緑皮車の客車区

ある大学生の非日常、旅行記、Trainz、FS、その他ゲームとの戯れなどなど・・・

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【ポーランド】クラクフ→オシフィエンチム【ローカル列車の旅】

2013年09月23日 16時13分37秒 | 2013年春 中欧
ここクラクフで、ウクライナから少しずつ疲れ始めていたのだが、ポーランドでバックパッカーなら一度は経験する、旅の中だるみに突入していた。

なんていうのか、感覚が麻痺してきて、旅に飽きてくる。旅のワクワクは消え、ドミトリーで目覚めたあとの朝の光景は、怠惰な日常風景と化し、起きるのめんどくせ、観光めんどくせ、などと考えるようになってきた。部屋にこもり、ベッドの上でもう帰りたい、もう何もしたくないなどと考えるようになってきていた。頭の中に「沈没」という二文字が浮かんでくる。

ヨーロッパ人は、英語をうまくはないが、ペラペラしゃべる。それで、ドミトリーでの会話が盛り上がる。僕は英語があまりうまくないので、仲間の輪に加われない。寂しい思いをするが、ここまでくると、人と関わるのもめんどくさくなってくる。

とにかく、動きたくない。疲れた。日本に帰りたい・・・。そう思うときが一度はあるものだ。ケータイのSDカードが壊れたのもあるのかもしれない。とにかくブルーになっていた。


翌朝、気をとりなおして駅へ。これは鉄オタなら見逃せない列車の編成表。

インフォメーションではなく、普通の窓口で切符を購入する。オバチャンに「To Oswiencim,1 way, local train」というが、オスウィエンチムしか通じてないらしく、余計なことを言うと「は!?」みたいな顔をされて、同じことを繰り返すと、「Oswiencim!? Oswiencim!?」と睨まれながら言われる。インフォメーションセンターの対応はいいけど、普通の窓口だとやっぱり旧東側だw


アウシュビッツまではバスでも行けるんだが、電車のほうが安いし、なによりも、普通電車に乗ってみたかった。今回乗るのは、このEN71型。1970年代にポーランドで生産された車両で、ユーゴスラビアやチェコスロバキアにも輸出されている。この電車のメーカーのPafawagという、ヴロツワフにあった国営企業は、今はボンバルディア・トランスポーテーションに吸収されている。


電車は、ボソボソとした田舎の単線地帯ををゆっくり進んでいく。

走っているときに、踏切をいくつか見つけたわけだが、ポーランドでは、今でも踏切は有人のところが多い。列車が通るたびに、踏切小屋からオバチャンが出てきて、列車を見送っているのが見える。


電車は駅でもないところに何度も停車しながら、この駅にたどり着いた。ここで、30分も停車していた。目的はこの電車の待ち合わせだ。こちらの電車と比べて、古めでさらに社会主義な感じがする電車である。


と思ったら、こっちと同じEN71型だった。コルゲートの有無や内装の違いなど、製造年代によっていろいろとバリエーションがあるらしい。


内装はこんな感じ。クロスシートで、デッキとトイレもある。常に電気が消えていて暗い。


多くの貨物列車とすれ違う。写真には取れなかったが、石炭列車が目立った。そう、クラクフとヴロツロフの周辺には、石炭がよくとれ、ポーランドの工業地帯にもなっているのだ。シロンスク炭田といって、大学入試の地理の勉強で出てくるところだ。


こちらは、PKP CargoのET22電気機関車だ。これも社会主義時代に、さっきのEN71型電車と同じ会社で作られたポーランド製である。

ポーランドの列車の頭文字はわかりやすい。Eはいうまでもなく電気のEなのだが、Pは旅客用、Tは貨物用、Uは併用といった感じである。電車の場合は、ENなら高床式ホーム対応電車、EWは低床式用、EDは長距離用といったように、日本のモハやクハ、中国のDFやYZのように、頭文字で役割がわかるようになっている。

詳しくは、こちらのウィキペディアのページを参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/Polish_locomotives_designation


ポーランドでは、少し大きい駅になると、こんな感じの管制塔みたいな建物が見られる。これは旧東ドイツでも見かけた。おそらく、駅のポイントなどを制御する、列車の管制室なのだろうが、独特である。

わかりやすい列車種別に、広大な国土、TLKといった格安急行の存在、有人踏切や管制塔など、ポーランドの鉄道は独特なところが多い。旧ソ連のように、写真撮影でとやかくいわれることはないし、ポーランドは鉄っちゃんにとって意外とおすすめの国なのかもしれない。

ただ、ひとつよくないところは、ポーランドの鉄道は治安があまりよくないことだ。外国人を専門に狙った窃盗団がいるという。ほかの東欧諸国もスリや強盗など、悪い噂が多いが、ポーランドは特に列車の治安がよくないらしい。なかでも、プラハとクラクフのルートが要注意なんだとか。

その後はオシフィエンチムに到着したが、帰りの列車は午後に3本ぐらいしかなかったような気がする。意外と不便なところにあるのだ。アウシュビッツを観光したあとは、バスでクラクフに戻った。


今日は短めの投稿。こちらはポーランドのビール。次は、いよいよドイツに戻ります。
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【TLK13105】ワルシャワ→クラクフ【高速新線】

2013年09月22日 17時11分49秒 | 2013年春 中欧
ワルシャワ観光については省略します。個人的な感想、ワルシャワにはみどころはあまりありません・・・。一日でじゅうぶんです。

ワルシャワから、有名なアウシュビッツの近くにある都市、クラクフに向かいます。これは、ナチスが蹂躙したポーランドでも、破壊を免れた数少ない都市のひとつ。日本でいう京都にあたる都市ですね。ポーランド第二の都市でもあります。

クラクフまでの切符は、駅のインフォメーションセンターで買いました。ポーランド国鉄のインフォメーションセンターは、対応がとても丁寧、親切で、これまでのヨーロッパでも印象が一番よかったですね。ドイツのDBよりも親切だった気がします。ちなみに、一般の窓口の対応は、英語通じないし、無愛想だし、社会主義そのものですw


ワルシャワのトラムで、駅まで行こうとするが、券売機が硬貨を受け付けない、タッチパネルがいかれているなど、ポンコツそのもので、切符を買うことができなかった。改札ないし、無賃乗車もできないことはないんだが、罰金が怖いので歩いていくことにした。RUFとよばれるキオスクでも切符は売っているんだが、店番がオバチャンの場合は英語は通じないし、日曜日は全部閉まる・・・

ヨーロッパの公共交通機関は、路線図こそ書いてあるものの、券売機がポンコツだったり、切符がゾーン制や時間制でわかりにくかったりと、いろいろ不便が目立つのだ。地下鉄は、どっちの列車がどこ方面に行き、次の駅はどこかという表示は全くない。おまけに、運賃が東欧でも日本並みに高い。キエフの地下鉄やバスは、そこらへんの問題点があまりなくて、けっこうつかいやすかった。


ワルシャワ観光中に撮ったトラムの内部だけど、こんな感じ。

ワルシャワはとにかく寒い。零下10度ぐらいはあっただろうか。ヒートテックを着こんでいても、足が痛くなるぐらい寒いのだ。外にいるだけで辛かった。今回の旅で、寒さが一番寒かったところだった。早々と、寒さが多少はマシな駅構内に逃げ込む。


ポーランド国鉄の旅客部門のひとつ、PKP IntercityのEP09型電気機関車を先頭に、乗る予定の列車が入線。


ポーランドの鉄道に多い客車はこの2色!緑のほうが、コンパートメントで、白いほうが集団離反型リクライニングシートのことが多い。


ポーランドではこんな感じのサボが主流。TLK13015号という格安急行。18って書いてあるけど、18両もつながっているわけではない。

TLKは、PKP Intercityが運行する格安急行。中欧、東欧といっても、ポーランド、チェコあたりになってくると、鉄道の運賃はけっこう高くなってくる。そんなときに役立つのが、この格安急行だ。これを使えば、ワルシャワからクラクフまでの300キロほどの距離をなんと2500円ほどで移動できる。ポーランド国内のいろいろなところに走っているので、ポーランドを旅行するときは重宝したい。


僕は指定席を買って、車内はこんな感じ。乗客にはシスターとかもいて、ポーランドに来たんだなぁ、という感じがする。


列車はしばらくは、こんな感じの雪景色を走っているが・・・


雪がなくなった!個人的に、雪は足をとられるし、街のきれいな石畳とかも見えなくなっちゃうし、嫌いなのである。


そしてこの列車は、ポーランドにも新しくできた、ワルシャワ~クラクフ間の高速新線を時速160キロほどで走る。


所要時間は3時間ぐらいで、クラクフに到着。TLKでも高速新線を飛ばす列車は、ICと同じぐらいはやい。


こんなかんじの丸っこい窓の車両もあれば・・・


こんなかんじの四角い窓の車両もある!欧州の鉄道ファンは、客車については、日本の鉄オタほど分類分けしないので、なかなか情報がない。


Krakow Growny駅。Grownyは、ポーランド語で中央という意味。


駅を降りて、ホステルを探す。駅から徒歩3分ほどのところに、Zudlakus Hostelという宿を発見。1泊37ズローティー(1000円ぐらい)。朝食つきで、スープも作ってくれる。宿のおばさんは、陽気ですごくいい人。なぜかバスルームにラジカセが置いてあって、音楽が流れている。8人ドミに泊まったが、部屋が狭く、リネンもぼろい。あまり清潔ではないかもしれない。


そのあとは、適当にクラクフ市内を散策。これが有名な時計台で、時間になると、塔の上でラッパ手がラッパを吹き始めるが、途中でやめる。その理由は、ここにチンギス・ハンのモンゴル軍が攻めてきたときに、この塔の上でラッパ手が警告のラッパを鳴らす。それをモンゴル兵が弓で射殺してしまい、途中でラッパがやんでしまったのを、今でも再現しているという。

かつて、ユーラシアの広範囲を占領したモンゴル軍は、こんなところにまでやってきていたのだ。中国とここの時差は7時間。かつてのモンゴルがいかに恐るべし存在だったかを実感した。


冒頭で述べたように、クラクフはナチスが蹂躙したポーランドでも破壊を免れた数少ない都市のひとつ。大戦中の戦火を免れ、中世の街並みがそのまま残っている。街並みが美しいので、散歩していると楽しいが、プラハ同様、たぶん観光客のほうが市民より多い(笑)。日本人の姿も多くみかけた。


路面電車も健在だ。
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【67列車】キエフ→ワルシャワ【国際列車】

2013年09月22日 15時32分36秒 | 2013年春 東欧
帰国まであと残り2日ほどとなりました。実は、上海滞在が暇すぎるので、昨日まで大連に少し小旅行に行ってまいりました。やっぱり、中国の列車っていいですね。車内の治安もいいし、まわりの人とすぐに仲良くなれるし、景色も雄大だし。のちほど、そっちも記事にアップしていきたいと思います(いつになるかわからないけど)。

では、今回の記事の更新に移りたいと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

キエフ滞在を終えて、次の目的地、ポーランドのワルシャワに行くために列車に乗る。これまで、「東に行けばいくほど落書きが強烈になり、英語が通じなくなり、列車のスピードが遅くなる」と感じていた東欧旅行も折り返しになる。もっとも、ルーマニアもウクライナも、落書きは思ったほど強烈ではなかったが・・・

今回は、写真が17枚しかないので、ウクライナの感想でも述べておこう。

噂通り美人が多い:こっちの女の子は、なんというのか、西の女の子と比べて顔の彫りが浅い。そしてみんな色白でとても美人。ロシアでは、女の子は歳をとるとみんな信じられないほどデブになってしまうらしいが、キエフでは中年女性のデブはあまり見なかった気がする。

人はあっさりしている:悪く言えば、愛想が悪くて冷たい。ハンガリーを抜けてから、アジア人を全く見なくなったが、キエフではソフィア大聖堂の中で、韓国人のカップルを見たのが唯一。だから、道を歩いていて、アジア人の僕はとても浮いているはずなのに、誰も気にすることはないし、まるで空気のような感じだ。店の人の対応とかは、中国同様、旧社会主義国なので態度が悪いw

男はボウズ率が高い:話にきくと、ロシアでもそうらしい。

車は日本車が多い:これまでは欧州車が9割ほどだったが、ウクライナに入ると半分以上が日本車だ。運転は荒い。交通事故を1度目撃した。

英語は全く通じない:ホステル以外で通じたのは国際列車の窓口と、聖ソフィア大聖堂の切符売り場のおばちゃん(ちょっとだけ)ぐらい。ロシア語はほとんどの人が話せるらしい。基本的に、ロシア語かウクライナ語ができなければ、みんな相手にしてくれない。

お土産屋などは値引きをしてくれない:こっちの人は、1円も値引きしてくれない。中国やインドでよく効く「ふーん、そんなに高いんならいらないや」攻撃も、全く効かない。というか、客引きはほとんどいなくて、お前ら商売する気あるのかと、こっちが心配してしまうぐらいだ。

物価は日本の半分ぐらいで、とても安い。

前髪ぱっつん率が高い!:これまでのヨーロッパの国々は、前髪ぱっつんを全然見なかったんだが(以下中略)

といったところだろうか。人々が無愛想なのは、旧ソ連圏ないし、スラブ系の人たちの特徴ともいえるだろう。だから、いくら女の子がキレイだからといって、日本人男子がナンパしても、相手にされる可能性はとてつもなく低いと思われる。


さて、キエフ駅。


中国の列車とよく似たキエフ駅だけど、しくみはヨーロッパの駅とおなじ。改札も荷物検査もない。だけど、乗るときには各車両を担当している車掌がドアの横に立っていて、切符を見せてから乗る。


こっそり撮影。ウクライナでは、サボはあまり見ない。ヨーロッパと同じ、こんな感じのプレートで行先表示をする。


今回の車両はウクライナの車両だが、客車はほかのウクライナのいかにもソ連なものとは違い、ちょっとヨーロッパ的な感じがする。

だいたいウクライナの列車は、16両ぐらいつながってるんだが、この列車はたったの4両だけだった。連結器もねじ式だった。


内装はこれ。ポーランド国鉄のホームページで調べたときに、「3人コンパートメント」と書いてあってなんだそりゃ、と思ったのだが、本当に3人コンパートメント。なんていうのか、一人部屋に3段ベッドがある感じ。これも、シーツなどは一番上の段にまとめてあって、自分でセットする。

3人コンパートメントのほかに、ツインとシングルもある。この車両は若干新しく、とてもきれいだった。トイレもなかなかハイテクだったような気がする。


定刻に列車は発車。キエフ駅を発車してすぐに、客車区が見えてきた。どの列車にもコルゲートが巻いてある。ロシアの車両も発見した。

同室の人は、ウクライナ人の中年の夫婦だった。奥さんがなにか話しかけてきたけど、彼らは英語が話せないので意志の疎通は全くできなかった。


凍りついた池。とても寒そう。ウクライナの車窓は、並木がずっと続いていてよく景色が見えない。

列車に乗る前に買い込んだパンを夕食として食べていたら、ドアの外から、「すみません、日本の方ですか?」という声が聞こえた。なんと、同じ車両に、日本人が乗っていたのだ。彼は大学の卒業旅行で、シベリアを横断してここまでやってきたとのことだった。まさか、こんなところで日本人に会うとは思ってもいなかった。なにせ、ブカレストで会う約束をしていた先輩以外では、ハンガリーを出てから僕は全く日本人を見なかったのだ。日本人どころか、アジア人を見るのもごく稀だった。

彼と深夜まで、かなり長い間談笑していた。やがて、列車は闇のなかの駅に停車した。ウクライナに限らないのだが、ヨーロッパの車窓は、夜はほんとうに真っ暗だ。日本や中国なら、なにかしら明かりが見えるものだが、ヨーロッパは人口密度が低く、そんなものは全くない。窓を見ても、黒いペンキを塗ったかのように真っ暗なのだ。

停車した駅は、国境の駅のようだった。ここでも兵士が乗ってきて、僕たちのパスポートを回収する。そのあとは、女性の税関職員が二人乗り込んできた。彼女たちは、僕のコンパートメントの前に来ると、次のことを言った。

「うぇー あー ゆー ふろむ?」
「Japan」
「うぇー どぅー ゆー ごー?」
「Warsaw」
「まう り ふぁー なー?」
「は?」
「・・・まう り ふぁー なー?」
「Sorry, I can't understand. I will go Warsaw as a tourist.」

彼女たちは、顔を見合わせ、こいつわかってないwどうする?wみたいな顔をして何か話したあと、もう一人がこっちを向いて話した。
「がーん、どらっぐ、ぼむ?」

どうやら、マリファナは持っているかということについて聞いていたらしい。すぐに、ノーと答えた。すると、彼女は「ハラショー」と言って戻ってしまった。

お、おい、それでいいのかよ(・・;。よく考えろ。マリファナや銃を実際に持っていたとしても、持ってるか?と聞かれてはい、持ってます、と答えるバカなんてどこにいるんだ?荷物の検査もしなかったし、お前ら何しにきたんだ?と言いたくなってしまうところだ。


ここでも、軌間が広軌から標準軌に変わるので、台車の交換を1時間ほどかけて行う。車内は兵士や車掌が歩き回っているので、撮影には注意。

途中、作業員が僕のコンパートメントに入ってきて、立て、というようなサインをした。立ち上がると、彼はベッドの下を開けて、細長い棒をスルスルと取り出して、もう一本のものと交換した。僕のコンパートメントははしっこのほうで、ちょうど台車の上あたりになる。なんと、台車の中心ピンを交換しているようだった。どうやら、この台車はスイングハンガー式のようだ。面白いものを見た。写真を撮りたかったところだが、ここはまだ旧ソ連圏だし無理か・・・

台車交換作業が終わると、列車はポーランドに向けて走りだす。ウクライナとルーマニアの国境越えのときは、ルーマニアとウクライナの表札が立っていたのだが、今回は真っ暗で見えない。ポーランド側の駅に着くと、今度は軍人ではなく、制服を着た男性の職員が乗ってきた。彼は僕のパスポートを見ると、「フゥン・・・ジャパニーズw」と、小馬鹿にしてるのかよくわからない感じでつぶやいて、ニヤっとしながら回収した。


パスポートを返されると、その後はコンパートメントの鍵をかけて爆睡。翌朝起きると、もうワルシャワの近郊を走っていた。


ワルシャワ駅に到着。ワルシャワ駅は完全地下式。上野駅の新幹線ホームみたいな感じだ。ここで、もうクラクフへ行くという日本人と別れた。


右下の、なんか劇場なのか博物館なのかよくわかんない建物がワルシャワ中央駅。

ワルシャワは、高層ビルがたくさん建っていて、一見するとヨーロッパらしくない大都会なんだが、とにかく人気がない。駅周辺の新市街は計画的につくられていて、道も広いんだが、人口密度がものすごくうっすい感じがする。

ワルシャワは、第二次世界大戦中に、ワルシャワ蜂起の報復として、ナチス・ドイツに徹底的に破壊されてしまった街だ。ほんとうに跡形もなく破壊されたために、旧市街は破壊前そっくりに、「煉瓦のヒビにいたるまで」ほんとうにそっくりに元通りにしたとのことだ。そして、大戦後はワルシャワ条約機構の名前の通り、東側陣営となる。新市街は、社会主義的に計画的につくられる。ソ連のスターリンから「文化科学宮殿」というソ連的な建物までプレゼントされる。

人工的に復元された街並みと、社会主義的に計画的につくられた街並み。高層ビルはソ連崩壊後に建ったものなのだろうが、「これが首都か?」と言いたくなるほど、小奇麗だが、活気がなく、なんだか寂しい街だった。


ちなみに、ホステルはこのアパートが見えるところにある、「Globetrotter Hostel」というところに泊まっていました。部屋はきれいで、浴室はなんとバスタブまであるんだが、スタッフの態度があまりよくない。女の子のスタッフもいるんだけど、彼女は親切でいい人だった。あと、Hostel Worldには朝食つきと書いてあるんだけど、シリアルが勝手に食べられるだけで、朝食はないと同じ。
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【ウクライナ】ジャリューヌィ国立航空博物館【キエフ】

2013年09月16日 23時00分32秒 | 2013年春 東欧
この旅でも、かなり楽しみにしていた、キエフの航空博物館に行ってみることにした。ここに、大量のソ連機が展示されているという。航空ファンかつ共産趣味者なら、行かないわけにはいかないのだ。

この博物館は、ジャリューヌィ国際空港の北側にあって、市内から少し離れていて、アクセスがちょっと不便なところにある。だけど、路線バスを使えば簡単にいくことができる。ドリームホステル、すなわちオリンピアスタジアムから歩いて5分もしないところに、「Horkoho」というバス亭がある。ここから、40番のトロリーバスに乗る。30分ほど揺られると、ジャリューヌィ国際空港近くの「Narodnoho Opolchenya」というバス停で降りて、20分ほど空港沿いに歩いていけば、見えてくる。これなら、1.5フリヴニャ(20円)ぐらいで来れてしまうのだ。トロリーバスの乗り方は、マルシュルートカと違って簡単で、運賃は一律1.5フリブニャなので、車掌のおばちゃんに指を一本立てればOK。切符をもらったら、バスの柱に刻印器があるので、押すのを忘れないように。

余談だけど、ウクライナのバスは、運転席と客席が仕切られていて、完全分離していて面白い。運転手も、旧共産圏らしく、女性が多いのが特徴的だ。たまにポールが架線から外れて、運転手がバスのうしろの梯子を登って直しにいく(笑)。


ここが「Narodnoho Opolchenya」のバス停。中央分離帯のある大通りを左折してすぐのところ。行く前にGoogle Mapでしっかり確認していこう。


そこからずっと南に向かって歩いて行って、突き当りで左に曲がって、道なりに20分弱も歩けば、見えてきます。これがジャリューヌィ国立航空博物館です。入場料は、20フリヴニャだけど、学生なら半額。写真を撮る場合は、撮影料10フリヴニャが必要。

僕のほかには、アメリカ人の男性の二人組がいた。彼らはなんと、アメリカ空軍の退役軍人だった。うち一人は、F15のパイロットをしていたのだという!彼らにMig29の前で写真を撮ってもらったが、そのあとはあまり相手にしてくれなかったorz


こちらは有名なTu-154。ソ連の典型的な中型機だ。この飛行機は、翼の形がとにかく美しい。中身はまぁ旧式だけど、外見だけなら、ソ連機のカッコよさをよく見せている。今でもアエロフロートで25機が活躍している。

後で知ったけど、5フリブニャ払えば、中に入れるらしい・・・。誰か挑戦してみてはどうか?


隣には、やや小ぶりなTu-134が。


これは、少し戦闘機のゲームをやったことがある人なら誰でも知っている、いわずと知れたソ連の戦闘機、MIG-29だ。現代でも、発展途上国や旧東側の国々の雑魚キャラ主力戦闘機として活躍している。この戦闘機は、ソ連機の美しさを代表しているともいえる。


ソ連の超大型ヘリコプター、Mi22。6トンの荷物と、60名の兵士を運ぶことができる、世界で最も大きなヘリコプターの仲間だ。


こちらは、Tu-22爆撃機。現在のロシアでも主力の爆撃機だ。三機並んでいるけど、バリエーションによって、鼻の形が異なる。


Tu-142対潜機。似たものに、Tu-95爆撃機がる。ロシアで長く使用されている航空機であるが、実はコレが、たまに日本にやってくる、ロスケの領空侵犯常連機である(笑)


隣の空港から、新しい展示機材が搬入されていた。


ヤコブレフ40。実は、1960年代後半に初飛行した、わりと古めの短距離ジェット機である。ソ連機は、昔からデザインは洗練されている。


BF3でもおなじみの、Su-25フロッグフット攻撃機もある。フロッグフットはNATOのコードネームで、ロシアでの名称はグラーチュ。アメリカのA-10に対抗して開発されたのがこいつだ。


軍事を少しかじったやつなら誰でも覚えがあるだろう、このいかにも悪役な形!こいつがハインドこと、Mi24だ。攻撃ヘリでもあり、輸送ヘリでもあるちょっと独特なヘリコプターだ。ゲームで、敵のザコ役として多く出てくる。


こちらは、イリューシンIL76輸送機。アメリカのC17にあたるような輸送機だ。こんなに近くで、ソ連の輸送機を見れる機会なんてそうそうない。これは、ウクライナ貨物航空として、最近まで使われていた機体だ。ウクライナは今でも、アントノフ航空のAn225のように、軍用機を利用した貨物航空会社が多い。有名どころでは、ロシアのヴォルガ・ドニエプル航空だが。


僕は輸送機萌えなので、近くにいって写真をバンバン撮ってしまった。


ちゃんと後部ドアもある。ここから装甲車を出し入れしたり、空挺部隊が出撃する!


ロシアのウフル航空で使われていたアントノフ26。


かの有名なゲテモノ、アントノフ71。ソ連海軍向けの輸送機として開発されたのだが、この機体はどうやらアエロフロートで旅客機として使われていたらしい・・・


四発の後部エンジンで有名な、IL62。これもアエロフロートの定番機。今でも、北朝鮮の高麗航空が、先述したTu154やIL76とともに使っている。


ソ連機では大きめの部類の、IL86。1980年から運用開始され、今でもロシアの航空会社で活躍しているが、最近はアエロフロートから全退役してしまった。


IL18。これは、ソ連のターボプロップの代表機。今でも、北朝鮮が国内線として使っている。のちにYak70に置き換えられる。


ほかにも、Mig21をはじめとする戦闘機が盛りだくさん。


ソ連は永遠に!飛行機や軍事に興味がある人は、絶対行くことをお勧めする。

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【ウクライナ】キエフの公共交通機関【旧ソ連】

2013年09月16日 17時37分26秒 | 2013年春 東欧
さてさて、キエフに着いたわけですが、手始めに宿紹介でもしておきましょうか。


今回泊まった宿は、オリンピアスタジアムの近く。このいかにも旧ソ連的なアパートの一室を借りている、「Dream Hostel」という宿。


エレベーターが一人乗りで、ものすごく旧ソ連的な感じのする建物です。入り口がわかりにくいので、アパートの入り口まで近づいてみましょう。「Dream Hostel」と書いてある小さなステッカーがあって、インターホンを鳴らせば鍵を開けてくれます。


中はキレイキレイ!そして、スタッフがとても親切!宿泊者はロシア人率多し。

スタッフがめちゃめちゃ親切で、この宿の評価は個人的に高めだけど、たまにパーティーみたいなのやってて、苦手な人はいるかもしれないね。俺は楽しかったけど。


キエフに来たからには、地下鉄に乗るよ。運賃は一律でたったの2フリヴニャ(25円)!言葉がわからなくても、入り口の有人窓口でお金を出して指を一本立てれば、おばちゃんが社会主義式にポイッとこっちに青いトークンを投げて渡す(笑)あとは、改札に入れておしまい(ウクライナには改札がちゃんとある)。コルゲート!殺人ドア!急発進!と、本場の旧ソ連式の地下鉄でございます。


