度は「話さないと文学少女みたいに見えるのに、話すと面白いね。」って言われるような女の子になりました。
そして大人になってからの大失恋。私は一生分の涙を流してしまったのか、悲しい映画やドラマを観ても、悲しいと思っても涙は殆ど出なくなりました。よく大好きなアーティストの歌を聴いて泣いている人がいますが、私はそれも殆ど泣けることがなくなりました。
私の体が「泣く」ことが「苦しさ」を連れて来てしまうことを学習してしまい、めったなことでは泣かないようにしてくれたのではないかと思います。
あっ、生みの母親や子供の頃に可愛がってくれた叔父が亡くなった時には泣けましたけれども、苦しくなる前に涙が消えました。
今、どうしようもない悲しみに立ち直れないと感じている方は、『悲しみ』『辛さ』『苦しさ』は日々僅かであっても、序々に癒されていくものだと信じて”今”を耐えてください。
この試練を乗り越えたらきっと、また新しい自分が見えてくるのではないでしょうか?
そうそう、ここを読んでくれている友達数人がが先日の私の記事を読んで「泣きそうになった」と言ってくれたのですが、私は(何かそんなに悲しいこと、書いたっけか?)ってすぐには思い当たりませんでした。
今、私はいろんな大好きなアーティストのライブに行きまくって、運は持ってなくてもそこそこ幸せだと思っているし、「いいこと」と「悪いこと」を差し引いてもまだ「いいこと」の方が勝っていると思います。
しっかし、ファミレスで大声で「女性は絶対毎日お風呂に入らなきゃダメ!」と何度も繰り返されたのには苦笑。だってまるで私がとっても不潔な女性みたいぢゃん!「浴槽に入る」とか「湯船に浸かる」とか言ってくれないと…。シャワーはしてるんだから。