
K351次は1日4本ある上海発成都行きの列車の中で唯一上海南駅を発着する列車だ。他の列車が南京・徐州・鄭州と北の方から行くのに対し、この列車は杭州・南昌・武漢と南から回り込むように行く。そのため従来は所要時間40時間を越す無駄に時間が掛かる列車だった。
今回この列車を選んだのは、今まで乗車したことない区間が4本の中で一番多く、また乗車直前の第6次高速化で大幅に所要時間が短縮されたからだ。(といっても30時間台)
労働節連休の10日も前に出発するわけだが、成都行きは買いにくいイメージがあるので発売開始日に駅に行く。といってもダイヤ改正前で発売期間が短縮されており5日前くらいだったが。上海駅切符売場で硬臥の下段を購入。6号車だった。開始日朝で6号車とは・・・。結構売れているようだが、逆に程よい位置なので安心した。以前深セン行きL139次(現在はT211次に格上げ)を意味もなく発売開始日に買った際などは一番端の車両で不便極まりなかった。
翌日はシャオ同志の南寧行き快速の切符を買いに行く。こっちも余裕で購入。
ちなみに何で一緒じゃないのかと言うと、今回の旅行は「陸路でベトナム」が本来の目的であり、1学期目でできるだけ授業に出たいシャオ同志は直接の南寧行きを希望したからだ。まあ一度成都に行くのは、単に乗りつぶし路線を増やしたいからというしょうもない理由なので当然と言えば当然。
夕方、延長路から地下鉄1号線で上海南駅へ向かう。幸先のいいことに8両編成。上海南駅まで30分くらい大きな荷物を持って乗るので、空いていた方がありがたい。(単に下手なだけだが)順法闘争みたいな運転を繰り返しながら上海南駅に到着。

上海南駅は、去年7月に開業したばかりの新しい駅で、今年4月18日のダイヤ改正後、杭州方面の長距離始発列車は一部の例外を除き、全てこの駅発着になった。ガラス張りのドーム状の駅で、トイレも含めて空港並みのきれいさを誇る。また構内には中国鉄路の鉄道模型を製造販売しているバックマンのショールームもあり、今までの中国の駅とは雰囲気がかなり違う。

発車約30分前、改札が始まりホームへ降りる。快速ではおなじみの25G型が停まっていた。所属は成都鉄路局・達成鉄路公司・南充客運段。
自分の車両に向かうが見て驚く。なんと隣りの7号車は早くも軟臥で、寝台は他に硬臥5両のみ。と言っても硬臥1両は列車員宿営車なので実質寝台は計5両しかない。
この列車は上海発で唯一の達州・南充など四川省北東部を通る列車だ。この地域は中国でも有数の出稼ぎ労働者の供給地である。そのため硬座を多くしているので、こういう編成になるのだろう。
先頭に向かうと機関車はDF4D型。途中南昌まで電化されているのに、なぜディーゼル?と言ったところだが、理由は簡単。電気機関車が足りないから 東北などからかなり転属してきているがそれでも足りないようだ。

18:19分、定刻通りに発車し、しばらくは帰宅ラッシュで満員の地下鉄1号線(地上走行区間)と並行して走る。春電で上海駅方面からの線路と合流し一路杭州を目指す。ダイヤ改正後、この列車は杭州東までの約200キロを2時間で走る。25G型の最高時速は120キロだから、凄まじい飛ばしようだ。かつての武蔵野線の103系を彷彿とさせる。だがそれでも貨物を含めた過密ダイヤはどうしようもないので、結局20分遅れで杭州東に到着。杭州くらいまでは複々線化してもいいんじゃないのかと思う今日この頃だ。
杭州発車後、8時を回っていたので空いているだろうと食堂車に行く。2両隣なので近くて良い。メニュー表を見るが、今まで乗った食堂車の中で一番安い。(味は微妙だったが) 初めて1人で2つのおかずを頼む。
(値段の例)
麻婆豆腐6元
野菜系おかず10元
肉系おかず15元

杭州を出て銭塘江を渡ってしばらくすると、江西省方面へのスピードアップのためにできた新線(高架・トンネルなどでかなり直線化が行われた)に入る。以前はこの新線を旅客列車、旧線を貨物列車が通ると言われていたのだが、なぜか旧線は線路が次々と撤去されたため、貨物もこちらの線路を走る。何のために造ったのだか理解できない。こういうのが中国の不思議なところだ。
金華西を発車後の22時過ぎ硬臥は消灯。1日目の夜がふけていった。
2日目の朝、起きると列車は武昌の手前を走行中だった。どうやら遅れているようだ。まもなく広東省・湖南省方面からの京広線と合流する。途中、深セン発武昌行きの特快を待避し、結局20分遅れで武昌に到着した。といっても先日まで19時間掛かっていた上海武漢間。14時間で行けるなんて夢のようだ。もっともダイ改で新しく誕生した直達特快は9時間で行けるが。

武漢の主要駅の一つである武昌駅は現在大規模な改築工事を行っている。完成のあかつきには、巨大な駅舎に加え、全てのホームを1枚の屋根で覆う広大なものになる。最近、中国各地で似たような工事が行われていて、現在開業している物としては南京や済南が当てはまる。武昌駅のホームで朝飯用に駅弁を買った。

武昌を出ると列車は武漢長江大橋に差し掛かる。かつてソ連の技術援助で建設された当時初の長江にかかる鉄道・道路共用橋だ。長江を渡って武漢の町を抜け湖北昌北部の田園地帯を北西に進む。現在は単線非電化だが、複線電化工事が急ピッチで進められていた。完成すれば湖北省内のアクセスも改善することだろう。変化の無い景色が続くので昼寝する。

起きると14時ごろ、列車はちょうど襄樊に停車中だった。襄樊は漢水に面し、古くから交通の要衝として栄えてきた町だ。対岸の襄陽と一つの町を形成していて、特に南宋の時代は北の金や元に対しての一大防衛拠点として重視されていた。ホームに降りるとちょうど駅弁を売っていたので購入。食って寝てでは太るだけですな。


襄樊を出ると次第に丘陵地帯に差し掛かる。襄樊を出て2時間ほど、世界遺産武当山の最寄り駅武当山に到着。武当山は道教の聖地らしい。成都発東莞行き特快・十堰発武昌行き特快との行き違いで結構長い時間停車した。武昌行きの客は最初1番線で待っていたが、どうやら駅員の勘違いだったようで、駅員の指示で大挙して線路を跨いで2番線へやって来た。それはそれは壮観な景色でしたわ。
十堰に近づくにつれ、列車は本格的に山岳地帯に入っていく。17時過ぎに十堰に到着。ここからは漢水に沿って切り立った渓谷をぐんぐん高度を上げながら西に向かう。


以外だがまもなく陝西省に入る。かなりの難工事のようだが、ここでも複線化・直線化工事が進められていた。ちなみにかつての中国鉄路の電化は山岳部の輸送力向上の性格が強かったのか、こういう山岳地帯の路線の方が電化は進んでいる。(上海周辺の電化は去年7月)ただ所詮は単線、行き違いでよく停車する。
夕食はまた食堂車に行くことに。以上に安い麻婆豆腐とスープを頼む。値段からしてスープは小さなお椀と思っていたが、予想に反して大きな物。1人で飲むのは恥ずかしいんですが・・・。

21時過ぎ陝西省南部の都市安康に到着。ここから西に向かうと漢中に至り、北に向かうと古都西安に至る。安康からは進路を南に変える。が、時間も時間、10時過ぎに消灯となった。

深夜、騒ぎ声で目を覚ます。どうやら達州に到着したようで大勢の客が降りていった。
ちなみに早朝4時過ぎにこの列車は南充に停車する。この日はちょうど日曜日で、NHKの「関口知宏の中国鉄道大紀行」で旅行中の関口知宏が滞在中だった。ニアミスもいいところですな。
本当は
NHKの手配で楽な旅行してないで自分で並べ!そして「没有」と言われろ!
と活を入れてやりたかったのだが・・・

7時くらいに起きると成都近郊の丘陵地帯を走行していた。時刻表に載っていない駅に客扱いの停車をする。深夜中にかなりの客が降り、空いた寝台に補票の客が移ってきたようで、半分以上顔ぶれが変わっていた。
しばらくすると大きなカーブを描いて宝成線と交差し、そして合流した。もうすぐで成都なのだが、広大な貨物ヤードを眺めつつ運転停車。日本では自分が生まれる前に消滅したハンプヤードも中国では健在で、全国各地に存在する。

最終的に約20分の遅れで成都に到着した。降りると向かいに成都発南寧行きのK139次が停車していた。これは翌日乗車予定の列車なので観察したが、見てびっくり。
空調快速だが、車両は硬臥・硬座が22型の集中電源・空調改造の車内更新車、軟臥・食堂車が25B型の集中電源・空調改造車。1両としてオリジナルの集中電源型車両が連結されていない。凄まじい寄せ集め列車だ!
翌日これに乗るのかと思うと気が沈む・・・
番外:K139次切符購入への道
今回成都に来たのは乗り潰し路線を増やすためであって、全く成都に用はない。また南寧でのシャオ同志達との合流のためにも、翌日にはK139次で移動する必要があった。
成都でしかも翌日と言うことで買えるか不安だったので、バイト先のIさんに相談。曰く「成都に知り合いの旅行社の人がいるから電話で聞いてみるよ」との事。さっそく電話してもらう
Iさん「もしもし久しぶり」
中略
Iさん「自分の友達が22日に成都に着いて、翌日のK139の寝台が欲しいらしいんだけど、どう?」
Iさん「ほお。全く問題ない?わかった、じゃあ自分で買わせるわ」
自分には決定権無しですか・・・
というわけで成都到着後真っ先に切符売り場に行く。すでに労働節期間の切符も売られているのでかなりの混雑。だが全人代代表・記者・軍人・台湾・香港・マカオ同胞・外国人専用窓口が少し空いてるのでそこに並ぶ。
専用と言っても身分証チェックなんて一切しないので誰でも並べる。なので割り込みも激しい。自分の番がまわって来た時も、割り込もうとする親父がいたが、「並ばないと売らない!そっちの少年が先だ!」と一括され退散した。
結果として上段しかなかったが何とか硬臥を購入。これで南寧での集合には間に合えます。
つづく