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douce vie

現代アートを中心に、色々と考えた事とかを日々綴っています。主に関西の展覧会の感想なども書いております。

虎と竜。

2005-01-09 | 雑記
ドラマ「タイガー&ドラゴン」を見た。
面白い!
宮藤官九郎すごいわ。
なんでこんな話を作れるんだろう。
話としてはわりと単純なんだけどなー。
でも、ここまで笑える話に仕立ててるもんなー。
キャスティングも最高。なんせぶっさんとマコトだし。
しのぶくん(あるいはアニでも可)も出てるし。

古典は落語でも歌舞伎でもある程度の予備知識がないと
なんのことやらさっぱりわからない。
当時のお約束事とかの説明なんか演目中にしてくれないし。
もちろんその予備知識を仕入れてでも観るだけの価値はあるんだけど、
間口が狭くなっているのも事実。
そんな古典の難しさをわかりやすくしようとしたのが、
例えば歌舞伎ならスーパー歌舞伎だったりする。
また古典能のお話を現代風にアレンジした三島由起夫の「近代能楽集」などもある。

古典落語の「三枚起請」という花魁が3人の男に起請(あなただけよっていう契約書みたいなもの)
を渡していたっていう話を、現代風にすると、キャバ嬢があなただけなのって言って
男のイニシャルのタトゥーをいれて、男にも自分のイニシャルのタトゥーをいれさせるっていう話になる。
花魁をキャバ嬢におきかえるっていうのはわりとベタな発想だと思うし、
途中からオチはほぼ見えたんだけれども、それでも本当に面白かった。
毎回違うネタを現代にからめて連ドラにしてほしいなあ。

真夜中のお話

2004-12-30 | 雑記
昨日、最近知り合った友人3人が我が家に鍋をしに来た(鍋とコンロ持参で)
12時をまわった頃から、なぜかゲイジュツの話になり、
「作品を創ると言う事は人に何かを伝えたいからなのか、それとも自己満足なのか」
「まず思想ありきなのか、それとも創作意欲ありきなのか」
「どのような手段が一番人に伝えられるだろうか」
みたいなことを、結論が出るでもなく語り合ってしまった。

友人の意見が自分の意見とは違うので、
自分の意見を言いたいんだけど、夜中で頭があまりまわらなくて
うまく言えなくて、もどかしかった。
普段からもうちょっと頭の中でまとめておいて、
いざという時には理路整然と話してやるぜ!みたいな決意が
ちょっとだけ(本当にちょっとだけ)芽生えた。

どこに納得がいかなかったかというと、
友人の意見はまず「如何にして人に伝えるか」っていうことを
ベースにしているというところ。
そして言葉なら何でも伝えられるというところ。
逆に言うと作品こめられた作者の思いを受け手は正確に
読み取らなければいけない、ってこと。

なんとなく「自己満足」っていうのは良くない、という前提がある。
でも私は「自己満足」できる事が一番良いような気がしている。
つまり人に伝えたいというのは、作品が出来上がってからの
二次的なもので本質ではないのではないだろうか。
伝えたいと思って、その「伝えたい事」を詰め込んだ作品を創ったって
100%伝わるわけじゃないし、そんなことより
表現したいものがあって、それを形にしたいという思いで創り出したものの方が強い気がする。
その創り出したものに自分が満足できたら、もうそれで良いやって思う。

そして受け手も自分に合わせて好きなように作品を楽しんだら良いと思う。
作者がどんな気持ちでどんなメッセージを込めて創ったのかということを
正確に読み取ろうとする必要はないんじゃないかなあ。
メッセージ性が強い=良い作品とは限らない。

まあ、私は好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、で
あんまり物事を深く突き詰めて考えないから、こういう風に思うんだろう。
性格って言っちゃえばそれまでのこと。

ありがとう

2004-12-12 | 雑記
ついに終わってしまった。新選組!
最終回は予想通り、号泣だった。
過呼吸になりかけたほど⋯
一年間みんなそれなりに、いや間違い、本当にありがとう。

