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心のたねを言の葉として

ⅩⅩⅩⅩⅤ「真夜中からとびうつれ」を観る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2016/10/10

2016-10-10 03:56:07 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅤ「真夜中からとびうつれ」を観る聴く、       『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2016/10/10

  郊外の廃屋の中、一室で、四角い箱の中に姿を見る、男たち、ボックスの覗き映写機、穴がいくつも開いていて、覗く男たち、自分たちが写っている、覗き見る人々の居る同じ場の中に、この映写ボックスの主体の男、彼が撮影者、監督、なのだろうか、いや、誰かに操られていはしないか、この男もまた、ボックスに閉じ込められたと思ったか、己の立場が不安に成ったか、男たち、私たちは、どこに、男たちにこの監督らしきものは追いかけられて、遁れる監督らしきもの、既に、この追いかけ、追いかけられる、彼ら自体が映画の中に、そこに現れた英雄然とした青いコート姿の娘、いや、その前に、水槽を覗く子ども二人、亀が現れて、これもまた水槽という世界を覗く見る見られる関係、だが、後では、亀が外に遁れ出て、枠から遁れ出て、彷徨い歩く、映画もまた、どこか知らず、映画という空間から飛び出してしまう何かが、何ものかが、まとわりついてある、英雄娘は監督を守れるか、男たちをさばく、格好の良さ、アクション、格闘、そこに、銃が、男らの一人が持つ、銃が、悪役の銃が、狙う、撃たれる銃弾、監督然とした輩は、この娘の影に隠れるのだ、情けない輩だ、銃弾は、娘の胸に、腰を折り、跪く娘、倒れる娘、果たして、娘は、監督の願い、思い、いや、見ている観客の夢、だが、観客はどこに、私たちだ、既に、私たちも、その欲望もこのボックスに招かれていないか、私もまた、あの美しい少女を求めて追いかけて、走り出している、あの廃墟を、ボックスの中を、覗き、撮られ、映され、遁れ出て、彷徨い、もはや、このボックスが無くなっても、こんな関係は続くのだ、その関係の外は無いのだ、見守り続けるフィルム、まさにこの苦悩を捕らえたフィルムが炎上する、今見られている、私たちのフィルムの炎上、だがここで終わらない、ロマンチックに、映画の終わりを告げない、のろのろ彷徨う亀、水槽の外に、私たちの、見る見られる関係も、この劇場の外に向かって、映画館の闇の中から、今、現実に、飛び出せ、だが、現実とは、映画という仕組みの中に、関係の中にしか無いのだから、映画の中の亀のように、のろのろと、それでも、どこまでも、どこまででも、在らぬ外へ、外へと、歩み出せ、絶対の外ならぬ、危うい問いかけの可能性の外に向かって、関係を揺るがす外に向かって、始まれ、始まるしか無いのだ、

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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf