
石川啄木[1886(明治19)-1912(明治45)]は
1908年(明治41)11月21日 釧路新聞記者として釧路駅に降り立った
釧路停車場跡
「浪淘沙ながくも声をふるはせてうたふがごとき旅なりしかな」

旧釧路新聞社跡

「十年まへに作りしといふ漢詩を酔へば唄へき旅に老いし友」

「北の海鯨追ふ子等大いなる流氷来るを見ては喜ぶ」

「あわれかの国のはてにて酒のみきかなしみの滓を啜るごとくに」
「小奴といひし女のやはらかき耳朶なども忘れがたかり」
「舞へといへば立ちて舞ひにきおのづから悪酒の酔ひにたふるるまでも」