収穫した里芋をダンボールに入れながら、ふと目を横にやると、どこかで見た物が置いてあるではありませんか。
ここは、何でもかんでも入れておく雑多小屋。その一角、粗大ゴミのコーナー(正確には、粗大ゴミに出す物の一時置場)です。
中には、落ち葉とセミの死骸まで(^^;)
外に出してやれば、なかなかの品です。
径34㎝、高28㎝
必死で読みました。
渡 江
一 葦
面 壁
九 年
鉄 哉 刻 花押
何とか読めました(^-^)
「渡江一葦 面壁九年 鉄哉刻」
「渡江一葦」は、達磨が一葉の小舟に乘って、楊子江を渡ったという故事、
「面壁九年」は、達磨が少林寺に籠もり、九年間壁に向かって座禅を組み、悟りを開いたという故事、
から来ています。
加納鉄哉は、明治、大正に活躍した彫刻家です。フェノロサ、岡倉天心とともに、奈良の寺院などに所蔵されていた仏像を調査しました。その後、鉄筆彫刻や絵画などに、多くの作品を残しました。当時は、富岡鉄斎と並び称されるほどの人気作家で、彼の作品を求めて門前列をなしたと言われています。
なるほど、この顔は達磨(だるま)。
それにしても、こんな重い物を、どうやって、故玩館の軒下から、階段を降りて、向かいの小屋まで運んだのでしょうか。女性の力、あなどれません(^^;)
火事場の〇〇チカラ?
今の所、火の気はないんですけど(^.^)
火の気のないうちに、揚子江ならぬ中山道を渡って、マシな置き場所に、こっそりと運び上げました。
達磨の火鉢をめぐる狐とタヌキの化かし合い。
負けるが勝ちの心境には、なかなかなれません。
この場所で、座禅を組めば、悟りが開けるのでしょうか(^^;)
粗大ゴミ、それとも彫刻家の名品?使い道のない火鉢の綱引き、心理戦はまだまだ続きそうです(^.^)
ps.
先のブログルス釉瓶掛と同様、この達磨火鉢にも、底に分厚い板(4㎝)が付いています。よく見ると、底に穴を4カ所あけ、太い木ネジで止めてあります(写真2枚目)。大胆な加工ですね(^^;)
さぞかしビックリされたことでしょう(@_@)
達磨火鉢のご武運をお祈り申し上げます(^^;
でも、この騙し合い、何時まで続くんでしょうか、、、(笑)。
この手の話し、たまに聞きますよね。
有名な画家の描いた掛け軸が、焚き木にされる寸前に救われたとか、、、。
断捨離を素晴らしい言葉と思って、私も少し「怪我」をしています。価値あるものと古めかしい物の差がわからない悲しさ、愚かさです。
それにしても、火鉢の赤色がいいですねー。
それから、こういう心理合戦は、道楽には付きものと思うのが肝要かと。
骨董道の悟りは、良い品物を見ただけで満足できる(買わずに)境地だそうです。骨董屋によると、そういう仙人のような人が実際にいるらしい(^^;)
近頃は、断捨離しないと冷たい目で見られるような風潮がありますが、ちょっとやそっとでは捨てきれないほど抱えてしまった者としては、もう少し、大らかに見てもらいたいものです(^^;)
この火鉢の色、あまり見たことがありませんね。あずき色、辰砂・・・・いずれも、少し違う感じです。見方によっては汚く、見方によっては味わい深い(^^;)
遅生さんの奥様となると、胆力が違いますね。
ほっとするような厚み、重み、温かみのある色
火が入っていなくても温かそうです。
セミもいい場所を見つけたものです。
ただ、火鉢はあまりにも大きく重い。
そういえば、外人さんは骨董市で買った火鉢をワインクーラーに使うらしいです。屏風は壁に張り付けてタペストリーの代わり。
発想の転換をすれば粗大ゴミから脱出可能?