2015年2月28日
河野洋平元衆院議長は24日の講演で、安倍晋三首相が今夏発表する戦後70年談話に関連して、日本の政治状況、そして「河野談話」について次のように述べた。
「<右翼政治>自民党にはリベラルな議員もいると思うが、目立たない。これ以上「右」に行かないようにしてほしい。今は保守政治と言うより右翼政治のような気がする。
<河野談話>(慰安婦問題での)官房長官談話は誠心誠意作り上げた。はっきりとした裏付けのないものは書かなかったので「強制性」という言葉は入っていない。強制性についての文書は見つからなかったからだ。しかし、強制性が全くなかったかと言えば、いくつか具体的なものはある。談話の文言が私の思いの全て。冷静な議論により問題が収束するよう心から願う。」(24日 産経)。
この発言内容には大きな違和感、不快感を禁じ得ない。「誠心誠意やった」と言うが、一体 何を、誰のために、どうやったのか、そして自分がやったことによって生じた結果をどう評価しているのかが述べられていない。常識的な理解をすれば、日韓の関係改善のために、日本が譲れるギリギリのところまで譲って、韓国の要求を最大限受け入れたということだ。そしてこれは事実でもある。だからこれを日本に誠心誠意だったとは言えないから、韓国に誠心誠意を尽くしたということである。しかし、ならば、「誠心誠意を尽くした」事実をなぜ韓国で、韓国国民に訴えないのか。なぜこんな紛らわしいことを日本で言うのか? これでは日本国民は、河野氏が日本国民に対して「誠心誠意だった」と勘違いするのではないか。結局のところ、これは虚偽性を含んだ欺瞞的な自己弁護以外の何物でもないだろう。
「誠心誠意やった」のなら、その結果について何も言わないというのも腑に落ちない点である。日本にとってかなりの譲歩であったが、「河野談話」でうまくいけば、長期的には日本のためにもなったかもしれない。しかし現実はそうはならなかった。 韓国の意向を容れて、元慰安婦へ首相の謝罪の手紙を送り、アジア女性基金による支援金の給付を行なったにも関わらず韓国は、自らが設定したゴールを動かし、更に高いゴールにまで要求を吊り上げ、支援金の受け取りを拒んですべてを崩してしまった。「河野談話」が出されたことにより、結果として日本の責任を認めたことだけが残り、これによって、国際社会から日本が‘無実の罪’で批判されることになった。常識的な見方に立てば、河野氏は韓国から騙されたことになる。ならば、‘誠実な’政治家、それも国の指導者として国益を削ってまで行った失敗なのだから、河野氏は自分の不明を恥じ、国民に謝罪すると同時に、韓国にはその背信を非難し‘合意’の履行を迫るべきものとなるはずだ。こうであれば、河野氏が日本国民に対しても、韓国に対しても「誠心誠意」を尽くしていると言えるだろう。しかし河野氏はこのどちらもしていないし、するつもりもないようだ。つまり、韓国が悪いわけではないし、自分が誤ったわけでもないと言いたいらしい。
河野氏は、韓国も自分も誠実に行動してきたのに、自民党内そして日本国内の「右翼」がすべてを台無しにしてしまったと言いたいのではなかろうか。しかし、河野氏が進めた和解プロセスは彼が前線で行動していたときに、既に韓国は(暗黙の)合意を覆す動きに出ていたのだから、他人のせいにするわけにはいかない。また、村山政権以後の政権が、アジア助成基金の枠組みなどを勝手に崩したという事実もない。更にまた、5年半前には民主党を中心の「左派政権」ができたにも関わらず、関係は却って悪化している。だから、日本の「右傾化」を持ち出してみても、韓国を擁護し自分を弁護することができるはずもない。
ところで、上記の発言では「強制性」の文言は証拠がないので書けなかったと言っているが、これはこれまでの「広義の強制性があった」という主張からみれば、微妙なトーンダウンのように思える。これは、日本の良識の諸氏の努力が実って、「強制性」が無かった事実が広く知れ渡り、主張を修正せざるを得なくなった結果と思うが、それでもまだ未練たらしく「一部には強制のものがあった」と言っている。一部の兵士が現地女性に暴行、強姦などに及んだ事件のことであれば、これは軍規に反する個人的な犯罪行為であり、国や軍による組織的な「強制」とは全く別の代物だ。河野氏は、「具体的な事例」を明らかにして、それがなぜ国家の犯罪なのかを説明すべきだし、それができないなら、こういう言い方は止めるべきだ。更にまた、「右翼政治」が安倍首相の政権運営を指しているとすれば、これまたひどい話である。安倍政権の「積極的平和主義」は国際社会からも期待され支持されている。これがなぜ「右翼政治」なのか? 異を唱えているのは中韓北という非民主的な、強権国家、拡張主義国家だけである。河野氏は、一体どの国の立場に立っているのか?日本はもうかつてのような、活力溢れる金満国ではなく、日々の暮らしも借金で賄っているような衰弱した国になっている。安倍政権の下で、再生ができなければ、日本の未来は極めて暗い。国益を損ねることはもういい加減にやめてほしい。
河野氏が安倍政権批判をする中心的な理由は、安倍政権が、慰安婦問題での事実関係について国際社会への発信を強めようとしていることにあるのかもしれない。これまでの河野氏の欺瞞性や虚偽性、韓中を擁護する根拠が崩れてしまうので、それを恐れてのことだろう。しかし氏のこのような考えが国益を害するものであることは言うまでもない。
