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奴隷拘束の魔法:ウォルテニア戦記を例に

2022-05-01 09:56:38 | 架空世界
 『ウォルテニア戦記』では、異世界アースの国々が我々の地球(リアース)の人間を召喚し、戦奴隷として使うという設定です。わざわざ地球人を召喚する理由は、モンスターや人間や他の動物を殺した時に殺した者の力の一部を吸収することができ、その吸収効率が地球人はアースの人間よりも高いために「この世界最高の戦士になる可能性がある」からです。そしてそれほど強くなった戦士に反抗されては困るので服従の術式または拘束術(ギアス)[*1]と呼ばれる魔術(この作品では法術と呼ぶ)を施しておくのです。

 前回書いたように地球人用の服従の術式にははっきりしないところがありますが、マルフェスト姉妹が掛けられていた一般的な戦奴隷用の術式にはいくらか記載がありました。涼真と姉妹とが出会ったときの話です。

【引用】 「はい。奴隷には労働奴隷や性奴隷の他に戦奴隷と呼ばれる特殊な奴隷がいます。~主人の許可を取らなければ一切の戦闘が出来ないように封印を施されているのです。」

 つまりロボット3原則第1条のごとく[*2] 、全ての人間に対して危害を加えることができないということです。それどころかこの表現だと、モンスターや獣に襲われても戦闘ができない可能性もあります。人でなければOKと言うのも、人と区別しにくい異生物がウジャウジャいそうなファンタジー世界では難しそうですよね。

 しかし戦奴隷ですから、主人の命令さえあればいくらでも戦闘ができます。斉藤さんや須藤さんも似たような封印を施されている(いた)とすると、恐らくは「任務に必要ならいくらでも殺して構わない」みたいな大雑把な許しが与えられていることでしょう。副団長ともなれば命令を聞かない部下を物理的に切り捨てることも必要ですからね。

 マルフェスト姉妹の場合は部分的にでも解除する命令さえなかったので、盗賊に襲われた時も一蹴する実力があったにもかかわらず抵抗できなかったのです。ロボット3原則第3条みたいな命令くらいしておけば良かったのに馬鹿な奴隷商です。ていうか、5年も育てて実力も確かな戦奴隷なのに売却するまでは自分たちで護衛に使えばいいじゃないか。いや、襲われた時に「お前ら奴らをやっつけろ」と一言命じれば終了だったよね

【引用】 「はい。私達は読み書きも出来ますし、武術も法術も基礎は習っておりましたので、戦奴隷としての教育を受けることになったのです。」
【引用】 「ガァハハハ。貴様ら勘違いしておるな?お前達はワシの物よ。大事に5年も掛けて磨き上げた大切な商品よ。」

 厳しく武術や法術の訓練を施して強い戦奴隷にと磨き上げた・・なんかそんな雰囲気ではなかったなあ。戦奴隷を無駄に着飾らせたりするとも思えないしねえ。「戦奴隷としての教育」はしても、戦奴隷として売る気はなかったみたいでしたねえ。でもマルフェスト姉妹の実力だったら、なまじ美人だからと性奴隷として売るよりもどこかの国に戦奴隷として売った方が高値がつくのじゃないかなあ。いや相場は知らないけど、育てるのにコストのかかる戦奴隷が性奴隷より安いなんて思えませんね。どちらのつもりにせよ5年分の生活費や教育費は掛けていたのですからね。

 ところでこのとき姉妹は首輪をしていて、涼真と血盟を結び治した時にその首輪は音も無く砕け散り、さらに手足の枷も外れました。そして盗賊達は首輪を見て姉妹が戦奴隷用の術式で縛られているとわかったらしい。「男の言うとおり首輪に付与された力が彼女達の行動を阻む」とも書かれていました。
 しかし涼真との血盟による契約では首輪は奴隷を縛るための必須のアイテムではありませでしたし、斉藤さんや須藤さんも首輪なんかしていません。これはたぶん拘束呪と呼ばれていた首輪による術式と血盟による契約が別のものだからでしょう。これは奴隷を縛る方法に全く別物である術式がたくさんあるということになります。
 例えばノベル版第5巻で法術士のミーシャが明日香に術式をかけようとした時は、首輪のような小道具も使わなかったし血を取ることもありませんでした。

