【OKI(オキ)さん】伝統楽器でアイヌ文化の表現を追求する
2019/10/25 北海道新聞
アイヌ民族の伝統弦楽器トンコリの演奏家としてライブ活動やCD制作を続けているOKI(オキ)さん=上川管内当麻町=が9月、奄美大島(鹿児島県)の民謡とアイヌの音楽をコラボさせたアルバムと、アイヌ女性4人のボーカルグループ「マレウレウ」の3枚目となるフルアルバムをプロデュースした。これら作品のジャケットには「MADE IN AYNU」と記し、アイヌ独自の文化発信への誇りをのぞかせる。昨今、アイヌ文化への関心が高まる中、アイヌが主体的にどう表現力を磨いていったらいいのか、聞いた。
■アイヌ自らの手で自分たちの文化をかじ取りするのが理想
――どのようなきっかけで日本列島の北と南の音楽コラボが実現したのでしょうか。
「2003年にアイヌの歌い手、安東ウメ子さん(故人)が奄美大島に招かれ、地元の民謡の第一人者、朝崎郁恵さんと共演したのが発端です。その縁で昨年12月、朝崎さんと『マレウレウ』メンバーのレクポや姉妹デュオ『カピウ&アパッポ』といったアイヌの歌い手のレコーディングにこぎ着けました。でも奄美の三味線が伴奏に入るとアイヌの唄がしっくりはまらない。すると、朝崎さんが『奄美に三味線が入ってくる前、100年から150年前の唄を私は知っている』と言い、昔の唄を歌い始めたのです。それがアイヌの曲とうまく融合したんです」
――100年の時をさかのぼることで、異なる地域の唄がうまく一つになったということですね。
「そうです。朝崎さんの民謡にマレウレウやカピウ&アパッポの唄、ウメ子さんが遺(のこ)した唄の音源、そして僕の音楽をミックスしてできたのが今アルバムです。CDのタイトルは『Amamiaynu(アマミアイヌ)』にしました。奄美とアイヌが初めて一緒に登る山だけど、そこからの景色はきっと素晴らしいに違いない―朝崎さんはそんな念を持ち、一つの新しい世界をつくり出せたことへの歴史的な意義も感じていたようです」
――マレウレウの「mikemike nociw」は「もっといて、ひっそりね。」「cikapuni」に続くフルアルバムです。
「アイヌの音楽は主として各地の保存会が伝承してきましたが、マレウレウは会に属さない独立したグループなので、各地方の唄を比較的自由に歌うことができます。今回も道内各地のアイヌの唄に加え、語り、樺太アイヌの子守歌も収録されています。どの唄も伝統をなぞるだけではなくマレウレウのスタイルに持ち込んでいるところはさすがです。多彩なアイヌ音楽の世界を、多くの人に知ってもらえる機会になると思います」
――オキさんにとってプロデュースとは何ですか。
「今回の2枚に関しては、僕の役割はほぼお茶くみです。あとは録音が和やかに進むよう気を使ったり。録音した音源をミックスし、歌い手が表現したかったことを音像としてまとめていく段階では、録音時には気づかなかった素晴らしい瞬間を発見することもあります。僕が主宰するレーベル、チカルスタジオは作品のジャケットに『MADE IN AYNU』と入れます。『アイヌでできる部分はアイヌでやる』をモットーにしているからです。どんな音像を作るか、ジャケットのデザインはどうするか、作品をどのように広めていくか、そのために何をすべきかを考えるのが僕にとってのプロデュースです。今のアイヌの活動はプロデュースの多くをアイヌ以外の人や広告代理店、国が手がけています。今は彼らの手法を学びながら、うまく立ち回っていくことが求められていますが、アイヌが自分たちの手で自分たちの文化をかじ取りするのが理想です。そう思うのは僕だけではないと思います」
――ご自身は樺太アイヌの弦楽器トンコリによる演奏活動を続けてきました。
「トンコリは5弦なので五つしか音が出ない。だからメロディーも限定的なところがあります。でもリズムは多彩なんです。樺太生まれの西平ウメさん(1901~77年)が弾いた曲にはアフリカみたいな8分の6拍子があるし、同じく樺太出身でトンコリの名手と言われたクルパルマハさんのリズムには馬に乗っているような疾走感があり、中央アジア的な印象を受けます。録音に残されていた昭和30年代の演奏を聴き、僕はトンコリの表現力に驚かされました。少ないながらも残された伝統的な奏法をふまえながら新しいリズムを生み出すことが、これからのトンコリ奏者の役割だと思います」
■どこまで世界に通用するか、確かめたい。それが僕の挑戦