しかし来年から何を楽しみに暮らせば良いのか。
今年一年、毎週これだけを楽しみにして生きてきたのに。
弟が全く同じ悩みを抱いている事がなんか嫌だ。
こんな楽しみの少ない姉弟でいいのだろうか。

時空を超えた歴史ロマン

2004-11-28 | 雑記
友人が「秘められた黄金の世紀展」@京都文化博物館の招待券があるから行かない?と誘ってくれたので京都へ。
久しぶりの京都。うきうきする。
紅葉シーズンの為か、阪急京都線は混雑。
烏丸で下車。お昼ご飯を食べて文化博物館へ、いざ。

京都文化博物館は赤れんがの近代建築で素敵な建物だ。
元日本銀行の支店として使われていた建物らしい。
さあ、入ろう、入り口何処?と思ったら、
展示は奥にある特に特徴のない普通の建物で行われているとの事。
ちょっと、がっかり。

私は美術は好きだけど、出土品とかにはあまり興味がない。
展示はどうやら、韓国や日本で発掘された千年くらい前の装飾品らしい。
「黄金の」とあるし、私はキラキラしたものが好きなので(前世は鴉か?)まあ面白いかなーと思っていた。
しかし、ちょっと考えれば分かるのだけど、千年も地中に埋まってたものが
キラキラしているわけないのだ。
サビサビでボロボロなのだ。
まさに黄金が「秘められた」状態。
もうちょっと露出しても良いのよ⋯
てゆうかさ、磨いたらどうよ?だめなの?

展示品は同じようなものばっかりだしさ。
つっこみどころが色々あって、そういう点ではまあまあおもしろいんだけど。
安産型の男性の埴輪とか(女性の埴輪はすごく細身)。
腕輪としか思えない長さの首輪とか(確実に窒息死する)。
ものすごく高いところに展示してあって良く見えない太刀とか(展示台の発注を間違えたのでは?)。
途中から完全に飽きてしまって、誘ってくれた友人の顔色を窺いつつ
「おもしろい?」「きつくない?」「飽きちゃったなー(小声)」「修行みたいだなー(小声)」
とか言ってみた。
友人も同じ気持ちで本当に良かった。(私に気を使ったのかもしれないが)
最後の方はサクッと見て会場を後にした。

その後、生麩好きの私は友人を付き合わせて、錦市場で
生麩や生麩饅頭や生麩団子を買い込んで御満悦。
やっぱり京都は良い、と本日の強引な結論。

すぽーつのあき

2004-11-21 | 雑記
地域のソフトボール大会に出る事に。
なんでこんな事になったのかよくわからないし、
ソフトボールのルールも良くわからない。
大差がついたら、試合に出させてやる、と監督が言う。
めっちゃ負けてる時のことか?と思ったけど、
優勝する気の熱血監督にそういう事を言ったら、間違いなく怒られるので、黙っていた。

1試合目の相手は弱かった。
1回で10点を入れ、その後も順調に点数を重ね、
3回くらいの時にもう絶対負けないムードだったので熱血監督は私を試合に出してくれた。
打席に立つ。
ゆっくりとしたボール。
事前に、お前は小さいから立っているだけで4ボールがとれる!と
熱血監督に言い含められていたのに、初球はストライク。
話が違う。
まあ、振れば当たるだろう、との軽い気持ちでバットを振る。
当たる。
ボールが重いせいか、飛んでいかない。
ピッチャーの真ん前に落ちる。
一応1塁まで走ってみるが、それだけで足が笑う。
そういえば、なんの準備体操もしてなかったな、私。

で、次に守備。
セカンドとの事。
どこに立つのかすら、わからないので、
ファーストの人に立ち位置として地面に円を描いてもらう。
すると不思議な事に、この円から出られないんだな。
出たらいけないような、この拘束力。
ボールが近くを飛んで行こうと、全く円から出ない私。
見兼ねたファーストの人にボールの方にとりあえず走れ、と言われた。

そんな感じで、私の活躍するまでもなく、
1試合目は快勝した、みたいだ。

2試合目の相手は強かった。
というか、大量点の取り合い。
競り合っているので、熱血監督は私の方を一度も見なかった。
私も、出ろ、と言われる方が困るので、差し入れでもらったジュースを飲みながら
ぼーっと見ていた。
試合は熱血監督のエラーもあって僅差で負けた。
自分がエラーをしたものだから、試合後、熱血監督はわりとおとなしかった。
(試合中はグランド中響き渡る声で指示、もしくは檄を飛ばしまくっていたが)

なんか、疲れた。

開いた扉

2004-11-02 | 雑記
昨日テレビでフランス語会話を見ていた。
振り付け師(名前忘れた)のインタビューがすごく印象に残った。
(字幕を読んでいた。もちろん)

クラシックバレエとその振り付け師のダンスと何が違うか。
クラシックバレエは観るものにある程度の知識や約束事のようなものを要求する。
しかしその振り付け師のダンスは観るものにある感情を揺さぶり、観るものに委ねる。
そんなような内容だった。

これは他の事でもあてはまる。
昨日書いたトラディショナルアートやオーソライズドアートは、
今までの歴史や伝統、または権威などの積み重ねによって支えられているアートだ。
つまりそれらを知らないとなかなか理解が難しい。
例えば、西洋の宗教画などキリスト教という土台を持たない私には、
表面的な美しさしか感じなかったりする。
それでも良いかも知れないけど、やっぱりもっと絵を味わいたいと思ったら、
宗教学やら図象学やら解説に頼りたくなって、時として「学問」になってしまう。
でも、コンテンポラリーアートなら、美しさ、力強さ、おもしろさ、それを感じたままで許されるような気がする。
自分の好きなように楽しめる。
また、その作品を通して、また違ったものの見方、考え方に気づかされたりする。
それが楽しいんだなー。

自分をからっぽに。

自分に正直に。

扉を開けば、入ってくるものは無限大。

現代アートって何だろう

2004-11-01 | 雑記
金沢21世紀美術館に行きたい。
すごくおもしろそうな美術館だ。
近い内に行こうと計画をしている。

会社での会話。
私「金沢に行くにはやっぱりサンダーバードですか?」
A「そうだね。何をしに行くの?」
私「金沢21世紀美術館に行きたくて」
A「何があるの?」
B「最近で来たトコ?」
私「(Bさんが存在を知ってるだけで驚きだ)現代アートが色々と」
A「目玉になるものはなんなの?」
B「金沢なんてなんもないって」
私「(私的にはマシュー・バーニーとピピロッティ・リストだけど絶対知らないよな)ええ、まあ色々⋯」
A「ヒロ・ヤマガタ?」
B「あ、ラッセンとか?」
私「それは絶対ないです⋯」

この感覚のずれはなんだろう⋯
ヒロ・ヤマガタとかラッセンとかあまりに久しぶりに聞いた単語だったので不意打ちだった。
そうか、確かに「現代」で「アート」と言える、よな⋯多分⋯
存在自体を忘れていた。

ラッセンとかシム・シメールとか60億円市場らしいけど、どうしてそれ程、「売れている」のか謎だ。
山口裕美さんの「現代アート入門の入門」でアートがわかりやすくカテゴライズされている。
1つはトラディショナルアート、2つめはオーソライズドアート、3つめがこの2つ以外でコンテンポラリーアート。
トラディショナルアートというのは伝統芸術、表現のスタイルが踏襲されているもの。
オーソライズドアートとは権威的芸術、権威として社会的に認知されているもの。
(ラッセンやシムシメールはここにカテゴライズされている。)
コンテンポラリーアートはこの2つ以外の残り全て、となる。

また岡本太郎の「今日の芸術」では芸術と現在呼ばれているものを「芸術」と「芸ごと」にきちんと分けるべきだと主張している。
これも上で言うトラディショナルアートとオーソライズドアートが「芸ごと」、コンテンポラリーアートを「芸術」と考えると分かりやすい。

と、カテゴライズしてみたところで、現代アートと聞いて
村上隆や奈良美智、森村泰昌が出てくるよりは「ラッセン」が出てきてしまう現実とは何か。
これは難しいぞ⋯
提示してみたところで答えは全く思い付かない。
問題があるような気はする。いや問題だよ、これは。
今後、考えよう。

まとまりがないぞ。
何が言いたいかって言うと、つまり、その、金沢に行きたいっていう事だ。

魔女つながり

2004-09-27 | 雑記
髪を黒く染めた。
本当に真っ黒。漆黒の闇。お気に入り。
アダムスファミリーの一員のような雰囲気を醸し出している。
(もちろんクリスティーナ・リッチね)
美容院ではあまりのゴシックさにちょっとひかれる。
「あまり口紅は赤くない方が⋯かといって紫とか止めて下さいね」とか
「恋人に了解はとりました?」とかいらぬ心配をされる。

GEODESIQUEの魔女リングが欲しいな、と前々から思っていたので
魔女になった記念にデパートでチェック。
新作も素敵だったので激しく迷う。
どれか1個を冬ぐらいに買おう、と計画。

その後、ふらふらとコムデギャルソンの売り場に誘われる。
コムデギャルソンの服は今まで見るのは楽しいけど、あまり着たいとは思わなかった。
しかし、今回のコレクションは全てが欲しいってくらい直球ストライクだった。
テーマは魔女だとか。まさに。
こういう時、大体どんなに欲しくても身体に合わないからあきらめられるのだが、
幸か不幸かぴったり。
ちょっと待て。1ヶ月の基本給と同じ値段だぞ。落ち着け。
と言う心の叫びも空しく、頭の中では預金残高を計算。
また店員さんが良い人で次から次へと色んな服を着せてくれるのだ。
そして自分で言うのもなんだか、どれを着てもわりと似合っている。
服に着られているような違和感がない。
そうか、私は魔女だったのか、と納得。
1時間以上、ファッションショーかってぐらいたくさん着せてもらった。
着る事が楽しくてたまらない服。買うしかない。
次のコレクションの服が気に入るとは限らないのだし。
結局、1ヶ月の基本給とほぼ同額のスカートを購入。
スカートが高いのか基本給が安いのか。

4年前ファッションの授業を受けた時、すでに川久保玲は山本耀司らとともに歴史上の人物だった。
その「作品」をスライドで見たし、その「作品」が西洋ファッション史に与えた影響、意味なども習った(ような気がする)。
コムデギャルソンの服をコレクションしている財団もあるのである。
そのせいだろうか、まるで美術作品を買ったような気分だ。
そうだよ、所有欲なくして美術なし。
あと1着どうしてもジャケットが欲しい。
ああ、でも火あぶりだけは嫌です。

コムデギャルソンの04/05秋冬パリ・コレクションはELLEのHPココで見られる。

ウォークマン

2004-09-23 | 雑記
CDウォークマンを買った。
ポータブルMDが壊れたのをずっと放置していたのだけど、
さすがに音楽が少ない生活に我慢できなくなった。
「ウォークマン」と言いたいが為にSONY製を買った。
SONY以外の製品をウォークマンと言うのは何となく気になるし。

さっそくただ近所に買い物に行くだけなのに
ウォークマンを持って出た。
今日のBGMはYOSHI LOVINSONのat the BLACK HOLE。
どこか退廃的で腐りかけの果実のような甘ったるさ。
まだ暑さの残る夕暮れにぴったりだった。

気持ち悪いアート

2004-09-19 | 雑記
シュウウエムラのクレンジングオイルのボトルに山口藍の絵が使われている。
メイクとアートのコラボレーション。
どんなものなのかな、ととりあえずデパートの売り場を覗いてみたのだけれど、この絵によって購買意欲が掻き立てられる事はまずなさそうだった。

化粧品をボトルのデザイン重視で買うのだけれど、この山口藍の絵に魅力を感じない。
のっぺりとした幼児体型の女の子のヌードが気持ち悪い。
しかもこの幼女(なぜだか「幼女」という単語に犯罪的匂いを感じるな)は遊女でありそれぞれ色々と細かい設定があるらしい。(この設定は山口藍のHPで読める)
気持ち悪いという感情が生まれると言う事は心に引っ掛かると言う事で、それがこの作品の力なのかもしれないけれど、わたしはアートは気持ち良い方が好きなので、合わないみたい。
わたしには洗顔でアートは出来なかった。

山口藍の公式HP
shu by aiの期間限定HP