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鄭州鉄道日記

河南省鄭州市で働いています。中国鉄道交通の要衝であるこの街から、中国の鉄道の情報を発信していければと思います。

やはり広鉄集団って・・・ K48次 広州→上海南 2006年11月25日  in中国

2007年11月27日 21時54分52秒 | 06秋海口・香港・広州

当時、杭州-金華西-鷹譚-向塘-株洲にかけての路線は、山がちな地形の中で、直線化を図るべく一大改造が進みつつあり、その影響で非常に時間が掛かっていた。例えば、07年11月現在、上海・広州東間の最速列車T99/100次は所要時間17時間だが、当時はK99/100次として24時間掛かった。そして今回乗車するK48次は27時間である。

9:14発なので8時には駅に入る。ちょうどこの日から兵運が始まったので、待合室は軍人や武装警官で賑わっている。

兵運:季節の変わり目に行われる兵員の大移動。任地移動もあれば退役もあり、一方で新参の兵も見られる。基本的には新参兵は硬座、退役兵は硬臥で移動するようだ。

待合室で見覚えのある人を見かける。と、思ったら向こうから話しかけてきた。そう、上海大学の留学生だったのだ。黄山の修学旅行は定員があり、行きたくても行けない人は多いが、わざわざ個人で旅行しに来た人も他にいたんですね。ただA班の人ということもあり、慣れていないのか持っていたのは硬座。かわいそうに。昨日の段階でも有だったのに。


ホームに出るとお馴染みの25G型が待っている。かなりくたびれた感じだ。しかも15号車なのでかなり端の方。この列車にも軍人が大勢乗っていて、硬臥の3割は軍人といった感じだ。
試験走行で、中国最速を記録しているSS8型電気機関車に引っ張られて広州駅を発車し一路京広線を北上する。

この列車は広州鉄路集団広州客運段所属。食堂車がひどいことで有名な広鉄集団所属ということで期待はしていないが、一応食堂車に行く。だが15号車からはさすがに遠かった。食堂車の案内放送が会った際、周りの客が「そんなこと言われてもこんな遠くからなんて行く気にもならん」と言っていたが、確かにその通り。

食堂車は期待を裏切らないひどさだった。肉料理で一番安いのは18元、しかも牛肉叉焼の薄切りにラー油を掛けただけというものだ。他の料理は軒並み30元する。さすが広鉄集団だ。にもかかわらず、軍人で非常に賑わっていた。


しばらくすると湖南省に入るどこの駅でもおいしそうな駅弁が売っていた。今思うと全駅食べ比べをしてもよかったような・・・
夕刻、若干遅れているものの株洲に到着。ここの駅弁を購入し晩飯とした。
現在はこのタイミングで株洲に着けば翌朝には上海だが、当時着くのは昼過ぎ・・・事情を知っているせいか余計長く感じる。


翌日は25分早く上海南に着いたので良かったといえばよかった。が、旅行前と比べて、上海の気温はかなり下がっていた。海南島まで行ったせいか余計寒く感じる。当然風邪引きました。



※現在、K47/48次は上海南・三亜間に延伸され列車番号もK500番台に変わっています。同区間には輸送力確保のため、臨時列車が運行されています。臨時列車と言っても、かつての上海深セン間のように毎日運行で、車両も特快と同じ25K型です。ただ時間はかかります。(25時間)時刻表は以下の通りです
L65次時刻


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香港突撃 しかし・・・

2007年11月27日 17時11分40秒 | 06秋海口・香港・広州

香港は中国に返還されて10年になる。が、特別行政区という性格上、今でも香港と中国の間には国境(みたいなもの)がある。なので広州と本土を結ぶ鉄道も国際列車(みたいなもの)になるので、出入国審査が必要となっている。今回は広州東と香港を結ぶ直通列車で香港を訪れた。
なお広州東~香港の列車は現在、中国製の25Z型と日本の近畿車輛製のKTTが使用されている。自分が乗ったのは往復共にKTTだった。(当時はスウェーデン製のX2000もあった)

