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数学的実在とは-数学の哲学色々-1-

2010-01-02 06:45:00 | 数学基礎論/論理学
 前回冒頭の問いは、数学の哲学に入るものです。本論に入る前に、数学の哲学的立場にはどんなものがあるのか、現在の数学本流ではどうなっているかをまとめておきます。と言っても詳細は私にもわかりにくいところはあるのですが。まとまった参考文献として以下を挙げておきます。

1) 英語版Wikipedia "Philosophy of mathematics"
2) ref1の未完の翻訳、日本語版ウィキペディア"数学の哲学"
3) P.J.デービス; R.ヘルシュ『数学的経験』森北出版 (1986/12)
  この本はref1でも引用されている。
4) 林晋による数学基礎論の歴史など
a) http://www.shayashi.jp/HistorySociology/HistoryOfFOM/Axiomatik/axiomatism.html
b) http://www.shayashi.jp/HistorySociology/HistoryOfFOM/papers/gendaishiso.html

 数学的実在について最も古くからある立場で、現在でも多くの数学者は日常的にはこの立場だと言われている立場は「プラトン主義(Platonism)」と呼ばれています。ただし数学に限っての「プラトン主義」ですので特に「数学的プラトン主義」とも呼ばれて、例えばロジャー・ペンローズ『皇帝の新しい心』(みすず書房)にも説明されています。これは以下の考えに立ちます。
1.数学の諸対象は客観的に、人の知識にかかわりなく実在する。人はそれを発見するのであり、作り出すのではない。
2.数学の諸対象は物理的なものではなく、肉体的経験の時間と空間の外(プラトンによればイデア界)に存在する
3.数学の諸対象は経験の外にあるが、人は(または数学者は)数学の諸対象を知覚できる、または認識できる
4.現実の肉体的経験で認識される諸対象は幻であり、イデア界の諸対象こそが真の実在である

 1だけなら数学的実在論(Mathematical realism)に分類される全ての立場の主張であり、私も8~9割は支持する主張です。プラトン自身は4の立場ですが、現代の数学者だとまさかそこまで極端な立場の人は希でしょう。数学者と言えども自然現象に関しては唯物論者が多いと思いますので。ペンローズは1~3の立場であり、人間の脳が経験の外にあるはずの数学の諸対象を認識できるということを心脳問題の最重要の謎と考えているようです。
 ゲーデルも「感覚的経験から遠いにかかわらず,われわれは集合論の諸対象の知覚のようなものを実際に持っている」と言っているそうです(Ref3,p306)。
 ここで敢えて「そうです」と書いたのは、私自身には「集合論の諸対象の知覚のようなもの」があるとは思えないからです。あるとしてもペンローズやゲーデルの知覚には遙かに及ばないように思えますし、少なくとも先天的な知覚とは思えません。

   続く

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