ヴェトナムの道はすごいの一言。自転車がどうとか車がどうじゃないの。結構カルチャーショックでしたね。でもすごく合理的なところもある。
ヴェトナムでは道を思うように渡れるようになると、少し自分が自由になる。
ヴェトナムの道にはコミュニケーションが必要。
ヴェトナムの道には開き直りが必要。
ヴェトナムの道には相手任せにできる度胸も必要。
決して単なる無秩序ではない。そこにはちゃんと秩序がある。
でも初めて見る僕には、そんなのすぐには分からなかったけど。
でも、事故も多いらしいけどね(笑)。
とりあえず写真。
僕がこの街に着いたのは夜だった。
夜なのにとても賑やかだな。それが僕の第一印象。
まるで小学生の頃に、夏休みに盆踊りが町内であって、特別に夜遅くまで外にいたときのような、そんな賑やかさ、活気があった。
匂い、蒸し暑さ、そんなこともきっとそういった印象を呼び起こす助けになってたんだろうね。
なんだかわくわく、どきどきするような感じ。
とにかく雑然としている。
日中はこんな感じ。

やっぱり雑然としてるね。
ところで横断歩道はどこ?
ふふふふふ、実はまともな横断歩道なんてないんですよ、ここには。
現地に先に行っていた同じ職場からのスタッフがまず最初のアドバイスが「横断歩道はないから」でした。
自転車もバイクも車も雑然と走っている往来を、一定の速度で、決して走らずに、歩き、渡り切るというのがルールなんです。
はじめそれを聞いたら信じられなかったよ。でもさ、実際にみんなそうやって渡ってるんだよね。
車やバイクのほうが避けるんだ。
でも恐いよ、最初は。まず道を見て、少し流れが切れた、あるいは薄くなったかなという時に道を渡りだす。
そうすると、バイクがクラクションをビービー鳴らすんだ。それは決して日本のように「何でわたってんだコンチクショー」ていうのではないくて、「気をつけてね、俺ここにいるよー」という感じなんだね。いつもビービなっててうるさいからぜんぜん気にならない。
でも最初はびっくりするさ。
アドバイスをくれたスタッフに連れてもらって初めて渡った時なんてビビって道の真ん中辺りでちょっと一瞬止まっちゃったら本当に危なかった。相手は一定のスピードで動くことを予定して避けるからね。
でも何とか渡りきって、少しこつが飲み込めた。
これに似ているというと、朝の通勤ラッシュの時間帯に、横浜とか乗換駅の大きな通路あるでしょ。中央通路とか。あれを横切るのに似ているね。流れを読んで、お互いに相手の動きを見て避けて渡るよね。あんな感じ。
いやはや、それはそれですごいよね。
でも、着いた次の日には自分ひとりで渡れるようになった。
道を渡れるだけで行動が楽になってストレスがひとつなくなります。
道を渡る、それだけなのに、できるようになって、自由になった感じが嬉しいという感覚になれるなんて結構面白いもんです。
あと、現地スタッフに昼食に連れて行ってもらうときにバイクの後ろに乗せてもらったんですが、日本のスクーターより排気量が多いこと、また、それほどスピードを出さないことなどからそんなに恐くないの。でも鉄道が横を走っている橋があって、その橋の端をバイクが通れるのですがその幅1mくらい。これは見たときちょっと恐かったね。でもさすが毎日乗っている人は違う。安定感ある走りで、気遣ってもくれてたから実際には恐くなかったけど。
ここの町はそれほど大きくなく、どこに行くにも10~15kmくらいらしいです。ならバイクじゃなくても自転車で十分なきもするけど、なんせとても尋常じゃない暑さですから、きっと自転車ばっかりじゃ体力持たないんだろうね。
自転車でなら一度走ってみたいなって思ったけど、やっぱり余所者には危ない感じですね。
交通事故はとても多いらしい。そりゃそうだなって感じの交通事情だよ。バイクが横の道から入ってくる時なんて走って来ているこちら側の車のことなんか見てないんだもの。すごいよほんとに。たまげるとはこのことですね。
でも、日本のようにすっ飛ばしているバイク・車は少ないから、それほど大きな事故にはならないんじゃないかって気がする。でもそりゃあ怪我すりゃ痛いけどね。
日本みたいにバンバン60km/hだ80km/hだなんて一般道で出してかっとんでいるというのもどうなんだろう。道から自転車もスクーターも締め出してより車が速く走れるようにする。それが本当にいいのかなって、ちょっと考えさせられますね。
ベトナムのこういった雑然としているところ、確かに非効率かもしれないけど、でもなんかいいんだよ。本当にそこにはドライバーや歩行者間にコンタクトがあるんだね。コミュニケーションがある。
日本でもそうですが、信号とかだけに頼って進めないですよね。青で信号渡っていても危ない目にあうことしばしばですものね。道路にいる人みんなが、自分よりも弱者の立場を考えて、より良いコミュニケーションを持つことができるようになるといいのになって思います。
雑然としているけどコミュニケーションがある(気がする)ベトナムの道を見て、そんなことを考えた。
ヴェトナムでは道を思うように渡れるようになると、少し自分が自由になる。
ヴェトナムの道にはコミュニケーションが必要。
ヴェトナムの道には開き直りが必要。
ヴェトナムの道には相手任せにできる度胸も必要。
決して単なる無秩序ではない。そこにはちゃんと秩序がある。
でも初めて見る僕には、そんなのすぐには分からなかったけど。
でも、事故も多いらしいけどね(笑)。
とりあえず写真。
僕がこの街に着いたのは夜だった。

