知識は永遠の輝き

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哀しき冒険者たち:ダイスケ『異世界コンサル株式会社』より

2018-11-06 06:28:27 | 架空世界
 (2018/01/01)(2018/01/15)(2018/01/17)の記事で紹介した香月美夜『本好きの下剋上』は、実はビジネス書として読める一面もあります。なにせ主人公がやっていることは、次々と起業してその事業を発展させることに外なりません。そのために如何に他の人を巻き込み協力してもらうか、如何に取引先や同僚の力を引き出し、如何に部下を教育していくか。そのために必要なことが、その気になって読みさえすれば結構学べます。主人公自身はあまり自覚はなくて、やりたいことをやるためにどうするか、とその場で考えて突っ走るだけなのですが、著者は明らかにその手の知識を使っています。

 そしてまさに「ビジネス書として売り出した異世界本」というものが出現しました。書籍版は昨年夏に出版されているダイスケ『異世界コンサル株式会社』です[Ref-1]。わざわざビジネス書コーナーに出したのは色々と出版社や著者の思惑もあったのでしょうが、純粋に異世界ものとしても抜群のおもしろさです[*1]

 注意しておくと、web版は物語がかなり進んでいますが、書籍版は1章110話該当分までの第1巻、マンガ版は3巻に分かれて5章59話までしか出されていません。またこの3つの版は結構違いがあります。表現的には、web版はテキストだけですが、書籍版やマンガ版は図も使っていてわかりやすいのは嬉しいですね。

 さて『異世界コンサル株式会社』の主人公ケンジ(男・25-30代?)は、異世界に転生したものの何のチート能力[*2]もなく、むろん異世界にコネもなく、仕方なく"冒険者"となって生計を立ててきたのですが、膝の負傷で辞めざるをえなくなりました。そこで前世での経営コンサルタントとしての知識と知恵[*3]を生かして"冒険者"相手の支援商売を始めたのが、怒涛の展開の始まりでした。

 未だ暴力が幅を利かせる文明の遅れた世界で活躍するにしては、まさに冴えない主人公なのですが[*4]、この異世界の"冒険者"という職業もネーミングを裏切って冴えないものです。仕事はこの異世界に跋扈する魔物を退治して、魔物の体から得られる魔術的資源その他を売ることです。なので収入は、魔物に悩まされた討伐依頼者からの報酬と倒した魔物を売った代金です。しかし多くの冒険者は金銭感覚が薄く、それどころか文字も読めない者が多く、利にさとい商人に買いたたかれたり、不利な依頼契約で損をしたりします。

 "冒険者"になるのは農村で食い詰めて一旗上げようと夢を抱いて外へ出てきた若者たちです。冒険者の活躍物語は吟遊詩人みたいな人達が広めているみたいで[9章113話(現在web版のみ)]、食い詰めなくても憧れて出てくる者もいるようです。しかし農業経験しかないぽっと出の人間(駆け出し)に魔物を狩る技術があるはずもなく、親切に教えてくれる学校があるわけでもなく、「1年も続けられる奴は半分もいない」という状態です。そして街の住民からはやくざ者のごとく蔑まれ、怖がられている立場でもあります。ちゃんと役に立つ仕事をしているのにね。

 リアル世界で言えば、農村で食えなくて都会に憧れて上京した若者たち、といったところです。歴史上、都市と農村という対照的な生活の場ができたところでは、常にこのような若者たちが多くいたことでしょう。そしてその多くは都会に吸い込まれて消えていった、というのが「大都会、それは・・ ;ポー『群衆の人(The Man of the Crowd)』より(2017/07/02)」で紹介した「都市墓場説」です。

 こういう駆け出し連中の相談に乗ろうというのが最初の商売です。初めは「貧乏人相手のコンサルはあんまり気が進まない~~が、日銭を稼ぐためには仕方ないか」とぼやいていたケンジですが、顧客記録を取っているうちに「無事に帰ってこなかった連中」が多いことが改めてわかってきて、「俺は、こいつらを何とかしてやりたい」[2章12話]という思いが出てきました。それは「この街のムサくて汚くて無教養な新人冒険者(かけだし)を放っておけないのだ」[4章43話]という想いに育ちます。そして「私は市井に生きる塵芥の一人として、冒険者として、仲間と共に生きたいと思います」[10章141話(現在web版のみ)]という心境にまで達してしまいます。ちなみにこの後の142話の次の文章にはぐっと来ました。合理的な無神論者の心の琴線にビビーンと触れるじゃあありませんか!

