
今年のジロ・デ・イタリアではたった1日でマリアローザを奪取してみせたヴィスマ・リアースバイク。その1日でマリアローザを獲得したサイモン・イエーツをツール・ド・フランスでは逃げに乗せ、ステージ優勝をしたのですが、果たしてこれはヴィスマの戦術だったのかは疑問です。結果的にマイヨジョーヌはUAEのポガチャルからEFのヒーリーへと移り、休養日明けのステージはUAEのアシストが脚を休めることが出来るのですから。

その一方で、後方集団の前方ではセップ・クスがアタック。ただ、大きなタイム差があるクスには誰も反応せず、結果としてヨルゲンソンでポガチャルを揺さぶり、最後の2級の登りではポガチャルのアシストがゼロになっていたにも関わらず、ヴィンゲゴーは動かず、逆にポガチャルのアタックを許してしまう始末。

今年のツールではヴィンゲゴーが直接対決で積極的に仕掛けるシーンもありましたが、ゴールでは一度もポガチャルの前に出ることなく1週目を終えることになりました。この日もヴィンゲゴーがアタックを見せていたらヒーリーとのタイム差は一機に詰まり、マイヨジョーヌをポガチャルに着せ続ける可能性は大いにあったと思います。チームからもそうした指示は出ていたはずですが、ヴィンゲゴーは動きませんでした。動かなかったというより仕掛ける余裕がなかったのだと見ています。タイム差も1分以上あり、ここから逆転を狙うのは相当に難しいと見ていました。
ただ、休養日を挟んだ第12ステージでポガチャルが落車。今年3度目です。骨折はなかったとのことですが、左腕にかなりの擦過傷を負っていました。今夜からは本格的な山岳ステージが始まるという大切な時期にまさかの落車とは、ポガチャルにとってはさらなる逆風になることは間違い無さそうです。既に山岳アシストのアルメイダがリタイヤしているのも痛手です。

今季2度の落車はいずれもワンデーレースで、結果は1位と2位と成績には大きな影響はありませんでしたが、ポガチャルのステージレースでの落車は初めてです。回復力の高いと言われているポガチャルですが、これから厳しい山岳ステージが続くことを考えると、厳しい戦いになりそうです。

ここまで意図の見えないヴィスマの攻撃に苛立ちを見せていたことが影響していたのでしょうか?アルメイダのリタイヤにシヴァコフの不調と悪いことが重なっているUAE。この日もポガチャルの周りにはナルバエス一人という状況での落車でした。落車後は後ろから来たアダム・イエーツ等と共にメイン集団へ戻ることが出来ましたが、本来ならアシストにしっかり守られていなければいけない位置でした。

この日はマイヨジョーヌのベン・ヒーリーが集団の前へ出てポガチャルを待つ選択をしたので、事なきを得ましたが、今夜からはヴィスマが積極的に攻撃を仕掛けてくるはずです。おそらく、前半の平坦路でファンアールトかカンペナールツを逃げに送り込もうとするはずです。UAEはポリッツやウェレンスを使ってそれを阻止に動くでしょう。

1級山岳コル・デュ・スロール(距離11.8km/平均7.3%)ではヴィスマは間違いなく攻撃を仕掛けポガチャルの様子を探るはずです。この時点でUAEが何枚アシストを残せているかにも注目です。ここまでほとんど動いていないアダム・イエーツの調子がどうなのか、シヴァコフの調子が戻っているのかが分かるはずです。

ここを凌いだとしても、最後の超級山岳オタカム(距離13.5km/平均7.8%)はポガチャルにとって悪しき思い出の山です。3年前にポガチャルがヴィンゲゴーに1分以上引き離されたのがこのオタカムでした。本来の調子なら負けず嫌いのポガチャルが積極的に動くと見ていましたが、今回の落車の影響がどう出るのかに注目です。ヴィンゲゴーとのタイム差は1分以上あるので、無難にヴィンゲゴーをマークするようだと落車の影響が少なからずあると見るべきなのかもしれません。アルメイダのリタイヤで守りの戦術で戦わざるを得ないという面もあるのですが…

ドゥフィネを見た限りでは今年もポガチャルでマイヨジョーヌは確定だと考えていたのですが、ここに来てヴィスマのジャブが効き始めて来たのかもしれません。ステージレースではここまで1度も落車がなかったポガチャルがツールで落車するというのは想定外でした。たった1度のミスが明暗を分けるのはスポーツの世界だけではありませんが、チームスポーツの良さはそのミスを帳消しにすることも出来る所かもしれません。野球で野手がエラーをしても、投手がしっかり後続を抑えればミスはミスでなくなるのです。

サイクルロードレースは個人スポーツではなくチームスポーツなので、今後UAEのアシストがしっかりとポガチャルを守り通すことが出来れば、今回の落車というミスは帳消しに出来るかもしれません。ここまでほとんど動きを見せていないアダム・イエーツが鍵になると見ています。序盤はウェレンスとアルメイダが良い仕事をしていましたが、アルメイダの離脱後はナルバエスがその代役を務めて来ました。ただ、今年からチームの一員になったナルバエスにはアルメイダの代役は難しいはず。山岳に入りアダム・イエーツがリーダーシップを発揮出来ないようだと、また、ヴィンゲゴーにマイヨジョーヌを奪われる可能性も出てきてしまいます。レース後にあの落車さえ無ければと言わせないことが、今後のUAEチームに求められます。

アルメイダの離脱にシヴァコフの不調とUAEが隙を見せるとヴィスマは確実に付け込んで来ます。サイモン・イエーツのステージ優勝はそんな間隙で起きているのです。加えてポガチャルが落車するという新たな隙を見せてしまったので、ヴィスマの士気は上がっていると思います。この日もワウトの逃げは容認しましたが、カンペナールツの逃げはUAE自らつぶしに行っているのです。

チーム総合でUAEに20分近い差を付けているヴィスマのチーム力は健在です。個人のタイム差こそポガチャルが上ですが、ヴィスマはTOP10にヴィンゲゴーとヨルゲンソンの二人が入っている状況で、常に逃げにも誰かを送り込んでいます。ジロで大成功した前待ち作戦をいつでも発動出来る体制なのです。万全のポガチャルならたとえ1対2になっても勝てると見ていましたが、今回の落車で状況が変わりかけています。

大クラッシュをしたストラーデビアンケは圧勝していますし、パリ~ルーベは落車というよりオーバーランで初のパリ~ルーベを2位で乗り切っているポガチャルですが、これから厳しい山岳へ入る前の落車の影響は少なくないと考えています。骨折が無い限り選手は走り続けますが、1度の落車で身体のバランスが崩れ、2度、3度と続くようになるのもサイクルロードレースの怖さなのです。ここまでステージレースで圧倒的な強さを見せて来たポガチャルですが、落車が無かったことも大きく影響しているのです。7度のグランツールで総合優勝4回、2位が2回、3位が1回と表彰台を逃したことが無い選手なのです。

今のポガチャルをしても落車が避けられなかったのは、チームが正常に機能していないことに起因するように見えました。ストラーデビアンケもパリ~ルーベも独走に入ってからの落車やオーバーランでしたが、今回は前後にチームメイトがいる状況だったのですから。前にナルバエス、後ろにアダムがいたにも関わらず、落車した時のポガチャルは単独でした。チームの位置取りが悪過ぎた結果といえるかもしれません。この状況が続くようだとポガチャルの4度目のマイヨジョーヌは赤信号になるかもしれません。それにしても、個人の力で勝てないのなら心理戦まで仕掛けて来るヴィスマというチームは心底恐ろしい。UAEはジロに続いてツールでもヴィスマの罠に嵌ってしまうのでしょうか?