獲得された絶望感(盲人ウエカジ公式ブログ)

~網膜色素変性症と司法試験とモー娘。と・・・~

豊中市議会銀選挙立候補に必要な供託金30万円がやっと、返ってきた。

2023-05-31 21:59:17 | 全盲視覚障害者と選挙
おもわぬ入金

先月4月23日の豊中市議会議員選挙に立候補した私、豊中の85年の長い歴史のなかで、はじめての全盲立候補者、盲人ウエカジ。当選に必要な票数は1900票、私は、力及ばず652票で落選。

でも、この651人(私をのぞく人数)の人が、盲人ウエカジに市議会議員になってもらいたいとおもってもらったのは、とてもびっくり、そしてうれしい。ありがたい。

そして、さらにびっくりなのは、選挙に立候補するために供託金30万円を支払った私、てっきり、この30万円はもどってこないとおもっていたら。392票以上獲得した人には、全額もどってくるとのこと。

うれしいね、うれしいね。放蕩息子がかえってきたような喜び。
その入金が今日あった、大阪法務局から私の銀行口座に振り込み。一度、供託所におもむいて、直接現金をもどしてもらおうとおもったけど、そして実際に谷町四丁目の合同庁舎にいったけど、必要処理がたりなくて、やむなく退散。でも、そこでおしえてもらったのが、供託金の返還は、書面、郵送、銀行口座振替でできますよということ。便利だね。目の見えない私、網膜色素変性症な私、盲人ウエカジ。大金をもちあるくのはこわいので、こうやって振り込んでくれるのはありがたい。

さて、この30万円をなににつかおうか。
あそうだ、今日の夕方、佐川急便からの宅急便が。なんだろうとおもったら、福祉専門学校の介護福祉士実務者研修のテキスト一式、ずっしりと重たい段ボール。いよいよ私の通信通学がはじまるね。受講料はなんと15万円もする。

供託金30万円がもどってきたので、それでしはらおうっと。のこり15万、もう4ねん以上つかっている、NECのデスクトップパソコンを買い替えようかな。最近、なんかレスポンスがおそいのよね。

さて、今日で5月もおわり。明日から6月、7月16日はいよいよ、司法しけの予備試験。生活のリズムを一定にたもって勉強をすすめていかねば。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私が立候補した豊中市議会議員選挙の開票結果は発表された。深夜2時ごろに結果が確定したよう。

2023-04-24 21:51:29 | 全盲視覚障害者と選挙
980と392

豊中市議会議員選挙の投票日が昨日。立候補した無所属の私。投票の開票結果が判明するのは深夜なので、昨日は、その結果発表をまたずに、早めに寝る。当選者には選挙管理委員会から、当選の電話がかかってくるとのことで、寝ていても、その戦艦の電話でおきるだろうとおもう私。

結局、朝7時までぐっすり眠る。電話はかかってこなかったよう。今朝、8時から、YOUTUBEの私のチャンネルでで、結果報告配信をするということを、2日前の土曜日の生配信でお話していたので、7時に起きて、シャワーをあびて、昨日、なんばのドンキで買った、リングライトというユーチューブ用の顔をきれいにうつすライトを開封。それをセット。生配信で、はじめて、開票結果を確認しようとおもう私。そのことを、土曜のお話配信でもいっていたにもかかわらず、ラインでだれかからのメッセージが届く。それを、自然によみあげる設定にしていたので、私のアイフォンが読み上げる。発達障害のガイドヘルパーさんからのライン。
49位、652票。残念でしたね。

短い内容のライン。それで、結果をはじめて知る私。ということで、その後の朝8時の生配信は、実は、すでに結果をしっての配信。まるではじめて知るかのような配信になってたらいいな。
その配信の中で、私は、供託金30万円は、950票以上得票しないと、かえってこない、没収されるといっていたけど、その後、選管にに確認すると。980票以上が法廷有効票であって、供託金を没収されない得票数は392票とのこと。私は、この法定得票数980票と、供託金が没収される得票数を「勘違いしていたのね。392を超える得票、393票をとれば、供託金はもどってくるし、ポスター、ビラ、事務員、自動車などの選挙にかかった費用は上限の範囲内なら、すべて補助される。知らなかった私。だから、みんなあんなに選挙運動員がいるのね。あの腕章をつけた運動員は、おそらくほとんどが報酬をもらっているんだろうね。15人までお金を払えるのよね。そして、392票以上の票をとれば、豊中市の場合、それらの費用も補助さえる。このことを知らなかった私。