 -----引用開始------------
魔法が存在する世界なのだから、神がいて、魂の救いがあってもいいではないか。
 -----引用終り------------

 またケンジにほれ込んで付いてきた冒険者で弓兵のサラが、冒険者ギルドを名乗る組織の面々が実は個々の冒険者の生活や命などこれっぽっちも考えていないのだと気づく場面、いうなれば世界の矛盾が明らかになってしまう場面も圧巻です。[10章114話(現在web版のみ)]

 -----引用開始------------
 普段、搾取の構造というものは、階級差や距離、業務や担当者の壁などに阻まれて、巧妙に見えないようになっている。
  (中略)
~~自分達の苦しみが、ただ運が悪かっただけでなく、貴族階級の怠惰のためであった、という不条理と構造に気がついてしまったのだろう。

 貴族階級が、教育の機会を制限するわけだ、と俺は思う。
 自分達だってモノを食う人間だ!というサラの叫びと自覚は尊い。だが、それだけに気をつけなければいけない。
 この世界で平民の命は軽い。サラが貴族階級や冒険者ギルドを敵視して命を危険にさらすことがないように、話し合う必要がある。
 -----引用終り------------

 冒険フィクションのヒーローたる者、このようなまともな正義感覚を持っていればこそ普通の市民たる読者は心から応援したくなるのです。


 というぐあいで、この地味なリアルさがこの作品の大きな魅力です。なんとかしたいと言っても、そこは援助というものの本質をよく知る現代人のこと、魚を与えるのではなく魚の釣り方を教える、という方針です。いやコンサルタントの次はむしろ、良い釣り道具、ではなくて海に落ちないための靴の開発を始めました。現状は次のようなものだったのです。

 -----引用開始------------
 長距離を移動すると疲れやすくなり、
 サンダルで尖った岩を踏み抜いたり、
 木靴で滑って捻挫したりする。
  (中略)
 靴に拘って、靴屋に依頼し自作していた理由である。
 この世界にあって、俺だけは現代世界の軍靴状の靴を履いている。
 -----引用終り------------

 この状況が本当にリアルなものかどうかは検討の余地がありそうに思えますが、ざっと靴の歴史をサーチした限りでは、それほどおかしな設定ではなさそうでした。ここはそのうちに詳しく検討してみましょう。

 この作品はAmazone書評で、書籍版が出てから2か月間に39件の書評が付くという人気ぶりでしたが、それから現時点まで12件、計51件の書評が付いています。読者により評価の高低が大きいく見えますが、読者の好みも色々ですからこんなものかも知れません。その当たりも考察できたらしてみましょう。


【蛇足的情報】Loon氏の作品『私の師匠はギルドマスター! ~異世界で、冒険者やってます~』の中の「冒険者なのに、帳簿ってつけるんですか?」②には、ケンジと似たようなことを成し遂げた冒険者の話がでてきます。ここでは物語の背景としてのみだし、ケンジとは違って頭抜けたチート魔力にも物を言わせたらしいのですが。また【冒険者講習会の風景】には、Loon氏の設定した冒険者の住む異世界の設定が描かれていますが、これもなかなかリアルです。ただ・・・異世界の冒険者相手の講義なのに我々の住む現代社会でもないと知らなそうな言葉(商社とか)を例えにつかっているのは、あんまりリアルな気がしないのですが・・・。何か作者の狙いでもあるのでしょうか?
 なお小説家になろうサイトに投稿される執筆物には、小説のみならず評論のようなものもあります。そのような執筆物の中でLoon氏の書いた感想欄の炎上を防ぐ貨幣価値設定!の一連の記事はなかなかおもしろいです。


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Ref-1) ダイスケ『異世界コンサル株式会社』幻冬舎(2017/07/12)
Ref-1) マンガ版、KADOKAWA
Ref-1) マンガ版、pixivコミック
Ref-1) マンガ版、著者による案内
Ref-1) web版(初稿2016/01/22 21:43)

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*1) 個人の感想です。
*2) チート(cheat)能力とは、異世界転生ものにおいて、転生した主人公に与えられる特異な能力を指す。コンピュータゲームで、例えば独自のソフトや手法により仕様をかいくぐってプレイを有利に進める行為もチート(cheat)、すなわち"騙し"と呼ばれるので、そこから来たのでないか? いやどちらが先かは知りませんが。ちなみにチーター(cheater)という言葉は生物学でも使われる。ダーウィンの進化論に異議あり?(2016/12/31)参照。
*3) 知識だけではなく知恵もという所はとても大事。
*4) アンチ・ヒーロー?:L.S.ディ・キャンプ「ハロルド・シェイ・シリーズ」より(2018/02/23)参照。

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