こんなオブジェも残っている。右下の女の子がかわいかった。


駅構内は、常に混雑しているから、スリとか気をつけたほうがいいかも。


もう一通りの車両。ハンガリー地下鉄も同じものを使っている。


旧ソ連だから、地下鉄は深くて、エスカレーターはものすごく速い。


なんか、すごく東側なバス見つけた。


キエフ駅に来てみた。中も外も美しい駅舎。


電光掲示板は全部キリル文字だけど、たまに英語になる。

ここの国際列車窓口で、ポーランドのクラコフ行きの列車の切符を買おうとしたけど、あいにく運休。ワルシャワまでの切符ならあるということで、買ったんだが、やっぱり1万円ぐらいした。。。ちなみに、国際列車の窓口は英語が通じます。

ウクライナは、ルーマニアよりも英語が通じない。若い人だって英語が全く話せない人が多い。キリル文字を頑張って覚えるしかない。あとは身振り手振りで頑張った。


駅に入って撮り鉄タイム。こちらは、左がUME3型(ЧМЭ3)ディーゼル機関車。右がVL80(ВЛ80)型直流電気機関車。UMEはCKDと呼ばれるチェコ製。VL80は、旧ソ連各地で見られる旧ソ連製の機関車である。

キエフ駅は、改札がないから自由に出入りできる。けど、撮影は一応禁止なので、気を付けたほうがいい。列車を撮っていて連行された例もある。


VL80の雄姿。


キエフ駅概観。やっぱり、中国の駅と少し似ているところもあるが、街灯とかはヨーロッパ的だ。

念のため、駅にいる兵士に写真を撮ってもいいか?みたいなことを聞いたら、何を言ってんのかわかんねぇよ、という感じで相手にしてくれない。プラットホームで、保線員っぽいおじさんにもう一回聞いたら、「フォト?オーケー!」と言われたので撮りまくること決定。ただ、そのあと、身振り手振りで、迷彩服を着たやつの前では撮るな、的なことを言われた。


この客車が美しい。ウクライナの列車にはいろいろな種類があるが、そのどれもコルゲートを巻いている。


連結器は自動連結器。

ちなみに、昨日ルーマニアから来るときに乗った列車は、機関車と連結するところだけがねじ式連結器で、ウクライナ・ロシア客車の中間は全て自動連結器だった。国境で、両端だけ連結器を交換しているのだろう。前から不思議に思っていたが、なるほど、面白かった。


食堂車。


こちらは、ChS8(ЧС8)型という交流電気機関車。ロシアとウクライナでよくみられる機関車だが、これはロシア製ではなく、チェコのスコダ社製である。


こちらはChS4(ЧС4)型交流電気機関車。こちらも、スコダ製だ。


隣のエレクトリーチカの駅にも行ってみる。エレクトリーチカの駅には改札があるけど、裏道から勝手に入ることができたw


ER9型交流電車。旧ソ連製だけど、Rīgas Vagonbūves Rūpnīcaという、今のラトビアで生まれた電車だ。

エレクトリーチカも乗ってみたかったんだけど、あまり頻繁に走ってるわけではないらしい。帰ってこれなくなるのがこわくて結局乗らなかった。今では後悔している。

~キエフ市内・おまけ~


ティモ子親衛隊が座り込みをしていた。世界一美人の大統領といわれたユリア・ティモシェンコは、今は収賄容疑で捕まってます。彼らは、「俺たちのティモ子たんをはやく出せ!」と言っているわけ。

まぁ、ティモ子つっても、あれ、50越えたババァだよ。


やたらとたくさん見る、和食チェーンレストラン「村神」。手前の看板に注目。たしかに、日本文化だね、うん。

あと、キエフは、欧州車だらけのヨーロッパと違って、日本車をたくさん見る。旧ソ連製のラーダも、そこそこまだ現役で走っている。


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