chuo1976

心のたねを言の葉として

「夕焼け」     谷川俊太郎

2021-03-13 03:14:52 | 文学

「夕焼け」     谷川俊太郎

 

 

家に年寄りがいるのはいいことだ

あかんぼがいるのと同じくらいいいことだ

 

ふたつは似ても似つかないことのようでいて

実は一本のあざなえる縄の両端のようにそっくり

 

始まりがあって終わりがあるから

始まりもなく終わりもないものが見えてくる

 

その縄を輪っかにつなげて

そこからさかしらに人生をのぞくのはやめておこう

 

 

百年の長さもつ縄の

よじれねじれささくれくされ

 

神様ではないのだから

ぼくらはロバのように縄を噛む

 

 

甘い恋

しょっぱい子育て

苦い戦争

酸っぱい革命

 

 

人生をたらふく食ったあなたの顔は

優しさと厳しさとあきらめとしたたかさがまじり合い

 

 

しわの間にあかんぼの輝く無垢も

透けてみえる

 

 

もういいかい

もういいよ

 

 

けれどあなたは目をつむったまま

木のうしろに隠れて月日を数えていたわけじゃない

 

百年のその一日一日をいろどったのは

青空と米と野菜といさかいと歌のとりどりの色

 

 

怒るがいい泣くがいい

叫ぶがいい黙り込むがいい

 

ひとりのあなたの魂の底にひそむものは

世界中のどんな大事件よりも巨大だ

 

 

だが今あなたの顔に浮かぶのは

残り少ない未来にむかう静かな微笑み

 

それはあなたの今日をぼくらの明日に生かすための

ただひとつの贈り物

 

限りのない宇宙の闇へと燃えあがる

美しい夕焼け

 

 

 

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