河野洋平元衆院議長は24日の講演で、安倍晋三首相が今夏発表する戦後70年談話に関連して、日本の政治状況、そして「河野談話」について次のように述べた。
「<右翼政治>自民党にはリベラルな議員もいると思うが、目立たない。これ以上「右」に行かないようにしてほしい。今は保守政治と言うより右翼政治のような気がする。
<河野談話>(慰安婦問題での)官房長官談話は誠心誠意作り上げた。はっきりとした裏付けのないものは書かなかったので「強制性」という言葉は入っていない。強制性についての文書は見つからなかったからだ。しかし、強制性が全くなかったかと言えば、いくつか具体的なものはある。談話の文言が私の思いの全て。冷静な議論により問題が収束するよう心から願う。」(24日 産経)。
この発言内容には大きな違和感、不快感を禁じ得ない。「誠心誠意やった」と言うが、一体 何を、誰のために、どうやったのか、そして自分がやったことによって生じた結果をどう評価しているのかが述べられていない。常識的な理解をすれば、日韓の関係改善のために、日本が譲れるギリギリのところまで譲って、韓国の要求を最大限受け入れたということだ。そしてこれは事実でもある。だからこれを日本に誠心誠意だったとは言えないから、韓国に誠心誠意を尽くしたということである。しかし、ならば、「誠心誠意を尽くした」事実をなぜ韓国で、韓国国民に訴えないのか。なぜこんな紛らわしいことを日本で言うのか? これでは日本国民は、河野氏が日本国民に対して「誠心誠意だった」と勘違いするのではないか。結局のところ、これは虚偽性を含んだ欺瞞的な自己弁護以外の何物でもないだろう。
「誠心誠意やった」のなら、その結果について何も言わないというのも腑に落ちない点である。日本にとってかなりの譲歩であったが、「河野談話」でうまくいけば、長期的には日本のためにもなったかもしれない。しかし現実はそうはならなかった。 韓国の意向を容れて、元慰安婦へ首相の謝罪の手紙を送り、アジア女性基金による支援金の給付を行なったにも関わらず韓国は、自らが設定したゴールを動かし、更に高いゴールにまで要求を吊り上げ、支援金の受け取りを拒んですべてを崩してしまった。「河野談話」が出されたことにより、結果として日本の責任を認めたことだけが残り、これによって、国際社会から日本が‘無実の罪’で批判されることになった。常識的な見方に立てば、河野氏は韓国から騙されたことになる。ならば、‘誠実な’政治家、それも国の指導者として国益を削ってまで行った失敗なのだから、河野氏は自分の不明を恥じ、国民に謝罪すると同時に、韓国にはその背信を非難し‘合意’の履行を迫るべきものとなるはずだ。こうであれば、河野氏が日本国民に対しても、韓国に対しても「誠心誠意」を尽くしていると言えるだろう。しかし河野氏はこのどちらもしていないし、するつもりもないようだ。つまり、韓国が悪いわけではないし、自分が誤ったわけでもないと言いたいらしい。
河野氏は、韓国も自分も誠実に行動してきたのに、自民党内そして日本国内の「右翼」がすべてを台無しにしてしまったと言いたいのではなかろうか。しかし、河野氏が進めた和解プロセスは彼が前線で行動していたときに、既に韓国は(暗黙の)合意を覆す動きに出ていたのだから、他人のせいにするわけにはいかない。また、村山政権以後の政権が、アジア助成基金の枠組みなどを勝手に崩したという事実もない。更にまた、5年半前には民主党を中心の「左派政権」ができたにも関わらず、関係は却って悪化している。だから、日本の「右傾化」を持ち出してみても、韓国を擁護し自分を弁護することができるはずもない。
ところで、上記の発言では「強制性」の文言は証拠がないので書けなかったと言っているが、これはこれまでの「広義の強制性があった」という主張からみれば、微妙なトーンダウンのように思える。これは、日本の良識の諸氏の努力が実って、「強制性」が無かった事実が広く知れ渡り、主張を修正せざるを得なくなった結果と思うが、それでもまだ未練たらしく「一部には強制のものがあった」と言っている。一部の兵士が現地女性に暴行、強姦などに及んだ事件のことであれば、これは軍規に反する個人的な犯罪行為であり、国や軍による組織的な「強制」とは全く別の代物だ。河野氏は、「具体的な事例」を明らかにして、それがなぜ国家の犯罪なのかを説明すべきだし、それができないなら、こういう言い方は止めるべきだ。更にまた、「右翼政治」が安倍首相の政権運営を指しているとすれば、これまたひどい話である。安倍政権の「積極的平和主義」は国際社会からも期待され支持されている。これがなぜ「右翼政治」なのか? 異を唱えているのは中韓北という非民主的な、強権国家、拡張主義国家だけである。河野氏は、一体どの国の立場に立っているのか?日本はもうかつてのような、活力溢れる金満国ではなく、日々の暮らしも借金で賄っているような衰弱した国になっている。安倍政権の下で、再生ができなければ、日本の未来は極めて暗い。国益を損ねることはもういい加減にやめてほしい。
河野氏が安倍政権批判をする中心的な理由は、安倍政権が、慰安婦問題での事実関係について国際社会への発信を強めようとしていることにあるのかもしれない。これまでの河野氏の欺瞞性や虚偽性、韓中を擁護する根拠が崩れてしまうので、それを恐れてのことだろう。しかし氏のこのような考えが国益を害するものであることは言うまでもない。