谷川連峰に向かって右手に赤城山、左手に榛名山。その姿はまるで山の神を護る風神雷神の様である。
その間を流れる坂東太郎によって作り出された扇状地。群馬総社。
関東平野はここから始まる。
そして大衆そばうどんもここから始まる。
田村製麺。大衆そばうどんの源流である。
創業から100年強。
元々はこの一帯から集められる小麦粉や蕎麦粉の製粉業を生業としていたという。 大量の穀物を集め、管理できるということは、力も信頼もあった地元の名士であったのだろう。少し話しを伺った娘さんもどこか毅然とされた振る舞いが素敵であった。
そして時代と共に、乾麺作り、そしてうどんそばの弁当販売を主力としていったのだと。
つまり、坂東太郎が作り出した肥沃な大地に育つ穀物が、うどんそばを主食のひとつに押し上げていく過程の中心に、この田村製麺があったということになる。
その店頭では、開店から閉店まで、ひっきりなしに地元の人が訪れては次々と思い思いの弁当を注文し、持ち帰ってゆく姿があった。
電話予約の弁当も山積みに準備されている。
この小さな町で、いったいどれだけこの弁当が食されているのだろう。はっきり言って驚きだ。
これだけ大衆食としてうどんそばが根付いた光景を見たことがない。
立ち食いそばファン、大衆食ファンであれば、これを眺めているだけで嬉しい心持ちになろうと言うものである。
その弁当は、まず、そば、うどん、太うどんの3種類から麺を選ぶ。相盛りも可能だ。汁が冷温選べるところもユニークである。
そして天ぷらを選ぶ。うどんと一緒に食べるという北関東特有のきんぴらもある。
今回はうどんとそばの相盛りを冷汁で、そしてエリンギ天と舞茸天を買い求めた。410円。
その弁当を持って、自分は赤城と坂東太郎を見渡す近くの土手に腰を下ろした。
弁当という事は、無論ゆでめんなのだが、そのいきいきとした麺の表情が素晴らしい。
そして出汁が香るというよりはかえしのうまさと照りが前面に出た汁。
しかしこれがまたたまらないうまさなのである。
このバランス。そばというよりはうどんを意識したバランス。否、そうではない。江戸っ子のベクトルだとそう評されるかもしれないが、これはうどんでもそばでもオールマイティな、北関東が誇る汁なのだ。
これらが遥かな時間と距離を経て、我々が日頃口にする東京の大衆そばうどん、立ち食いそばへと流布していく。
そう、坂東太郎の流れと共に、この広大な平野の隅々へと。
この地と、この地に住まう人々の遥かなる営みが生んだそばうどん弁当。
なにか心の底からこみ上げてくるような感動があるのである。
その間を流れる坂東太郎によって作り出された扇状地。群馬総社。
関東平野はここから始まる。
そして大衆そばうどんもここから始まる。
田村製麺。大衆そばうどんの源流である。
創業から100年強。
元々はこの一帯から集められる小麦粉や蕎麦粉の製粉業を生業としていたという。 大量の穀物を集め、管理できるということは、力も信頼もあった地元の名士であったのだろう。少し話しを伺った娘さんもどこか毅然とされた振る舞いが素敵であった。
そして時代と共に、乾麺作り、そしてうどんそばの弁当販売を主力としていったのだと。
つまり、坂東太郎が作り出した肥沃な大地に育つ穀物が、うどんそばを主食のひとつに押し上げていく過程の中心に、この田村製麺があったということになる。
その店頭では、開店から閉店まで、ひっきりなしに地元の人が訪れては次々と思い思いの弁当を注文し、持ち帰ってゆく姿があった。
電話予約の弁当も山積みに準備されている。
この小さな町で、いったいどれだけこの弁当が食されているのだろう。はっきり言って驚きだ。
これだけ大衆食としてうどんそばが根付いた光景を見たことがない。
立ち食いそばファン、大衆食ファンであれば、これを眺めているだけで嬉しい心持ちになろうと言うものである。
その弁当は、まず、そば、うどん、太うどんの3種類から麺を選ぶ。相盛りも可能だ。汁が冷温選べるところもユニークである。
そして天ぷらを選ぶ。うどんと一緒に食べるという北関東特有のきんぴらもある。
今回はうどんとそばの相盛りを冷汁で、そしてエリンギ天と舞茸天を買い求めた。410円。
その弁当を持って、自分は赤城と坂東太郎を見渡す近くの土手に腰を下ろした。
弁当という事は、無論ゆでめんなのだが、そのいきいきとした麺の表情が素晴らしい。
そして出汁が香るというよりはかえしのうまさと照りが前面に出た汁。
しかしこれがまたたまらないうまさなのである。
このバランス。そばというよりはうどんを意識したバランス。否、そうではない。江戸っ子のベクトルだとそう評されるかもしれないが、これはうどんでもそばでもオールマイティな、北関東が誇る汁なのだ。
これらが遥かな時間と距離を経て、我々が日頃口にする東京の大衆そばうどん、立ち食いそばへと流布していく。
そう、坂東太郎の流れと共に、この広大な平野の隅々へと。
この地と、この地に住まう人々の遥かなる営みが生んだそばうどん弁当。
なにか心の底からこみ上げてくるような感動があるのである。
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