つまり、393票以上とれば、ほぼ選挙費用は返ってくるのね。つまり、立候補による費用はほぼ回収できるのね。だから、みんな、あんなに街宣カーや、運動員をつかっているのね。

豊中市40万人で、有権者は35万ぐらい。その市議会議員選挙で392票をこえる得票があれば、供託金はもどってくるし、選挙運動費用にも補助金がでる。とてもめんどくさい事前申請が必要だけども、この公金補助請求申請はちゃんとやるべきだったな。

ということで、豊中市議会議員選挙、定数34、立候補者数52人。私は、49位の652票。最低当選得票数は1901票。1300票ほどたりなかったけど、考えてみれば、652人もの人が、のら無所属候補者の私によく投票してくれたね。ありがたい。

ということで、投票してくださった豊中市民のみなさん、また、投票をよびかけてくださった豊中市民以外のみなさんありがとうございました。

今朝の生配信をおえて、おせわになった人へのあいさつまわり。商店街をあるくと、なんか、きまずい、だれかに、落ちましたねと、いわれそうな感覚。でも、だれも私のことなど気にしていない。自意識過剰。帰りにその商店街をとおったら、対面朗読のボランティアの人とばったりあって、ねぎらいの言葉をかけてくれた。また、元議員の人にも声をかけてもらった。ありがたいね。
その後、午後から、年金事務所へ。国民年金の加入と、免除、不納付申請。障害年金をもらっていると、国民年金の支払いをしなくてもいいとのことで、歩いて、年金事務所で。

途中、歩道から車道にとびだし、車道のまんなかをあるいている私。しかも国道。ひとりの運転手が車をとめて、私を補導にもどしてくれた。あぶないあぶない。黄色の盲人上着を着ていてよかった。というか、点字ブロックを補導につけておくれよ。

結局、2時間、年金事務所にいて、必要書類離職票がないということで、受け付けてもらえなかった。年金情報はオンライン化されているはずなのに、まだ、そのデータがあがってきていません。なので、離職票の紙が必要ですとのこと。それならば、この申請書は、そちらであずかって、データ更新されたら、この申請書を受け付けてくださいとお願いする私。それはできませんと職員。押し問答。

あきらめて、家にかえる私。泣く子と役所にはかてないね。

その後夕方から、ボランティアさんと、選挙の開票結果について話し合う。供託金がもどってくるのはよかったねとのこと。ほんとよかった。選管からなにか書類がおくられてくるのかな?気長にまとう。こちらからいっても、門前払いされそう、今日の年金事務所のように。

PS
652票は当選には遠くおよばなかったけども、その1票1票は、ひとりの人間が、私に投票してくれたのよね。顔も名前も知らない652人の投票。よくよく考えてみれば、ありがたい、すごいこと。この経験ができたので、週末4月30日、ジェイコムホール八王子でのハロプロ研修生テストの投票。その1票を、どれだけ、研修生がありがたいと感じているか、それを感じることができた。その研修生の気持ちを知ったので、こちらも、1票に願いをこめて投票しよう。私の1票がベストパフォーマンス賞につながらなくてもいい。勝ち馬にのろうとする投票だけはしないでおこう。それは、私に投票してくれた人への、わたしのありがとうの気持ちのあらわれでもある。自分がよいと思う研修生に投票してこよう。

緊急月曜朝8時 ライブおはなし配信 盲人ウエカジ 豊中市議会議員選挙 当落発表 みなさんの1票に感謝します 供託金が帰ってくる得票数は392票??

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

街頭演説に必要なもの、それはコールアンドレスポンス

2023-04-22 21:53:19 | 全盲視覚障害者と選挙
夜空に響く声

市議会議員選挙に立候補した私。目の見えない私。網膜色素変性症の私デスペア。いよいよ今日が選挙戦最終日。

朝から、昔、ハローがよくリリイベをやっていた場所の最寄り駅での街頭演説スタート。ひとりだけの街頭演説。ガイドヘルパーさんは、時間が守れない発達障害があるガイドヘルパーさなので、1時間おくれで合流。その間ずっと1人で街頭演説の私。

街頭演説も7日目ということで、だいぶなれてきた私。特に、ハンドマイク、拡声器に声をのせる方法。ラッパ型の直系20センチぐらいの拡声器からのびたマイクに声をのせる。このマイクを口にもってきてしゃべると、声が大きくなる。このマイクを唇にくっつける、そうすると声がよくのって、大きな声が響く。

たしか、ハロメンも、マイクにアゴをつけたりするメンバーがおおかった。マイクに唇をくっつけているメンバーもいたんだろう。その意味がやっとわかった。マイクと口がはなれていると、声をマイクがよくひろわないのよね。

駅前陸橋で、2時間ほど街頭演説。今日は寒くて12度しかない。きのうおとといと、最低気温が17度ぐらいあったのに、いっきに寒くなる。その寒空の下での2時間街頭演説。体がさむくなってきたので、すぐ目の前のマクドナルドへ。コンボセット、チキンクリスプマフィンとホットコーヒー250円。ホットコーヒーはアツアツにしてくださいといって注文すると、ほんと唇がやけどするぐらいあつかった。このぐらいの熱さが私のさめた体にちょうどいい。

30分ほど求刑して、ボランティアさんも合流して、場所をかえての街頭演説。百貨店とバスターミナルの間のフリースペース。そこで1時間ほど街頭演説。

12時すぎると、でっかい街宣車が私の目の前。共産党の若者サポーターがこれから演説をしたいとのこと、やすやすと、その場所をあけわたす私。30分ほど、その演説を聞く。演説区長ではない、おねえさんおばさんが、普通にしゃべっているような口調。その演説の間に、サポータースタッフに私の選挙ビラをわたし、しばらくして、このあと、私もこの街宣車の上にのりたい。そうお願いする私。
すると、サポータースタッフは、いいですよ、どうぞどうぞといってくれた。どんな考えをおもちなのか先ほどの選挙ビラで確認しましたので、どうぞどうぞとのこと。
これにはびっくり。女性の演説がおわって、さっそく、私一人、その改選者の中に乗り込む。大きな街宣車だけども、中は窮屈。ただ、腰をかがめていないと天井に頭がぶつかるという天井が低い字乗用車ではなく、大きなバスぐらいの天井。その街宣車に階段を3段ぐらいのぼってはいりこみ、さらに、そこから、街宣車のおくじょうのうえに、はしごでのぼる。急なはしご、いちおう、ステップは足をのせられる板ぐらいの幅があるけども、テスリは左側にしかない。
こんな急なはしごなのね。びっくり。そして、屋上にあがると、ここもまたせまい。屋上は、4つの大きな痛手四方をかこまれている。そして、足元にスピーカー。このスピーカーは自動で、屋上からさらに3メートルほど上にあがる。すごいスピーカー。
のぼりきって、足元にあるスピーカーを確認し、これをまたのばして、私にぜひスピーカーで話させてくださいとお願いする。

いや、それは、申し訳ありません。と断られる。選挙ビラだけでは、さすがにスピーカーで声を出すことまではゆるさないのね。
でも、屋上脳上で、バンザイをして、一応、下にいるガイドヘルパーさんが動画でとってくれた。貴重な経験だった。

はしごをおりて、車をでるときに、今度はぜひ、共産からでてください、そうすれば、この街宣車のスピーカーもつかえますととスタッフ。リクルートがうまいね。

それから、別のバスターミナルおりばにいって、街頭演説をしていると、公明党の人が30人ぐらいやってきて、1330から街頭演説をするので、場所をあけてください。もちろん、あけわたす私。公明党の街宣車のスピーカーはとtめお大きな音がでる。ビルの1階がピロティになっていてそこがバスおりばになっていて、声が反響するのね。その街頭演説の声がおおきすぎるのか、はげあたまのおじいさんが自転車にまたがりながら、やかましい、音がおおきすぎると、スピーカーの大きな声にまけないぐらいの怒声をあげる。すぐに公明党のスピーカーの音量さげられる。この対応の速ささすがだね。

その街頭演説を見学して、その後、百貨店と駅の渡り廊下通路のようなところで、街頭演説。反対側の渡り廊下通路では別の陣営が、生こえで、あいさつをずっとしている、通行人にあいさつをしている。

私は、反対側でハンドマイクをつかって、空にむかって演説。1時間ほど演説。演説していると、どんどん気分がのってくる、まるで、マラソンランナーのランナーズハイのよう、なんか、この世界が自分のたために存在しているような錯覚におちいる。どんどん、言葉が口からでてくる。いつの間にか、私の頭の中では、夜空の下、私がたったひとり空にさけんでいるというイメージ。まだ、まっぴるまなのに、なぜかそういう錯覚、時間の感覚がわからなくなるほどのハイ。障害者のいない市議会に障害者を、ぜひ、この目の見えない私を市議会に、1時間ほどのの演説、15時をすこしまわって、そろろやめようと、しめくくる私。すると、拍手がおこる。そして、また、1階のバスのりばからも拍手、そして、がんばれよーの声。うれしいね。てっきり、ボランティアさんが拍手をしてくれているのかとおもったら、そうじゃなく、通行人とバスをまっている人が拍手をしてくれた。7日間街頭演説をしていて、拍手をもらったのははじめて。これが、ステージにたつアイドルの気持ちなんだな、とても気持ちがいい、自分のコールにちゃんとレスポンスしてくれる、これが一体感というものなのか。これは
やみつきになるね。この拍手をもらったことだけで、また次回の選挙にも立候補して、また街頭演説したいとおもわせる。

ほんとは、20時まで街頭演説はOKなので次にまた場所をかえてやるつもりだったが、これで、私は街頭演説終了。この拍手をもらえて、ここで、おわったほうがいいなという判断。自分の考え、それを受け取り、そしてそれに賛同してくれる、それをしっかりこちらに伝えてくれる、このとき、私は、まるで、ハロプロのコンサートのステージにたつアイドルになれた。宮本佳林になれた。いい経験だった。顔も名前もしらない、通行人の人がたちどまって、私の演説をかくれてきいていて、最後に拍手をしてくれる。これほど、ありがたい、はじめての経験はなかった。

その後、、近所のサイゼリヤで食事。ジンジャエールとコーラ、アイスコーヒーがとてもおいしかった。

食べ終わって、ガイドヘルパーさんともわかれて、ひとり、バスで自宅にもどる。私の自宅の近くの駅では、いつも朝、駅だちしていた人が、声をガラガラにして、生こえであいさつをしている。駅の利用者に無差別あいさつ。その声がガラガラでだれかはじめはわからなかった。

その人にあいさつをして、私は歩いて家にかえる。家のまわりも、まだ街宣車が声をはりあげている。

18時すぎ、家にもどる。めずらしく、家のまわりをすこしまよってしまう。つかれのせいかな。でも、なんか、心はハイ、すがすがしい。自分の考え、気持ちを大声でさけぶということがこんなに気持ちがいいものだとはおもわなかった。家にかえって、ツイッターをみると、たまたまあなたの演説を聞きました、よかったです、投票しますというものもチラホラあった。うれしいね。コールにたいするレスポンス。コールアンドレスポンス。うやっぱり、この2つは2つで1つだね。

さて、いよいよ来月からハロプロのコンサートは声だし解禁。やっと、コールアンドレスポンスが復活するね。いかに客席のレスポンス、雄たけびが、舞台の上のメンバーにとってありがたいものか、市議会議員選挙に立候補し、街頭演説をしてそれがよくわかった私。大声で、また、カリーーンとさけびたいね。

つかれたけども、よい選挙戦だった。もっとネットや、専用ホームページをつくればよかったけど、そこまで手がまわらなかった。そこは、次回へもちこしだね。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

期日前投票に行って、ガストの平日ランチ700円を食べた。

2023-04-21 22:59:42 | 全盲視覚障害者と選挙
玄関からとびでる

市議会銀選挙6日目。ラス前。今朝は、家の近くの市役所前交差点で、たったひとりの街頭演説からスタート。朝はやいとガイドヘルパーさんがまにあわないので、ひとり、のぼりと、たすきもどきのサンドイッチ看板をを首にぶらさげて、家を出て、交差点に陣取る。

8時ちょうどを待つ。到着したのは7時55分。そこで、準備をして、8時を待つ。私のアップルウォッチは正確、8時になると、振動でおしえてくれる。
8時ちょうどの振動をまっていると。8時10秒前に、100メートルほどはなれたほどから、おはようございますと、街頭演説がスタート。ほかの陣営がいたのね。私は、8時になってから街頭演説をスタート。
その100メートル先の候補者は、私の最大のライバルの候補者。私が、同行援護裁判をおこしたときに、その相手となった役所の担当者。こちらは同行援護付き50時間ではなく年600時間の支給にしてくれと要望したのに、障碍者は繰り越し計算、時間管理ができないので、年単位はできない、その主張を市、私の主張にまっこうら否定したのが、この候補者。あきらかな障碍者差別発言。

私が、立候補した理由のひとつに、この障碍者差別発言を許さないためというのがある。

100メートルはなれた場所で、まったく方向の違う理念をもった二人の候補者、ひとりは、障碍者を個人として尊重することを主張する私。一方、障碍者を無能力者だとして権威的なパターナリズム的にしか見ない候補者。どっちが市議会銀に適しているかわかるね。
45分ほど街頭演説を、お互いやりあい。その後、ガイドヘルパーさんがやってきてくれて、こちらもやっと陣営の体制がととのう。
その後、役所の期日前投票会場へ。過去最多の52人の立候補者。職員に読み上げてもらう。転じのリストももらったけど、それを読むには時間がかかりすぎる。

職員によみあげてもらったところ。大阪維新10人、公明党9人、自民党7人、共産党5人、サンセイトウ3人、立件民主2人、国民民主1人、れいわ1人、市民を守る会1人、にほんだいいっとう1人、無所属12人。実にバラエティーに富んでいるね。

もちろん、私は転じで、自分の名前を書いて投票。

その後、公営ポスター掲示板の前で、動画を撮影し、その後、ガストへ。投票言って外食するんだの、モーニング娘。のザピース。でもまだ10時30分。

まだランチにははやいので、1時間、ガスト周辺の民家の路地をねりあるく。私、目の見えない盲人と、ガイドヘルパーさん二人で、のぼりをもって、ねりあるく、シュプレヒコールをあげながらあるく。街宣カーがはいってこれないような、路地裏をあるく。ぐるっとまわって、またガスト前にもどっててきて。平日ランチ700円、これに109円のセットドリンクバークーポン割引。809円の豪華のランチ。アジフライとチキンソテーのランチ。ごはん無料がうれしいね、あとドレッシングはなし。

投票言って外食したあと、いったん家に帰って、上着をぬいで、街をねりあるき。。昨日今日と26度と、夏日。あついね。長袖一枚で十分。
その後13時30分から、3時間ずっとあるくあるく、家からすこしはなれた水道局のほうまであるくあるく。声をあげながら歩く歩く。ガイドヘルパーさんに手引きしてもらってあるくあるく。
民家があつまった路地裏をあるいていると、女性の声、私をよびかける声。だれだろうとおもったら。がんばってくださいねと、視覚障害者団体の人。うれしいね。
私の声を聴いて、家のなかから飛び出してきてくれたのね。ありがたい。考えてみれば、昨日も、市民病院の横で街頭演説していたら、車道からバイクにのった女性が、選挙ビラくださいっていってきたし、その前の日は、小学校の前でお昼過ぎ街頭演説をしていたら、体操服の男子小学生がなぜか選挙ビラをもっていってくれた。うれしいね。

16時40分に自宅にもどってくる。今日もよくあるいた。ガラケーのらくらくガラホの歩数計を確認すると、なんと23000歩数。どうりで、足が筋肉痛のわけだ。

つかれたけども19時から、視覚障害者のズーム勉強会。しゅうろうけいぞくしえんAgA型で、視覚障害者をやとってマッサージ店を経営している人のおはなし。いままで視覚障害者の仕事はあんまマッサージだったけども、今や、晴眼者もあんまマッサージに参入してきて、視覚障害者はたちうちできない、自営業であんまマッサージをすることは難しい世の中。これからは、就労A型と視覚障害者がタッグをくんで、晴眼者のマッサージ店と対等に競争できるね。とても勉強になった。

さて、いよいよ明日が選挙戦最終日7日。明日もまた街をねりあるこう。
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

街宣カーがないのなら、ねりあるき、デモ行進

2023-04-20 22:22:13 | 全盲視覚障害者と選挙
5人組

市議会議員選挙5日目。今朝は、私の家の近くからの街頭演説スタートではなく、電車をのりついでからの朝いちばんの街頭演説。市民病院まえでの街頭演説。

昨日までつかっていたキャリーケース。その肩ひもがいつのまにかはずれてしまったので、つねに手に持っての移動。ボランティアさんに聞くと、この布製のキャリーケースは黒色。これは、私が10年前に宮本佳林のピンクのペンライト生誕祭でつかったキャリーケース。あれからもう11年もたつのね。その後、私は、Juice=Juiceの海外ツアーのため、あたらしいキャリーケースを買ったはず、。グレーのキャリーケース。

そのキャリーケースがみつかったのが、昨日の夜、中身をいれかえて、そのキャリーケースをしょって、朝、家を出る。そして、市民病院の最寄り駅について、さて街頭演説の準備をしようとリュックをひとりおろしてきずく、あれ? 大事なメガホン、拡声器がない。

メガホンを持ってくるのを忘れてしまった。新しいキャリーケースがみつかってうれしくて、肩にメガホンをかけてくるのを忘れてしまった。目の見えない私。網膜色素変性症な私。今から家にかえってもどってくると2時間以上かかる。
ということで、あとで合流するガイドヘルパーさんに、メガホンをとってきてもらうことにする。結局朝8時から11時までメガホンなしで、街頭演説。ずっと、宮本佳林の自分ファーストの曲を頭で再生させながらの街頭演説。この曲は、ほんと、勇気が出るよね。

お昼前に、やっとメガホンがとどいて、卒業した大学の正門で、街頭演説。30年前に入学した大学。30年前にはなかった点字ブロックが大学構内までつながっているのがうれしいね。
12時5分まえに、休憩ということで、ガイドヘルパーさんとボランティアさんで、ランチ。大学の学生食堂。たしか、昼休みは12時30分ぐらいからだったので、いまは、学生も少ないだろう、食堂もすいているだろうとおもう私。
だけど、食堂にいってみてびっくり、長蛇の列、別のおしゃれなカフェや、ほかの食堂も、全部、長蛇の列。店員が、列をさばくほどの長蛇の列。食堂の中では、また別の店員が、食べ終わったら、はやくでていってくださいてきなことを言っている。すごい繁盛。
こんなに、食堂って学生食堂って、客がおおかったのかなとびっくり。
そこで、気付く、今は4月、そう、大学1年生、新入学制が、ちゃんと大学にくる時期、なので、おもいだした私、4月は食堂がこむのね。昔もそうだった。ゴールデンウィークすぎたら、この食堂の長蛇の列がなくなるのよね。
大学をあるいて、博多弁の女子学生が、先輩の男子学生と一緒に食堂へ。博多弁をはずかしそうにしゃべる女子学生と、それをかわいいという男子大学生。青春そのものだね。なんかほほえましいし、センチメンタルだね。あほな男子大学生2人が、食堂の前で、いきなり、新1年制いますかー、と呼びかけしていた、何かのサークルの勧誘なのだろうけど、実に、おおざっぱで、ざつなよびこみだった。若いね。実にいとおしい。

さすがに、大学の中では、街頭演説はできないので、大学の外にでてから、タスキのサンドイッチ看板を胸に下げて、のぼりをもって、町をねりあるき。

昔、私が大学生のころ、卒業後12年ほどくらした下宿の近所をねりあるく。なつかしいね。でも、安い50円の自販機があった、小売りのお店とか、池とかもなくなっていて、時のながれを感じた。スーパーの近くで、街頭演説をしようと、陣取っていたら、むこうから、5人組の若い男性が1列になって、こちらにむかってくる。なにか、さけびながら、こっちにむかってくる。
だれだれをよろしくオネガイシマース。
先頭の男性がさけぶと、続けて、タイミングよおく、後ろの4人が、ヨロシクオネガイシマースと叫ぶ。実におもしろい、声出し隊。こっちにむかってこず、路地にはいっていた5人組。

これだ、私も、街頭演説ではなく、やるべきことはこれだ、ガイドヘルパーさんと二人で、隊列をくんで、ねりあるき、シュプレヒコール。

ということで夕方からは2時間ずっと、あるきっぱなし。歩きながら、メガホンで、自分の名前と、大学卒業、中途視覚障害者、盲人初の議員を連呼。このやり方が一番私にあっているかな。街宣カーをもっていない私、でも、街宣カーがはいれない路地でも、私とガイドヘルパーさんならはいっていける。

選挙戦5日目にして、やっと、私の、選挙手法がみつかったね。街宣カーのない候補者のたたかいは練り歩き、デモだね。

考えてみると50人以上の立候補者の中で、街宣カーをもっている人は、30人もいない。街宣カーを借りて、自動車運転手、ウグイスじょうをやとうには、おそらく100万はかかる。これだけの費用と、人を調達できる陣営って半分ぐらいなのよね。いくら、得票数がおおければ、落選しても、その自動車借り上げ料の補助金がもらえるとしても、なかなか街宣カー使えないよね。

ということで、明日から、私の選挙戦は、
たちどまっての街頭演説ではなく、ずっと歩いて、町をねりあるいて、路地をねりあるいての、声出し活動だね。がんばるぞっと。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする