遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

能楽資料39 能の英訳本

2021年07月20日 | 能楽ー資料

先回の『善知鳥』は、謡曲の日本語版、英語版、木版画を組み合わせた特異な本でした。

今回は、能や謡曲を英訳した本、2冊です。

Toyoichirou Nogami『JAPANESE NOH PLAYS』(右、国際観光協会、昭和13年、67頁)

林 なを『謡曲の英訳』(左、昭和60年、自費出版、7冊子(8-12頁))

 

能楽研究の第一人者、野上豊一郎が、戦前に出した本です。Tourist Lobrary 2とあるように、日本の文化を外国に紹介し、観光振興を図る目的で出版されました。発行は、国鉄内の国際観光協会ですが、日本旅行協会(Japan Travelist Bureau(JTB))が発売を担いました。このTourist Lobraryシリーズの1は生花、3はきもので、40まで発行されています。

この本は、能や謡曲を英語に訳したものではなく、能舞台、能の構成、面と装束、能の分類、能番組の構成、能の鑑賞など、能を実際に見て楽しむために必要な知識、情報をあとめた実用的な書です。

 

本が出版された昭和13年は、日中戦争がはじまり、日本が無謀な道を進み始めた時期です。その頃、一方では、日本を外国に紹介し、外国からの観光客を増やそうとしていたのです。

本の中に、当時の新聞記事の切り抜きが入っていました。世阿弥生誕五百年祭りに際しての記事です。

裏側には、ヨーロッパの戦況を伝える記事(昭和17年1月26日)が一面に載っています。

私が、この本『JAPANESE NOH PLAYS』を初めて見たのは、25年程前、オーストラリア、某大学の図書館です。おかげで、能について何とか説明をすることができました(^.^)

 

もう一つの本は、『なをの遺稿 謡曲の英訳』とあるように、これまでのものとはかなり異なった本です。

中には、6種の謡本の英訳物とあとがきが入っています。

『熊野』『竹生島』『安宅』『羽衣』『道成寺』『隅田川』、いずれも極めてポピュラーな演目です。

『熊野』は、著者が一番好きだった謡曲。

著者が描いた挿絵が入っています。端が焦げています。

謡曲本が忠実に英訳されています。

あとがきによると、著者、林なを(明治37年生)さんは、夫君、浩氏とともに、謡曲、能を愛好し、謡曲本を英訳していたそうです。彼女が亡くなった後、家は火災にあいましたが、原稿は奇跡的に消失を免れました。しかし、原稿を本の形にできぬまま、夫君もなくなりました。二人の死後、有志が二人の遺志をくみ、残された原稿をもとに英訳謡曲本を自費出版し、関係先へ配布したのがこの本です。なお、複写原稿は、著者が教鞭をとっていた梅花女子専門学校(現、梅花女子大学)の図書館に保管されています。

謡曲や能の愛好者が亡くなったあと、故人を偲んで能や謡いの会が持たれることはよくあります。また、今回の品のように、能や謡いにまつわる出版物が出されることもあります。

能や謡いには、人の生とかかわる何かがあるように思うのです。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
遅生さんへ (Dr.K)
2021-07-21 09:53:18
すごく珍しいものまで所蔵されているのですね。
故玩館の能楽資料は充実していますね(^-^*)
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Dr.kさんへ (遅生)
2021-07-21 12:13:03
すごく珍しいわけではありません。でも、こういう個人的な出版物(自費出版)が、詩歌、小説、エッセイなどいろいろあるうちで、能関係の物は比較的格好がつきやすいのではないかと秘かに思っています(^^;
あ、それから大事な物を忘れてました。骨董の図録もそうですね。ぜひぜひ、関係者に配ってください(^.^)
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