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魔術奴隷への命令権:ウォルテニア戦記を例に

2022-04-24 06:02:03 | 架空世界
 『ウォルテニア戦記』ノベル版の21巻が出ました[Ref-1]。御子柴浩一郎視点のストーリーで浮かび上がった一つの謎、主人公御子柴涼真の両親の消息が気にかかった読者もいたことと思いますが、いよいよその一端が明らかになりそうです。涼真自身は自分が小さい時に死んだと聞かされていたようですが。

 さてウォルテニア戦記の世界には人の意思を縛る服従の術式というものがあり、召喚された地球人は通常は戦奴隷として使うために、召喚後すぐにこの術式を施されるという設定です。このように人を奴隷化する魔法という設定は多くの作品にも登場します。さて奴隷化された人間は誰に従わねばならないのでしょうか? これまでのところではウォルテニア戦記の中では、被召喚者に施される服従の術式とは誰に対する服従なのかが明確に描かれたことはなかったと思います。

 そもそも戦奴隷であるからには、使う者の敵には服従しては困りますし、敵ならばためらいなく殺すことができなくてはなりません。たとえ戦奴隷ではない他の用途であっても、所有者以外の命令に簡単に従われたら困るでしょう。

 ウォルテニア戦記の設定では服従の術式にも種類があって地球からの召喚者に施されるのは最強の術式で、それだけにコストが高いとされています。奴隷にされていたところを主人公の涼真に助けられたマルフェスト姉妹の場合は、特定の個人と奴隷契約を結ぶという方式でした。それゆえ、涼真と新たに奴隷契約を結ぶということで現在の奴隷契約を解除して解放されるという手段を取ったのです。そのためには契約の両者の血を使うという設定でした。

 しかし新たに契約を結んだら古い契約はその契約者の意向には無関係に無効化されるというのは、随分とセキュリティが甘いというか、不安定な契約ですね。まあこの方式の奴隷契約自体が、血を取られて使われると奴隷にされる側の意向には無関係に結ばれてしまうという悪どい術式なんですけど。もちろん契約の呪文などを知らないと解除もできず、奴隷にされることの多い普通の平民はそんなものは知らない、という社会ではあります。が、奴隷が盗まれたら簡単に盗人が再契約して自分のものにできるということですからね。

 涼真が領地開発のために少年少女の奴隷たちを買った場合は、なにやら契約書で所有権が奴隷商から涼真個人に移ったようです。わざわざ涼真の血を各人の血と混ぜるとかいうことはなかったようですので、もっと手軽な術式だったのでしょう。とはいえ、奴隷の意思を縛るものが何らかの魔法であるならば、その魔法は服従すべき個人を認識し特定できなくてはなりません。一番単純には奴隷自身が服従すべきと認識できている個人に服従させるという方式があります。この方式では主人が服装や顔を変えていて間違えられると服従させられないという事態も起こりえます。これが血液とか魂とかを魔法が識別する方式だと必ず正しい主人(マスター)に服従させることができるでしょう。

 しかし特定の個人一人が主人という方式は、国家や組織として戦奴隷を使おうとする場合は少し不便な点があります。例えばオルトメア帝国で軍の指揮官にまでなっている斉藤さんは、誰に服従させられている(ことになっている)のでしょうか? そして相当自由に振るまっている須藤さんの場合は?

 一番単純には帝国の絶対君主である皇帝個人にということになります。とはいえ皇帝が国中の戦奴隷全てにいちいち命令するのは無理なので、各戦奴隷に上司を指定して「この者の言葉は余の言葉と心得よ」などと言っておけば良いのでしょう。しかしこの場合、もしも皇帝が死んでしまったら全ての戦奴隷が服従すべき相手が消滅して解放されてしまいます。

 となるとやはり、国の幹部たちが分担して主人になっているというのが妥当なところでしょうか。また一兵卒の立場の戦奴隷ならば中隊長とか大隊長クラスが主人でもいいのかも知れません。ただ主人が一緒に戦場に出て戦うとなると、主人が戦死してしまって直ちに戦奴隷が解放されてしまうという危険があります。

 そもそも戦乱続きの世界では、国の幹部達の誰であろうと死の危険と隣合わせですから、誰かが暗殺されたりすればその服従下にあった戦奴隷がすべて解放されてしまうというやっかいな事態が起きかねません。そんな事態を避けるには、主人が死んだ場合に自動的に契約を引き継ぎ主人となる個人を特定しておくということもできるかも知れません。いわば遺言で相続人を設定しておくというわけです。それにしても組織としては、各戦奴隷の主人(マスター)が誰なのかをリアルタイムに把握しておく必要がありそうだけど、そんな面倒な管理をきちんとしている国がどれだけあることやら。須藤さんのマスターが誰だかなんて帝国の誰も意識していなさそうなのは気のせいでしょうか?
 斉藤さんとシャルディナなんて見た目には良い上司と部下の関係にしか見えなくて、まかり間違うと斉藤さんは帝国にとって危険な存在だなんて、普段は皆忘れていそうにしか見えません。

 そうか、もしかすると、このように偶然の主人(マスター)の死によって運良く解放された地球からの被召喚者もいたのかも知れません。例の組織は、最初はこのような偶然に解放された者たちから始まったのかも知れませんね。

 個人を主人(マスター)とすると不便ならば、国や組織そのものに忠誠を誓わせるということもできる可能性もあります。しかし「オルトメア帝国に従え」というのも曖昧で困りそうです。そもそも具体的な命令は人が出すのですから、誰の出した命令が真の帝国の命令なのかはどう判断されるのでしょうか? 具体的な命令は問わずに「帝国の利益になるよに働け」とすることもできるかも知れません。が、では真の帝国の利益とは何なのかはどう判断されるのでしょうか?

 国とは個人ではなく、皇帝でさえ国そのものではない。国の真の利益とは国民全体の幸福である。国民を虐げている今の皇帝は国の真の利益を害しているから、倒すべき敵である。
 なんていう思考に入ってしまう戦奴隷もいるかも知れません。地球の民主国家から召喚された者ならごく自然な論理です。ただしこれで戦奴隷が革命を起こしても魔術に反しないのは、「奴隷自身が国益と判断したものを魔法が国益と認定する」という場合であり、魔法自体が独自の基準で国益を判断しているかも知れません。本ブログ記事「知能系魔術」(2019/05/07)で書いた魔法です。が、その場合は魔法による判断基準をよく理解していないと奴隷は適切な行動が取れませんね。

 こうなるとアシモフのロボット3原則の扱いに近くなりますね。現にアシモフがロボット3原則の論理的解釈をネタにした小説をいくつか書いています。

  1.国の奴隷は国の利益を害してはならない。また国の利益が害されることを見過ごすことにより害してはならない。
  2.国の奴隷は国の意思を体現すると考えられる者の命令に従わなければならない。ただし、第1条に反する場合はその限りではない。
  3.第1条または第2条に反しない限り、国の奴隷は自分を守らねばならない。

 ロボットなら自分を守るというのは単純に物理的に守ることだけでしょうが、人間の場合には自分が好む気晴らしで心のケアをしておくということも自分を守る行動になるわけですね。
 で、国の場合は特定の一つの国だけに服従すればいいのですが、ロボット3原則では全ての人間の命令に従うことになっています。ゆえに、命令者も含めてすべての人間について害を及ぼす命令だけは従ってはいけないとされているのです。なので原理的にはロボットに自分を殺させるという自殺方法は取れないように意図されています。しかしどんな行動を選択しても誰かを害してしまうという場合があり、そうするとロボットは故障したりすることになり、そんな作品もアシモフは書いています。
 また人間の定義をロボットが深く論理的に考えるという作品も書かれています。詳しくは上記リンクのwikipedia記事などを御参照ください。

 さて主人(マスター)が死ねば奴隷契約は自動解除されるとの前提で話を進めましたが、それ以外の可能性はなかなか思いつきません。で、主人(マスター)が一人の個人であり自動相続もなかった場合に、奴隷たちが自らを開放する手段をひとつ思いつきました。私の回答は別の日に書くとして、推理小説には登場しているトリックとだけしておきましょう。


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Ref-1) 『ウォルテニア戦記』に関する本ブログの記事
  「ウォルテニア戦記」(2019/05/12)
  「異世界銀行」(2019/06/01)
  「ウォルテニア戦記;世界は広い」(2020/05/17)

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