国旅酒店にチェックイン後シャワーを浴びてすぐ出発した。広州駅から地下鉄を乗り継ぎ広州東駅に向かう。広州の地下鉄は非常に駅がきれいだ。
広州東駅に到着後、専用切符売場で切符を購入。KTTの一等軟座で1階席だったが、頼んだら2階席に変えてくれた。ただ買えるはずの復路切符は「香港で買え」と一蹴され購入できず・・・

出国して待合室で待機後、ホームに降りて乗車する。KTTは日本製だけあって、外装、内装共にレベルが高いが、椅子が固定式なのが難点か。ただKTTは所属が香港側なので列車員は優秀だし、この区間の乗車できる人は限られてくるので乗客の質も高い。
広深鉄路を走ること1時間ほどで深セン駅を通過し、羅湖のイミグレの脇を通り、香港側に入る。香港側は通勤路線KCRを通ることになるので、スピードもダウン。結局5本ほど遅れて香港のホンハム駅に到着し、6年ぶりの香港入境と相成った。

とりあえず、香港に到着したがお腹も減ったので、駅のマックに入る。並んでいるうちに店員が注文をとりに来たので、伝えると紙に買い手渡してきた。これをレジに渡せということらしい。順番がまわってきたので紙を渡す。すると・・・

店員:○×□△※□○!!?(広東語)
自分:????な、何?(普通話)
店員:(隣りの列の客に向かって)○×□△※□○?
客 :ここで食べるんですか?

あ~そういう事ね。変換から10年近くが経ち、だいたい普通話が通じるようになったと聞いていたが、そうでもないようだ。というより香港なんだから英語使えばって話だけども、自分英語は全然だめなんですよ 英検3級です。TOEIC?怖くて受けれません。

とりあえず歩いて香港島が見渡せる海沿いに到達。以前香港に来た時は九龍シャングリラに泊まったので、なかなか懐かしい場所だ。だがとにかく物価が高い。
MTRの九龍駅まで歩き、そこから香港ディズニーランドを目指す。途中ディズニーランドに行く路線に乗り換え、到着。だがお金も時間も無いので正門の写真を撮るだけに終わった。そもそもネズミ島に興味はないんで。日本のも12年くらい行ってません。


物価の高さに耐え切れず、香港島にも渡らず広州へ帰ることにした。ホンハム駅で切符を購入し、そのまま出境。復路もKTTだった。なお当時はスウェーデン製のX2000も運用されていたが、既に整備不良から最高速度も160キロとなっていたし、振子式で車内が狭く、そのくせ全席特等軟座で高いので乗らなかった。
ホンハム駅は店なども整備されていて非常に充実している。中国の駅にはない雰囲気だ。(ただ最近は深セン駅や広州東駅などはかなり整備されてきている)

再びKCRと広深鉄路を経由して広州東に到着。地下鉄を乗り継いでホテルに帰りましたとさ。


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海口 そしてK408次で広州へ 06年11月22・23日

2007年11月26日 20時25分44秒 | 06秋海口・香港・広州

わざわざ車中2連泊(しかも乗り継ぎ)して来たにも関わらず、海口には1泊しかしなかった。というよりこの旅行、全6泊の中でホテルは海口・広州の各1泊のみで後の4泊全て車中泊だ。
とりあえず中心部の2つ星ホテルに入る。1泊100元。海軍の招待所だった。(当時はビジネスホテルを探すという発想は持ち合わせていなかった)



海口は、というより海南島は他の中国にはない南国情緒漂う場所。どちらかというと東南アジアに近い感じだ。街には老街というエリアがあり、19~20世紀前半にかけて造られた洋風の建物が並んでいる。ただ完全な居住・商業エリアになっており、お世辞にもきれいとは言えない。これをもう少しきれいにすれば良いスポットになると思うのだが…

夕食は海南島の名物料理「文昌鶏」を食べた。といってもかなり安い物だが。最近、日本で密かなブームになりつつあるとサンデー毎日に書いてあったが、本当なのだろうか。




翌日はあいにくの曇り空だったが海岸線に沿って駅に続く道を歩く。

ひたすら歩く。かなり行ったところにシェラトンホテルがあった。たまにはセレブな気分をということで、ホテルの喫茶店でコーヒーを飲み街へ帰った。


夕刻、タクシーで海口駅に向かった。運ちゃんは訛りがひどく言っていることがほとんどわからない。自分の「海口火車站」もなかなか通じなかった。聞き取れたところと言えば、街中の時点で「発車までまだ50分、早いだろう」。改札開始は30分前くらいなんだよ!



再び海峡列車で大陸へ戻る。当時は食堂車がなかったので、夕食が食べれず空腹で仕方なかったが、なんとか翌朝広州に到着。駅前の国旅酒店にチェックインした。

続く

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海峡列車 K407次 広州→海口 06年11月21日

2007年11月25日 20時41分28秒 | 06秋海口・香港・広州

04年に開業した粤海鉄路。鉄路と言っても粤海1号で海上輸送されるのが主なので、線路はわずかだ。(現在は三亜まで延伸している)

広州駅は最近大規模な改修をしたので、駅舎の外装と内装はかなりきれいになっている。だが、ホームへの通路とホームは汚いまま。ホームが底上げされているのがせめてもの救いか。

車両はかなりくたびれた25G型で、食堂車は連結されていない。デッキには椰子の実の描かれた絨毯がひかれていた。なんと軟臥は旧東独製のRW24だ。軟臥にしておけばよかったと後悔する。
22:46、雨が降りしきる中を列車は西に向けて動き出す。20分ほどで次の停車駅仏山に到着。この駅を出た後消灯と相成った。




翌日、目覚めると列車は雷州半島を南に向けて走っていた。ここは既に中国の大陸最南端の地だ。周辺に広がるバナナ畑が南国情緒を感じさせる。
7:40、大陸側最後の(客扱いをする)停車駅徐聞に到着。ホームに降りると南国っぽい空気、虫や鳥の鳴き声を感じた。埼玉県民にはたまらない雰囲気だ。駅の周りは数軒の民家があるだけなので降りる客はほとんどおらず、わずか2本で発車となる。

徐聞を出た列車は非常にゆっくりとしたスピードで南へ向かい大陸最南端の海安南駅に到着した。ここで分割作業を行いフェリーに積み込むことになる。
分割・積み込みの手順は次の通り

1:電源車の電源を切る

2:編成を真ん中で分割

3:2編成をフェリーに繋がる複線の線路に並べる

4:複々線になっているフェリー内部の各外側線に各編成を後部から機関車で押し込む



5:押し込み完了後、各編成を2分割し、後退する

6:フェリーの内側線にそれぞれを押し込む

7:フェリーの電源に接続


分割開始から積み込み完了までは電源が切れるのでエアコンと照明は消えます。全開に開けた窓から中国人客が写真を撮っているのが印象的だった。(当然自分も撮ったが)
運行開始直後はトイレは全て使えず、フェリー乗組員の厳しい監視の下で少ないフェリーのトイレに並ばねばならなかったが、現在は1両おきにトイレに下水ホースを接続することで車内のトイレが使える。まあ集便タンクのある車両を使えば良いだけの話なのだが。

フェリーに揺られること1時間、中国のハワイ海南島に到着。海口駅は目と鼻の先なのだが、わざわざ連結作業をするので、時間が掛かる。非常に無駄な時間だ。三亜まで運行している現在はともかく、海口止まりだった当時なら4分割を2分割に連結した状態で別々のホーム入線してもよかったはずだ。

ともかく海口駅に到着。帰りの切符を購入し、駅前から路線バスに乗り市内へと向かった。

続く

※現在は広州のほかに北京西と上海から直通列車があります。全て三亜の発着です。


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臨時列車の宿命 L139次上海南→深セン  06年11月20日

2007年11月25日 04時02分04秒 | 06秋海口・香港・広州


長いこと上海と深センには直通列車がなかった。そんな中で春運の臨時列車として運行されていたのがL139次だ。結局乗車率が良かったことから06年の春運終了後も半ば定期列車のような感じで運行されるようになっていた。
また通常は臨時列車というと古い22型を引っ張り出して運行というイメージだが、この列車は特快と同じ25K型を使用している。所属は広東省で広州深セン間の広深鉄路を運行している広深鉄路公司。広深鉄路は中国国鉄の広州鉄路集団(鉄路局)から独立し、香港の株式市場にも上場している会社だ。

切符は意味もなく発売開始日に購入していた。14号車の硬臥下段だ。当日は14:43発なので授業終了後シャワーを浴びてすぐ出発した。断っておくが、翌日から修学旅行で授業は休みなので、授業はサボっていない。