夜なのにとても賑やかだな。それが僕の第一印象。
まるで小学生の頃に、夏休みに盆踊りが町内であって、特別に夜遅くまで外にいたときのような、そんな賑やかさ、活気があった。
匂い、蒸し暑さ、そんなこともきっとそういった印象を呼び起こす助けになってたんだろうね。
なんだかわくわく、どきどきするような感じ。
とにかく雑然としている。
日中はこんな感じ。

やっぱり雑然としてるね。
ところで横断歩道はどこ?
ふふふふふ、実はまともな横断歩道なんてないんですよ、ここには。
現地に先に行っていた同じ職場からのスタッフがまず最初のアドバイスが「横断歩道はないから」でした。
自転車もバイクも車も雑然と走っている往来を、一定の速度で、決して走らずに、歩き、渡り切るというのがルールなんです。
はじめそれを聞いたら信じられなかったよ。でもさ、実際にみんなそうやって渡ってるんだよね。
車やバイクのほうが避けるんだ。
でも恐いよ、最初は。まず道を見て、少し流れが切れた、あるいは薄くなったかなという時に道を渡りだす。
そうすると、バイクがクラクションをビービー鳴らすんだ。それは決して日本のように「何でわたってんだコンチクショー」ていうのではないくて、「気をつけてね、俺ここにいるよー」という感じなんだね。いつもビービなっててうるさいからぜんぜん気にならない。
でも最初はびっくりするさ。
アドバイスをくれたスタッフに連れてもらって初めて渡った時なんてビビって道の真ん中辺りでちょっと一瞬止まっちゃったら本当に危なかった。相手は一定のスピードで動くことを予定して避けるからね。
でも何とか渡りきって、少しこつが飲み込めた。
これに似ているというと、朝の通勤ラッシュの時間帯に、横浜とか乗換駅の大きな通路あるでしょ。中央通路とか。あれを横切るのに似ているね。流れを読んで、お互いに相手の動きを見て避けて渡るよね。あんな感じ。
いやはや、それはそれですごいよね。
でも、着いた次の日には自分ひとりで渡れるようになった。
道を渡れるだけで行動が楽になってストレスがひとつなくなります。
道を渡る、それだけなのに、できるようになって、自由になった感じが嬉しいという感覚になれるなんて結構面白いもんです。
あと、現地スタッフに昼食に連れて行ってもらうときにバイクの後ろに乗せてもらったんですが、日本のスクーターより排気量が多いこと、また、それほどスピードを出さないことなどからそんなに恐くないの。でも鉄道が横を走っている橋があって、その橋の端をバイクが通れるのですがその幅1mくらい。これは見たときちょっと恐かったね。でもさすが毎日乗っている人は違う。安定感ある走りで、気遣ってもくれてたから実際には恐くなかったけど。
ここの町はそれほど大きくなく、どこに行くにも10~15kmくらいらしいです。ならバイクじゃなくても自転車で十分なきもするけど、なんせとても尋常じゃない暑さですから、きっと自転車ばっかりじゃ体力持たないんだろうね。
自転車でなら一度走ってみたいなって思ったけど、やっぱり余所者には危ない感じですね。
交通事故はとても多いらしい。そりゃそうだなって感じの交通事情だよ。バイクが横の道から入ってくる時なんて走って来ているこちら側の車のことなんか見てないんだもの。すごいよほんとに。たまげるとはこのことですね。
でも、日本のようにすっ飛ばしているバイク・車は少ないから、それほど大きな事故にはならないんじゃないかって気がする。でもそりゃあ怪我すりゃ痛いけどね。
日本みたいにバンバン60km/hだ80km/hだなんて一般道で出してかっとんでいるというのもどうなんだろう。道から自転車もスクーターも締め出してより車が速く走れるようにする。それが本当にいいのかなって、ちょっと考えさせられますね。
ベトナムのこういった雑然としているところ、確かに非効率かもしれないけど、でもなんかいいんだよ。本当にそこにはドライバーや歩行者間にコンタクトがあるんだね。コミュニケーションがある。
日本でもそうですが、信号とかだけに頼って進めないですよね。青で信号渡っていても危ない目にあうことしばしばですものね。道路にいる人みんなが、自分よりも弱者の立場を考えて、より良いコミュニケーションを持つことができるようになるといいのになって思います。
雑然としているけどコミュニケーションがある(気がする)ベトナムの道を見て、そんなことを考えた。