deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

25・モアイ像

2020-07-27 07:39:46 | Weblog
 北海道に来ないか?と、大学の彫刻科時代の先輩から誘いがあった。いとーさんという、ラグビー部でもお世話になった、気のいいひとだ。木彫専攻だった彼は、地元の北海道に帰り、彫刻家として活躍をしている。
「いいバイトがあるんだ。旅費も出るし、バイト期間中はうちに滞在すればいいし、気楽に休み放題に働ける現場で、日給は三万円。どう?」
 なぬー。
「いきますいきます!」
 もちろん二つ返事だ。しかし、本当にそんなおいしい話があるものなのか?まゆにツバをつけながら聞いてみれば、札幌の郊外(なのか?)の真駒内というところに石材屋を兼ねた広大な霊園があり、そこのオーナーからの依頼で、若い石彫家を集めているのだという。墓石でも彫るのかと思いきや・・・
「モアイ像を彫るんだ」
 奇特なひとがいるものだ。体高四メートルものモアイ像を四体、霊園の入り口に据えたいのだそうな。そして、ああ、なんと素晴らしい創意だろう、像の前に立つとセンサーが反応し、「ぽくぽくぽく、なーむなーむ・・・」のようなお経が流れるようにしたいのだと。まだバブル経済は続いているらしい。こんな素敵なことを考え、実現させてしまうひとがいるのだ。しかし、面白そうではないか。いとーさんとはラグビー部で顔のつながっているオータにも声を掛けた。この男は油絵科出身だが、今ではテレビ番組の大道具制作で巨大な立体造形を担当している。打ってつけのバイトだ。早速航空券をふたり分取り、初めて搭乗する飛行機で現地に駆けつけた。
 現場にいたのは、いとーさんと、彫刻科の後輩・タナカ、そして別チャンネルから派遣された一名、というメンバーだった。ひとまず、この少人数で仕事を進めていくことになる。広々とひらけた芝生のスペースには、すでに四メートルもの直方体に整えられた石柱が立っており、その周囲に足場も組まれている。傍らにエア式の削岩機があり、まずはこいつで角を落として、その後に石ノミでガンガンと粗彫りにしていく。石は砂質で、ノミを打ち込めば容易に形になっていく。これは面白そうな仕事だ。久し振りの石彫りに、胸が高まる・・・が、卒業後の文系生活で、体力が恐ろしく落ちている。ちゃんとできるのか?
「無理しなくてもいいぞ」
 いとーさんは心優しく、寛大だ。30分も仕事をすれば、30分休憩となる。ポカポカ陽気の心地いい気候だ。北海道の乾いた空気は、どこまでも透き通っていて素晴らしい。芝生の草いきれも気持ちいい。ラグビーボールも転がっている。ほとんど一日を遊んで過ごすようなものだ。昼メシには札幌市内で有名ラーメン店をめぐり、夜には北海の幸を堪能した。全部が経費だ。生まれて初めてフーゾクというやつにも連れていかれ、ぼったくられて走って逃げたりもした。このぼったくられ分も経費で落ちた。こんなしあわせな日々を過ごさせてもらっていいのだろうか?
 それにしても、体力の落ち方が尋常ではない。学生時代は、一日中げんのう(大振りなトンカチ)を振り上げ、打ち下ろし、その後にラグビーの部活でどつき合い、百回倒れて起き上がり、その上に朝まで酒を飲んで、疲れることを知らなかった。それが今や、軽めのげんのうをノミ尻に十回叩きつけるだけでへとへとだ。エア削岩機のパワーがまたえげつない。小型ガトリング砲のようなこいつを横に向けて構え、コンプレッサーの力でドガガガ・・・と石をハツっていくわけだが、重い上に激しい振動がきて、持っていられない。なんと情けない話だが、モアイの腹をくすぐっては休み、目ン玉をほじくっては寝そべり、少し働いては腹を空かすばかりだ。それでも、モアイ像は日に日に形になっていく。見上げれば、なかなかの面構えではないか。こうして数週間ほど、北の大地のお世話になり、うまいものをたらふく食って、その上に大枚までせしめ、素晴らしい休暇を過ごしたのだった。
 その十数年後・・・真駒内を訪れる機会があったので、霊園に立ち寄ってみたのだ。あのモアイ像は、まだ入り口に立っているのであろうか・・・?
「うっ・・・」
 絶句してしまった。モアイ像が、数十基に増えていたのだ。見渡す限りに、と言っていい。オレたちがつくったものよりもはるかに大きなものが、ずらりと並んでいる。あの社長のバブル期は、まだ続いているようだ。みなさんもその地に行った際には、足を運んでみるといい。すごくバカバカしい光景だから。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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