地下鉄1号線で上海南駅に到着。この駅を利用するのは今回が初めてだ。が、すでに改札が始まっていた(早すぎ!)ので、見学も満足にできずホームに降りる。
四方機車車輌製主体のL139次が停車していた。悲しいかな閑散期ということで、編成が短くなっており、隣りは17号車の宿営車であった。

定刻通りに上海南駅を出発したが、それもつかの間、上海・南京方面からの線路と合流する春電で寧波行き特快の通過待ち。これが臨時の痛いところだ。下手すると貨物列車にも抜かれそうな遅さだ。3時間掛けて杭州東駅に到着。乗車前お金を下ろし忘れて金欠だったので、ホームで売っていた弁当と煮卵を購入し夕食とした。

まだ杭州から金華西にかけての新線は完成していないので、所々行き違いがある。これの改善は07年4月の高速化まで待つことになる。金華西を出たあたりで就寝した。



翌日起きると列車は江西省南部を走行していた。途中向唐でスイッチバックしており、進行方向が変わっていた。杭州東で買った煮卵を朝食代わりとした。今走っている路線は京九線と言い、過密化した京広線を補完するために90年代に建設された比較的新しい路線だ。日本の地図帳なんかだと、「京九鉄道」と太線で線路が引かれて、北京を香港を結ぶ主力路線の様に書かれているが、今でも大動脈は京広線だ。北京西香港直通列車も京広線を通る。通過する省都が南昌だけの京九線はどちらかというと貨物列車が主体で旅客列車は少ない。(全線複線だが非電化)

この辺りは総じて山がちな地形なので列車もゆっくりと走る。この山地が広東省と華中・華北を結ぶ交通機関のボトルネックになっている。
昼食時になったので、食堂車で作った套餐の販売に来た。後に乗る事になるT212次もそうだが、広深鉄路公司の長距離列車の套餐は結構洗練されていてレベルが高い。まあ田舎の列車の味の濃い套餐もそれはそれで好きだが。

広東省最初の停車駅龍川に到着。ここは福建省方面からの路線が合流する駅だ。山や谷に囲まれた狭い場所にある。当然貨物ヤードがあるが、ハンプを造るスペースがなかったのか、この規模では珍しく突放で仕訳けをしていた。
列車は早いんだか早くないんだかよくわからない速度で走る。以前ボーゲン隊長が乗車した際は2時間くらい遅れたらしいが、今日はほとんど遅れていない。

東莞東を通過してしばらくすると広深鉄路に合流する。まもなく深セン、時間通りに着きそうだ。ところが樟木頭に臨時停車。広深鉄路の准高速や香港行きの直通列車のごぼう抜きを受ける。これが臨時列車の宿命だ。

結局22分の遅れで深センに到着した。まず長距離列車売場で当日のK407次硬臥を購入。ただ上段しかなかった。その後広深鉄路の准高速で広州へ向かった。

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粤海1号で行く海南島

2007年11月24日 14時20分05秒 | 06秋海口・香港・広州


もう1年も前の話ですが、上海大学の修学旅行(黄山)の期間は授業が休みだったので、1人で深セン・広州・海口・香港に行っていました。目玉は中国のハワイ海南島に列車ごと渡れる「粤海1号」です。

※当時は、上海深セン間が臨時列車扱いで26時間掛かり(現在は特快で17時間)、海南島行きの鉄道は海口までで、今とは状況がかなり違います。

日程(06年)
11月20日:上海南発深セン行きL139次に乗車
11月21日:夕方深セン着。深セン駅で当日のK407次硬臥を購入し、広深鉄路で広州へ
        広州発海口行きK407次に乗車
11月23日:早朝、フェリー「粤海1号」に列車ごと積み込まれ海南島に渡る。海口泊
11月24日:夕刻、海口発広州行きK408次に乗車。再び粤海1号に積み込まれる。
11月25日:広州に到着。昼間はKTTに乗って香港に行く
11月26日:広州発上海南行きK48次(現在は上海南三亜間の快速)に乗車
11月27日:11時、20分早く上海南に到着

今月中には旅行記を書ききれるでしょう