【引用】 短い詠唱が終わると、ミーシャの右手の掌に何か文様のようなものが浮かび上がり、淡い光を放ち始めた。

 さらにマルフェスト姉妹が使った血盟では偉大なる契約の神ハーヴァに祈ったのですが、ミーシャは光神メネオースに祈っていました。神様が違うのですから全く別の魔法と見るべきでしょう、たぶん。ここからは想像になりますが、首輪などという小道具を使う方法は、掛ける者が法術を心得ていなくても使えるけれど強さは弱くて、血盟による方法などで簡単に上書きされてしまうのではないでしょうか。

 ところで首輪方式について気になる発言がありました。

【引用】 「待てよ、なんで?なんで力が使える?……主の無い貴様らには使えるはずがないんだぞ!?」

 「主の無い」とはどういうこと? 主は奴隷商人ではなかったのか?
 想像するに、マルフェスト姉妹は奴隷状態ではあっても命令権、というか戦闘禁止を解除する権利を持つ主人(マスター)はまだ設定されていないという状態だったのかも知れません。いわば安全装置を掛けているばかりか、解除するキーも持ち歩いておらず、キーは売るために大切に保管している、と。
 ちょっと複雑な二重システムですが、もしそうであるなら、盗賊達を撃退する命令は奴隷商人にもできなかった可能性があり、別に馬鹿だったとかパニックでできなかったというわけでもなかったことになります。うーむ、作者は想像以上に設定を練り込んでいる気がします。

 上記の私の想像が正しければ、命令権を持つ主人(マスター)が死んだ場合はデフォルトの何者に対しても危害を加えられない状態に戻るだけで、奴隷から解放されるわけではありません。やっかいですね。これでは前回の最後に書いた奴隷が自分自身を開放する方法の前提が崩れてしまいます。

 とすると主の無い状態と主のいる状態では首輪に何か変化があるのかも知れません。極端な話、主のいる状態では首輪は外れているとか。だから盗賊達も首輪をしている姉妹は見くびることができたのでしょうか? さもないと・・・。

 「ハッ! 俺達はお前ら奴隷が其の首輪で自殺できない事も、反抗できない事も知ってるんだよ!」と、奴隷に無防備に近づく盗賊たち。ズシャ。
 「私達は襲われたら反撃しろという命令を頂いているのよ」

 そういえば奴隷商人も護衛達も、再会した時に姉妹の首輪がなくなっていたことには気づかなかったのでしょうか? そうなんでしょうねえ。観察力のないチンピラです。たまたま首輪が壊れて外れたとしても拘束術自体は解けないという可能性もありますが、それにしても外れていること自体は異常事態に間違いないはずです。

 しかし姉妹は命令がないとあの場所から動けなかったんですよね。その命令は奴隷商人からのものだったはずなんだけど? うーん命令をちゃんと与えないと動けない者を使うのはめんどくさいものです。


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*1) ギアスという言葉はアイルランド語(スコットランド語も同じ)の "geas"("geis") に由来するらしい。本来は"禁忌(タブー)"の意味で、いわば運命とか神から課せられた行動制限ということになるが、それが転じて他人から強制された行動制限の魔術の意味に使われるようになったらしい。
  wikipedia英語版
  wikipedia日本語版

 日本で広まったのはたぶんコードギアス("Geass","Giasu")のせい。

*2) ロボット3原則については前回の記事参照。

戦奴隷2原則、首輪バージョン
 第1条.奴隷は主人の命令に従わなくてはならない。
 第2条.第1条により指示された場合を除き、奴隷はいかなる人間にも危害を加えてはならない。人間には自分自身も含まれる。

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Ref-1) 『ウォルテニア戦記』に関する本ブログの記事
  「ウォルテニア戦記」(2019/05/12)
  「異世界銀行」(2019/06/01)
  「ウォルテニア戦記;世界は広い」(2020/05/17)

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