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Chun日記~両足脛骨欠損症の娘をもった父親の育児&子育て奮闘日記

「Chunの部屋」もよろしく。メアドもそちらにありますよ。http://aka.gmobb.jp/chuns_room/

自分は大丈夫だろうか

2021-03-02 23:52:00 | 自分のこと

webで自分が陥りがちで、気をつけなければと考えていたことが、わかりやすくまとまっていた。

こんなふうにまとめてあると、ずっと理解しやすい。


そして、やさしい。


こうした視点をもつこと。

こうした視点を子供達にも伝えることが、結構大切なのかなと思う。


私はたぶん。

上の娘に対して、ある意味「熱心な無理解者」になっていた時期があるように思う。

というか、解っていながら選択した。


可能性を広げることを是として、娘に日常の努力を強いた。


でもね。

将来を見据えて、その時必要なことを、見守りながらさせることで、可能性や選択肢を広げること。

やはり大切。


わたしは娘たちにとり、港のような存在になれているのかな。

わからないけれど。

そうあれるようにしたいものだ。


たまに、自戒しつつ、毎日を過ごさなければね。

本当に。



以下、WEBより



【熱心な無理解者が子どもを苦しめる】


熱心な無理解者。児童精神科医の故・佐々木正美先生が提唱された言葉です。

次のような先生、支援者、親を指します。


・「障害というハンディがあるのだから、今、辛くても頑張らせることが本人の将来のため、それが愛情だ」と思っている。


・「こだわりはわがままの一種なのだから、応じてはならない」と思っているところがある。


・「努力すれば必ずできるようになる」と信じて疑わないところがある。


・苦手を克服させようと必死に努力させ、何でも一人でやらせようと試みる。


・「どうやったらこの子は○○ができるようになるのだろうか」とできないことばかりにスポットを当てがち。


・偏食を徹底して直そうとする。


・本人にとって難しいことであったとしても、みんなと同じことができるようにさせようとする。


・本人の意図を考えずに才能を開花させようと躍起になりがち。


・「やればできる」と過度な期待を抱きがち。


・「障害にともなう困難の改善」ではなく、「障害そのものの克服」を目的にしているところがある。


確かに「この子は障害があるのだから、何もできなくてもいい、ほっておいていい」よりも、「この子の将来のため」と思い、熱心なことは大切なことだと思います。


でも、ときにその行為は子どもを苦しめていることがあります。「良かれと思って」と熱心に取り組むあまり、子どもの真の心に気付かないこともあります。


大人のあり方


では、子どもに寄り添い、子どもの気持ちを大切にする対応とはなんでしょう。


・できることを伸ばそうとする。


・偏食を無理に治そうとしない。


・こだわりに十分に付き合い、信頼関係を築いた上で、こだわりの緩め方を一緒に考える。


・大人本位の「こうあるべき」にとわられすぎない。


・子どもの今の状態を受け入れている。


安心安全な港を


人生をスタートさせたばかりの時期、障害がある子どもにとって、社会は怖いもの、苦手なことがたくさんある世界に映っています。


そんなとき、熱心な無理解者から、「あなたはこうあるべき」と押し付けられ、叱責を受け、無理強いされることが続くと、苦手なものに挑戦する意欲さえ奪われてしまうかもしれません。


「この世は怖くない、安心、安全なんだ」


「先生や親は自分を脅かす存在ではない」


「大人は自分を守ってくれる人間である」


と体験させること。そして、年齢を重ねていくと、障害のある子も「人生には思い通りにならないこともある」ことを経験していきます。


そんなとき心地よい「港」のような存在がいれば社会という大海原に出る勇気も出ます。


人生をスタートさせたばかりの時期は、特に大人との愛着形成をする大切な時期です。保護者も支援者も先生もそのことを忘れてはならないと思います。

コメント
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