――単独で演奏する一方、ドラムやベースを入れた「オキ ダブ アイヌ バンド」を率いライブ活動やCD制作もしていますね。
「トンコリのリズムを補強するためにドラムを入れ、世界の他地域の音楽も取り入れています。どこの国の先住民族も伝統を連続させながら、世界中の音楽から刺激や影響を受け、自分たちの音の世界を進化させているのが今です。僕にはアイヌの音楽をベースにしたバンドがどこまで世界に通用するか、確かめたい気持ちがあり、それが僕の挑戦でもあります。約12年間の活動歴を言えば、南アフリカやフランス、カナダ、オーストラリアなど海外で年に数回、数万人規模のステージを行っています。そういう場ではサウンドで人の心を動かさなくてはなりません。唯一無二のスタイルを追求することで多くの聴衆を引きつけることができていると考えています」
――最近、アイヌとしての権利の主張が表に出てきています。
「かつて持っていた権利を取り戻したいと、サケの捕獲を巡って紋別アイヌ協会の畠山敏会長が異議を申し立てました。とはいえ無許可でサケを捕ったので、反発の声も上がりました。『儀式用なら許可を取れば捕れるのになぜ』という意見も多かったです。でも畠山さんは『なぜそこまでやらなければいけないのか』と道民に問いかけたかったのだと思います」
――畠山会長は「アイヌに聞いて法をつくったか。和人がアイヌモシリ(人間界ないし、自分たちの居住域を指すアイヌ語)に入ってきて一方的に法を押しつけた」と訴えかけています。
「神様に感謝するためにサケを捕るのに、なぜ第三者の許可を取らないといけないのか、いつからそうなったのか、それはおかしくないか―という疑問を投げかけたのではないでしょうか。僕もそこに気づかされました。昔は直接、神様とアイヌの間で儀式をやっていたんです。祈りに使うサケぐらい自由に捕ってもいいと思います。畠山さんから投げかけられた問いをこれから共有していかなくてはなりません。思いを持続し、これから10年、20年と文化を養い、知識を蓄積していけば、大きなうねりになると僕は信じています」
<略歴> オキ 1993年に樺太アイヌの弦楽器トンコリに出合い、演奏と楽器製作を学び始める。アイヌの伝統を軸に斬新なサウンド作りで独自の音楽スタイルを切り開く。音楽制作会社チカルスタジオを経営、アイヌ音楽を世に広めるための活動を行っている。現在まで20タイトルの作品を発表。アイヌの天才的歌手・安東ウメ子さんの2枚のアルバムと、マレウレウのプロデュースも手がける。国内での活動のほかロンドンで開かれるワールドミュージックの祭典「WOMAD」など欧州やアフリカ、アジアなどの海外音楽フェスにも多数出演している。CDの問い合わせはチカルスタジオ、mail@tonkori.comへ。
<ことば> 帯広出身の安東ウメ子さん(1932~2004年)はアイヌの唄や口琴ムックリの名手として知られ、全国各地で公演し、アイヌ語で子守歌を意味する「IHUNKE」などのCDを出した。06年に遺作DVD「ウメコ ウポポ全曲集けうとぅむ」が出た。アイヌの伝統曲を歌う「マレウレウ」は旭川アイヌなど女性4人のボーカルグループで、10年のミニアルバム「MAREWREW」で活動を本格化。輪唱による伝統的な歌唱法「ウコウク」などを用いて独自の音楽世界を作り出している。「カピウ&アパッポ」は11年に結成した釧路市阿寒湖温泉出身の姉妹デュオで伝統楽器や唄を聞かせる。2人を追ったドキュメンタリー映画「kapiwとapappo~アイヌの姉妹の物語」もある。
<後記> アイヌ文化を自らの手でどう表現し、伝えていくか―は、アイヌにとって以前から大きなテーマだった。今年5月、アイヌ施策推進法が施行され、自治体が地域計画にアイヌ文化の発信事業を盛り込む動きが出てきた。これまでは文化伝承者に素材を提供してもらうだけで、編集作業や発信の舞台づくりはよそに委託という発想が目に付いた。今後もそのままなら本当の文化育成、発展には結びつかないのではないか。オキさんの話からそんな思いにとらわれた。しかも現代において、文化は伝統や集団の枠に収まってはいない。世界のさまざまなスタイルと接し、そこから学び、影響を与えていく。そのダイナミズムを念頭に置き、各自、各地域の表現を磨いていくことが大事だと気づかされた。(編集委員 小坂洋右)
☆クルパルマハさんのハ、アイヌモシリとムックリのリ、ウコウクのクは小さい字